公安の魔術研修が本日開催されるなり。
今日は長く講習を進めてきて、初めての実習の日だ。
参加者は怪異対策課のものがほとんどだが、一部関係する公安の他部署の人間も参加している。
興味のある役職者なんかもちらほら。
降谷さんも補助役に参加していて、お偉いさんの視察も来ている。
会場は警視庁の広めの会議室を借りる形で確保した。
「では対応するA番号とB番号の方で隣同士ペアとなってください。机から十分距離をとって」
指示を出しながら、俺は会場中央に来て皆の見回りに入る。
前半は今回習得してもらう魔術の説明で、後半は実習だ。
今は後半の始まり。
前半が終わって10分の休憩を終えたところなので、皆やや緊張しているようだ。
後ろの席でお偉いさんがじっと様子を眺めている。
降谷さんは補佐のために席の周辺を見て回っている。
怪我しそうな人がいたら風でクッションを用意する係だ。
その他、普通に研修参加者でもあり、俺の講習の準備の手伝いをしてくれたりしている。
さて。お題は「ナーク=ティトの障壁」。
正式なものではなく、俺が簡単に発動できるように作り変えた特別版だ。
特に、正式なものは発動に際して結構なSAN値を持っていかれてしまうからな。
精神に異常をきたさないように改良して、加えて発動までの時間を10秒ほどに短縮した。
普通の人ならば三回は発動できる適度の消費なので、使いやすくなっているはずだ。
簡易的なものなので、怪異のルールによる干渉があれば容易に破壊されてしまうが。
逆に言えば一度は防げるということである。
参加者はあらかじめ配られた杖を手にしている。
杖には攻性魔術の代わりに、体がピカピカ光る魔術が組み込まれている。
防がれれば光らず、防ぐのに失敗するとゲーミングデバイス並みに七色に光る、という仕掛けだ。
皆が一斉に詠唱を始める。
これ以外にも口が使えない場合のための手印バージョン、儀式バージョンの二種類の発動方式を教えている。
原始魔術は古エイボン式と違って一個の魔術に記載方法が複数あるのが面白いところなんだよな。
思念で魔術式を編み上げる古エイボン式が一番早くて効率的だが、今回は参加者の修得容易性を重視しての選定となった。
お、会場左端の人が一番最初に魔術を発動した!
でもMP練り込みが甘くて穴だらけ!
相方が杖を振って発動したゲーミング魔術が炸裂。
術者の障壁を素通りし、七色にビカビカうるさく光り出す。
術者さんは「なんで!?」と大層困った顔をした。
5秒ほどで収まるからご安心を。
失敗魔術ではあるが結構疲れたのか、50m全力疾走したみたいに肩で息をしている。
降谷さんが周囲を確認して瞬いた。
「今のところ半分ほどか。正しく発動できたのは」
「窮地に陥った時もきちっと発動できないと話にならないからなぁ。まだ先は遠そうだ。あのスパイみたいに、転んだ時咄嗟に手が出るぐらいの感覚で発動できるようにならないとな」
「身につまされる思いだ。ふむ……こう、か?」
言葉と共に降谷さんがナーク=ティトの障壁を発動する。
俺が軽く人差し指で「ステューピファイ!」と言いながら適当な魔術を射出。
ガラスが砕けるような音と共に障壁が崩れ去る。
「合格!スリザリンに10点!」
「勝手に寮に振り分けるのやめてくれないか。僕ほど勇猛果敢な人間はいないが」
「グリフィンドールにスパイは無理だよ…。っと、ああそこの貴方!待って!文言間違い!多分そのまま発動すると障壁が体にぴったり張り付いて息できなくなる!」
慌てて割って入って事なきを得る。
普通は発動できない程度のミスが多いが、いい具合にギリ発動して自分の首を絞める感じになってしまったようだ。
止められてよかった。
物理攻撃でも壊せる障壁だから、最悪当人を思いっきり蹴っ飛ばせば解除できる。
そのことを参加者に再度周知して、「敵対者が使ってきたら蹴り飛ばすか拳銃を使いましょう」と細く説明。
いく人かがメモをとった。
周囲を見渡していると、交代しつつ順次2回目の練習が始まったようだ。
2回目以降の成功率があまりよろしくない。
たぶん疲れて集中が乱れているためだろう。
また、維持時間も全体的に短め。
継続練習が必要そうなので、まだまだ完全習得は先になりそうだ。
ふと、参加者さんのペアがこちらに駆け寄ってきて困った顔をした。
俺も傾聴の姿勢に入る。
若い怪異対策課の新入りさんのようだ。
「すみません。文言にも間違いはないはずなんですが、成功しなくて…」
「彼女、疲れた様子もないのでそもそも発動してないと思うんです」
「ふむ。ちょっとやってみて」
目の前で10秒程度の詠唱を見守る。
たしかに発動していない。
俺は女性参加者さんの肩を優しく叩いて、肩の力を抜くように促した。
「術式に供給しようとしてる精神力が多すぎるね。自分の容量を超えた水を提供しようとしてエラーになってるんだ。もう少し力を抜いて。今の気合いの10分の1でいい」
