ハスターなオリ主と米花町   作:ラムセス_

49 / 469
ストラディバリウスの不協和音〈帰結〉

 

 助け出せたのは3階にいた、現当主の妻である設楽絢音氏だけだった。

 

 指揮者の設楽弦三郎は部屋の前にたどり着いた段階で、既に死亡していた。

 俺が「目」で確認したから間違いない。

 死因はおそらく一酸化炭素中毒か何かだろう。

 

 おまけに部屋には鍵がかかっていて、同じく助けに入った羽賀響輔さんと協力して扉をこじ開けざるを得なかった。

 

 火の回りは早かった。

 さりげなく火を魔術でコントロールして退路を確保しながら、俺たちはすっかり火に巻かれている弦三郎氏の救出を諦め、三階へと向かった。

 三階では気絶した絢音氏が倒れていて、そちらはなんとか救出が間に合った。

 

 そうして、じきに消防が到着。

 

 俺たちは燃え盛る屋敷を前に、ただ茫然と火を見上げるより他なかったのである。

 

 

 完全な鎮火までは、三時間ほどかかった。

 水浸しになった別館に、設楽家の皆が皆、動揺し怯えているようだった。

 

 せっかく俺が音楽を流したというのに、これではまるで無意味だ。

 また理由をつけて演奏すべきか…と考えながら、どうも考え込んでいる様子のコナン君へと声をかける。

 

「コナン君、どう思う?」

「……」

 

 自らの思考に没頭しているらしく、コナン君の反応は鈍い。

 しかし聞こえていないわけではないようで、しばらくの後コナン君は口を開いた。

 

「怪しい、とは思う。でも現状それだけだ。証拠がない」

「そっか。ここまで殺って証拠がないとは、犯人はよっぽど上手くやったんだな」

 

 もしこれが連続殺人だとしたら、犯人は既に三人も殺していることになる。

 しかも三年がかりで一人ずつ、慎重に。

 

「そう言えば、被害者のイニシャル、死んだ順にDEFGになってるな。犯人も狙ってるのかな」

「うん。僕もそれは思った。敢えてアルファベット順にしてるなら、次はH。蓮希さんが危ないと思うんだよね」

「……?ああ、なるほど」

 

 俺はてっきり音階の方かと思ったが、たしかにアルファベット順の方が一般的か。

 

 などと二人して吹きっ晒しの外に突っ立ってああだこうだ言っていたら、遠くの方から声がかかった。

 

「ああ、居た居た!おおい、二人とも!」

 

 こちらに駆け寄って来たのは、先ほど一緒に炎の中へと突っ込んだ同志である、羽賀響輔氏であった。

 

 羽賀さんは当主の甥だ。

 同時に、有名なドラマの主題歌などを何本も抱える、非常に有名な作曲家でもある。

 

 彼は煤で真っ黒になった服を着替えたのか、さっぱりとした格好で心配そうに眉を下げた。

 

「もう発火の心配はないから本館の方に戻って良いそうだ。君たちもほら、風邪をひかないうちに」

「あ、ありがとう羽賀さん」

 

 コナン君が子供のふりをしてふにゃりと笑顔を作った。

 どうやら羽賀さんは俺たちが本館に戻ってこないのを心配して、わざわざ呼びにきてくれたらしい。

 これは申し訳ないことをした。

 

 本館に向かいつつ、羽賀さんがちらりと俺を見てソワソワと声をかけてくる。

 

「そういえば、火事が起きる前に別館で演奏をしていたのは君かい?」

「えっ、いやぁまぁ、はい……」

 

 急な質問に、つい返事がもごもごとしてしまう。

 羽賀さんの目は爛々と輝いていて、俺に食い付かんばかりだ。

 これはもう半分以上狂信者が入っている勢いである。

 

 羽賀さんは俺の手を取り、ずいと顔を近づけた。

 

「凄いな!いや、凄いなんて言葉じゃ言い表せない!あれを弾いたのが練習用なんかじゃなく、本物のストラディバリウスだったならと、惜しくて惜しくて仕方がないよ!」

「え、あれが練習用だったって何で分かるの?」

「そりゃあ、一目瞭然さ」

 

