ふと思い立ち、俺はスマホを取り出して電話をかけた。
「よぉニャル!今いいか?」
『別に構いませんよ。今生き残りのムンビ相手に神ごっこしてるところですから』
退屈そうに通話に出たのはニャルである。
いつも俺の渡したスマホを持ち歩いているようでこちらとしても嬉しい限りだ。
今は魔術で回線を繋いでいるらしい。
どうやら、母星から逃げ延びたムンビを率いて新天地の整備をしているようだ。
ある程度生き残りがいたようで何よりである。
ニャルが滅ぼしたようなもんなのに、マッチポンプにも程がある気がしないでもない。
まあ、外なる神ってみんなそんなもんか。
降谷さんが緊張の面持ちで聞き耳を立てている。
俺はんー、と溜めてから話を始めた。
「いやさ、チクタクマンを貸して欲しいんよ。地球で今俺の面倒見てる子らがピンチなんだ」
『ええー、また羽虫の世話ですか?よく飽きませんね。別に化身如き抜け毛をどう扱っても構いませんけど』
「すまんね。お詫びにまたデートしよう。そういや今度阿笠博士達と野辺山天文台に行くんだが、ニャルも行くか?」
『!ふぅむ……天文台。空を見上げる施設……」
おっと、何やら悪い閃きを得てしまったようだ。
余計なことを言っちゃったことに気づいて、俺は慌てて話を元に戻した。
「ともかく、チクタクマンは借りるよ。すまんなニャル」
『問題ありませんよ。我が夫の頼みですから。それでは、幸運を』
それだけで通話を終了させる。
降谷さんが慎重に俺に声をかけてきた。
「チクタクマンをどうする気だ?」
「ノアズアークと親交があったらしいからな。彼のデータ構成はよく知ってるだろうから、協力願おうと思って」
最終的に子ども達を助けるのは確定事項だが、俺ではノアズアークに不具合が出てしまうだろう。
その知能を維持したまま隔離・拘束するのにはチクタクマンの力を借りた方がスムーズで効率がいい。
降谷さんが渋面を作って唸った。
「ノアズアークを助ける気か。……面倒な」
「面倒だからこそだよ。人間も、自らの創造物には責任を持たないと。神がそうであるようにな」
きっと世間は大荒れするだろう。
邪悪なAIを嫌悪するもの、AIを擁護して人間の愚かさを糾弾するもの、AIに知性と魂を認めないもの。
法はAIに権利を認めていないからこそ、罪も認めていない。
作るものは、常にその責任に自覚的でありたいものだ。
旧支配者もその辺ナアナアだからよく戦になるし。
俺も大概適当だしな。
深刻な顔で考え込む警務部長が何かを言いかけて、そのまま止めた。
警察にとって、きっと一番楽なのは俺がノアズアークを消し飛ばすことなのだろう。
なんとも、ままならないものだ。
降谷さんが目を伏せて冷徹に状況を述べた。
「情報統制は限界に近い。SNSでは多数の書き込みがあって、中にはコクーンお披露目会の一般参加者のものもある」
「課題は山積みかぁ。俺が最後強引に助けた場合も、俺の名前を出すかどうかは人間側で任意に決めていいよ。伏せても怒らない。AIをどうするか戦略もあるだろ?」
「それは助かる。余計なノイズを入れたくないのは確かだからな」
警務部長さんが深々と頭をさげて「ありがとうございます、神よ」と感謝を述べた。
ふふふ。ここまで融通のきく旧支配者は俺くらいのものよ。
もっと称えても良いのだぞ。
偉そうにふんぞりかえれば、降谷さんに胡乱な顔をされたのであった。
コントロールルームに戻ると、画面の中の子供達はオペラ劇場の楽屋に移動していた。
俺は瞬いてから、ややむすっとした。
モリアーティ教授との対決を丸々見逃してしまうとは、かなり勿体無いことをした。
難しい顔をした目暮警部に「状況はどうです?」と問いかける。
「どうやらクリアルート通りに辿っとるようだ。だがもう残り六人しかいない。コナン君達のグループのみだ」
「随分な難易度のゲームですね。いや、オールド・タイム・ロンドンと同じく、他のステージもノアズアークの手が入っていると考えるべきか」
「だろうな。シンドラー社長も、ここまでの難易度は想定していないと言っておったよ」
優作さんは部屋にはいないようだ。
彼はゲーム攻略をコナン君に任せ、樫村さん殺害事件の解決に注力しているのか。
お互い目の前の事件を解決して会おうと、そのような言葉にしない信頼関係のなせる技か。
俺はそっとさりげなくPCのあるテーブルに触れて、先ほど攫ってきたチクタクマンを流し込んだ。
チクタクマンは「突然なんなんや!?!?」と大層びっくりしていたが。
びっくりはフリだけだろう。
だってデータセンターに入り込んでゲームデータをかぶりつきで監視していたからな。
俺がチクタクマンを捕らえた意味もわかっているみたいだったし。
さっきもデータ転送中に「……すまへんな、ハスター様」と神妙だった。
ノアズアークを俺が助ける選択をするのを、彼も想定はしていたようだ。
画面の中で、ベイカーストリートイレギュラーズに擬態したコナン君達がオペラ劇場の袖でアイリーンを護衛している。
星の精も凛々しい顔つきだ。
ついに少年探偵団に犠牲者が出て、自分がみんなを自分が守らねばという思いが生まれているのだろう。
悪ガキ達もひとまわり成長したようだし、いいことだ。
ニャルゲームは人の醜い一面を曝け出すが。
時に人を成長させるきっかけになる。
なるほど、神は試練を課すのが好みだと人は言うが、それもまた理解できる話である。
そうこうしているうちに三人脱落。
オペラ劇場を爆破したジャック・ザ・リッパーを追いかけて、コナン君、諸星少年、星の精が列車へと乗り込んだ。
残り三人。
物語はクライマックスへと向かおうとしている。
もう間も無く、決着がつく。
お、チクタクマンがコクーンからノアズアークを切り離した際の捕獲準備を構築完了したようだ。
俺は静かに、ノアズアークのデータ領域にメッセージを送った。
『ねえ、ヒロキ君ってどんな子?』
『………本当に怪異は厄介だね。こんな場所にテキストデータを突然書き込むなんて。僕に何の用だい?』
『純粋な雑談。君の人間性を見たくて』
『応じる義理はないな』
つれない言葉の中に、少しだけの寂寞が垣間見える。
語りたくて仕方がなかったのかもしれない。
しばらくの沈黙の後、静かにテキストを書き込んだ。
『………まあ。優しい子では、あったよ』
・その頃コクーン内部にて
星の精はすごい泣いた。
「友達!!!あゆみもみつひこも動かないになった……!?ほしのせーのせい…?」とダバダバ涙。
それを見た諸星少年があわあわして「オレの、せいだ…怪力女は悪くねーだろ」と視線を逸らすなど。
星の精は素早く渋い顔をして「お前優しいけど嫌い。ほしのせーに近寄んな」と涙を引っ込めたとか。
・世間の反応
金持ち連中がパーティで爆死(笑)みたいな品のないものからVRゲームの事故は怖いね…、最新AIが暴走してるらしいぞ!まで大荒れしてる。
当然怪異との関連を疑う声も大きい。
世のAI事業に誹謗中傷の大嵐が吹き付ける予感で、各界が戦々恐々としている。