コナン君が降谷さんに呼び出された。
黒の組織関連ということで、俺も気になってゾロゾロとついて行くことにしたなり。
というわけで、俺たちは今留置所にいるわけだ。
「ねぇ、ベルモットが僕に面会を求めてたって本当?」
「真意は定かではないが。僕に対しても以前から牽制していたよ。江戸川コナンを傷つけるなと」
個室で相手がたの到着を待つまで、俺たちはまったりと雑談しているわけである。
しかし謎だ。
組織幹部が「コナン君を傷つけるな」だなんて、何だってそんなこと気にするんだか。
それを同じ幹部のバーボンにまで言っているらしいし、まるでコナン君を守りたいようにすら見える。
コナン君が工藤新一だということも知っていたって話だし、一体何を考えているのやら。
コナン君が難しい顔をして顎に手を当てた。
「どこの諜報員でもないんだよね?」
「ひとまず自分の飼い猫だと名乗り出る国はいなかった。捨て猫でなければの話だが」
降谷さんの返事はそっけなかった。
捨て猫とは、世知辛い話であることよ。
命を賭して犯罪を暴こうとして、当の国家に見捨てられることがあっていいはずがない。
まあ、ベルモットに関しては謎が多いから、捨て猫とも限らないわけだが。
降谷さんが指を立てて数を示した。
「彼女の要求は二つ。江戸川コナンの身の安全と、面会を幾度か。それを守れば情報を吐いた体で振る舞うと司法取引が成立した」
「吐いた体?」
「すでに組織は僕が掌握しているが、公安の諜報員が犯罪組織を乗っ取ったのでは外聞が悪いからな。協力者を作って壊滅させたとしておきたい」
なるほど、と俺も頷いた。
悪の組織の乗っ取り操縦はあまりにニャル仕草が過ぎるからな。
ニャル化身時代の悪行で、まだ降谷さんってば組織から恐れられているらしい。
それをなんとかしておきたくて、ベルモットに取引を持ちかけたということなのだろう。
そのあたりで時間が来る。
ガラス越しの向こう側に入って来たのは、まさに絶世の美女であった。
麗しのブロンドの長髪は、ろくに手入れできないこの場所ですら流れるように美しい。
顔には疲れも見えていたが、凛とした美しさが垣間見える。
まさにハリウッドスター、大女優の名にふさわしい女性であった。
ベルモットは明るく小さく手を振った。
「はぁい。クールガイ。久しぶりね」
「呼ばれたから来たけど、一体何の用だよ。つか何考えてんだオメー」
「つれないわね。こんな冷たくて寂しい場所に閉じ込められて、人寂しくなったのよ。会いにくるのといえばそこの悪魔だけ」
「悪魔とは人聞きの悪い。こうして約束通り江戸川コナンを連れて来たことに何かご不満でも?」
降谷さんがせせら笑うようなニャルニャルしい笑みを浮かべた。
もうニャル化身ではないのに、バーボンのキャラがあの時の雰囲気で固定されてしまったようだ。
本人的にも悪人エミュにちょうどいいと思っているのかもしれない。
でも空気がギスギスして辛いです。
俺はバタバタと割って入って口を開いた。
「ストップ。コナン君が帰りたそうになるじゃんか。ベルモットさんも、早いところ本題に入ってくれると助かる」
「………別に、シルバーブレットの無事を確かめたかっただけよ。昨今は神様も実在しているみたいだし、人助けに奔走して自らを傷つけていやしないかと思うとね」
少しだけ柔らかな、穏やかな顔で笑っている。
「神様が惜しんで、あなたを早めに連れていったら悲しいわ」と言葉を落とす姿に嘘のかけらも見られない。
ただ透明で静かな愛が在るだけだ。
コナン君が困惑に瞳を揺らした。
「……オメー、何で俺を」
「さあ。己で当ててみたらどうかしら、シルバーブレット。真実を射抜く弾丸のようにね」
足を組んで妖艶に、しかし希望を僅かに含んだ表情は湖面のように澄み渡っている。
少しだけ含んだ憂いは、その水の冷たさと静けさを示すようだ。
「けれど、あんなに闇深かった場所なのに、崩れてみればあっけないものね。闇の象徴のようなあのジンが裏切りに加担して。笑っちゃうわ」
「…………」
「私には冷たく厳しい監獄に見えていただけで。本当は少し息を吹きかけるだけで崩れ落ちる藁の家だった」
深い後悔がその言葉には宿っていた。
もしかしたらベルモットは、その悲しみを癒そうと、光に縋ろうとコナン君を呼んだのかもしれない。
降谷さんは特に思うところもないのか、興味なさそうに黙ったままだ。
ベルモットがその様子を見て肩をすくめた。
「でも、神様って本当にいるのね。嫌になっちゃうわ。そう思わない、バーボン?」
「意図が見えませんが」
「悪魔がいるってことは、神もいるってことよ。それは救いの形をしていないのに、確かにそこに在る。潔く居ない方が諦めもついたのに」
