港より一時間半。
神海島は、まるで普通の観光地のように見えた。
海水浴場としても人気のようで、浜辺には多くの水着の男女が思い思いに楽しんでいる。
シュノーケリングのためにダイビングショップでは器具の貸し出しも行われているようだ。
山の上には金のかかった立派なホテルも建っていて、そこが観光地として栄えていることを物語っていた。
気候は亜熱帯。
半袖のまま、コナンは岸壁の影に隠した船を振り返った。
「ありがとな、星の精。重くなかったか?」
「クスッ!クスッ!」
星の精は誇らしげにマッスルポーズをとった。
反り立った崖の上まで、ジンとコナンは2人とも星の精に運んでもらったのだ。
このぐらい楽なもののようで、星の精は触手を編んでサイドチェストを決めた。
このやけに堂に入ったポーズ、本当にどこで学んだんだ…?
「観光客に紛れて船とダイビング器具を借りる。客は化け物とは無関係だからな」
「怪しまれない?」
「ダイバーは多く、10年前からトレジャーハンターも来ているらしい。目に気をつけてやりゃ誤魔化しようはある」
「……うん。あ、俺は隠れてるよ。どうせ俺用のスーツなんてないし、そもそもダイビングは浅瀬でも八歳からだ」
「テメェは魔術でなんとかしろ。そこの臓物に掴まれば多少の融通は利くだろう。臓物は泳げるんだよな?」
「泳ぎも得意だよ。ね、星の精」
コナンの言葉に、星の精はますます誇らしげになった。
実際、園子の伝手でプールを貸切にした時、実に優雅に泳いでいた。
息継ぎが必要ないからか水面に出て来ず、奇妙な深海クラゲみたいな姿になって楽しんでいたものだ。
というわけで、コナンは一足先に船着場に来た。
遠く、寄親島をここからでも見ることができる。
寄親島から東に200メートルほど行ったところに海底宮殿があるのだと言う。
この宮殿自体は10年前に発見した。
ジン曰く「魚どもがトレジャーハンターにうっかりすっぱ抜かれた」らしい。
元々は300年ほど前に寄親島の一部が崩れたもの、と学者は見ているようだ。
メタンハイドレート層が地震で崩落し、それが今の海底宮殿になったのた。
真偽の程は定かではないが、所詮魔術でどうとでもできる話だ。
しばらく隠れて待つと、ジンが女性スタッフを伴って歩いてきた。
スタッフは島の人間らしい。
コナンの目には奇妙に歪んで……半人半魚の化け物の姿に見えて、コナンは思わず目を擦った。
「クス?」
「……大丈夫。ちょっと目がおかしいだけだから」
島の人間らしく、ということを踏まえればあれが真の姿である可能性は非常に高い。
あの虹色、黄衣の父の影響で真実の姿が見えるようになった、というのは少し楽観的に過ぎるか。
なんにせよ見えるものはどうしようもない。
信じすぎないようにすればいいだけの話だ。
女性の魚人が船の使い方を説明して、そのまま去っていく。
しばし後、ジンがコナンの隠れている方を見たので静かに声を上げずに出ていく。
盗聴器等発見魔術を起動して、ジンに頷いてみせる。
盗聴器もカメラもなかったが、GPSが一つ搭載されていた。
ボートの盗難防止か、それともダイバーの監視のためか。
コナンはひとまず、そこにGPS位置情報改竄魔術をかけておいた。
これを想定して来る前に組んでおいた魔術だ。
ジンが安全を確認してから口を開いた。
「どうだ?」
「GPSあったけどバレないように細工しておいたよ。耳無し目無し。後は『泳いで遠くから直接つけられる』可能性への対処かな」
「やってられるか。ダイバー全部つけるのは手間だからやらねぇとは思うが。速攻でカタをつけた方がいいだろうよ」
「そうだな。GPSへの細工がバレる可能性もあるし。オメーここまで船運転しっぱなしだったし、ボートの操作変わろうか?」
