いつも通り俺がパペットになって事件解決したのち。
早速、車内で死んだプログラマーさんの日記を確認することになった。
急遽必要になった時のためにPCを持ってきておいて正解であった。
みんなでバンの中に乗り込み、肩を寄せ合ってPCの画面を覗き込む。
以前買ったフロッピーディスクドライブを折りたたみPCに接続。
板倉さんの日記を開いてみる。
さて、フロッピーの中には、簡素なメモアプリを元にした日記システムが組まれていた。
どうやらプログラマーさんが自作したらしい。
しかも特殊な形式の非常に軽量なメーラーが付属している。
ひとまず二年前の記録を開いてみると、黒の組織の人員と接触したであろう記述が発見できた。
「組織って案外手広くやってるんだね」とコナン君がぼんやりと独り言を落とした。
諸伏さんがくつくつと笑いを漏らす。
『現役の探り屋としてのコメントをどうぞ、ゼロ』
「ついこの間なんか悪どい政治家とニコニコお茶会する仕事があったよ。はは、日本に害しかもたらさない羽虫どもめ…」
『ゼロ、ラディカルな発言は謹んで』
おっと降谷さん、人間を羽虫とか呼び始めたぞ。
たぶん無意識だろうが、まあそこまで魂を侵食されていればさもありなんか。
話を戻そう。
二年前の春頃、関西弁の男がプログラマーさんの元にやってきていたらしい。
開発中のシステムソフトが目当てなようで、断られると素直に去っていったようだ。
しかもこの日記。
覗き見を防止するためか、文字を反転させる炙り出しの手法が使われている。
背景色と同じ色の文字色を使って、カーソルでドラッグしないと文字が出てこないアレである。
なんというか、いにしえのネット文明と言った感じで味わい深い。
コナン君が日記を一通り確認しながら、降谷さんの方を振り返った。
「安室さん、組織がプログラマーを集めてたことは知ってた?」
「そのぐらいはね。でも僕は宮野さん達のいた薬学系に主に探りを入れてたから、プログラム分野で何をしていたかまでは…」
『俺も当時は政界との癒着状況を調べてたぐらいで、大した情報は握ってないな』
「そっか…でも、板倉さんと組織の取引は今でも続いてたってのは大きい収穫だね」
プログラマーの板倉氏は結局組織の脅しに屈する形で取引を承諾したらしい。
しかしながら己の信念と葛藤。
開発途中のシステムソフトのデータを組織に渡して、海外に高跳びしようとしていたことが日記には記されていた。
まあその前に野良殺人事件で殺されてしまったが、そこは運命というべきか。
車内にひやりとした危機感のようなものが共有され。
板倉氏は魔術の域にまでたどり着いた可能性のある天才プログラマーだ。
そんな人物が「人類のために開発を断念した」ソフトを、組織は欲していた。
降谷さんが怜悧に目を細めて思考を整理したらしい。
少しだけ肩を回して息を抜いたようだ。
「ひとまず板倉さんの別荘に先回りして件のソフトを入手して、コピーを作っておこうか」
『だな。本体はバーボンの方で組織に渡しておいてくれ』
「えっ、渡しちゃうの!?」
コナン君が目を丸くした。
そんな危険なものを組織に渡していいのか、という話だろう。
降谷さんはあっけらかんと笑って言う。
「どうせ作りかけだろう?バーボンの点数稼ぎに使わせてもらうさ。もし実際のプログラムを見て問題があるようなら、黄衣に手を加えて貰えばいい」
降谷さんが爽やかに俺にウィンクを飛ばした。
他人が長年かけて作ったプログラムをちょちょいのちょいで書き換えられるわけもあるまいに。
無茶をおっしゃる方だこと。
大きなため息とともに、俺はのっそりと肩をすくめた。
「わかったよ。それで、もし処置が必要な場合はどれくらいで仕上げればいいんだ?」
「今日の午前0時に来るというメール次第でもあるんだが、遅くとも明日早朝には終わらせていて欲しいな」
「なるほど。世のプログラマー激怒な件」
「特にこの局面でバーボンが提出を渋る理由がないし、明日の昼には組織の方に渡すつもりだから。頼んだよ?」とニコニコ安室透モードで降谷さんが微笑んでいる。
何という無茶振りか。
いや俺ならできるけど。できるけどこの調子で公安の部下に仕事を投げているのかと思うと戦慄を隠しきれない。
こりゃ目と手でプログラムを追っていたらお話にならないな。
データごと俺本体に取り込んで、魔術で上書きする形にしたほうがいいだろう。
むむむ、と唸っていたら、日記を見ていたコナン君が最後の行にも炙り出しがあることに気づいたらしい。
