今、俺たちは日売テレビの控室にいる。
カルタ大会「高校生皐月杯」のための宣伝番組撮影の合間にしか、阿知波不動産の社長の時間を押さえられなかったのだ。
阿知波不動産は京都の会社だ。
社長の名は阿知波研介。
一代で巨大不動産企業を興した彼の手腕は、難波の不動産王とも呼ばれているらしい。
それだけ後ろ暗い噂も絶えないが……まあそれは無視していい。
怪異と犯罪者は多くの場合無関係だ。
一時期犯罪組織が怪異を使おうと暗躍していたこともあったが。
結局自爆して全然生き残らなかったからな。
怪異を使った犯罪がいかに難しいかを示している。
道具と違って常に一定の結果を出力するとは限らないし。
今では、ギリギリ、トクリュウ(匿名・流動型犯罪グループ)で怪異の使用が認められるくらいだ。
闇バイトで騙して怪異を使わせれば、使用者が事故って死んでもノーリスクだし。
物品系怪異の場合は回収役さえ設定しておけば繰り返し利用可能。
適当な駅前コインロッカーに入れておいて随時出せばいいので困らない。
そして、ロッカーで怪異が暴発。
都市の大動脈封鎖の憂き目に遭うわけである。
ともかく。
阿知波社長は突然俺、黄衣ハスタが話を聞きたいと言ってきて困惑しているようだ。
以前に対談の企画があったから、一応連絡先は知ってたんだよね。
その時は俺が忙しかったから断ったが。
阿知波社長は困った様子を見せた。
「確かに、この写真に写ってる方とは一週間前にお会いしましたが……外守一さんですよね?」
「失礼ですが、どのようなお話をされましたか」
「取り留めの無い世間話のようなものです。あれから皐月堂はどうだとか。商売の具合はとか。定期的に聞かれるので、まめな方だと思いますよ」
「皐月堂?」
諸伏兄が静かに聞き返すと、困惑した阿知波社長が頷いた。
「皐月杯の決勝の会場です。皐月堂の建設の時、風水の専門家ということで外守さんには助言いただいていたんです」
「まあ私も当時凝っていた時があったということです」と阿知波社長は苦笑した。
魔術知識の書籍販売禁止措置に伴い、風水は今や完全に偽オカルト扱いだもんな。
タロット、西洋占星術、パワーストーン、エトセトラ。
出版が認められたものとは、すなわち怪異の効果が認められなかったという意味である。
界隈は本当に泣きの涙らしいが、まあ、強く生きてくれとしか言いようがない。
逆に発禁になった「本当に怖い山特集!」は裏で高値で取引されているらしい。
かなりの数公安が回収したが、マジの呪詛の手順が乗ってたから仕方ない。
オカルト雑誌は今苦戦中だ。
発禁になりそうで、でもならないギリギリのラインを見極めている最中である。
降谷さんが咳払いして静かに目を細めた。
「………皐月堂の内部を見せていただくことはできますか?」
「いや、…その。大会の決勝に使う神聖な場所ですので、あまり部外者の方は…」
あまり乗り気ではないようだ。
俺としても単なる探偵だし無理にとは言えないが、狂信者が口を出して定期的に見に来る建築物というのはあまりに不審だ。
諸伏兄がすっと警察手帳を提示してだめ押しした。
「お気持ちは分かりますが、捜査となりますのでどうかご協力をお願いします」
「………ッ、掃除や部外者に見せては行けないものの撤去などありますので、しばらく時間をいただきたいのですが」
「構いません。いつ頃のご予定がよかったでしょうか」
「一週間後の今日朝イチでなら時間が取れます。いかがでしょうか」
「分かりました」
降谷さんが依然として鋭い瞳で阿知波社長をじっと見ている。
社長も、なんだかやけに渋る様子だ。
とはいえ毎年高校生が入っている場所だし、何か致命的なことがあるわけではないとは思うのだが。
皐月杯での死傷者や急病人は出ていないはずだし。
阿知波社長が頭を下げた。
「そろそろ今日のところはよろしいでしょうか。収録が迫っていますので」
「ええ。突然お時間をいただきありがとうございました」
お礼を言って、阿知波会長の控え室からみんなで出る。
コナン君が心配そうな顔をした。
「ねぇ、一週間後って下手したら証拠を隠滅されちゃうかもよ。それに今調べたら、皐月杯は明後日決勝がある。その時また誰かが皐月堂に入ることになる」
「だがこちらには令状が無い。あまり無理に出て顧問弁護士に動かれると厄介だ。TV局とパイプがあって、スピーカーにも事欠かない」
なるほど、警察に不当に圧力をかけられた、と喚かれることを心配しているのだろう。