「チッ、ガキの体力を舐めてんじゃねぇ。裏方は俺に任せてテメェは神殿に術式ぶち込むことだけに集中してろ」
言い方は荒っぽいが、間違いなくコナンを心配しての言葉だった。
コナンは深く息をついて、半目でジンを見た。
「道理でウォッカに信頼されてるわけだ。こういうのってなんて言うんだ?黄衣さんの言葉を借りるなら『俺にだけ優しい殺人鬼?』」
「喧嘩売ってんのか」
「別にぃ。さ、行こう。日が沈むと逃げる時面倒だし」
「チッ」
船を出発させる。
寄親島で5分程度、そこから先に着くまでさらに5分。
海底神殿の真上に到着するまでさほどの時間はかからなかった。
熱帯の美しく透明な海がどこまでも広がっている。
ジンが顔を顰めた。
「サメがいるな。この辺は出ないと聞いているが、死体でも出たか」
「星の精に守ってもらおう。俺は防護魔術があるから問題ない。あんたは自分の身だけ守ってくれ」
「ハッ、便利なもんだな。で、サメは臓物のキモさに怯んじゃくれねぇが。使えるんだろうな」
「勿論。星の精は強いよ」
「クスッ!」
星の精はシュシュシュと触手で編んだ拳を繰り出した。
非常に弱そうだが、実際強いから問題ない。
ジンがちょっと心配そうな顔になった。
迷いない動きでジンがダイビング装備をしっかりと装着していく。
「店の連中には止められた。1人で潜るのは危険だとな。無視したが」とぼやいている。
コナンはちょっと苦笑した。
それは、まあ、その通りだ。
深きものども側も逆に事故死されると困るから言っているのだろう。
なんとなく世知辛くて笑えてしまう。
「テメェの準備はいいのか」
「俺はこのまま飛び込めばいいだけ。ブレスレットの水中モード使うだけだし」
水中モードの他にも宇宙空間モード、高重力下モード、ガス惑星内モード等色々ある。
まさに宇宙船だ。
全てを装備し終えたジンが「便利なもんだ」とだけ言って船のへりに腰掛けた。
コナンも、船の位置を魔術で固定してから飛び込む準備をする。
「いくぞ」
「ああ。星の精、掴まるよ」
「クスクス!」
皆で一斉に飛び込む。
景色が青く反射し、泡と共に濁りが晴れる。
視界の先には、光の差し込む高透明度の海にゆらめき、巨大な建造物が見えた。
色褪せた台形の建物の如きものが、海底に鎮座している。
色とりどりの魚が行き交い、実に神秘的な雰囲気を醸し出す。
コナンは思わず息を呑んだ。
「すっげ………大宮殿だ。竜宮城みてー!」
「あん?ここは結界を爆破で剥がすまで真の姿は見えねぇはずだが。見えてんのか」
「う、うん。すんごい綺麗な赤と緑の和風建築の建物が見える」
パキッとした赤い外壁に緑の瓦、金の装飾は非常に豪華だ。
まさに竜宮城と呼ぶに相応しい威容であった。
立ち並ぶ彫像は深きものどものの形だ。
奥には一軒家ほど大きな石像が二体、かつて見たダゴンを象って立っている。
まるで空間が二重になっているようだ。
ジンと念話を繋ぐと、すぐにその使い方に慣れたらしい。
ジンは冷静にコナンへと情報共有した。
『その石造りの遺跡が入り口だ。奥に進んで魚をぶち殺して扉を開けば本物の城に辿り着く。っ、サメだ』
『星の精!僕らを襲うかもしれない、頼んだ!』
『クスクスッ!』
近づいてきたサメの前で、星の精が急激に伸び上がって体を大きくした。
驚いてサメはグルンと方向転換したようだ。
毒々しい赤のデカ星の精に動揺したのかもしれない。
遠くにまだサメらしき影が輪を描いて泳いでいる。
ひとまず、コナンたちは岩の割れ目から遺跡の中に足を踏み入れた。
この戦いが人の命運を左右するのだと、心の底で武者震いをしながら。
