大変なことになった。
会見の会場に堂々とキッドが姿を現したのだ。
もちろん現場は騒然。
逃走したかに見えたキッドはあっという間に工藤新一に変装して、堂々と俺たちの中に紛れ込んだ。
そうして、俺たちは個室にキッドを放り込んで事情聴取となったわけである。
正面に据わった顔の降谷さん。
左手にはひまわりへの危害を感じ取って気が立っているマモーさん。
右手には呪呪呪装填済みの諸伏さんという完全形態だ。
キッドはしなしなに萎れて小さくなった。
「海外だから君の活動に関してはいいとしよう。本物のパンドラを狙っての行動を妨げることはしない」
「許された……」
「君が謎の組織と戦う件についても、ほどほどにお互い情報交換をするのも悪くないと考えてる」
「な、なら俺もこれで無罪放免…」
「だが日本人である鈴木次郎吉氏の所有物を狙うのはいただけない。僕の手のものが君の高校で教師やってもいいんだぞ?」
「ヤメテ!?圧かけてくるのやめて下さい!!」
降谷さんがジトリとキッドを睨みつけた。
キッドは顔を隠してヒィヒィ情けない悲鳴をあげる。
星の精がオウム姿で「白いの、悪い奴!白黒の車がおまえを連れてく!」と責めている。
キッドはますます縮こまってしまった。
この子もすごく優秀なんだが、なぜか運命のイタズラでいいとこなしなんだよな。
可哀想に……。
そんなキッドを哀れんだコナン君が、フォローのために間に入ってくれる。
「あー、みんな。裁判は被告の供述が揃ってからにしよう。で、なんでオメー、宝石とかすりもしない絵画なんて狙ってんだよ」
「俺だって絵画なんて興味ねーよ。ただ、ひまわりを狙う奴がいたからさぁ」
「狙う?」
聴衆の興味を引いたことを理解したのか、キッドはため息をついて肩をすくめたようだ。
彼の供述は以下の通りである。
キッドが親しくしている人が、芦屋のひまわりに縁のある人だった。
だからフランスのアトルで芦屋のひまわりが見つかった時から、芦屋のひまわりを気にかけていた。
しかしどうも何者かがそれを損壊させようとしている気配があって。
心配になって警備に喝を入れようとした、というのがことの真相らしい。
コナン君が「オメーさぁ、相変わらずハートフル過ぎねぇか?こんだけ余罪があったら逮捕されたら出てこられねぇよ」と眉間に皺をせている。
キッドは臍を曲げてブツブツいじいじした。
「だってぇ!あの憎らしい先輩どもが『刑務所なんて休憩スペースだぜ、小僧』『自由に出入りできて一人前なのにねぇ!』ってめっちゃ煽ってくるから!」
「ルパンおじさん…なにやってんだよ…」
ルパンに煽られたってことらしい。
俺がリスト化してやった、本物のパンドラを狙う現場で一悶着あったのかもしれない。
まあ、なんにせよキッドはあくまでひまわりの守護のために仕掛けただけということだ。
ネトネトした殺気をするりとしまい、マモーさんがいつもの好々爺モードに戻った。
キッドがビビり散らかして距離をとっている。
降谷さんが頭をガジガジかいてため息をついた。
「ともかく、この後すぐに帰国だ。君の変装なら問題なく一緒に飛行機に乗せてもらえるだろう。特に、工藤新一への変装はマスクすら必要ないだろうしな」
「了解!大人しくひまわりの警護に集中します!」
『俺が装填したこの呪呪呪が行き場を失っている…試し撃ちしたらダメ?』
「どうせ彼の背後にいる魔術師がかけた防護に弾かれるだけだろう。黄衣君に受け止めてもらったらどうだ?」
「来いよ、クレバーに抱きしめてやる」
俺が決めポーズを取れば、「黄衣は俺の呪呪呪効かないからヤダ」と断固とした拒否のポーズを取られてしまった。
なんでや。俺が抱きしめてやるって言ってるのに。