俺はニコニコVサインでコナン君にアピールした。
「片付けても俺が全部復旧できるよ!怪異案件は俺の主張が割と通りやすいからね」
「どちらにせよ、皐月堂に何が仕掛けられているのかが問題になりますね。外守一がクトゥルフ信仰の魔術師である以上、油断はできません」
「………」
俺は少しだけ目を伏せて立ち止まった。
諸伏さんが眠りの呪いに落ちたのと今回との関係は、正直薄いと言わざるを得ない。
だが、諸伏さんを「作り上げた」魔術師、外守一を引っ張ることには十分な意義があるだろう。
そして、同じ悲劇を二度と繰り返さないようにすることは、もっとずっと重要になる。
廊下にガラガラと運ばれてゆく大きな台車が通って、「どいてどいて!」と職員さんから声をかけられた。
おとと、と傍に逸れると、カルタの入った分厚いショーケースのような厳重な箱が運ばれていくのが見えた。
あれは今日の撮影に使うカルタだろうか。
帰ろうとして廊下を曲がったあたりで、思いがけずバッタリと服部君と出会う。
「ん!?!?黄衣サン!?!?また京都にバケモン出るんか!?」
「まだ出ると決まったわけでは無いので安心してくれ。というか服部君も、どうしたのこんなとこで」
「和葉の付き添いや。和葉がカルタ部やったらしくてな。大会上位常連の子がおったらしい」
そう答えながら、服部君はジロジロと俺たちのメンツを観察した。
何故かいつメンみたいな顔して馴染んでる諸伏兄に訝しげな顔をしたようだ。
「というか諸伏サンはどないしたんや。別の仕事か?」
「いや、急病。今入院中だよ」
「なんやて!?!?なんで俺に教えへんのや!マスクメロンでええか!?」
「いや諸伏さん目覚まさないから食べ物じゃなくて花あたりにしといてくれ」
戦慄の顔で服部君が「め、メチャメチャ重症やないか…」と慄いた。
実態はまぁ眠っただけと言えばその通りだし、人類虐殺を無視すれば次の瞬間にでも起こせるんだけどな。
あーーーまたむしゃくしゃしてきた。
あのタコ乾かして削り節にしてやる。
俺がイラついていると、後ろの方から和葉ちゃんが走ってきた。
隣に見覚えのない二つ結びのメガネの子がいる。
「平次ー!あ、黄衣さんやないの!撮影に来たん?」
「いや、俺は事件捜査。隣の子は皐月杯のに協力してる子かな?」
「せや!未来子はめっちゃカルタ強うてな。アタシなんかじゃ練習相手にしかならへんの。今度の皐月杯も優勝間違いなしや!」
「へぇ…凄いな、カルタをそんなにできるなんて」
俺が褒めると、「あ、あ」と顔を真っ赤にして女の子は和葉ちゃんの後ろに隠れてしまった。
そして顔を出さないまま蚊の鳴くような声で「ファンです…サインください……!」と学生手帳を差し出してきた。
面白いかよ。
俺は持っていたボールペンでサインして、「皐月杯がんばれ!」と下に書き足しておいた。
手帳を返すと、「あ、う、う」と唸ってそのまま何も言わなくなってしまった。
それにしてもこの子、ちょっと魂が欠けてるな。
生活に支障はないけど、少しばかり悲しくなりやすいかもしれない。
何か過去にショックなことでもあったのだろうか。
服部君が半目で俺に呆れたような視線を向けてくる。
「えっぐいファンサすなや。軽率に人を弄んで、沼から抜けれんようなったらどないすんねん」
「俺が自らサインを渡して喜ばぬ信者はいなかった……イアイア喜んでくれたよ」
「黄衣さんそれ喜ぶの意味が違う」
コナン君のツッコミを受け、俺は真面目な顔をした。
それゆえに人一倍イアイアに敏感なので、いあいあ!くとぅるふ!ふたぐん!とか言ってる人には厳罰を科しています。
「まあいいさ。これからご飯食べて帰るとこなんだけど、せっかくだしみんなで食べに行かないか?」
「ええよええよ!どこ行く?」
そんなふうに少しだけ和やかな雰囲気になった、そのあたりでのことである。
『緊急警報。皆様、速やかに館外へ退避してください。これは訓練ではありません。繰り返します。皆様、──』
・阿知波社長
まずい!全然別件で皐月堂には死体を隠してある!
あとこのTV局には大量の爆弾を仕掛けている!
仕方ない!とりあえず爆破しよう!
……え、皐月堂が魔術師に利用されてる?
何それ知らん…怖……。
・皐月堂
毎年神に捧げ物をするための場所。
三年前建てられてから、毎年欠かさず捧げてきた。
競技カルタという儀式とともに、彼らの魂の一部を。
捧げ先がグースカ寝ているので、一旦器にストックする形を取っている。