魚の件は軽く片付いたわけだが。
爆弾満載の豪華客船には爆発物処理班も苦労したらしい。
そりゃ大量満載の爆薬が詰まってる船からなるべく早く全員を避難させなければならないわけで。
時限式のもあるかもしれないし、何がトリガーになっているかもわからない。
下手に寄港もさせられず、慎重に客を別の船に移しての避難だ。
そりゃもう大事業で、爆発物処理班に復帰した松田さんが大活躍したらしい。
間近で爆弾が破裂しても死なない処理班だからな。
有用なのは間違いない。
大変だったのはその後のことだ。
元首相の新見夫妻が乗るアフロディーテ号が、海の怪異に狙われて危なかったのがマスコミにバレたのだ。
どうやら噂によると、政治家の口の軽い人が喋ってしまったらしい。
おまけに殺された八代グループが怪異に与して大惨事を引き起こそうとしていたことまで発覚して、巷では大変な騒ぎになっている。
やれ今回の犯人は正義だ、情状酌量すべきだと、SNSでは好き勝手なことが喚かれているらしい。
一瞬、八代グループがクトゥルフの先兵になっていたことを裁けない公安がわざとやったかと思ったが。
でも鬼の形相の降谷さんに「君、何かとんでもなく失礼なことを考えてないか?」と詰められてしまったので、違うということがわかった。
まあ、もっと高度に政治的な話である可能性は否定できないが…。
その辺は深入りすべきではないだろう。
また、のちに元首相の新見夫婦からは正式に感謝のお言葉をいただくことができた。
嬉しい話だ。
人間を守れて良かったと、俺も安堵の息をつくところである。
そんなこんなもありつつ今日。
俺は事務所でソファに座りつつ、目の前の諸伏さんをゆっくりと吟味していた。
「よぉし、脱力してー。魂の人格部分見るから動かないようにね」
『お医者さん感…』
諸伏さんが大人しく力を抜いて目を閉じてくれるので、俺は特製魔術を起動した。
今やっているのは、諸伏さんの魂を詳しく確認・診断するための作業である。
あの事件前後から、諸伏さんの体調が崩れ出したのだ。
といっても行動不能になるほどではない。
軽く頭痛がする、耳鳴りがするとかその辺だ。
だが霊体である諸伏さんが正気の状態でそんな症状が出ること自体不自然には違いない。
そのため、このように精密検査をしているのだ。
俺は順にハスターの瞳の機能を使用、魂を完全スキャンして細かく分析していく。
MRIのようなものだ。
分解能の限界まで確認してから、ふぅむ、と息をつく。
不安そうな諸伏さんの背中をポンと叩いた。
「分からん。原因不明」
『えぇ!?!?そりゃないだろ!』
「対症療法にはなるが、薬は出しておくよ。耳鳴りと頭痛はそれで抑えられる」
魔術でできた薬だ。
通常の錠剤タイプに似ていて、飲む事で内側から魔術が発動。
効果を発揮する。
降谷さんが厳しい瞳で俺を見た。
そのまま俺に化身としての繋がりを通して念話を繋いでくる。
『君に原因がわからないわけがないだろう。何を隠している』
『………言っても態度変えたり、後悔したりしない?』
俺は手の中に一週間分の錠剤をもそっと生成する。
一回一錠、朝昼晩食後に飲む形だ。
内心を悟られないように穏やかに笑って肩をすくめた。
本当は諸伏さんにも「どうってことはない」っていうつもりだったのに。
嘘がつけなくて濁す形になってしまった。
絶対諸伏さんも疑問に思っているだろう。
コナン君もチラリと俺を見て疑うような視線を向ける。
なんで探偵はこう、少し不審な態度するだけで視線ギラギラさせて見てくるのか。
「少しコンビニ行ってくる」と言って席を立つと、すかさず降谷さんが「僕も買いたいものがある」と言ってついてくる。
もう隠し事の気配しかねぇ。
俺がコンビニ行きたいのは本当のことなのに。
とことことやや曇り空の道中を歩く。
隣の降谷さんが眉間に皺を寄せた。
「それで、なんだったんだ」
「質問の答えを先に聞こうか」
「愚問だな。隠し事は得意中の得意だ」
降谷さんはフンと鼻を鳴らした。
そりゃバーボンこと安室透なんてやってりゃ俺の百倍隠し事が上手だろうさ。
ちなみにコナン君がついてこなかったのは、出かける寸前俺に盗聴器を仕込んだからだ。
目にも留まらぬ早業だった。
みんな普通に聞いてくれよ!俺隠し事の下手なの知ってるだろ!!