『呪呪呪は俺の魂の叫びだぞ。無効化されたら俺の心が傷つくってことを分かってない。誰だって渾身のボケをスルーされたら傷つくだろ!』
「悪霊にとっての呪詛ってそんな感じなんだ…」
プリプリ怒る諸伏さんを宥めつつ。
一時間ほどの猶予を経て、予定通り日本へのフライトとなるわけである。
ちゃっかり一緒の便に乗り込むキッドを添えて。
機体は羽田空港行きの特別ラッピングが施された旅客機だ。
これはどうやら宣伝も兼ねているようで、「日本に憧れたひまわり展」の文字が印字された黄色の飛行機になっている。
ニューヨークから日本まで、14時間30分もの旅はやはり体がガタガタになる。
俺は触手を固めただけだから特に問題ないんだが、コナン君とマモーさんは割と機内を歩き回っていた。
連日仕事でお疲れの諸伏さんは、行きと同じく爆睡。
降谷さんはここでやって問題ない範囲の仕事をしているようだ。
キッドは途中からコナン君とトランプに勤しんでいた。
なかなか白熱した試合で、イカサマを見破ろうとするコナン君となんとか誤魔化そうとするキッドの熾烈な争いになっていた。
なんかババ抜きの趣旨と違うんだけど、まぁいいか。
なお、俺はカモにされるだけだからやらないわけである。
幻術でブランケットに化けさせた星の精をコナン君の膝にかける程度だ。
ポッケに入りっぱなしは窮屈だしな。
さて、日本の羽田空港が目前に迫るあたりで、キッドが席を立った。
「なんだよ、どこ行く気だ?」
「念のためひまわりの確認だよ。せっかくだし名探偵も来いよ」
「あぁ?まぁいいけど」
仲良しな雰囲気を尻目に、チラチラと様子を見ながら園子ちゃんが蘭ちゃんに電話している。
どうやら工藤新一が来ているのを蘭ちゃんに教えたかったらしい。
今は遠距離恋愛のようなものだしな。
こまめにデートしてるとはいえ、蘭ちゃんも寂しがってる時は多い。
ううむ、これは後でコナン君を一時工藤新一に戻しておかないとな。
そのように思っていた時である。
ドン、と鈍い音が響いた。
酷く機体が揺れて、二度目の爆発音が再び機体を揺らす。
椅子で体を支えて、慌てて窓の外を覗くと、エンジンの一つが黒煙を上げていた。
空気抵抗に負けて機体がぐらつき、思わず座席にしがみつく。
降谷さんがPCを取り落としそうになって、咄嗟に風で受け止めたようだ。
混乱のままに降谷さんが俺を見る。
「どういうことだ!?黄衣君!」
「エンジン一個落ちた。機体からも煙出てる」
「またか!?呪われてるんじゃないだろうな!」
『俺は呪呪呪してないよ…ふぁぁ。多分俺にできる事ないから着陸したら起こして』
「ヒロはお疲れモードでダメだな。少し外の様子でも……ッ!?」
降谷さんの顔色がざっと青ざめ、その衝撃のままに立ち上がった。
叫ぼうとして、慌てて思い直して声を潜めて俺だけに伝える。
「コナン君とキッドが機外に放り出されてる!芦屋のひまわりもだ!」
「ウッソでしょえらいこっちゃ!?」
コナン君はこの程度で死にはしないが、キッドは流石に地面に叩きつけられれば死ぬだろう。
降谷さんは眉間に皺を寄せながら、風で周囲の様子を探っているようだ。
「貨物室外壁が爆破されたようだ。横っ腹に穴が空いて、そのせいで見に行った2人が外に吸い出されたんだろう。今、2人は空に放り出された芦屋のひまわりを確保しようとしている。2人とも飛行手段があるようだ」
「キッドはハンググライダーあるし、コナン君はマジカル星の精がいるもんな」
とはいえ、星の精は足がやや遅めなので、芦屋のひまわりをキャッチするには不向きだろう。
降谷さんも、風を下手に動かすより2人に任せた方がいいと判断したようだ。
あとは、この飛行機の安全のみ。
