「それでは、署まで来てもらいましょうか」
「あわわわわわ」
警部さんから手錠をかけられる寸前。
こうなった事情を、順を追って説明しよう。
今より一時間前、俺は東都内のとある大衆居酒屋に入店した。
細々と露店商では、不定期に出没する黒服から逃げる必要もあり実入は少ない。
だから食事もなるべく控えていたのだが…たまにはパーっと飲み食いしたい欲望が抑えきれなくなったのだ。
実際はバイトしていたほうがずっと稼ぎはいいのだが、この自由な暮らしが性に合ってるからな。
商品作成の元手もかからないし、今のところ不都合はない。
そうして、ここ一週間の売り上げを握りしめて、俺は某大衆居酒屋に入ったと言うわけだ。
カウンター席に座って、俺はひとまず鳥串とビールを頼んだ。
すぐに運ばれてきたお通しはキャベツに味付けしただけのものだったが、俺はそれを涙ぐんで口に含んだ。
おお、美味しい食事よ……祝福あれ…!
地球の食事は何度食べても感動的に美味しいんだよな。
カルコサの人々も奉仕種族ビヤーキー君達も、一般的な地球人とは味覚が違いすぎて筆舌に尽くし難い味がしたし。
こう、出てくる食事全てが実に冒涜的な見た目なのだ。
SAN値が減りそうな食事ではあるが、真心込めて捧げられたからからには文句言わずに食うより他道はなかった。
食事なんて必要ない旧支配者にわざわざ食事を捧げる信心に報いなければならなかったし。
おお、生肉を骨ごとミンチにして脳漿と混ぜて岩石を散らしたものよ!滅びよ!!
さて。事件はそんなふうに地球の食事に感動のあまり打ち震えている間に起こった。
突然隣の席に座っていた人が、喉を掻きむしって「かっ、あ゛……!」と苦悶の声を上げた。
ギョッとして距離をとれば、隣の男はそのまま椅子を蹴飛ばして派手に倒れ込んだ。
かくり、とそのまま力なく体がだらりと床に投げ出される。
「!?!?!?」
俺が驚愕に硬直していると、異変に気づいた他の客から「きゃああああ!」と悲鳴が上がった。
誰か警察と救急車を!と叫ぶ声が耳に遠い。
俺は現在、スマホを持っていない状態だ。
まだ金が溜まってないから買えないともいう。
というか救急車はともかく警察?
慌てて介抱しようと近づけば、「触らないでください!」と近寄ってきた金髪の男性に止められた。
金髪にライトブルーの瞳を持つ、TV俳優のようなイケメンだ。
イケメンは倒れ込んだ男性の首元に手を当てて脈を測ったようだった。
そしてしばらく後、瞳を伏せて首を振った。
つまりお亡くなりになっているというわけだが。
怖い怖い怖い怖い!
