当日。
俺はバッチリと仮装して、皆の前で見せびらかした。
諸伏さんが「おお!」と言って両手で拍手してくれた。優しい。
さっぱりしたパーカー姿の降谷さんは、PCから顔を上げてやや眉を釣り上げた。
大学生みたいに見えるが、どうやら探偵事務所に客が来たら「僕はただのバイトでして、先生はお出かけ中なんです」と言うつもりらしい。
降谷さんが俺を上から下までジロジロと確認して、その上で辛口評価を下す。
「だいぶマシになったんじゃないか?これなら一般人が見ても精神に毒にはならないはずだ」
「えっ、判定基準それ…?もっとこう、俺の努力を評価するとか」
「馬鹿言え。一目見たヒロが卒倒したのを忘れたのか」
降谷さんは目を三角にして腕を組んだ。
その件はホンマにすまんかったやで…。
この俺の仮装「黄衣の王」は、俺が一週間かけて作った渾身の力作である。
本物と見比べながら一つ一つ丁寧に作ったラバー製の触手。
その中には糸と骨格が仕込まれており、操り人形のように内側から動かすことが可能になっている。
表面のテラテラ感が出るように塗った特殊な溶液は、探偵業務の合間にムーンビーストの技術者を呼び出して製法を教えてもらったものだ。
突然のことに彼らも大層戸惑っていたが、報酬はきちんと支払ったし問題は起きないだろう。
お次は正式顕現の際に俺が実際に被っている王冠で型を取り、縮小再現した小型王冠だ。
装飾用の宝石はドリームランドから取り寄せた。
懇意にしている旧神から格安で譲ってもらえたので、奮発してやや大きめの宝石を使っている。
ボロボロの黄衣は素材からこだわって、織るところから手作業だ。
残念ながら染料が地球上では手に入らなかったので、メーカーを訪ねてなるべく近い色のものを使用した。
色の毒々しさが足りないのが不満点として残ったものの、本物同様の織り模様は緻密に再現できたし、概ね満足のいく出来栄えだ。
最後に外せない「蒼白の仮面」。
カダスの黒い山で取れた縞瑪瑙を削って、薄く俺の仮面と同じ形にするのはかなり苦労した。
角度によって不可思議に色が変わり、蒼白のようにも見えることだろう。
……と、そんな感じで出来上がったバージョン1号を先日皆の前でお出ししたところ。
諸伏さんは泡吹いて倒れて動かなくなってしまったのである。
ちょっと思ったより再現度が高すぎたらしい。
ちなみに、一緒に居たコナン君は素早く退路を確保し、射線が通らないようソファの後ろに隠れるなどした。
エージェントか何かかな?
もちろん降谷さんにはド叱られた。
ニャルの化身に叱られるなんて屈辱…でも言ってることは正しくてぐうの音も出ねぇ、などとよそごとを考えてたらさらに怒られた。
無念。
それから人のSAN値が減らないように急ピッチで修正を加えることになった。
多少触手の動きを作り物っぽくしたり、黄衣を安っぽく毛羽立たせたりと細かな改良をすること3時間。
ようやく、今の仮装「黄衣の王」(マイルドバージョン)の完成へと漕ぎ着けたのである。
いやー大変だった。
すかさず「大変だったのはこっちだがな…」と降谷さんが怨念の炎を燃やしはじめた。
俺は返す言葉もなく小さくなるのみである。
「こんなことコナン君達に頼めないのは分かる。魂が崩れたら君以外には治せないし」
「うむ」
「だが黄衣の王顕現を幾度も見せられる僕の身にもなってくれ。一応僕も感性は人間なんだ。分かるか?」
「本当にすまんかった」
ふたたび懇々と説教され、俺は古くなったほうれん草並みにしおしおと萎びた。
「まあまあ、そこまでにしてやろうぜゼロ」と諸伏さんが間に入る。神か?
降谷さんも時計を見て出発の頃合いが迫っているのを確認し、大きなため息をついたようだった。
コナン君は既に今回の計画のためスタンバイ済みで、この場には居ない。
「今回の計画は複合的なものだ。各々持ち場を守りつつ、臨機応変に対応することが求められる」
降谷さんがPCで複数の映像をモニターしつつ、インカムをつけたまま顔を上げた。
「黄衣君はハロウィンパーティで組織の目を集める役割だ。恐らくはベルモットが何か仕掛けてくるだろうが…本命ではないから、そこまで気負わなくていい」
「おっす」
「ヒロは非実体の状態でジンの動きを追ってくれ。下手に手を出されると面倒だからな」
『了解』
「僕はベルモットに警戒されているから、この事務所で指揮に注力する。愚かなFBIが中途半端に手出ししてきたんだ。丸ごと噛み砕いても文句はないだろうさ」
そこまで話を聞いて、やや怖くなった俺は恐る恐る挙手した。
顎で降谷さんが発言を促す。
「ちなみにだけど。信者さんは今回の作戦についてなんて……?」
「多少の意見の相違はあったが。問題ない」
「Oh……」
多少どころの話ではなさそうな気配を感じたから、深く突っ込まないでおくことにした。
本人が大丈夫って言ってるんだし、多分大丈夫だろう。
しかし、俺を囮にする感じに聞こえなくもないし今回の作戦を、どうやって承認を得たのやら。
「あと、君の仮装は作業後公安の方で回収させてもらうことになったが、構わないな?」
「いいですけどぉ……」
凄い、何をダシに信者さんと取引したのか言葉にせずともわかってしまった。
まあ俺としては別に構わないし、それで公安上司部下が円滑に進むのなら安いものだ。
