よって次回の更新日は30日です。
「蘭ッ!!!!」
工藤新一はその瞬間、絶望を覚悟した。
その日。
下校途中に巻き込まれた事件は、比較的シンプルなトリックで作られていた。
だからTVメディアを賑わせる高校生探偵、工藤新一にかかれば警察到着と同時ぐらいにはすでに事件の謎は解けていた。
簡単なものだ。
顔見知りの目暮警部に視線を向けてから、工藤新一は滔々と推理を始めた。
推理で犯人を追い詰めるのはいつものことだ。
いつもなら犯人は悔しさに呻いたり後悔に涙したり、反応は違うが無力だった。
だから、工藤新一も油断していたのだ。
「何か言い分はありますか、斉藤拓務さん」
「………!………く、くそがぁああ!!ふざけやがって!俺は悪くねぇんだよ!!あいつが、あいつが悪い!!」
「っ!?」
突如豹変した犯人は、狭い骨董品店の店内でアンティークの古めかしい拳銃を取り出した。
木製の持ち手はニスが塗られ、店内の明かりを艶やかに反射する。
それからは一瞬の出来事だった。
犯人はそのまま醜悪に笑い、何の躊躇もなく拳銃を発砲した。
乾いた音と、反動にブレる銃身。
どうやら工藤新一を狙っていたらしいそれは、素人が片手で撃った反動で狙いを大きくずらした。
そして、部屋の端で恐々とことの次第を見守っていた毛利蘭に吸い込まれるように着弾する。
反動で倒れ込む蘭の姿に、一瞬時が止まるような感覚。
それは間違いなく、毛利蘭の胸に命中したかに見えた。
「確保ォ!!!」「なんてことを!」「ひっ捕えろ!!」と警官達が叫び出す。
発砲の反動で尻餅をついた犯人へと飛びかかり、手錠をかける。
その喧騒を尻目に、工藤新一は必死の形相で蘭へと駆け寄った。
「蘭、蘭、おい蘭!!しっかりしろッ!!!」
服の胸元には銃弾の丸い跡が焦げた形跡を伴ってしっかりと刻み付けられている。
手が不随意に震えるのを隠しきれない。
息が荒くなる。はぁ、はぁ、と緊張に吐息が漏れる。
工藤新一はあまりの恐ろしさに全身の血液がざっと下がっていくような心地だった。
蘭を連れてきたのは間違いだった、自分が事件に関わらなければ、もっと注意していれば、自分が、自分が!
しかしなぜ出血がまるでないのだろうか。
すると、困惑したような顔で目を開いた蘭がパチクリと瞬いた。
「し、新一?」
「蘭!動くな!怪我が広がったら…」
「あれ、私撃たれたんだよね?痛くない……あれ、あれ?」
自らの力で起き上がった蘭は、自分の撃たれた傷口あたりを弄って困ったように眉を下げた。
「新一……なんか、その…傷がないみたい」
それはどういうことだ?
この角度で撃たれて、服の中心に焦げた弾痕が残っているのだ。
間違いなく銃弾が肉を貫通しているはずで、蘭が無事である道理がない。
しかし確かに、開いた胸元からのぞいた肌は傷がなく滑らかで、銃弾のめり込んだ傷跡はおろか出血の痕跡さえ確認できなかった。
空白の思考の中に、「無事かね蘭君!?」と目暮警部が駆け寄ってきた。
新一は少しだけ逡巡した後、視線を逸らして答えた。
「………蘭は無事です、警部。どうやら弾は蘭をかすめただけみたいです」
「そ、そうか!よかった!蘭君も、無事で本当に良かった!」
目暮警部がほっと胸を撫で下ろす。
抱き起こしていた蘭が、囁くように新一を見上げる。
「あのね新一、一瞬だけど撃たれた瞬間、ペンダントが光ったような気がして」
「それは…」
工藤新一は少しだけ眉を顰めた。
この間、あの朗らかな露天商の男が言っていたことを思い出す。
この精巧な装飾の施されたとアンティーク調のペンダントは、「被害を逸らすペンダント」と言うそうだ。
だから蘭が無事だった?
そんな馬鹿なことがあるはずがない。
少し周囲を確認すると、蘭の背後にある壁に銃弾が穿ったと見られる弾痕が発見できた。
………まるで蘭の肌薄皮一枚の場所で銃弾が曲がったような、そんな不自然な位置にある弾痕だった。
新一は首を振って非科学的な思考を振り払った。
厄除けのペンダントが銃弾を逸らした?
