ズフ王国とやらで大事件が起こった。
聞いたことない国だが、それはともかく。
俺がそれを知ったのは、ルパンから事件当時一次情報が来たからだ。
なんでも、そこの独裁政権がその地に残る古代遺跡を使って神格を呼び寄せようとしたらしい。
元々、国際社会では怪異という新エネルギーについて解明・利用しようという機運は高まっていた。
やはりシンガポールで俺が海賊をタンカーごと遥か空に舞上げたのが大きかったか。
ズフ王国でも、軍を投入して怪異の研究を進めていたようだ。
そうして、ルパンが遺跡に眠る財宝を狙う最中、すったもんだの末に儀式が発動。
旧支配者シノーソグリスの招来魔術が完成したわけである。
シノーソグリスは死の神だ。
霧を纏って現れ、死と幻を撒くもの。
ズフ王国の意図はわからないが、恐らくはその死の権能を軍事利用しようとしていたのだろう。
近隣国家に圧力をかけられていたようだから、核兵器の代わりにでもなると思ったのかもしれない。
予定外だったのは、当のシノーソグリスが召喚を拒否したことだ。
シノーソグリスは俺の「彼方より来たりて饗宴に列するもの」の機能を知っていた。
だから召喚と同時に発動する多重デバフを嫌がり、向こうから門を閉じた。
しかし一瞬繋がった門から、国民の8割の命が吸い取られ。
ズフ王国は一瞬で死の国と化した、というわけである。
多分シノーソグリスの権能が漏れただけだろう。
本人としては鼻息がちょっと入り込んだだけぐらいのものだと思われる。
もちろん、不当に人間の魂を傷つけたシノーソグリスは俺がカニ足全部引っこ抜いてやった。
まじふざけんな人間大量に殺しやがって調子乗んなや。
ふてェ野郎だ。ぺっ。
ともかく。
現在、そんなわけで俺たちは緊急で政府に呼び出されているのである。
降谷さんも一緒だ。
俺たちは有識者枠というか、怪異についての専門家という立ち位置だ。
完全に聞き耳排した高セキュリティの場所──官邸でもないが、詳細は明かせない──にて、ひっそりと情報交換を行う。
「つまり、彼の国は貴方以外の神を呼び出そうとして、その神に危害を加えられたと」
この件の担当者さんであるスーツの男性が、萎縮した様子でおずおずとこちらを見た。
最近外務省に新設された、怪異系の窓口担当さんだ。
高度な専門知識が必要ということで俺たちがひいこら情報を詰め込んでいる。
だが、さまざまな神話的知識を得てしまい、会うたびに顔色が悪いのが可哀想ではあるんだよな。
今日も青ざめた顔色で会議室に入ってきて、具合が悪そうだ。
そろそろSAN値回復魔術をかけてやるべきか。
降谷さんが担当官さんの問いに頷きでもって返した。
「はい。人間的価値観で言えば、そうなります」
「神の側は違うと?」
「人は、意識して蟻を踏んだりしないでしょう。たまたま足を下ろした先に居たとて気にも留めない」
「それは……」
「我々は例外だとお考えください。神の基準で言えば、羽虫に猫撫で声で話しかけている異常者だ。対話も交渉も意味をなさない。雨で溺れる蟻を摘んで助けるものなどいません」
ある種の冷酷さを孕んだ響きであったが、それは間違いなく正しい言葉だった。
律儀に信仰に応えるツァトゥグアですらほぼ奇人変人の域なのだ。
旧支配者は普通、戯れに蟻の巣に砂糖菓子を落として、砂糖の塊に押し潰される蟻を戯れに眺める程度のことしかしない。
そういう意味で、各国が俺を計りかねているのはよく理解できる。
なにせ、「あれが本物の神であるのなら、人間的尺度そのものたる国家なんて概念を解するはずがない」からだ。
超越者が日本国のみを贔屓にする意味も理由もない。
担当官さんが多分に恐れを含んだ声で問いかけた。
「それは、それほどまでに恐ろしいものが、本当に数多存在しているのですか?」
「はい。この宇宙の支配者は人ではなく、生命体でもない。生も死もない超越者達の領域です。国際社会での認識は違うようですが」