大きなため息はカリカチュアじみて大袈裟だった。
その裏にあるのが絶望と諦観であるのは明らかだ。
「助けて欲しかったのに」という声の裏返しであることは、俺の経験からすぐに察しがついた。
俺は静かにベソベソした。
俺に対して助けてほしかったってミーミー泣いてる子猫がおるねん……。
悪いことたくさんしてたのは分かるけど、そもそも俺が助けてやれれば悪事なんて働いてなくてぇ。
メソメソ。
降谷さんがくだらないと冷徹な声を出した。
「神にとってみれば、人などと言う羽虫を助ける道理などない。貴女、藪蚊に住み良いカゴと餌を用意してやったことでもあるんですか?」
「……そうでしょうね。でも、そんな中にも美しい者はあるの。それだけでも、せめて──神が守らないのなら私が、守っていきたいと思ったのよ」
信仰告白にも似た、清廉な誓いだった。
それがコナン君を気にする理由か。
遠い思い出を美化するような響きに、降谷さんは瞬いて鼻を鳴らした。
「意外だ。貴女にそんな感性があったんですね。腐り切った毒林檎だとばかり思っていましたが」
「悪魔に言われたくないわよ。今まで汚い人間ばかり見て来たけど、貴方は群を抜いてるわ。警察組織で何を企んでいるのかしら」
「人聞きの悪いこと言わないでください。取引は貴女でなくてもいいし、口さえついてれば構わないのをお忘れですか?」
再び冷戦状態に移行したようだ。
俺は「へーーい。優美な罵り合いはやめてね。胃が痛くなるよ!」と横移動した。
ベルモットがやや興味深そうに俺に視線を合わせる。
「あなたがシルバーブレットの保護者をしてる黄衣ハスタよね。組織が幾度狙っても殺せなかった不死者。怪異の専門家なんですって?」
「まあ、そうだな」
「あなたから見て、神ってどんな存在かしら」
何とも宗教的な問いかけだ。
多分「怪異の専門家から見た神って実際どんな存在なの?」みたいな意味合いだろう。
俺は眉間に皺を寄せて、うんうん唸った後に口を開いた。
「……地域猫ボランティア活動員?」
「はい?」
「野放図に餌をやるのはボランティア失格なんだよな。きちんと永く共生できる仕組みを作っていかないと。本当はシェルターに入れてお世話してやるのが一番いいんだけど。俺の妻が人間嫌いだし。今は家で飼ったら怒られるから」
「黄衣君。今からグーで殴るがいいかな」
「あっ何でもないです忘れて」
俺はサッとコナン君の後ろに隠れた。
ベルモットはしばらく理解が追いつかないのかパチクリと瞬いて。
ニヤリとチェシャ猫のように微笑んだ。
「へぇ。バーボンがこの場に一緒に連れてくるから何かと思ったけど。なるほど、随分素直で可愛らしい主なる神なのね。悪魔の身で苦労人だなんて」
「処分されたいんですかベルモット」
「あら。褒めたのよ。どんな化け物かと思ってたけど、意外に素朴で善人じゃない。シルバーブレットを保護するなんて見る目もある。安心したわ」
「ベルモット」
降谷さんがニャルおこの険しさを見せたので、ベルモットは両手をあげて降参のポーズをとった。
俺は極寒の気配に触手を縮れさせてメソメソとコナン君の後ろで震えているだけだ。
そのあたりで時間が来て、職員さんが呼びに来た。
ベルモットが優しい笑みで退出する。
俺たちも同じように外へ出て、あとは帰るだけだろう。
降谷さんがジト目で俺を見ている。
「君、口の締まりがなさ過ぎるんだが。この間の公安研修内容は覚えてるか?」
「だってぇ、神が隠し事って道理に合わなくなーい?神が黙ってたら話が始まらないしぃ」
「君は許可が下りた場所以外では喋ってはならないというシステムを導入する案が出ている」
「うす!今後このようなことがないように精進いたします!」
俺はビシッと敬礼した。
コナン君が「口だけなんだよなぁ」と言う顔をしている。
いや、アレなんだよな。
俺は根本が「失敗してから致命的なようなら魔術で取り返せばいい」の発想なのでダメではあるんだよ。
全能が故の悪い癖だ。
「予防」を常とする公安とは相性が悪い。
え、そんな高尚なことじゃない?
俺がライブ感で生きてるだけ?
はい。その通りです……降谷さんその目やめて俺の触手に穴開く……。
まあともかく、ベルモットがコナン君を思っているのは間違いないだろう。
コナン君はどこか思い悩むような表情で、閉じた扉を振り返った。
気付かぬうちに傷つけたものと同じくらい、気にも留めぬまま救ったものもある。
これはそういう話だろう。
・ベルモット
罰と救いをを与える絶対者はいなかったけど、限られた範囲で人を慈しみ救おうとするものはいた。
なら、この世も捨てたものではないかもしれない。
ただし悪魔、てめーは別だ。
・降谷さん
この失礼な腐ったリンゴ処分していいですか???