俺はゾッとして恐る恐る有識者と思しき金髪イケメンに話しかけた。
医者の卵か何からしいし、彼に任せれば問題はなかろう。
「あの、病気とかでしょうか…?」
「いいえ。このアーモンド臭…青酸カリです。つまり、毒殺かと」
「ど、毒殺…!?!?」
あまりに怖くてつい周囲をぐるりと「視」渡せば、35分前、右端の席に沈黙して座る女性が目についた。
俺が店に入る前からいたらしい。
軽く時間を精査して確認すれば、被害者の男とは恋人と付き合っていたらしい、
しかし男に最悪な形で浮気されて、復讐を誓った。
すなわち今回の事件は痴情のもつれが原因というわけだ。
おとと、いけない。こんなふうにあまり見すぎるのはマナー違反だ。
ニャルラトホテプのアンチクショウも嫌な顔をする無礼を俺が働くのは道理に合わないだろう。
視界を閉ざし、俺は神妙に目の前で絶命した男に手を合わせた。
さて。
そうこうしているうちに警視庁捜査一課が到着したようだ。
次々現れた刑事さんと鑑識さんが現場を出入りするうちに、俺を含めた客達は事情聴取を行われることになった。
名前と職業と住所等々を───魔術で偽造したものだが───答えていく。
お次は事件前後何をしていたのかだ。
俺は少しだけ先ほど「視」た時間情報を思い返して答えた。
「はい。えーっと、まず俺が店に入ったのは18時18分のことです。その2分後にあっちの右端におるショートヘアのウェイターさんに鳥くしとチョレギサラダを頼んで、18時27分までは席でメニューを見てました。そこでチョレギサラダがきたので…」
「ちょ、ちょっと待ってください。その時間は正しいと捉えても?」
「?ええ」
視線を険しくした金髪イケメンが、眉間に皺を寄せて聞いてきたので素直に頷いておく。
時間の大神たるヨグ=ソトースにアクセスして確認したから間違いないはずだ。
だが聞かれたということは何か矛盾でもあったのだろうか。
ちょっとばかり不安になって、顔を上げてもう一度時間を確認しようとすれば。
ふと、目が合った。
浮遊する半透明の体
生命力の感じない、霊体のそれは目のあった俺を凝視して驚愕に目を見開いた。
「!?!?!?」
仰天して肩を跳ねさせる俺を、小太りな警部さんが不審そうに見ている。
「どうかしたかね?」
「い、いえ。なんでもありません。時間の方はたぶんあってます。俺、時間感覚には自信があるので」
平静を装って、俺は跳ねた心臓を必死で押さえて深呼吸した。
名も知らぬ幽霊は無精髭を生やしたイケメンだ。
どうやら金髪イケメンに憑いた浮遊霊らしく、無精髭の幽霊は金髪の青年の後ろに付かず離れずぷかぷかと浮かんでいる。
幽霊は誰にも見えないのをいいことに、遠慮なく俺をまじまじと覗き込んだ。
見るな見るな!散れ!幽霊にいい思い出なんて一つもないんだっつーの!
俺はたまらず警部に懇願した。
「ちょ、ちょっと失礼。お手洗いに行きたいんですけどいいですか?」
「ふむ……どうぞ」
少し考えるそぶりしてから、警部は許可を出してくれた。
トイレが構造上窓がなくて逃げられないし、出入り口も一箇所しかないからな。
逃走の恐れがないとして許可されたのだろう。
俺はトイレに駆け込んで、バッと後ろを振り返った。
やはりと言うべきか、俺のことをつけてきた幽霊が驚いたようにこちらを見ている。
『やっぱ俺のことみえてるんだな』
「悪霊退散!悪霊退散!!!成仏してくれマジで!!」
『あ、扱い酷くないか???」
俺は適当に臨・兵・闘・者を組んで叫んだ。
俺が触手の一薙ぎでもすれば消し飛ぶような脆弱な霊体だが……。
でもゴキブリって触りたくないだろ?
そういうことだよ。
実のところ、俺の前に幽霊が現れることは割と良くあることだ。
なにせ肉体を捨てて魂のみとなった魔術師が魔術を駆使してハリ湖にいる俺を目指してやってくるからな。
言うて有名人の自宅凸だ。
純粋に迷惑だし時間も何も考えずにくるから寝込みを襲われるし。
挙句勝手に俺の姿を見ては発狂してとんでもSAN値直葬パーリィを開くことも多い。
マジで幽霊にはいい思い出が無いのだ。
俺が全霊で嫌がっているのを気にもとめず、目の前の幽霊は朗らかな様子挨拶した。
『俺は諸伏景光。あんたは黄衣ハスタっていうんよな。見える人に会えたのは初めてだ!』
「……早めに成仏したほうがいいぞ。魂だけの体は人間の精神には毒だ」
『ははは。成仏したいのは山々なんだが、俺も気になることがあって。せっかくだから話し相手になってくれないか?』
そのように、陽キャならではの満面の笑みで宣ったのだった。
・諸伏景光
3年間浮遊霊やってた人。
心残りは「最悪な形でゼロを残して死んだこと」。