「……国際社会では動揺が広がっています。人間社会のより良い発展のため、この犠牲を無駄にしないため、日本は知見を公開しろと圧力を強めています」
「神の恐怖を伝えることは必要かとは思いますが、それでは納得しないとお考えなのですね」
「恐らくは。神を、その。日本が上手く『制御』する術を隠しているのだと考えるでしょう」
「………頭の痛い問題だ」
降谷さんが沈鬱そうに視線を伏せた。
俺が聞き分け良すぎるだけなんだが、俺以外の神を知らないんだから仕方ないところはあるんだよな。
俺は子猫を愛でるように人間を愛でるが、その気持ちで他の神に突っかかったら危険に過ぎる。
それこそ、今後ズフ王国みたいな事例が多発したらと思うと、何か対策を講じねば致命的な事態が起きかねない。
なんとかして危険性を周知したいところだが。
俺は事前の降谷さんとの打ち合わせ通り、釘を刺すべく言葉を紡いだ。
「重ねて言うが。俺は権能を人同士の争いに使うつもりはない。また、加護を人の争いに使うことを許可しない」
「!!……はい。承知しております。日本国も、その旨理解の上動いております」
担当官さんは酷く緊張しながら頭を深々と下げた。
圧をかけるのは可哀想だが、間違いがないよう確認は必要だ。
難しい話なんだよな。
これだから政治は嫌いなのだ。
「ひとまず、我が国としては神のご厚意で力を賜っていること、それは人が干渉できる話ではないことを国際社会の場で正式に公表いたします」
「お願いいたします。資料はお渡ししたとおり、もし不明点があればご連絡ください」
「ありがとうございます」
担当官さんは降谷さんに頭を下げてから、少しだけ逡巡した様子を見せた。
「………この宇宙には、人以外の知性体もいると伺いました」
「はい。シャン、古のもの、原ショゴス、イ=ス人。多くの知的生命体が存在していますね」
「その…他の知的生命体は、どのように神に対応しているのでしょう」
これは結構根源的な質問で、かつ実に日本人らしい質問だった。
他の人はどうしてるの?ってやつだ。
降谷さんは少しだけ笑って丁寧に回答した。
「種によってさまざまですが、概ね神の寵愛を得ようと種をあげて努力を重ねています。高度な科学力を持つものは神の災いから逃げる術、あるいはリスクを分散する術を研究しているようです」
旧支配者の災いから逃れるというと、まず真っ先にイ=ス人が挙げられるだろう。
あれらは滅びを精神転移と時間移動によって回避している。
遠い未来必ず滅びるが、それでも多くの危機を回避してきた実績がある。
リスク分散という意味ではミ=ゴが当てはまる。
奴らは各地に拠点を築く高度な文明でもって完全な滅びを回避している。
旧支配者からすれば、各地に散らばる蟻を虱潰しに探すなんて面倒臭いしつまらないことするはずがない。
事実として、俺も冥王星の拠点を潰しただけで手打ちとした。
とはいえ。
それらは文明の成長まで種が持てばの話だ。
大抵の場合はその前に神の気まぐれに巻き込まれて滅びることになる。
担当者さんはごくり、と生唾飲んだ。
指先が細やかに震えている。
降谷さんが穏やかに静かに笑って口を開く。
「ご安心ください。我々は人類を、日本を愛している。必ず守る。滅びさせはしない。永遠の繁栄を約束する。だからどうか、不安にならぬように」
それは俺と降谷さんの総意だ。
人類は確かに歴史を紡いでいく。それを俺たちは祝福する。推奨する。守り慈しむ。
永劫に。
何故か担当官さんはさらに怯えて縮こまり、挙動不審になった。
みるみるうちにSAN値が減っていく。
なんでや。なんでこのタイミングでSAN値が減るんや。
俺と降谷さんは同時に疑問符を飛ばしたのであった。
・担当官さん
絶対この人外達は優しいようで実のところ相当怖いアレだろと思ってる。
胃痛が過ぎて吐きそう。
国際社会は何も知らんで好き勝手言ってるし神々はバケモンだし。
きっと、神にとって人間は愛玩動物に過ぎないのだ。(SAN値チェック)