「あー……諸伏さんには言わないでほしい、というか、聞かせてはいけない話なんだけど」
「聞かせてはいけない?どういう意味だ」
「直接的に諸伏さんに健康被害がある。話を聞いた瞬間、魂が空中分解する事もあり得る」
アイデンティティの崩壊によるSAN値の激減に繋がるだろう。
自分が諸伏景光ですらない、家族三人の歪なキメラだったなんて。
そんなもの、幽霊の諸伏さんが聞いてしまえば最悪魂が霧散してしまう。
「というわけで、聞いてるだろうコナン君にも言っておくと、諸伏さんには秘密でね」
「あの子、人に盗聴器つける仕草が早業すぎるんだよな。風見も一回つけられたんだが、普通に少しも気づかなかったらしい。公安の人員の中でも優秀なんだぞあいつは」
「恐ろしい子……!」
まあそれはともかく。本題に入るとしよう。
俺は無意識に息を詰めていた。
「えー、諸伏さんの症状は旧支配者クトゥルフの影響です。解除不可、進行したら即死です」
「ッ!?!?」
息を呑んだ降谷さんが、次の瞬間気色ばんで俺に激怒の視線を向ける。
それでもなんとか冷静であろうと、ふう、と緩く息を吐いて自制心を取り戻す。
この人も、激情家なのにすごく自制心強いよな。
なぜそれが赤井さんの前でだけはデロデロになってしまうのか。
「………どういう意味だ。なぜそんな魔術がヒロにかけられてる」
「かかったのは、諸伏さんが子供の頃の話だよ。彼の両親が殺された話、聞いたことはあるか?」
「あ、ああ。……そのために長野から東京に引っ越してきたと言っていた」
「その時、犯人につけられた魔術だ」
理解できない、と理解を拒む顔で降谷さんが瞳を揺らす。
そんな致死性の魔術にどうして気づかなかったんだ、と。
その上で俺の魔術の腕を知るからこそ疑問が先にたったのだろう。
燃えるような眼光で俺を問い詰める。
「なら!君が人類の使用した魔術程度、解除できないはずがない!」
「まぁな。正確に言えば解ける。解くと死ぬ。いや、『死体が、この魔術の結果動いていた』だけ、と言った方が適切かな」
「ッ……!?!?」
ひゅっと掠れた声が降谷さんの喉を通り過ぎた。
今になってこれが問題になった理由は……まあ、後でもよかろう。
ともかく今は、これが解くべき魔術ではないという事実のみがある。
「なに、を……」
「諸伏景光は子どもの頃殺されてた。母親と父親と子供の三人、まとめて惨殺された。その魂は犯人によってひとまとめにぐちゃぐちゃに丸められて、一つの人間としてこれまで育った」
「………」
降谷さんの顔色がすこぶる悪い。土気色だ。
言わねばならぬと思っていたが、遠回しにするのは俺の悪癖だった。
真実を隠して救った気になるのは隠した本人だけ。
全ての自由は向き合うところから始まる、真実に向き合える真の強者にのみ許された特権だ。
「降谷さんの知る諸伏景光という人物は、最初から魔術が作り出した諸伏家のつぎはぎの死体だ」
「そん…な……なら、今、何が……」
ふらりとよろめいて、降谷さんが目眩を堪えるように頭を押さえた。
俺は立ち止まって、まっすぐに彼を見る。
「諸伏さんを繋ぎ止めていたクトゥルフの権能が活性化してる。このままだと柘榴より派手に弾けるだろう」
「ッ、ッ……は、っは……」
「方策は探す。一番手っ取り早いのは、クトゥルフを強制起床させて、今度こそボコして追放すること。その短い間で人間側の死者をできる限り抑えられればの話だけど」
正直これは気が進まないやり方だ。
どんなに最速でやっても1000万人単位で死傷者が出るだろうからな。
多分奴も起床と同時に権能を全開にするし。
父上に恥も外聞もなく泣きついてパンチしてもらうのが最速だが。
時の神がこんな些事で動いてくれるとは思えない。
ちょろっと時を止めるのとは訳が違う。
顕現した上でタイミングを合わせて最速で抵抗も許さずクトゥルフを仕留めて外に放り出すのだ。
どれほどの捧げ物をすれば、かの偉大なる神にそんなことさせられるのか。
降谷さんが愕然と、小刻みに震える手を握りしめた。
人間ならSAN値がガリっと削れてた話だろう。
特に諸伏さんと親しい降谷さんならばなおのこと。
「ともあれ、すぐの話じゃない。諸伏さんの前ではこれまで通り振る舞ってくれ。バレたら今霧散するしな」
「………ああ」
どんよりした空気すぎて胃が重たくなってきた。
カップ麺買おうと思ってたけど、やめて鶏ももサラダにしよう。
ああ、忌まわしいクトゥルフ。
お前は必ず、俺が討つ。
・コナン君
盗聴器越しに話を聞いて、事務所で鬱鬱鬱ー鬱・鬱ー鬱鬱になってた。
・諸伏さん
絶対深刻な病気をみんなで隠してるムーヴなので震えが隠しきれない。
え……俺死ぬの……もう死んでるけど(恐怖)
・ヨグ=ソトース
「大好きなお父様♡お願い♡」って言って手作りの菓子持ってけばやってくれる。
チョロ=ソトース。