夜、皐月堂に俺たちはやってきている。
高く滝に沿って建てられた建物は風流で、滝壺からここまで水飛沫が飛んでくる。
入り口は鍵がかかっていて、電源も落とされているようだ。
俺はそそくさと短い杖を取り出して、鍵がかかった扉に解錠魔法をかけた。
降谷さんが胡乱な顔をして俺を見る。
「アロホモラ!」
「君、たびたび児童小説を持ち出して来るな。好きなのか?」
「ハイパーボリアの頃はこう言う生活魔術たくさんあったんだけど、みんな廃れちゃったからな。呪いとか変な魔術ばっか。昔を懐かしみたい気持ちになっても仕方ないだろ?」
ハリポタみたいな牧歌的な魔術も多かったんだよ。
家事魔術の類とかな。
洗濯物を畳んでしまう魔術とか、食器を一瞬で洗う魔術とか。
有用な術式はハスターの瞳を通じてクラウド配布されたりもした。
特に「個人と行き先に合わせ旅行道具を用意して、足りないものを教えてくれる魔術」は一時期旅行ブームの時大ヒットしたんだったか。
クラウドページ不動の一位は「家の害虫を見えないところでいい感じに駆除する魔術」だったな。
俺地味に今も使ってるよ。
魔術耐性ゴキブリにも効くし、レンの蜘蛛も始末できる優れものだ。
加えて死骸を見なくて済むのがとてもいい。
まあともかく、鍵を解除して中へ。
エレベーターは動いていないので、適当にシステム系統を誤魔化しつつ上へ上がる。
「門の創造」で直接中に入っても良かったが、もしかしたら道中に何か隠されている可能性も否定できなかったからな。
中はシンプルで、畳敷のそこは執拗とも言えるほどに防音設備が施されていた。
外観は単なる和風の離れみたいな雰囲気だが、壁が信じられないほど厚い。
静まり返るそこに、ほのかな熱の残滓、勝負の記憶のようなものを感じて俺はほうと息をつくとともに顔を顰めた。
コナン君が部屋を検分しながら俺を見上げた。
「どう、黄衣さん?」
「クトゥルフの阻害の加護が強いけど、この距離なら俺でもわかる。きちんと儀式場として成立しているね」
「ッ!?それって……」
「捧げられるのはここで戦う高校生達の魂だ」
魂と感情とは分かち難い。
その心が昂る時、やはり魂の形には変化が出る。
この儀式場はそうした心の昂りを感知し、魂の精髄とも呼べる部分を採取、神に捧げるものだ。
結構高度というか、オーバーテクノロジー気味にびっくりな設備である。
ここまで魂について研究しているとは、猫ちゃんが四則演算し始めた程度には驚きが深い。
魂の基礎的な知識ではあるが、この魂という分野はほとんど人類文明では成果が出なかった部分だ。
諸伏さんに行ったことを考えるに、その手の研究を単独で続けていたのだろうが……驚きではある。
その研究成果をこんなふうにクトゥルフへの捧げ物に使っているのだと思うと、あまりにむしゃくしゃだが。
降谷さんが瞬時に迷惑そうな顔で「苛つきが僕の方まで漏れてるぞ」と指摘した。
失敬失敬。
諸伏兄が厳しい顔で問いかけた。
「それでは、魂を採取された高校生への悪影響は?」
「一年ぐらいちょっと気分が落ち込みやすくなるかな。多感な時期にはキツイかも。とはいえ、肉体は万全だからこの程度の魂の損傷は直に回復するよ」
若きパワーは偉大と言うことだ。
年寄りならもうちょっと回復に時間がかかったことだろう。
まあ、どちらにせよ犯人が意図して回復可能なように調整したことは間違いない。
この儀式が発覚しないよう、何年も繰り返し魂を抽出していけば。
それはやがて莫大なリソースとなるはずだからだ。
俺は懐からボールペンを取り出した。
降谷さんが訝しげな顔をした。
「何をするつもりだ」
「儀式場を壊す。バレない程度にな」
まず手近にあったツボの側面に、模様に沿ってキュッと書き込みを少々。
加えてちょっとインクを出して、掛け軸の黒い部分にも重ねるように塗布。
収納スペースの下のサッシに気持ち程度やすりがけ。
そんな様子でせっせと十箇所程度の歪みを加えてやれば完成である。
ふー、いい仕事した。
素人目には何も変わったところがないのがとても良い。
「見よ!ニャルインテリアを不都合が起きない程度に手直しし続けた俺の腕前を!ほぼ出来上がりをそのままに術式だけをキャンセルする神業的な腕前!」
「自分で言うか」
「本当に神業なのに!!!」
広く旧支配者界隈でも俺ほどの腕前のものは居ないぞ!
構築した術者本人でもどこが変わったか探すのは難しかろうよ!
