ここ最近、実に不穏なことが続いている。
まず、ここ数日の誰かに見られている感じだ。
前に組織の下っ端に付けられていたときと似ているが、性質としてはまるで別物。
迂遠、というか何というか。
非常に組織立っているのだ。
雑に俺の後ろをつけるような真似はせず、俺の行動ルートを徹底的に調べ上げているようで。
その道中にあるビルから複数人体制で望遠カメラで覗くような、そんな感覚だ。
偏執的と言ったらそれまでではあるが。
どこか「俺…黄衣ハスタの邪魔にならないように」という配慮のようなものが感じられる動きであった。
二つ目に、この間TV出演した際の撮影データについて、買取を希望する人が現れた件だ。
これは次の番組出演の件でディレクターさんと電話した時に知ったのだが。
なんでも、凄まじい大金を提示してTV局に交渉に現れた人物がいたそうだ。
買取内容は、未放送分も含めた俺の映った未編集の動画データ全て。
もちろん気味悪がって断ったそうなのだが、向こうもかなり粘り強く交渉してきたらしい。
俺も初めにその話を聞いた時は「また公安信者さんか」と思ったりもしたのだが。
どうやらその人物は男複数人のグループだったそうで、不気味さは増す一方であった。
君も気をつけたほうがいいよ、と心配そうなディレクターさんの声に、俺は感謝の言葉を述べて電話を切った。
まあなんにせよ、時間の問題でしかなかった。
なるようにしかならないだろうよ。
そんなわけで、事務机に座って軽い庶務作業を片付ける今現在。
そろそろ事務所の全員分の名刺の発注もせねばならないし、紙封筒が足りなくなってきたから買わねばならないし、今月の切手の枚数数えてないし。
やることは山積みだ。
それに、コナン君がまた学校から帰ってこないのがやはり心配だ。
もはや何度目かもわからない恒例行事だが、まだ少年探偵団と遊んでいる可能性がないでもないから様子見がいいだろう。
とはいえ、この展開だと九割事件で確定だから油断はできない。
もう少ししたら探しにいくべきだろう。
ふむ。寂しいし、なんか音楽でも流すか。いや、面倒だしTVでいいか。
何となしに単純作業の傍らTVをつける。
昨今の政局についての特集、料理番組、夕方の子供向けアニメ。
何ともなしに順番に見ていくと、ふとニュース番組が目に留まった。
どうやら爆弾が仕掛けられたという臨時速報が大きく取り沙汰されているらしく、複数ニュース番組で同じ映像が流れている。
場所は東都タワー。
なんと小学生と警察官が爆弾と共にエレベーター内に閉じ込められ、脱出不可能な状態にあるらしい。
ちょっと目頭の辺りに疲労が蓄積した感じがして、俺は思わず右手で眉間を揉んだ。
いやでも確定ではないし。
コナン君の通学路と東都タワーでは結構距離があるし。
普通の不運な小学生という可能性も無くはない。
不意に俺のスマホが着信音を鳴らしたので、反射でワンコールで出てしまう。
一瞬見えた相手は降谷さんだった。
降谷さんは相変わらず挨拶もなく本題だけを唐突に切り出すスタイルで喋り出した。
『君もニュース番組は見たか?』
「あー、東都タワーに爆弾が仕掛けられた件?」
『閉じ込められた小学生とはコナン君のことだ。今すぐに指定の場所に来てくれ』
やっぱりな!!!
