祭りの時間が始まった。
儒艮祭りには、ひしめくほどの観光客が集まっている。
その中には著名人も混じっていて、俺はやや顔を隠した。
せっかくの旅行中に怪異探偵と会うなんて不安な思いをさせたくないからな。
割合としては魚4人間観光客6ぐらいだろう。
皆、儒艮の矢の抽選のため番号表を持っているのが目に入る。
事前予約が必要なため、俺たちの参加はできなかったのが残念だが。
どうせこのたくさんの人間の中で当たるのは3人だけだし、意味のない話だろう。
というかよく見たら魚達も応募しとるやんけ。
キャッキャして当選発表を待って井戸端会議に花を咲かせている。
お前ら元から不老だろうが。不老長寿の矢を当ててどうすんだよ。
「あの儒艮の矢って、何か特別なアーティファクトだったりするの?」
コナン君が問いかけてくる。
俺はふるふると首を振った。
「いや。ハイドラのたてがみを結えたただの矢。ハイドラの死骸から持って来たのかな?古そう」
「ハイドラって?」
「旧支配者クトゥルフの肉片。ダゴンと一緒。バージョン違い的なやつ」
ハイドラは女神とも呼ばれていて、多分女なのだろうとは思われる。
雌雄があって普通に生殖するあたり、旧支配者には至らない存在だ。
でも敬われていることを思えば、魚達が欲しがるのもまあ理解できることなのかもしれない。
木の板に多少の加工をして、炎の文字を使った抽選発表を終えればイベントは終わり。
引き換えがあるということで、受け渡しは二時間後に儒艮の滝でと事務連絡があった。
俺たちは抽選に参加しなかったので関係ないことだ。
ひとまず、近場の宿屋に戻ることとする。
チェックインして、部屋に荷物を置く。
荷物の上に星の精が飛び乗って、謎の勝利ポーズをとった。
勝ち誇る星の精にコナン君が「降りようね、荷物潰れちゃうよ」と窘めている。
諸伏さんがうろっと部屋の中を散策しながら──盗聴器の有無を調べている──口を開いた。
「どうする?聞き込みしようにも口が固いぞ」
「うーん、そうなんだよね」
俺は深刻に頷いて腕を組んだ。
「仕方ない。この手は使いたくなかったんだが」
『お、何かいい案でもあるのか?』
「降谷さんと服部君を一時的に深きもの化させて、同族だと思わせて内部事情を聞く!」
「なんで僕が!!情報通な君がやればいいだろう!?」
「俺、魚のふりなんてしたら蕁麻疹が出るんだ…」
俺の滑らかな触手に大きいボツボツが出たらどうしてくれんだよ。
俺が断固拒否の姿勢をみせると、服部君が「かまへんで。でも最低限魚人知識だけは教えといてくれや」と快諾してくれた。
優しい。服部君人間できてる。
チクタクマンが「ああ待ちぃ。ハスター様が深きものどものネガティブキャンペーンするといかんからワイが教えたるわ」と割って入ってくる。
俺は膨れて畳の上に転がった。
別に有る事無い事吹き込もうってわけじゃないのに。
最大限事実を悪し様に教え込もうとしてただけなのに。ぶつぶつ。
俺はむしゃくしゃのままに星の精に抱きついて顔をうずめた。
瞬時に星の際は「ピャッ⁉︎」と変な声を上げ、心底嫌そうな顔で俺を押し除けた。
星の精、お風呂入る……。
「黄衣さん、星の精が嫌がってるよ。セクハラはダメ」
「そっか、女の子やん。大変申し訳なかった…」
俺は深々と星の精に頭を下げた。
星の精は嫌そうな顔をしつつ、「クス」と言って俺の頭を撫でた。
抱きつくと嬉しいのは星の精もわかる。次から気をつけろ。
すごく優しい星の精だ。
人間できてないのは俺だけ。ちくせう。
さて。
そろそろ服部君達への魚基礎知識の説明も終わっただろう。
チクタクマンが軽く深きものどもに関するまとめスライドを作成してくれたら視聴。
スマホにスライドデータも転送してくれていた。
それを2人は再度読み込んでいるようだ。
降谷さんに声をかけて、進捗状況を確認する。
「どう?分かった?」