これ、とコナン君が炙り出しを指さした。
見ると電話越しに組織の女が言ったという、謎めいた文言が英語で記されていた。
日本語に訳すなら、このぐらいになるだろうか。
我々は神でもあり悪魔でもある。
何故なら時の流れに逆らって、死者を蘇らせようとしているのだから。
潜入捜査官二人組は特に反応もなく、冷めた目で文言を確認した後、今後の作業計画に話を戻した。
コナン君はPCを前に少しばかり考え込んでいるようだ。
ふむ、死者蘇生か。
文字通りの意味ではないかもしれないが、魔術的に見れば割とある話だ。
とはいえ基本的に蘇生したところで魂の強度の問題をクリアできないから、結局出来上がるのは自我のないゾンビなんだけどね。
ふと、コンコン、と車の窓が軽くノックされた。
見ると、窓の外にはニット帽を被った目つきの悪い男が缶コーヒーを持って立っていた。
たしか明美さんの彼氏のライ、だったか。
隣には幽霊状態の明美さんがライと腕を組むような格好で手を振っている。
擬似デート中らしい。
ライさんの方は全然見えてないだろうに、明美さんもよくやるものである。
ライさんは若干顔を綻ばせて、左手をあげて挨拶した。
「やあスコッチ。奇遇だな。こんなところで会うとは」
『お、おう。悪いな、今取り込み中で』
やや困った様子の諸伏さんを助手席側からぐい、と押しのけて降谷さんが顔を出す。
笑顔なのに背後に金剛力士像のスタンドが浮かんでいるように見える。
え、何コレ降谷さんてばスタンド使いだったの……?
「何の用です?日本で違法捜査に明け暮れているFBIが」
「バーボンか。それではまるで日本警察のような口ぶりだが、宗旨替えでもしたのかな?」
「抜かせ、米国の犬が。僕の所属ぐらいそちらとて大方予想はついているはずだ。何の用だと聞いている」
噛み付かんばかりの剣幕だ。
凄まじい嫌いっぷりに俺も思わず目をまん丸にしてしまう。
「いやなに、せっかく俺が勇気を出してラブコールを送ったのに、さっぱり返事がないものでな。スコッチに本意を確かめにきたのさ」
肩をすくめるライさんの様は実に欧米といった感じで、ハリウッド映画のおしゃれなワンシーンで出てきても不自然ではない垢抜けた雰囲気だ。
どうやらこの間のバスジャック事件の時の返事を聞きにきたらしい。
まだ諸伏さんが連絡してなかったのか、と少し意外な気持ちになる。
「あー、それなんだが」と諸伏さんが申し訳なさそうな顔で話し出せば、すかさず降谷さんがインターセプト。
殺気さえ籠った眼光を光らせた。
「返事がないということは脈がないということだ。間抜けなFBIにはそんな常識も分からないらしい」
「そう言ってくれるな。君こそ執念深く俺の後を追いかけて、随分熱烈だったじゃないか」
「……それ以上無駄口を囀るならその脳天に風穴を開けるが」
ついに降谷さんはマジギレの顔になってしまった。
俺は震えてコナン君に縋りつき、目立たないように後部座席で小さくなっておいた。
こんな怪獣大決戦に巻き込まれたらどんな流れ弾に被弾するかわかったものじゃないからな。
見かねた諸伏さんが降谷さんを押しのけ、会話に復帰する。
『わかった、すまなかったライ!後日改めて返事を送るからこの場は引いてくれ!』
「ほー、これはありがたい。俺もまだフられてはいなかったというわけか」
諸伏さんの後ろで般若面晒している降谷さんがジイッと穴が開きそうなほどライさんを睨んでいる。
「またな」と軽く手を振って去っていくライさんの後ろ姿はやや軽やかで、俺は「強ぇなこの人」以外の感想を持たないのであった。
・ニャルラトホテプ
己の親友は人間の友達が欲しいらしい。
仕方ない、なら自分が人間になればいいか、とニャルラトホテプは思った。
羽虫はいつだって気に食わない。
脆いくせに出しゃばって、親友の心を揺さぶっていく。
でもまあ、自分が羽虫のフリをすれは、友人も多少は傷つくことが少なくなるはずだから。
・諸伏さん
日に日に、親友が変わっていく。
少しの所作、考え方、癖。本人に自覚はないようだが、確かにゆっくりと、それは変容していっている。
焦燥感の中、諸伏はアレに直談判した。「親友を侵食するのはやめてくれ!」と。
アレは言った。
「貴方の類稀なる魂の強度からすると、その親友はこのままだとあなたを置いて消えてしまいますよ?」
「ひとりぼっちで現世に残されて、長い時の中でゆっくりと孤独と飢餓の中崩れていくんです」
「……ねえ」
「親友と、長く一緒にいたいと思いませんか?」
奴は、悪魔だ。