それだけ言って、降谷さんは返事も待たずにブチリと電話を切った。
仕方ないので軽く戸締り確認をしていると、スマホに位置情報が送られてきた。
今回は東都タワー近くのビルが集合地らしい。
俺は特大のため息と共に、どうコナン君に命を大切にの方針を叩き込もうか頭を悩ませたのだった。
さて、そんなわけでやってきたビルは、取材陣と野次馬まみれの東都タワー入り口が一望できる位置にあった。
どうやら下の方がオフィス、上の方がマンションになっているらしく、その一室を降谷さんが急遽借りたらしい。
パイプ椅子と折り畳み机が伽藍洞の部屋の中に雑然と置いてあるのみだ。
諸伏さんが何やら複数の図面を広げて無言で考え込んでいる。
俺にまず「よく来てくれた。適当なところに座ってくれ」と事務的な挨拶をしてから、降谷さんは俺へと一枚のコピー用紙を渡してきた。
何らかの暗号文のようだ。
「『俺は剛球豪打のメジャーリーガー』……?なんだこれ。さっぱり分からない」
ざっと目を通してみたが、やけに意味深な言い回しをしているなと思う程度で俺にわかることは何もない。
俺が首を捻っていると、降谷さんは特段興味もなさそうに手元の資料に視線を移した。
「ああ、別にこの件に関しては君には最初から期待していないから問題ない」
「なら何故渡したし」
しかもとても失礼である。
むしゃくしゃしたので無言でシャドーボクシングに勤しめば、降谷さんは「脇ぐらい締めろ」という冷酷な一言のみ。
ふと顔を上げた諸伏さんも同様に「え……弱そう…」とコメントを残す。
俺は荒ぶって余計に拳に力を込めるのみであった。
やんのかオラ!
俺の触手攻撃は当たれば死あるのみだぞオラァン!ホントだぞ!旧支配者ナメんな!
などと無駄にオラついていたら、諸伏さんが暗号の解読方法を丁寧に教えてくれた。
すまんねぇ、降谷さんがニャル野郎に似てきたばっかりに。
暗号を要約すれば、爆弾は二箇所に仕掛けてあるということらしい。
一つ目は東都タワー。これはおそらく警察官を殺すための罠であり囮。
二つ目には学校。東都内にある学校のどこかに、本命の爆弾が眠っている。
「そして、東都タワーの爆弾の爆破直前に、二つ目の爆弾の在処のヒントが出る。それで、三年前も同様の被害が出ている」
降谷さんが平坦な声で補足した。
なんともまぁ、悪趣味な犯人だ。
デスゲームの主催者とかやらせたらゲームが盛り上がりそう、などと思いながら頷く。
どうにも二人の様子がおかしい。
陰鬱というか、気怠そうなのに目がギラギラしているというか。
俺はひとまず二人の話を傾聴することにして、無言で先を促した。
降谷さんが冷徹に目を細め、口を開く。
「君に任せたいのはこの二つ目の爆発物の在処の特定だ」
東都全域の私立、公立問わず学校全ての探索と爆発物の発見。
可能か?
冷徹に諳んじられた言葉が、部屋の壁に反響して消えてゆく。
つまり、コナン君の身の安全は二の次、ということらしい。
もやもやの納得できない気持ちが湧き上がるが、同時に彼の立場を思えば仕方のない事だとも察せられた。
コナン君と降谷さんは、ああ見えて結構仲がいい。
過ごした時間はそこまででもないが、お互い同じレベルの頭脳を持つものとしてシンパシーは感じていたのだろう。
INT(知性)17の仲間同士とか、早々ある状況ではないだろうし。
彼自身、コナン君を蔑ろにするのは本意ではなかったはずだ。
この苛ついたピリピリとした部屋の気配は、そうしたジレンマをまざまざと思い起こさせた。
それに。
そもそもコナン君なら俺の上げたブレスレットの効果で生存が約束されているし。
不満はあるが、俺がそこまでとやかく首を突っ込むべきことでもないだろう。
「仕方ないなぁ。了解した。今から東都全域を調べるから、少し待ってくれ」
「………協力感謝する」
素っ気ないが、どこか重苦しい空気を纏って降谷さんが頭を下げた。