『皆様、現在エンジントラブルにより着陸が困難な状態にあります。シートベルトをしっかり着用し、周りのものに掴まってください!』
切迫した機内アナウンスから、状況の悪さを感じ取る。
やはり機体に穴が空いているのがまずいのか、頻繁に体勢が崩れている。
マモーさんが心配そうに俺を後ろの席から見ている。
ぐう、と寝こける諸伏さんの横で降谷さんがため息をついた。
「どうする。また神のご加護を授けることにするか?」
「そうだなぁ。今回はプロのパイロットさんがいるわけだし、空気の流れさえ安定させてしまえば自力で着陸できると思うんだよね……お、キッドが芦屋のひまわりを掴んだ。よし」
「これで後顧の憂いは無いな。なら僕が風の流れを調節する。君は神のお告げを頼んだ」
「ラジャ」
外では星の精がブーーンとコナン君を乗せて飛び回っている。
コナン君を乗せてる時の星の精って、なんかとてつもなく嬉しそうなんだよね。
特に大きくなってからの嬉しそう具合が半端ない。めちゃめちゃ誇らしげ。
まあ、なにはともあれ。
俺はこの機内の全員に回線を繋いで、大雑把にお告げを下した。
『これは神よりの慈悲である。風はお前たちの味方につく。お前たちの望むままに風は動く』
『これは神よりの慈悲である。風の加護はこの機体が空港に着陸し、避難を終えるまで続く』
『お前たちの道行に、幸運があらんことを』
加護を乗客にも下ろしたのは、客たちを安心させるためだ。
CAさんだって不安だろうしな。
ああ、なんで俺たちの乗る飛行機ってこう事故ってしまうのか。
機長は羽田空港の管制塔と会話しているようだ。
向こうでは全機を避難させる事態となっているらしい。
同時に、機長は神の加護が降りたことも伝えたようだ。
一気に機体が安定していることを聞いて、向こうは歓声に包まれていた。
人がこんなことで死ぬのは悲しいからな。
喜んでくれているようで嬉しい限りである。
ただ。
「こんなふうにコナン君を危険に晒したのはちょっとむしゃくしゃするかも」
「それは僕も気持ちはわかるが、君のそれはちょっとと言うレベルじゃ無いから自重してくれ」
「むしゃくしゃあ!ニャルを呼んでやるぞ!」
「待て次の瞬間にでも本当に飛び出てきそうな邪悪な召喚はやめるんだ!ヒロ!お前も止めろ!」
『お掛けになった電話番号は現在使われておりません……ぐう』
「ラリアットがお好みか?」
そんなわけで、2501便は、無事に滑走路に着陸することができたわけである。
黒煙を上げながらではあったが、バランスを崩すことなく規程通りにランディングを終えられたのは奇跡だろう。
降谷さんの風の操作は前の飛行機事故の時よりも精度を向上させている。
プロのパイロットをして「風が自ら機体を補佐しているかのように着陸ができた」と言っていたからな。
きっと明日には各航空会社に既に建てられた俺の祠にお供え物が並ぶことだろう。
ご当地名産の美味しいお菓子とかでいいよ。
みんなで分けて食べるので。
俺は取らぬ狸の皮算用をしながら、ホクホク飛行機を出たのであった。
・航空会社
本社には必ずハスターの神棚がある。
今回の件を受けて、高級食材をたくさん奉納して神職を呼んでお礼の儀式をした。
するとスウっと食材が消えていき、翌日「ホタテと利尻昆布美味しかったです。明太子も」とメモが残されていた。
貢物用意の担当者は喜んで写真を撮った。
・世間の反応
一般国民は神の恐ろしさを知らないので、「神の加護がまた飛行機事故を救った!」「神座神社の交通安全守りがいま売れている!」等と盛り上がっている。
政府要人はまた神を働かせてしまったことを怖がっているようだ。
神という名の悍ましい怪異に、後々取り立てにあったらどうしよう。