2日ぶりに探偵事務所に帰ってきて、俺はようやく一息つけた心地がした。
このオフィスビルは全館冷暖房完備だから窓を開ける必要はないのだが、何となく風を回したい気持ちになる。
降谷さんを見れば、「仕方ないな」と困った様子で風を回してくれた。
いや自分でもできるんだが、そんなの団扇で仰ぐみたいで何となく違うじゃん?
俺は伸びをして郵便受けに入っていた荷物を机の上に広げた。
「隔離中も黄衣②で多少は処理してたとはいえ、TVの仕事もあるし。やっぱ忙しいなぁ」
「君にはできれば広告塔の役割も維持して欲しいからな。負担をかけるがよろしく頼む」
「わかってるって。あと降谷さんさりげなく距離取るのやめて」
諸伏さんを盾に、降谷さんが立てこもり犯と話すように話してくる。
諸伏さんが苦笑して「ほら、ゼロは繊細だから」と雑な擁護をした。
降谷さんは隠れたまま肩を怒らせて抗議声を上げた。
「化身の回線越しでも死を覚悟するほど怒る方が悪い!あの後吐き気を催してトイレに駆け込んだんだぞ僕は。お陰で現着が遅くなったし、トイレは致死性ウィルスまみれになって掃除に手間取った」
「すまんて…」
黒い風がゲロゲロになると内側の厄災をゲロっちゃうのが悲しいところだよな。
被害者の顔で文句を言う降谷さんに、俺は深々と頭を下げた。
俺はいつもの席について書類をごそごそと取り出した。
全国各地から殺到する依頼から怪異案件を抜き出して難易度別に仕分けるのが俺の仕事だ。
降谷さんは怪異の絡まない事件を難易度分けして、高難度別に依頼するお仕事。
そして諸伏さんとコナン君がメインの実働部隊になる。
概ねいつもそれで回っているが、多少の例外はある。
嫌な予感がするやつとか、大事件になりそうなものは直接全員で回っているし。
つまりそう、人手はいくらあっても足りないものだ。
飛行船に缶詰で疲れたらしく、コナン君がソファに倒れ込んで「はぁー」と星の精をクッションに寝転んだ。
星の精が「ゲタッゲタ!!」と嬉しそうにし触手をざわめかせる。
人間なんて星の精からすれば羽のように軽いからな。
コナン君に全身で抱きしめてもらって嬉しいのだろう。
同時に、マモーさんが全員分のお茶を入れて来てくれる。
パリッとした服のナイトゴーントも一緒だ。
「お待たせいたしました、神よ。スイーツもお持ちしましたので、ぜひご一緒にどうぞ」
「ありがとうマモーさん!すご!お店みたいな苺パフェ!」
「苺を際立たせるための甘さ控えめの生クリームに上質な古都華のみを使用しております」
シェフみたいな発言も慣れたものだ。
そろそろマモーさんも本職さながらになってきたんだよな。
時々休暇を使って全世界を巡って魔術で料理解析の旅に出てるようだし。
一口含めば柔らかなクリームにイチゴの強めの酸味が絡まって非常に美味しい。
「流石!すごく美味しい!」と素直な感想を口にする。
マモーさんは全身から花を放出するみたいに幸せオーラを出し始めた。
諸伏さんが苺アイスをもぐもぐ味わってから口を開いた。
『ゼロ。ところで今回の件、黄衣の関わりはどう発表する気なんだ?』
「テロリストには神罰が下り、うち死亡した二名は人に化けた怪異だったと発表する予定だ」
『お……おいおい、いいのか?世間が混乱するぞ?』
「人と怪異を見分ける技術が警察にあるというアピールも兼ねている。それに、神が人を殺すのは外聞が悪い」
俺がちまちま協力して進めていた警察に配備されたメガネのアップデートの件のことだろう。
世間の不安に応え、変化等を見破るようにして、より怪異に対処しやすくしていたのだ。
元々カリオストロの一件で、権力者と怪異を結びつけた陰謀論への対応のため進められていたわけだが。
最近では深きものどもの活動が活発になってきている。
「人に化けた怪異が正体を現した!」と題した動画など目撃証言が広まって、警察も対応に苦慮していたところだ。
もはや伏せておくことすら国民の不安を煽る段階にまできてしまっている、と言っていいだろう。
降谷さんは軽く肩をすくめて背もたれに体重を預けた。
「悪い怪異は神が処理する。だから国民は何の心配もなく、悪人の対処のみが人の仕事だ。そのように印象操作で世間の目を誤魔化すんだ」
『黄衣は悪人も処すけどな』
「それなんだよな。今回の裁判の進め方が本当に苦しくなった。すでに被疑者は十分以上の罰を受けてる状態からスタートだ」
俺はむすっとして手をピンと上げるなどした。
「意義あり!俺は軽く10年テロリストどもをコトコト煮込んだだけだ!」
「被疑者を10年浴槽に監禁しただけでかなりの拷問に値するが?」
「あっす。うっす」
俺は都合が悪くなって黙り込んだ。
伝統的なニャル仕草である。
ジト目の降谷さんがため息をついて頭をかく。
「なんにせよ、今後は神の罰だったとして処理を進めさせてもらう」