俺が暴れると、星の精が全然気にした様子もなく奥の収納スペースを開け放った。
おい俺を心配して撫でるぐらいあって良いと思わんのか。
コナン君が星の精の体をヨシヨシと撫でた。
「どうしたの星の精、何か見つけた?」
「クス。クス?」
「この向こうから変な匂いがするの?ちょっと見てみようか」
コナン君がごそごそと収納の奥を弄る。
何か布に包まれたものが段ボールの奥に隠れているのを見つけることができた。
段ボールが重くて動かせないのを見て、さっと諸伏兄が手伝ってくれる。
ううむ、諸伏さん兄弟って2人とも紳士だよね……。
段ボールには、監視カメラの余りの部品や雑多な鉄パイプなどが投げ込まれていた。
道理で重いはずだ。
ちなみに、この部屋のカメラは全部俺が誤魔化しているのでお構いなく。
コナン君がようやく取り出せた布をはらりと解いて、中のものに目を見開いた。
「っ、白骨死体!これが黄衣さんの言ってた阿知波社長の罪か…!」
「何が神聖な場だ。高校生の試合の場に死体を隠すとは、碌な奴じゃないな」
「……今は元に戻すしかないね。口惜しいけど、僕らが入ったことは公にはできない」
「阿知波は公安で見張らせている。ここから死体を運び出そうとすれば、その時点で引っ立ててやるさ」
ひとまず、この儀式場にもう用はない。
近場のホテルに帰るとしよう。
諸伏兄が部屋をじっと見て、静かに口を開く。
「外守が信仰する、クトゥルフという神。この儀式場が魂をくべる先。それは一体どう言うものなんでしょうか」
「えぇ…?化け物だよ。マジにただの化け物」
「ですが、人が信仰するには利益が必要だ。死後の救いでも、現世利益でも、倫理規範の獲得でも、己の信ずる道の確保でも」
諸伏兄の言葉に、俺はうーんと考え込むしかなかった。
クトゥルフ信仰して得られる利益なんてねーよ。
いや、あるか。あるな。
俺は顔面全部梅干しみたいにして渋々声を出した。
「不老不死。奴なら、人間に真の不老不死を齎すことが可能だ」
「!あなたでは不可能ということですか」
「メッッッッッチャむしゃくしゃすること聞きなさるなぁ。そうです。俺には無理で、奴には可能です。もう暴れて良いかな」
「落ち着け黄衣君。星の精の教育に悪いだろう」
「うぉぉおおおお奴の『無限』の権能がめちゃ強すぎるんじゃボケェェェエエ!どうせ俺の『移動』なんてヘボヘボのヘボ権能ですよーだ!」
俺がプンスカ怒りながら、むしゃくしゃのままにホテルの部屋に権能で転移する。
大阪に部屋をとったから、「門の創造」を使わないと時間がかかりすぎるんだよね。
一瞬で画面が切り替わるように部屋の中に現れて、諸伏兄はパチクリと瞬いて「本当に便利ですね。移動、というのは偉大な力に思えますが」とフォローしてくれた。
優しい……。
正確には、俺の権能は移動というよりエントロピーや情報量の操作の権能とも言えるのが真髄なんだがな。
可能性操作とかの話になってくるか。
地球においては「風」と定義され。
宇宙平均では「移動」と理解され。
バベッジ・インコーポレイテッドは俺をエントロピーの神と呼ぶ。
どっちにしろクトゥルフの「無限」の汎用性とシンプルな強力さには負けるから良いんだ…ちくしょう。
俺は部屋の端っこの畳に寝そべって丸くなってベソベソした。
星の精がのそのそやってきて俺の頭をポンポンする。
また黄色泣いたのか。情けない黄色。よしよししてやる。
最近星の精まで俺に厳しいよね……。
すでに部屋には布団がひいてあって、俺たちは風呂に入って寝るだけだ。
俺はグルンと星の精にくるまってふて寝の体勢に入った。
星の精がドチャクソ迷惑そうな様子で「……グス」と俺の顔を触手で押した。
同じホテルに和葉ちゃん達も泊まっているはずだ。
友達があんな目にあって、気落ちしていないと良いのだが。
諸伏警部がそっと俺の横に腰を下ろした。
「クトゥルフとやらがどれほど強大な力を持とうと、あなたほど人を愛してはいないでしょう。その一点がある限り、人の最良の神はあなたしかいない」
「………そうかな」
「そうです。すでに死んでしまっているはずの弟のために、これほど心を傾けてくれている。それが私にとって何よりの証拠です」
まっすぐな瞳が俺を見ている。
本当に義理堅い人だ。
俺は少しだけ笑って、星の精を放してやった。
ピャッと星の精が逃げていくが、心はちょっとばかり晴れやかだった。
なお、この間にコナン君と降谷さんは大浴場へ2人で行ってしまったものとする。
疫病の塊な黒い風が大浴場に入るんじゃねぇよ!!!チッ!!!
翌朝。
ロビーで和葉ちゃんと大岡さんが再び激しい炎を吹き散らかしていた。
決戦の空気だ。
ついに白黒つける時がやってきてしまったらしい。
早く来い服部君!
どうなってもしらんぞー!
・犯人
皐月杯前の定期点検に来たら、術式が動かなくなっていた。
なんで!?!?
今めちゃくちゃ焦って修理中。
修復魔術効かない!!これか、これが引っかかって…だめだ!まだ動かない!
バグ取りRTA術式動くまで帰れまテン。
・Call of Cthulhu
お前の無念を自覚しろ。
お前の嘆きを表出しろ。
その絶望は正当だ。お前には全てを壊す資格がある。
我が手を取れ、諸伏景光。
我が呼び声を聞け。
お前に、友と過ごす永遠を与えてやろう。