そんな夢のようなペンダントがあったら警察が苦労することはない。
だが服に残る跡から見て、蘭に銃弾が当たったはずなのは確実。
───けれど、なんにせよ。
「本当によかった、蘭。お前が無事で」
「新一……」
幼馴染の細い体を抱きしめて、工藤新一は安堵の息を漏らしたのだった。
どうも、旧支配者ハスターです。
偽名は黄衣ハスタ。きちんと戸籍も住民票もある。
キラキラネームって言うなよ、SAN値チェックさせるぞ。
まぁともあれだ。
最近なのだが、周囲を黒服の男たちがうろついているんだよな。
怖いから露店を出す場所を毎回変えているのだが、その度に黒服が現れてこちらを伺うそぶりをみせるのだ。
そのたび怖くて魔術で行方をくらませている今現在である。
また銃で撃たれたらと思うと、あまりの治安の悪さに涙が溢れそう。
というかここ日本だろ?銃持ったマフィアが闊歩するとかどこのロアナプラだ?
あまりに黒服が現れるので今日の商売は休止中、とぼとぼと通りにちょうど見つけたカフェへと入る。
「いらっしゃいませー!」
「どうも、アイスコーヒー一つでお願いします」
愛想のいい女店員さんに挨拶して俺はなんとなくアイスコーヒーを頼んだ。
そのまま何をするでもなくずごごー、とアイスコーヒーをストローで飲んでいると。
あたらしく入店してきたお客さんの一人が、声をかけてきた。
長い黒髪の女子高生。見覚えがある。
「あっ、この間の露店の人!お久しぶりです!」
「ん?君は…」
「改めまして、毛利蘭って言います」
この間「被害を逸らす」ネックレスを買って行った女子高生ちゃんであった。
どうやら名前は毛利蘭というらしい。
蘭ちゃんは「隣いいでしょうか?」と言ってきたのでどうぞどうぞと椅子を引いた。
こんな旧支配者の隣に女子高生が座るとか何らかの犯罪になるのでは?と思いつつ、なんとなく姿勢を正す。
通報されないように行儀良くしなくては。
蘭ちゃんは首に下げたペンダントを握って満面の笑みを作った。
「このペンダント、ありがとうございました!」
「ん?何か怪我することでもあったのか?」
「この間銃で撃たれたんですけど、これのおかげで無事傷無く済んだんです!」
「!?!?!?」
女子高生が銃で撃たれる!?!?
やっぱ本格的にロアナプラだったようだなこの街…などと戦慄しつつ、俺はあわあわと蘭ちゃんの体に不調がないかを「視」た。
病気怪我その他なし。健康体だ。
「だだだ大丈夫だったのかそれ!?傷は…いやペンダント持ってればよっぽど無事だとは思うけど!」
「大丈夫です。でも、そのせいかペンダントが欠けちゃって…」
中に込められた魔力を使い果たしたのか、ネックレスは揮発させたMPのせいで一回り小さく見えた。
ん?これは銃弾以外にも色々気付かないうちに発動した痕跡が見える。
銃弾1発程度で中に内包した魔力は無くならないからな。
怖いなこの子!この短期間でどんだけ死にかけてんだよ!
「なら新しいのと交換しておくよ。お代はいらないから、自分の身を大切にすること!」
はい、と代わりのペンダントを渡す。
怖いのでやや多めに魔力を込めておくことを忘れない。
これで肝心な時に魔力が切れて死んでしまいました、では俺の良心が咎めるからな。
「そんな、悪いですよ!お代はきちんと払います!」
「いいからいいから。それだけ大事に扱ってくれてるんだ。俺の嬉しい気持ちを汲んでくれ!」
透明感のある青紫の石を押し付けて、俺は深く頷いた。
と、その時。
あの時蘭ちゃんと一緒にいた男子高校生が店に入ってきた。
からん、とドアベルが清涼な音を立てる。
「蘭、悪い遅れて…」
「あっ、新一!こっちよ!」
どうやら待ち合わせをしていたようだ。
彼氏さんかもしれないし、そろそろお暇したほうがいいだろう。
しかし少しばかり気になって、男子高校生君の姿をじーっとみてしまう。
旧支配者ハスターにとって過去・未来・現在は等しいというか…時間感覚は比較的ゆるゆるなのだ。
なにせ父なる神が時間の大神ヨグ=ソトースだからな。
父なる神にアクセスすれば、過去現在未来を見るなどお茶の子さいさいである。
そうして見える視界によると。
近い未来、この男子高校生の先行きが奇妙にねじれていると言うか。
いや、あまり人の未来を見るのはマナー違反だな。
人の毛穴をじっと見るようなものだ。
男子高校生君もこちらを見て、やや目を細める。
蘭ちゃんに軽く手を振って、俺はなけなしの売り上げからコーヒー代を支払って喫茶ポアロを後にしたのだった。