深きものども、およそ総勢18億体。
ダゴンとハイドラ、一億一千万体。
無限の徒と化した怪物、およそ160億体。
無限の真骨頂は物量戦だ。
俺にとってそれらは全て羽虫に等しく、鼻息一つで吹き散らせるものにすぎない。
だが数が揃えば全てを漏れなく正確に処分するのは困難が生じるし、それが人と入り乱れればもう収拾がつかなくなる。
【南アメリカで前線を突破された!ペルー海軍が出動してるけど絶対死ぬ!俺が加護をかけるからちょっと時間稼いで!】
【僕は無理だ!ダゴンが増えすぎてもう収拾がつかない!これ以上出力を上げたら海が疫病で汚染される!】
【ッ、後で俺が文明圏に流れ着く前に除染する!やってくれ!】
黒い風は何かを堪えるような仕草をしてから「後悔するなよ!」と言ってその権能を全開にした。
人ならば一呼吸しただけで死に至る化学物質、疫病、呪詛、毒虫そのほかが満載の不浄の風が渦を巻き、巨大樹の森の如くにいく本も天に伸びる。
雷が暗い空に光をはしらせ、それは終末と呼ぶに相応しい。
その強烈な攻撃性に倒れたダゴンたちから、再び新たなダゴンが盛り上がり、手を伸ばし、さらに疫病にやられて崩れ落ちる。
不浄の死骸が山となって積み上がり、海は見渡す限り強烈な異臭のする腐肉の山と化す。
そこに住み着いた毒虫が、無限の徒へと食いついて貪り尽くす。
それでもなお、クトゥルフからは無限に無尽に穢らわしき何かが湧き上がっていた。
ニャルがむむむ、と微妙な顔をして拳を振り下ろした。
【こういうのなんて言うんでしたっけ。ボクササイズ?程よい有酸素運動って感じですね】
【ニャルさんやペース早いです!ダゴン増えすぎると超大規模攻撃くるから程々にね!】
【ひーまー。あっ、いいこと思いつきました!今から僕が凄い一発撃ちますのでこのタコを月に突っ込ませるってのは】
【地球を大切に!!!】
反動で地球が死ぬやつやんけそれ!!!
なんとかペルー軍へ加護をかけ終わったので、海域の除染も同時に行う。
無限の権能は今もなお手を変え品を変えて地球を滅ぼそうとしている。
あっ野郎星明かりの強度を無限に強めて人間焼き殺そうとしてやがる!
おファックですわよ!
同時に8割方の深きものどもと無限の徒は、俺が「ハスターの瞳」を使って焼き殺している。
ビヤーキーも手伝ってくれているが、やはり物量の規模が違うからな。
撃ち漏らしをノーデンスがフォローして、撒かれた狂気からの保護のサポートをサニドがしてくれて。
それでようやく回っているのだ。
黄色の印の兄弟団は各地で防護結界とシェルターの作成をしてくれている。
もし滅びても、一部は生き残れるように尽力しているのだ。
俺そろそろヘタって来た。
防衛戦がこんなにも疲れるものだなんて。
我が身一つで突貫するなら何千年だって戦えるのに。
降谷さんも動きに精彩を欠いて来て、もう大ぶりになんとか殴り続けているようなものだ。
ああ、早く、早くなんとか………。
クトゥルフの肩口に、人が立っているのが見える。
風が吹き付け、下半身が余波で消し飛ばされる。
彼はにこりと笑って、降谷さんに念話で囁きかけた。
『酷いよゼロ。痛いじゃないか』
【───────ヒロ】
目を見開いたその瞬間、黒い風がダゴンの権能を纏う拳に殴り飛ばされた。
・サニド
クトゥルフ兄弟に比べるとめちゃんこ弱っちい。
人間に対して優しい方。
死ぬにしても、狂い死ぬのは辛かろうよ。
私が守ろう。お前たちが安寧の中、己の力で最期の在り方を選択できるように。
・ノーデンス
旧神にしては強い方、と言う程度。
人間にさほど肩入れの気持ちはないが、外様に地球を引っ掻き回されるのは気に食わない。
出て行け、此処はお前たちの場所ではない!