まずは魔術的な探索網を展開。
ささっとヒットした爆発物一つずつの経歴を確認していく。
学校なんて東都内に山ほどあるが、俺が本気を出すほどかと言えば全然足りない。
惑星に存在する鉄原子の数を複数銀河団に渡って5秒以内に正確にカウントしろとかなら流石に本性を現す必要があるが。
そうでないなら、正直この程度軽いものだ。
するりと目を閉じ、念のため別プログラムでダブルチェックする。
「分かった、帝丹高校だよ。倉庫にあるドラム缶5個がそうらしい。あと、犯人は帝丹高校にも盗聴器を仕掛けたみたいだから気をつけるといい」
「了解……すぐ人員を動かす!」
降谷さんが素早くスマホを取り出し、どこかへと電話を始めた。
今まで息を詰めていた諸伏さんも、どこかホッとしたような顔で肩の力を抜いたようだ。
しかしまだ気は抜けない。
あとはコナン君への連絡が残っているからだ。
コナン君はブレスレットの効果があるから問題ないが、万が一があれば一緒にいるという刑事さんは死んでしまうに違いない。
「諸伏さん、2個目の爆弾の在処がわかったってコナン君に伝えたいんだけど、電話してもいいか?」
「!っいや、止めてくれ。東都タワーの爆弾の方にも犯人の盗聴器が仕掛けられている」
なんというか、爆死直前の警察官の泣き言とか聞きたいのかな、などと犯人の邪悪さを想像してしまう話である。
まあでも、そういうことなら仕方あるまい。
「ならテレパシーを繋ぐよ。降谷さん諸伏さんとコナン君、俺」
「助かる!」
振り返れば、ちょうど電話を終えたところらしい降谷さんが頷いた。
ゴーサインが出たということで、俺もいつも通り作り置きのテレパシー魔術を発動させる。
「コナン君、聞こえる?」「無事か!?」「まったく君は無茶をする…!」と次々に話しかければ、向こう側からコナン君の驚く声が聞こえてきた。
『っ黄衣さん!……あー、ごめんね。こういうことに魔術使うの、黄衣さんあんまり好きじゃないでしょ』
『…?なにが?』
『公共の利益のために、魔術を使うってこと。前も断ってたよね』
『ははは。まあ、身近な人が絡んでれば流石にそうも言ってられないさ』
ああ、そういえば先程の俺に対してやけに高圧的な態度も、降谷さんはもしかしたら俺に断られるのかもと思っていたのかもしれない。
だとしたら心外だ。
見ず知らずの人間ならともかく、コナン君が傷付くのを見て見ぬ振りするほど俺は冷血漢ではない。
それに。
降谷さんも諸伏さんも、もう俺の身内のようなものだし、頼まれればいうことを聞くぐらいするのに。
あとは現状把握のための情報交換が少し。
今後の犯人確保の方策と、爆弾を解体するタイミングについての話し合いなど。
俺が口を挟むことのできない高INTな会話がしばらく続いた後。
ふと、コナン君がおずおずと沈黙の間を縫って声をかけてきた。
『それと、さ。変なことを言うんだけど』
『……何か気づいたことがあったのかい、コナン君?』
『いや、そうじゃなくて。エレベーターの中に幽霊がいるみたい…なんだよね。妙に見えづらいんだけど』
コナン君も半信半疑なのか、言葉尻を濁している。
そんなに見えにくいと言うことは、現世への執着が維持できずに現世から消えかけているのだろう。
『どういうことだい?』
『僕が爆弾を解体し始めた頃にエレベーターに乗り込んできて、僕が見えることに気付いたみたいでしきりに何か見せてきてるんだ』
ふむ。
俺も「ハスターの瞳」を使ってそれを観測しようと視線を飛ばしたが、やはり消えかけの亡霊のようだ。
確認できたところで視線を切る。
本当はもう少し観測したいが、これ以上「ハスターの瞳」で見続ければそれだけで存在が霧散しかねない濃度だったからだ。
『俺の方でも確認できた。もう間も無く消える幽霊、って感じだな。このぐらいになると保ってあと5分とかじゃないか?』
『そっか、何を伝えたいのかわかるといいんだけど』
