最近、コナン君は志保ちゃんの所に泊まり込んでいる。
風邪をこじらせた志保ちゃんの看病のため、と周りには言っているようだが。
実際のところ、組織を警戒してのことらしい。
どうやらコナン君の実家も何者かに侵入された形跡があるようだし。
今日も探偵事務所で依頼をいくつか処理し終えたら、阿笠博士の所に行くらしい。
コナン君は事件記録を一つずつ確認しながら、隣で作業中の降谷さんへと話しかける。
「ねえ、安室さん。安室さんじゃないよね?」
主語のない、唐突な言葉だ。
俺の事務所でなにやら遠慮なく機密っぽい文書をPCで閲覧しつつ、降谷さんが笑顔を作る。
どうやら降谷さん、最近この事務所をセキュリティ上の安全地帯として便利に扱ってるっぽいんだよな。
たしかに組織からよく盗聴器やらなにやら仕掛けられるから、魔術的に事務所範囲内での不許可の電波的通信を不可能にしているけれど。
降谷さんはぱたんとPCを閉じ、偉そうに腕を組んでコナン君を見下ろした。
「僕じゃないよ」
「誰が入ったのか心当たりはあるんだね」
「まあね」
「教えてくれる気は無いんだ?」
「生憎、タダでとは行かないな」
諸伏さんがその横を「茶〜、茶〜はいらんかね〜」などと言いながら通り過ぎた。
それを振り返りもせず、降谷さんが「ヒロ、麦茶を一つ」と会話の隙間を縫ってオーダーする。
『了解、少年はどうする?』
「ありがと諸伏さん、僕もそれで!……安室さんは僕に何をして欲しいの?」
「何だと思う?当ててみて」
シリアスとギャグをシームレスに反復横跳びするので、最近の寒暖差は酷くなる一方である。
コナン君も降谷さんもなぜこんな空気でシリアスできるのか。
まあ、こういう言葉遊びを楽しそうにしているところを見るに、二人の仲がいいことは間違いあるまい。
降谷さんがふと、コナン君をおもむろに持ち上げ、「軽いね。子供体温だ」などとニコニコした。
コナン君は子供扱いされてむすっとしている。
こういう自由なところ、ニャル野郎に似てきたなと思う今日この頃である。
諸伏さんがまったりと麦茶を運んできて、「あ」とふと思い出したように口を開いた。
『俺、今日少し夜に出るんだ。晩飯は作っておくから、少年はそれを食べといてくれ』
「お前が飯も食わずに外に出るとは珍しいな。どこへ行くんだ?」
『ああうん、ライとちょっと会ってくるだけ』
「は???」
諸伏さんの言葉も終わらないまま、降谷さんが凄い低音で凄みだした。
急に全ギレの顔になるじゃん…。
諸伏さんも困り顔で、両手を上げて降参のポーズを取った。
ライさんが絡んだ荒ぶる黒い風は怖いからな。
俺はそっとデスクの後ろに隠れた。
『いや、でももう誤解だって分かったんだろ?俺もちょっとタイミング悪かったし、ライのせいじゃ…』
「そもそもの話、日本国内で好き勝手してるFBIが気に食わない。害虫は日本から出ていけ」
『まあまあ、そう言わずに』
「あの女教師もどきもだ!無資格のうえ偽名だと!?未来ある若き日本国民の害にしかならない!」と憤っている。
ほんと外国勢力嫌いだな…凄まじく尖ったニャルラトホテプの化身が生まれてしまった…。
『そんなわけだから、俺は今晩留守にします!!一応ライには事情を説明するつもりだから、黄衣にもきて欲しいんだけど』
「ああ、そういうことならオーケー」
まとまりかけた話に「待て、僕も行く」と降谷さんが待ったをかける。
「ヒロを一人であいつに会わせるなんてできない。そんな教育に悪いことできない」
『教育に悪いってお前。というか別に組織時代も俺とライの二人の任務なんていくらでもあっただろ』
「だって本名で会う気だろ。奴にそんな価値はない」
一人で会わせられない…?
つまりは俺はカウントに入っていない…?