というか、形は覚えたからいつでも魔術で複製できるし。
このイベントが終わったら高価なものを取り外して捨てるだけだと思ってたから、実質無料みたいなものだ。
俺はごそごそと仮装の中で体の位置を整えた。
「とりあえず、そろそろ行ってくるよ。俺もそっちの作業は見てるから、危なそうになったら声ぐらいはかけるし、そのつもりで」
『ああ。たのんだぞ、黄衣』
そんなわけで。
二人に見送られて、俺はチケットに書いてあった船上パーティへと出立したのであった。
日もとっぷりと暮れ、大きな満月が空に浮かんでいる。
触手の仮装は割と好評で、皆会う人は俺の渾身の動く触手に驚いてくれたようだった。
狼男に透明人間、メデューサ、ミイラ男。
映画のオーディションを兼ねているだけあり、非常に皆出来がいい。
そんな怪物だらけの幽霊船にて死体が発見されたのは、陸も遠く水平線上からみえなくなってからだった。
殺されたのはこのイベントの企画者にして映画監督。
幽霊船長の姿に扮した彼は、ボウガンで心臓を射抜かれて亡くなっていた。
死体を無感動に確認しながら、俺は透明人間の仮装をした男へとテレパシーを繋いだ。
マストの上に繋がれた鶏。
カクテル、シルバーブレット。
男子トイレの割れた鏡。
ああ、やっぱり頭が回ってもいいことは何もない。
『やあ服部君。トリックはわかったかい?』
『なんや黄衣サン。事件起きたばっかやないか』
『そうなんだけどね。魔術的に知能を上げてると辛くって。早く終わりにしたいんだ』
『なんや、まだ工藤から合図も来てへんやないか。もうちょい我慢しいや』
『はーい』
実は服部君も今回の計画の参加者だ。
任されたのは工藤新一のフリ。
ベルモットはおそらくこの季節外れのハロウィンパーティの様子を盗聴していて、それを誤魔化す目的があるようだ。
そのため、合図があるまで服部君は声を出すことができない。
そんな服部君に代わり、一応俺はこの場の探偵を任されている、というわけだ。
時が来て服部君が正体が明かすまで、皆を導くのは最も探偵として高名な俺である。
見当違いなことをして、現場を台無しにするわけにはいかない。
だから、現在の俺のINTは19である。
おおよそ、それは人類の限界を超えている。
死体を見た段階で、これまでの流れ全てが一枚の絵画のように頭の中で繋がった。
犯人は狼面の男だ。名前は知らない。
トリックも全て説明がつく。杜撰なトリックだ。
船が港に着いて警察が踏み込んでしまえばすぐバレるような、そんなトリック。
見え過ぎて心が冷める感覚がする。
コナン君達はINTが高いのにどうやって豊かな感性を維持しているのだろう。
分かっても良いことなんて何一つないのに、どうしてそうも謎に真摯でいられるのだろう。
この犯人の男だって、本当に単なる捨て駒なのだろうと分かって憐憫のようなものが込み上げる。
『なんやねん、ため息ついて。そんな憂鬱なら後で工藤に迷惑料せがめばええやん』
『いやー。ちょっと自己嫌悪なだけだから。顔が見えない仮装でよかった』
『さよけ。それより黄衣サンその仮装手作りってホンマか?なんや触手一本一本別々に動きよるやん』
『おうとも。力作。触る?』
『触る言うか、たこ焼きに入れたら美味そうやな思てん』
『食われる……!?』
黄衣の王焼き……?
醤油味は比較的いけそうだけど、基本表皮がゴムみたいに硬いから皮を剥いてから塩茹でかな。
そうっと証拠が消えないように、しかし心配が暴発しないように小出しに群衆を制御しながら。
俺は人波の奥にいるゾンビの格好をした男を目ならぬ目で注視した。
ウォッカ、だったか。見覚えのある能力値だ。
恐らくはベルモットの開催したこのパーティを確認しに来たのだろう。
一時的狂気からは回復したようだが、まだ不定の狂気に苛まれたままだ。
俺に怯えて、上手く動けないでいるらしい。
これなら注意するまでもない。
視界をコナン君達の方へと飛ばし、俺は月の大きな空を見上げた。
今回の配置だと後一手のところでベルモットを取り逃すことだろう。
だがコナン君ならば、そこから組織に通じる新たな手がかりを入手できる。
ここでベルモットを捕まえるのも悪くはない手だが。
コナン君が蚊帳の外になるのは可哀想だ。
俺は手持ち無沙汰に触手をうねうねと動かして、もう一度息をついたのだった。
あーー、早くINTを元に戻してェーー。
『気色悪っ!?その動きめっちゃキショいで黄衣サン!?人取って食うタイプのバケモンやないか!』
『えっ、あっ、ごめん!』
『気ぃつけや。周りの怪物がドン引いとったで』
『おう………』
・黄衣の王なりきりセット
装着して触手に繋がる紐を手繰れば、貴方も簡単!黄衣の王!!
小道具一つ一つに非常に複雑な魔術的効果があるが、ハスター本人的には本物そっくりに丁寧に作ったら余計な効果が付属しちゃっただけ。
特に王冠と仮面は、それ単体で非常に強力なアーティファクトと言って良い代物。
・公安信者さん
誘惑に負け、姑息な部下からの裏取引に応じてしまった。
私は、弱い…人間です…(自己嫌悪)
・黄衣の王焼き
ネギ醤油、ソース、ワサマヨの三種類がある。
美味しいが少し値が張る。SAN値チェックは1/1D3。