「でも俺、みんなに自分の魔術で犯人を隔離したって言っちゃったけど」
「問題ない。表向きメディアには神が手を差し伸べたとだけ説明するが、飛行船のクルーには黄衣君のその魔術こそが『神に助けを乞う魔術だった』と伝える予定だ」
なるほど、と俺は頷いた。
それならば矛盾は生まれないし、善人だった日売TVのディレクターさん達が漏らしても角が立たない。
降谷さんが難しい顔をして腕を組む。
「無論口外しないよう言い含めるが、少なくないクルーが乗り合わせている。黄衣君には、批判や要らぬ詮索を受けてもらうかもしれない」
「いいよいいよ。このことがバレて『怪異を使ってズルして有名になったんだろ』って疑われることだろ?怪異探偵として今までもそうだったし今更だよ」
この手の噂は前からある。
俺が怪異の依頼を中心に受けているのは前々から公表していたし。
その際に手に入れた怪異品で不正を働いてるんじゃないか、ってのは以前から話はずっと水面下で燻っている。
というか実際魔術を使ってるし、事実無根でもない。
人の嫉妬は限りないもので、噂と流言飛語には事欠かない。
有名税として受け取るのみである。
降谷さんが微妙なもにょり顔でフォークを手の中で転がした。
「君、本当に人間には慈悲深いな。あれだけ怒りっぽいのに、テロ首謀犯から聞いたぞ。初めは100年の釜茹でだったところを、コナン君の嘆願を受けて10年に変えたと」
『怖すぎワロタ。閻魔大王か』
「閻魔大王やめろし。というか犯人、そんなこと覚えてたのか。体感十年きっちりあったはずだから忘れたと思ってた」
「それだけを心の支えに時間を数えてたらしい。君、ご丁寧に時計を置いていたそうじゃないか」
「うむ。時間わかると嬉しいかなと思って」
福利厚生の一環である。
よくこういうのって壁とかに日数刻むイメージがあるけど、あの空間には刻む場所がないからな。
数える手間がいらないように日数カウントダウン付きの時計を置いてあげたのだ。
コナン君が星の精を抱きしめたままぶつぶつ文句を言っている。
「ほら、黄衣さんも酷いのに。降谷さんも僕のこと叱ってくるんだ。向こう見ずすぎるって」
【ゲタ……】
「う、うん。ごめん。星の精には心配かけたよ」
【ゲダゲダゲダ!!!】
いつもはコナン君の全肯定BOTな星の精も、こればっかりは同意しかねるらしい。
お怒り泣きの星の精にコナン君がムニュムニュされている。
コナンくんが救出されてから萎むほど泣いたからな、星の精。
相変わらずコナン君は俺には撫でさせてくれないようだ。
俺が撫でに行くと、星の精でサッとガードされてしまった。
俺はそのままむしゃくしゃして降谷さんを撫でくりまわそうと手を伸ばす。
するとニュルッと降谷さんは真顔のまま風になって逃げ出してしまった。
反対側に再具現してパフェをもぐついている。
ノーセンキューということらしい。
俺が横を見ると、諸伏さんがソファの後ろに隠れた。
みんな逃げる……どうして……。
俺はぶっすりと近場にいたナイトゴーントを撫でくりまわした。
犬を撫でるつもりがデカいイモムシを撫でてしまった気持ちだ。
全然嬉しくない。
ナイトゴーントはしおしおになって枯れてしまい、誰一人幸せなもののいない空間ができあがる。
遠くからマモーさんが見ている。
いや、流石に財界の帝王マモーさんを撫でるのは失礼すぎるので無しだろう。
俺はぺこりと頭を下げた。
マモーさんがナイトゴーントよりしおしおになってトボトボ給湯室へ戻っていく。
なんだこれは。いったいどうすればよかったのだ。
降谷さんが目を細めて言葉を落とす。
「しかし結局、深きものどもの真の目的は掴めずじまいなのが気がかりだな」
「まあな。いくら魂を絞っても、知らないものは答えようがないってのがなぁ。他の魚は阻害の加護で見つからないし」
あの場でのバイオテロの目的は、疱瘡神満載の飛行船を都心に落として政府を混乱させることだ。
それはあの魚達も理解していた。
それ以上のことを知らないと言うだけだ。
恐らくは、真相としては俺の目を逸らすことが狙いだったのだろう。
だから日本の首都、俺の滞在している都市を標的にしたのだ。
ああ、忌まわしい。
まだまだ、気の抜けない日々が続きそうだ。
・深きものどもの
「ちょっと都心で爆発騒ぎ起こしてハスターの目を逸らすつもりが、人間の悪どい計画で飛行船ハイジャック疱瘡神解放バイオテロして政府を脅す話になってしまった…」
「神海島の封印開放施設についてはバレてないな!?」
「たぶん。でもあの人間悪すぎて俺らがトレジャーハンター使って遺跡を整備してるのを脅しの材料に使おうとしてた」
「大丈夫、奴らはハスターに見放されたからもう死んでるはず!」
「ニュース見ろ!生きてるらしい!」
「!?!?!?」
あんだけ旧支配者激怒させて────生存!?
人間、恐ろしい子……!!!