「は、はいっ!」
もう一度詠唱がつつがなく終わる。
まだ多すぎるが発動したようだ。
俺は分かるようにナーク=ティトの障壁に光を通してやった。
参加者さんの周囲をドーム上に取り囲むように光が走る。
その顔に安堵が浮かんだのを見て、俺も笑みを浮かべた。
「この調子。力を抜いて、自然体でね。自分の全力を3回に分けて、一回分の力で発動するんだ」
「黄衣君、こちらに来てくれ!体調不良者だ!」
降谷さんが呼んでいるので慌てて向かうと、2人ほど頭痛で気持ち悪くなってしまった人がいたらしい。
「大丈夫?すぐ治るから待っていてね」と声をかけて、俺がMPを5ほど供給してやる。
単にMP不足による気絶の前兆だから、これで数分もすれば回復するはずだ。
時間が短かったからか、片方はすぐに復調して「あれ、痛くない!?」と目をぱちくりさせた。
2人とも、元々MP容量が少ない人だ。
彼らには今後の練習も、1日に2回までとするように伝えておく。
生まれつきのMPの少なさは如何ともし難いからな。
二時間半の研修はあっという間だった。
魔術発動の精神疲労でヘロヘロの参加者達が、解散の合図を受けてよろよろと散っていく。
スライドなどを片付けていると、降谷さんが訝しげな声を出した。
「この授業中で5回ほど発動したが、僕は特に疲労は感じなかったが。普段の自主練習で一晩ぶっ通しで発動していたりもするが疲れたことはない。どういうことだ?」
「黒い風が人間と同じ精神力なわけないだろ。しかもなくなったら俺から吸い取ってるし」
黒い風のPOW(精神力)は人間の10倍近い。
すなわちそれだけMPにも差があるというこもだ。
なくなったら順次俺から補給されるし、人間の10倍の容量を持つ、無限に補給されるタンクがあると言って構わない。
降谷さんはややばつが悪そうに俯いた。
「………それは悪かった。負担をかけていたか」
「かつて俺は魔術王国ハイパーボリア全土のインフラMPを1人で全て賄っていた神だぞぅ。その程度の負担、負担のうちにも入らんよ。練習がんばれ」
「現日本の石油すべてを賄っていたみたいなものか?油田か何かじゃないか」
「俺こそが石油王です。札束で頬を叩くように魔術を発動してます」
「どうりで金銭感覚がおかしいわけだ。怪異品ポンポン出すし」
謎の納得とともに降谷さんがふらりとお偉いさんの方へ向かう。
もしかしたら感想か、次の構想について何か聞くつもりなのかもしれない。
目を丸くして魔法学校の実習室を見るお偉いさんが多い中、公安信者さんだけは冷めた顔だ。
彼女が席を立つ前に、俺もちょっと声をかけてみる。
「どうだろう、君永さん。彼らは使えそうかな?」
「最低限、ですね。神のご指導を二ヶ月にもわたって賜っておきながらこの体たらくというのはやはり気になりますが。今後の怪異対策の柱にはなるかと存じます」
「ははは。厳しいなぁ。俺の説明わかりづらかったかな」
「とんでもございません!ハイパーボリアの知見と世界各地の民間魔術の知恵まで織り交ぜた講義は、私もすべて聞けないのが口惜しいほどでございました!やはり参加者の意識が足りないのが問題でしょう」
弛んどる、ということらしい。
プリプリと怒っているのを見る限り、厳しいお方ではあるようだ。
俺は内緒だよ、のポーズとともにこっそりB5サイズの薄い本を具現化して、公安信者さんに手渡した。
怒ってる信者さんへの袖の下だ。
「古エイボン式の障壁魔術こぼれ話まとめ本。今回の研修に入れられなかった関連知識をまとめてみました」
「!?!?!?!?!?」
「やっぱり防御魔術はあればあるほどいいからね。習得のお供にどうぞ」
しばし固まってから。
るーーー、と透明な涙を流す公安信者さんなり。
な、泣いた…!?
「我が信仰の全てを捧げます、神よ…!」
「大袈裟大袈裟!!!これからもお仕事頑張ってください!」
俺はぴゃっと逃げ出した。
まあ、最終的に皆が一回は魔術発動に成功している
この研修も成功だったというべきだろう。
次は封印系か回復系か。
やっぱ回復系かな。うっかり足もぎ取られちゃった時とかに死なないようにリジェネかけられると死亡率減るだろうし。
封印は何より難しいし多岐にわたる。
そのように算段を立てながら、俺はふんふんと歌いながら会場を後にしたのだった。
・ナーク=ティトの障壁(改良版)
本来は発動すると半数が初手発狂するコストの重い呪文を、3回発動して全然正気ぐらいに留めたハスター改良版。
これだけで最奥の秘術扱いの価値がある。
魔術・物理・怪異ルール・権能全てに効果があり、正しく発動すれば一回は防ぐことが出来る。
・黄衣の初級原始魔術入門講座(二ヶ月)
実習は少ないものの、広範かつわかりやすい原始魔術の基礎知識がみっちり詰まっている。
現役魔術師自身知らない・気づいていない根源的魔術ルールが満載。
魔術に対する基本的な素養を育むコース。魔術師垂涎。