 コナン君の質問に、むしろなぜ分からないのかが分からない、とでも言うような顔で羽賀さんは首を振った。

 そして再び俺へと向き直り、ぐるぐるとした狂気の瞳で微笑んだ。

 

「叔父さんからの許可は俺が取るから、今からでも弾いてみないか?聴きたいんだ、あの音色を」

「ええと、その…」

「それにあれ、テツチャプトルの曲だろう?俺も最近Y◯TUBEよく聞くよ!嬉しいなぁ、俺以外に彼の曲を聴いている人がいたなんて」

「………」

「彼の曲は本当に素晴らしいんだ。揺らぎ特徴の使い方の妙とか、特筆すべき点は山のようにあるけれど。やはり真に完成された楽曲は人の魂そのものを掴む。そういう真理こそが根底にあることだ!」

 

 凄い早口で羽賀さんは捲し立てた。

 至極嬉しそうに喜色に満ちて、かつ執着と興奮を混ぜ合わせた熱をはらんだ声色。

 敢えていうならあれだ、ホームズの話題を振られた時のコナン君のようなエグい加速度である。

 

 というかめちゃくちゃ恥ずかしいんですけどコレ。

 顔真っ赤だしこの流れで俺がそのテツチャプトル本人だとはとても言えない。

 

 隣でコナン君がニヤニヤと悪質な笑みを浮かべている。

 どうやら俺の反応で、それが俺の作った曲であることを理解したらしい。

 絶対暇ができたら検索して俺のアカウントを特定してやろうと考えている顔である。

 

 これ以上揶揄われる前にアカウントごと爆破、消去しようかな…。

 

 などと考えていたら、煌々と執着をたずさえた羽賀さんの瞳と目が合った。

 

「彼が未だあんなにも無名なことが正直信じられない気持ちだよ。俺もプロデューサーにせっついてるんだが、実績がない人間は取れないと言われてね」

「そ、ソウナンデスカ…」

「特に彼の『黄色の帳』!あれは本当に素晴らしい!もう最近は寝ても覚めてもあの曲のことばかり考えているくらいだ!」

「………」

「もし、」

 

 彼は言葉を切って、しばし立ち止まった。

 

「もし、もう少し早く、この音色を聴けていれば」

 

 彼のそれは真の意味で独り言であったのだろう。

 零れ落ちた彼の心からの本音に、俺は返す言葉を持たなかった。

 

 コナン君が首を傾げて振り返る。

 

「どうしたの?」

「ああいや。今スランプ気味でね。もしもっと早くこの音色を聴けていれば、調子も戻ったかもしれないと思っただけさ」

 

 そう言った彼の姿があんまりにもしょぼくれていたから、俺はやや嘆息して声をかけた。

 

「素人の俺でよければ、戻ったら一曲弾きますよ」

「!!ありがとう、楽しみにしているよ!」

 

 羽賀さんは実に嬉しそうに笑った。

 その奥に隠した憎しみと殺意とを感じさせない、柔らかな笑みだった。

 

 

 

 

 

 結局ストラディバリウスの使用許可は下りなかった。

 

 今回の事件がストラディバリウスを狙ったものかもしれないと、当主の設楽調一朗氏が部外者に渡すのを嫌がったからだ。

 羽賀さんと調一朗氏は激しい口論になり、屋敷の空気は悪くなる一方だった。

 

 そして、そうこうしているうちに、二人目の犠牲者が出てしまった。

 窓から飛び降りての転落死、のように現場は見えたが。

 

 それはイニシャルを音階の順番に殺していく、まぎれもない連続殺人であった。

 

 コナン君がそっと俺へと話しかけてくる。

 殺人の疑いありということで、現場は鑑識さんが調べている途中だ。

 この短時間に二人も命が消え、蓮希さんも怯え切っている。

 

「ねえ、黄衣さん。黄衣さんはもう犯人が分かってるよね」

「……そうだね」

 

 確信を持った問いかけに、俺は静かに首肯した。

 コナン君は僅かな困惑を顔に浮かべて、俺を見上げてくる。

 

「どうして分かったの。証拠を確認してたわけでもないのに」

 

 どうやらコナン君はいつも通りの冴えわたる推理でもって、犯人を特定したらしい。

 それに比べ、俺の理論は穴だらけ。

 とても「犯人がわかった」なんて呼べるようなものではないのだ。

 