というか、このレベルの亡霊がまだ意識を保てているのがおかしいぐらいの勢いなのだが。
体だってまるで動かないだろうに、目的を持ってエレベーターに侵入できるとは、まさにガッツの塊のような幽霊だ。
そういう意味では、諸伏さんはもっと可笑しいのだがひとまず置いておいて。
なんだか妙に黙り込んでる諸伏さんと降谷さんの反応が変だ。
降谷さんは、どこか絞り出すような声でコナン君へと問いかけた。
『……コナン君、姿形は分かるかい?』
『わかるのは若そうな男の人、ぐらいかな。スーツに、これはサングラスをかけてる、のかな』
『ッ!』
『あと、ぼやけてて全然見えないけどメモ帳みたいなものを僕に見せてきてる』
『…………警察手帳』
諸伏さんが目を見開いたまま、どこか呆然とした声を漏らした。
「松田!!!」と降谷さんが絶叫する。
どうやら知り合いらしい。
突然俺の両肩を掴んで降谷さんが震える息を吐いた。
「松田と繋げないのか!?」
「いや。そんな弱い亡霊に魔術なんて繋いだらそのまま消し飛ぶぞ。専用魔術を組み立てるからちょっと待っててくれ」
「ックソ!」
おもくそ勢いよく降谷さんが折り畳み机に拳を振り下ろすものだから、机はみしみし言ってひっくり返ってしまった。
上に置かれた書類が散乱するが、誰もそれを拾おうともしない。
諸伏さんも降谷さんも、取り乱して俺に視線を向けるばかりだ。
俺たちの様子を知らないコナン君が、そのまま向こうの状況を報告してくれる。
『さっきも、僕が爆弾を解体している時に色々アドバイスをしてくれて。たぶん爆弾に詳しい人…だとは思うんだけど』
耐えきれないと言ったように諸伏さんが立ち上がった。
『早く!早く黄衣!!』
「っ待ってくれ、今術式を整理して…よし。正直、霊体の保存を優先したから音質は期待できないぞ。俺らの声がギリ聞こえるぐらいだ」
「十分だ!」
繋がった瞬間、ざあざあとチャンネルのあっていないラジオのような、砂嵐に似た耳障りな音が響く。
諸伏さんと降谷さんが、堰を切ったように念話の向こう側へと叫んでいる。
『松田!聞こえるか松田!』
『二つ目の爆弾の在処は掴めた!犯人は、必ず俺たちが捕まえるッ!!』
『お前の無念は、必ず晴らす!!!』
コナン君が息を呑んでから、一瞬口を噤んだ気配がした。
砂嵐の向こう側から、若い男の声で。
「悪ィな、あとは頼んだぜ!」
そう聞こえた気がして。
それっきり、もう何の音もしなかった。
その後。
犯人は公安の方で確保されたそうだ。
事後処理もあるため二人は今日は帰らないらしく、俺たちはコナン君と二人で帰宅することになった。
帰り道、もう日の暮れたネオンの街並みを歩きながら、コナン君がポツリと言葉を落とす。
「あの時、最後にあの人は笑ってるようにみえたんだ。『筋がいいな、坊主』って、僕を撫でて」
「……そっか。良かったな」
知らない警察官の話だ。
そもそもいつ死んだのかも、誰なのかも、何をしていた人なのかも知らない。
だが、悪い人ではなかったのだろう。
皆、彼の最期を悼んでいたのだから。
・松田陣平
自分でももう限界だと思ったその次の瞬間、不意に、自分が真っ白な空間かいることに気がついた。
黄色い、途方もなく大きなものが目の前にいる。
ぼやけていてよく見えない。
黄色いものは言った。「もう少し、幽霊として現世で暮らす気はある?」
もしかしたら神様なのかもしれない。松田の健闘を憐れんで、チャンスをくれようとしてくれているのかもしれない。
松田は言った。「ない。これっぽっちも無いね」
神様は少しだけ黙った後、首を傾げたようだ。
「どうしてだ?友人と会いたくないのか?」
神様はそんなこともわからないらしい。
松田は鼻で笑って、大声で言ってやった。
「あんな風に託しておいてのこのこ戻るほど、腰抜け野郎じゃないんでな!」
神様はやや不満そうな顔をして、「そっか」とだけ、言ったのだった。