被害者の葬儀には、島の魚達が参列した。
不思議にも一般的な仏教だ。
島外の住人の目を欺くうちに、その当たり障りのないやり方が一般的になったらしい。
そこからは、この島の長い融和の歴史を窺い知ることができた。
俺たちは少しばかり別の部屋を借りて、作戦会議をしているところである。
俺はモゾモゾ蠢いてブーブー非難の声を上げた。
「魚同士の殺し合いなんて興味ない……早く族滅の時間……」
「黄衣さん!めっ!きちんと座る!」
「はぁい……」
俺は渋々姿勢をシャキッとさせた。
まずは服部君の話からだ。
「俺は死んだ黒江奈緒子の話が一番収穫やったわ。どうも若いクトゥルフ信仰のグループやっとったみたいやで。夜な夜な怪しい儀式したり、魔術に傾倒したりしてたみたいやで」
『グループ、というと仲間もいたんだろ?』
「ああ。依頼文の差出人である門脇沙織と、もう1人若い女。どっちかっていうと非行グループみたいな口ぶりやったな」
クトゥルフ信仰が非行とは。
いや確かにこの融和が成功した島において、クトゥルフ信仰は現状なんの利益も齎さないけれども。
ビヤーキーの間でハスター信仰が非行扱いされたら、俺は泣いてしまうかもしれない。
ちょっぴり世知辛い気持ちになりつつ、お次は降谷さんの番だ。
降谷さんが畳に綺麗に正座して話し始める。
「僕の方は門脇沙織について聞いてきた。どうも、門脇一家は本土から移り住んできた人間の一家だそうだ」
「……んん?門脇沙織はクトゥルフ信者だって聞いとったけど」
「旧支配者の信者がいることは不思議じゃない。この深きものどもばかりの島で、阻害の中で人間として育てばな。多少の傾倒は理解の範疇だろう」
「あー、せやなぁ…」
「その上で、門脇一家が引っ越した理由は多額の借金を背負ったが故だそうだ。昼から飲み明かして仕事もせず。一時期などは消費者金融が島まで来て、住民達が難儀していたらしい」
降谷さんは「結局、島の住人達が幻の魔術で多少騙くらかして取り立て人を追い出したらしいが」と話をまとめた。
すげーな、人間のクズい部分をより集めたみたいな話である。
俺がゲンナリしていると、コナン君が眉間に皺を寄せて質問した。
「住人達は門脇一家を追い出さなかったの?」
「お前達の正体を知ってるぞ、と逆に脅されたそうだ。元々深きものどもの力をあてにして、借金取りを追い払うために利用したんだろうな。僕も関わるなと忠告されたよ」
「安定の人間クオリティ。擁護できない悪い生き物。その悪さだけはもう少しなんとかした方がいいと思う」
「振れ幅が大きいだけだ。これを平均と思ってもらっては困る」
降谷さんが俺の言葉に憮然として茶をあおるなどした。
均してもかなり悪くてズルい側なんだよな、人間。
超迷惑門脇一家を深きものどもが亡き者にしようともせず、普通に娘を受け入れてるあたり民度の違いがわかるかと思う。
コンコン、と軽く扉がノックされる。
外から福井県警の小太りの警官さんが入ってきたようだ。
すごく不安そうな顔で俺たちの様子を伺っている。
「捜査はひとまず終わらせました。ですが……どう見ても事故ですよ?川で足を滑らせて流され、偶然抜けた柵の縄が首に絡まっての事故。怪異が関係しているようには…」
「なんだか心配をかけてしまったようですみません。あ、お渡しした浮き輪の指紋はどうでした?」
「門脇弁蔵のものと一致しました。あれが一体…?」
皆の視線が鋭くなる。
昨晩の現場検証の結果発見されたものだ。
遺体は滝壺から首吊り死体状態で発見された。
語るまでもないことだが、穏やかな川程度で深きものどもが流されるはずがない。
間違いなく気絶させられて、浮き輪に乗せて意図的に流されたのだ。
死因も溺死ではなく、頚椎損傷による死亡。
俺はニコニコして警部さんに頭を下げた。
「ありがとうございます!ともかく、これは公安にも共有させていただきますのでご安心を。怪対課の案件ですので軽々にお話できないんです」
「わ、わかりました。それでは我々はこれで」
福井県警の人たちが、怯えて足早に逃げていく。
すっかり悪名高くなってしまったからな、怪異対策課。
初動で巻き添えを食った駐在さんの死亡例も結構あるし。
今までは「不審死」「行方不明」とされていたものが浮き彫りになっただけではあるが。
コナン君が顎に手を当てて思い悩んだ様子を見せた。
「怪異なら、浮き輪なんて使わなくても川の中央に投げ入れて流せるよね」
「うむ、そうだね。この島の深きものどもなら誰でも投げ入れられる」
「なら犯人は人間……?」