 羽賀響輔は言った。

 俺の、テツチャプトルの楽曲「黄色の帳」のことを、寝ても覚めても考えているのだと。

 

 警察が屋敷中を調べる、どこか無機質なざわめきが耳を満たしている。

 

 やや迷ってから、俺はコナン君の隣に膝をついた。

 

「実は、俺が弾いたあの曲。傷付いた心を癒して怒りを鎮める効果があってさ」

「……」

「そういう強い怒りや悲しみを抱いている人には、すごく刺さる音楽になってるんだ」

 

 復讐のために連続殺人を犯すような人間が聞いたのなら。

 それこそ、麻薬にも似て心を囚われることだろう。

 

 虜になった人間は繰り返し繰り返し、「黄色の帳」を聞くはずだ。

 繰り返し、繰り返し。その人の心は、次第にゆっくりと癒されていく。

 その激情からも解放されていく。

 

 そうして曲自体への執着も薄れ、最後には朝が来る。

 

 帳の内側で嘆き悲しむ日々は終わり。

 新たな門出を祝い、俺はそっと背中を押すのだ。

 

「だから黄衣さんは犯人がわかったんだね」

「おうよ。他の人の反応はそこまでって感じだったから。三年計画で順番に殺してく犯人にしては、激情が足りないかなって」

 

 「そっか」と、寂しそうにコナン君は俯いた。

 

 俺には、今回の連続殺人の仕掛けはさっぱりわからない。

 動機も同じくさっぱりだ。

 

 

 その後。

 皆を集めての推理ショーは、つつがなく行われた。

 

 犯人は羽賀響輔。

 寝タバコに見せかけて別館に火をつけて弦三郎氏を殺害。

 またトリックを用いて絢音氏を窓から飛び降りさせた。

 

 動機は亡き父親の仇討ち。

 

 羽賀響輔は警察の前で、自嘲するように歪な笑みを浮かべていた。

 

「転げ落ちた詠美おばさんの姿を見て、確信したよ。……これは神の啓示だと」

 

 俺は、口出ししそうになるのをグッと堪えた。

 

 残念ながら、彼に啓示をもたらす神などいない。

 人の復讐心を解すほど慈悲のある神など、そもそもこの世界には一柱だっていないのだ。

 あるいは俺が声をかければ、犯罪は防げていただろうが。

 

 警察に手錠をかけられ、羽賀響輔が連れていかれる。

 彼のことを響輔おじさまと慕っていた蓮希さんが、ただ呆然と顔を青ざめさせて立ち尽くしている。

 

 この三年で家族のほとんどを失った彼女の気持ちを思うと、やはり胸が痛い。

 

 

 

 時刻的に見れば。

 俺が本館でヴァイオリンを弾き始めた段階で既に、一人目の死者が出ていたのだろう。

 羽賀さんはそのトリックを完成させるため、今か今かと出ていく時を待っていた。

 

 憎しみに濡れた殺意の中で聞く「黄色の帳」は、さぞや甘美なものだっただろう。

 

 もし俺がもう少し早く演奏を開始していれば。

 いや。

 

 結局、彼の復讐劇は三年前から始まっていた。

 

 どちらにしろ、俺は間に合わなかったのだろうと。

 彼の後ろ姿を見て、思うより他なかった。

 





・犯人、羽賀響輔
 別館に火をつけて、緊張に荒い息の中ちょうど本館に戻ってきたときに「黄色の帳」を聞いた。
 その神域の音色に魂ごと鷲掴みにされた模様。
 しかし、他人から奪い取ったストラディバリウスに醜く執着する設楽調一朗氏と口論して殺意が再燃。
 計画をほぼ完遂した。
 あの音色をもう一度、もう一度でいいから聴きたい。

・テツチャプトルのアカウント
 新曲がアップされた。
 特に大切な人を亡くした悲しみに寄り添うために作曲された曲で、やはり聴き続けると緩やかにSAN値が回復する。
 設楽蓮希さん用に作ったもののため、その流れで蓮希さんにはアカウントを教えた模様。
 別れ際に蓮希さんには「絶対音楽の道に進んだ方がいい!」と強く力説された。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。