俺のじっとりとした視線を無視し、降谷さんは持ったままだったコナン君を目の前に掲げて見せた。
「ほら、コナン君もやめたほうがいいって言ってる!」
「言ってないけど」
「諸伏さんヤメテ!あんなゴミみたいなFBIと一人で会ったっていい事ナイヨ!」
『ゼロ、その無理のある裏声でコナン君の真似をするのはやめような』
「この空気感で俺も行くのか…降谷さんが荒ぶったらもうどうにもできなくないか…?」と俺がひとりごちれば、諸伏さんは深く頷いた。
頷くだけかい責任持って諌めんかワレ。
結局、降谷さんの熱意に押されて今晩は諸伏さん、降谷さん、俺の三人で行くことになった。
よし、と降谷さんが納得して席に着く。
一人置いていかれる流れになったコナン君が「はい安室さん、これ」と言って降谷さんにするりと懐から取り出した盗聴器を手渡した。
そして軽くウィンク。
子供のわがままを聞いたみたいな顔をした降谷さんは、犬を可愛がるような仕草でコナン君を撫ぜた後に盗聴器を受け取った。
「仕方ないなあ。今回だけだよ?」
「ツッコミどころが飽和してもはや言葉もない…」
『いつものことだろ』
俺のぼやきにクールな諸伏さんの感想が突き刺さる。
恐ろしくなって、俺は逃亡がてら夕方の郵便物がないか確認しにポストへ向かうことにした。
事務所を出て、一階のビル入り口にあるポストを開ける。
中はチラシや新聞のほか、新しい依頼がいくつか。
そして、蝋で封をされたおしゃれな手紙が一通入っていた。
差出人名だろう、英語でベルモット、との記載がある。
ベルモットと言えば、前に降谷さんが組織幹部の名前として出していたはずだが。
事務所に戻って、依頼人さんが来る応接スペースにその手紙を置く。
「なんか組織からお手紙届いたんだけど」
「!?!?」
瞬間、コナン君がトップスピードで駆け込んできた。
「なんて書いてあったの!?」と真剣な顔で詰め寄ってくるので、勢いに押される形で封を開けてみることにする。
中身は「季節外れのハロウィンパーティ」の招待状であった。
書き出しは「無能な探偵、黄衣ハスタ殿」となっている。
開幕から飛ばしてくるな…。
そういう本当のこと言うと俺が傷つくってわかってて書いてるのかな、などとムッツリしながら読み進める。
どうやら、次の満月の夜に血塗られた船上パーティ、なるものが開かれるらしい。
仮装パーティの一種で、調べたらどうやら映画に出演するモブ怪物を選ぶオーディションも兼ねているらしい。
毎年開催され、今年で4回目。
催しとして謎解きが行われているのも特徴の一つとのこと。
まあ、組織がそこに関わってくるからには、楽しいだけでは終わらなさそうではあるけれど。
降谷さんと諸伏さんもそれを読み終わり、少し考え込んでいる様子だ。
コナン君は手紙を置くと、椅子を降りて靴を履き直した。
「ちょっと、僕んちに行ってくる」
「え、いいけど何で?」
「工藤新一名義で同じ手紙が来てないか確認するだけ」
『!…それは』
諸伏さんが息を呑んだ。
工藤新一の周囲が嗅ぎ回られているこの頃のことを思えば、コナン君の心配はもっともだろう。
もし工藤新一の生存が知られてしまえば、狙われるのは本人だけではない。
彼の最愛の彼女、毛利蘭の命も危ないのだから、黙ってはいられないはずだ。
『俺がついてくよ。一人は危ないだろうし』
「ありがと、諸伏さん」
二人が連れ立って事務所から出て行く。
降谷さんはベルモットからの手紙を持ったまま、一人考え込んでいる。
俺も隣に立って、手紙を覗き込んでみる。
「結局、降谷さんは何処まで知ってるんだ?」
「正直、あまり。ベルモットは秘密主義だ。分かっているのはどうもコナン君のことを気に入っているみたいだということと、シェリーを殺そうとしていることぐらいか」
「なるほど」
「あと」
降谷さんにしては珍しく、口を開いた段階で何をいうべきか決めていなかったらしい。
少しばかり沈黙してから、ようやく話し始めた。
「……特殊な薬物を投与され、歳を取らなくなっているらしい」
「マジ?組織凄すぎないか?」
「あんな害虫共には勿体無い技術力だ」
降谷さんは手紙を畳んで封筒の中に戻した。
「僕って、歳をとった場合どうなるんだ?」
「黒い風には老化とか無いし、何もしなければ今のままだと思う」
「………、あの腐った女と同じなのは、少し嫌だな」
降谷さんは不満そうな顔をして、己の作業に戻っていった。
ベルモットというのは女性らしい。
俺は降谷さんが片付けた手紙をもう一度確認して、ソファにぽすりと腰を落ち着けた。
うーん、ハロウィンパーティ、俺何着てこうかな。
仮装か。黄衣の王からは離れられないし、どうすべきか。
………!
黄衣の王の、仮装………!