コナン君の呟きが、一段空気を重くした。
例えば人間が怪異を殺したとして、その罪を問うことは現行法ではできない。
法は人間の保護を目的としたもので、怪異の人権など認めていないからだ。
降谷さんが迷惑そうな顔で俺を睨む。
「ところで、そろそろ機嫌を直して欲しいんだが。君のせいで昼ごはんも喉を通らない。いくら魚が嫌いだと言っても限度があるだろうに」
「だってぇ、むしゃくしゃあ。探偵が事件解決したらすぐ族滅させてやろうと首を長くして待っててぇ」
「怪対課が到着するまであと一時間はある。少なくともそこまではまってくれ。本土の深きものどもとの関係と戸籍調査もある。君が動くのは当分先だぞ」
「やだーーーっ!族滅します!!!」
喚く俺がジタバタした、その時である。
静かな空気を裂く、鋭い声。
葬儀の行われている現場から、女性達の悲鳴が聞こえてきたのだ。
探偵2人がまず真っ先に駆け出して、遅れて降谷さんと諸伏さんが後を追いかける。
さほど離れていない部屋だ。
すぐに到着したそこは、時間も経ってもうポツポツとしか参列客はいなかった。
轟々と雷と豪雨が降りしきり、窓の外はかなり見えづらい。
だがその中でも雷に照らされて、浮かび上がる影がある。
女性の死体だ。
化けたままに殺されて、人の形のまま無惨な屍を晒している。
胸にはナイフが突き刺さっていて、その血が雨に紛れて赤黒く地面を染め上げていた。
雨に濡れることも構わず外に出た高校生組が滑らかに推理を交わした。
「長靴履いて海に行ったんか、まだギリギリ足跡がある!化け物に見せかけるため、被害者の服に鱗をつけて、波打ち際を歩いて足跡を消したんや!」
「ナイフの刺し方が深すぎる……よほど殺意があったのか」
いや、とコナン君が眉間に皺を寄せて、俺の方をチラリとだけ見る。
「なあ服部。黄衣さん、言ったよな。魚同士の殺し合いは興味ないって」
「……それは、いやまさか!」
「人間の仕業に見せかけていたとしたら。なら、この後起きる最後の犯行は一つだけだ」
「犯人役の、殺害。あかん、あかんでそれだけは!」
おや、やっと気づいたようだ。
そう。俺は魚同士の殺し合いに興味はない。
人間の悲鳴が聞こえてきたという表現は、そのものずばり。
そして彼らの行動はもう遅い。
だってもう、俺が到着した頃にはすでに人間は殺されていたのだから。
遅れて到着した降谷さんと諸伏さんも、コナン君達の愕然とした顔を見て状況を理解する。
俺は後ろからそっと嗤いかけた。
「魚には加護がついてるから見にくいんだけど、人間には加護がついてないからわかりやすかったよ。うーんと、一応魚の名誉は守っておこうか」
犯人の動機は、例の非行グループに付け火で母親を殺されたため。
普通に人間としても重罪のため、そこは汲んでやるつもりである。
被害者人間がクズなのはその通りだからな。
でもネズミをいたぶる悪猫とハエなら、悪猫の方が大切なの。
ざらりと。
重苦しく生臭い吐息を吹き付けられた感触と共に、この島を覆っていた全ての加護が拭い去られ、苛烈な太陽の元に晒される。
もちろんハスターの瞳による神罰は一時停止。
こういうのは自分でやらなきゃ面白くない。
雷雨だったはずの外の景色が突然に晴れ渡り、ポツポツといた参列客が驚きに外へ出てくる。
コナン君が叫んだ。
「まだだ!まだ疑惑の段階で、何も解けてない!」
「そう?ちょっとフライングした?」
俺はムムムと眉間に皺を寄せてむっつりとした。
第一発見者である男性の深きものが、恐怖と共に俺を見る。
「な、なんだあんた……なんでそんな、悍ましいほどデカいんだ…!」
「さて、なんででしょう。俺は優しいので、答えられるまで待ってやろうな」
どう料理してやろうかな。
まだコナン君達の推理が完成するまで待つとして。
そのあとは犯人を突き出せば辞世の句を読む時間は与えてやるとかそんな感じかな。
俺はニタニタと微笑んだ。
こういうのはニャルと一緒にプチプチするのが一番楽しいんだが。
でも。
この怒りに任せてコナン君に嫌われたら嫌だな、と。
ここまで俺に人の理を説いてくれたコナン君を裏切るのは嫌だな、と。
俺はふと思ったのである。
・激怒ハスター
手紙を服部君から渡されて、「これ怪異関係しとるか?」って聞かれた時からキレてた。
ネタバレと族滅は嫌われるので隠してたけど、ずっとキレてた。
強い自制心と苛烈すぎる怒りを併せ持つ旧支配者の勘気は始末に負えないやつ。
コナン君にタンマって言われればきちんと待つ。50年でも100年でも待つ。
で、そのあと変わらぬ火力で爆発する。