「ああ。設定は目覚めたばかりの人間生まれの深きものとする予定だから、本能に関わる最低限の知識だけだがな」
「まるで貴種漂流譚やな。庶子として育って己の生まれに気づく。人間への差別意識の一つもありそうやけど」
「あると思うぞ。観光地だから隠されてるだけでな」
あの奇妙な口の硬さは、恐らくは「我々しか知り得ない」という優越感の裏返しだろう。
それを表に出さない分別があるからこそ、ここは観光地として潤っているのだろうが。
服部君は面白くなさそうにフンと息をついて、軽く立ち上がって伸びをした。
「俺はいつでもいけるで。どんな魚の化け物になる覚悟も出来とる」
「そんな酷い姿にはしないよ。軽く魚の気配を加えて、腕の片方に鱗を少し生やすだけさ。ようは『目覚めたて』に見えればいいんだ」
完全に深きものに成っていなくとも、それだけで歓迎されるだろう。
人間で言えば赤ちゃんだ。
みんな喜んで色々教えてくれるはずだ。
「俺はバックアップ役として2人を見てるから、必要になったら念話で呼んでくれ」
「了解。半魚人ともなると性格設定に変更が必要か…安室はその生い立ちにしては明るすぎるし…」
「潜入捜査官も大変やな。俺はこのまま行くで!当たって砕けろや!」
「砕けてもらっては困るんだが」
凹凸コンビながらいい雰囲気だ。
俺らはこの部屋でゆっくりするとして。
2人、チクタクマンを含めると3人が出ていくと部屋が一気に静かになったような気がする。
コナン君が「人間の敵、か」と思い悩んだように座椅子の上でそっと手を合わせた。
有名なホームズのポーズだ。
俺はその隣に転がってコナン君を見た。
「何かあったのか?」
「……彼らに悪意があったわけじゃない。彼らにも生活があって、喜怒哀楽があって。でも生態として、僕ら人間はその存在を許すことができない」
コナン君の言葉は憂鬱な色を帯びていた。
そう、深きものどもは人間社会に寄生する害虫だ。
深きものどもと人間との混血は必ず深きものとなる。
だから遠い未来には人間という種を乗っ取ることになる、凶悪な生態をしている。
である以上、相容れぬ天敵であることは揺るがない事実である。
「深きものどもはクトゥルフが生み出した生物だ。俺には滅ぼすこと以外できないぞ」
「黄衣さんになんとかしてもらうのは筋違いだから、そんなことは望まないよ。でも、ままならないなって、少し思っただけ」
「そうだな。俺でさえもどかしいことが多いんだから、人間なんてもっとずっと苦しいことばかりだ」
畳の上に大の字に横たわって、年季の入った電球を凝視する。
人間と違って眩しいみたいな概念はないので、こんな小さなことですら自由がある。
コナン君が少しだけ笑った。
「大袈裟だよ。黄衣さんだって僕らと感性は変わらないんだから、同じぐらい楽しいことがあって、同じぐらい悲しいこともあるってだけだ」
「そうかな。そうだといいな。魚を撃滅できたらもっと楽しいのに」
「それはまだだめ」
「ケチ」
俺はシクシク泣いて転がった。
コナン君の枕を務めている星の精が「クス!」と言って俺を叱った。
黄色!お前ともだちを困らせた!泣いてもダメ!
これはブーイングするしかない。
ブーブー。魚族滅!害悪種族を駆逐せよ!
諸伏さんが盗聴器の確認を終えたのか、両手で大きな丸を作って帰ってくる。
というか俺ら、確認終える前に遠慮なく喋ってたね……。
深きものどもが盗聴器使うとも思わないけど。
そのような不穏さの混じる穏やかさは。
儒艮の矢の受け渡し会場にて、島民である魚1匹の死骸が見つかったという話によって、引き裂かれたのであった。
・儒艮の矢
ありがたいハイドラ様のたてがみが結えられた山。
別になんの効果もないが、なんとなくありがたい気がすると島民にも人気。
不老長寿のお守りとして富豪相手に1本100万で取引されることもある。
古代に死亡したハイドラのたてがみを元に作られている。