ハスターなオリ主と米花町   作:ラムセス_

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ブラックインパクト!〈楽園を夢見て〉

 

 家に案内する、と言って連れられて来たのは、人気のない路地裏であった。

 

 流石に、立地的にもすぐそばには大通りもあるが、ひとまずは人目につかない道であるのは間違いないだろう。

 通りの真ん中で水無さんは立ち止まり、こちらへと振り向いた。

 

「久しぶりね、スコッチ。死んだと思っていたけれど」

『まあこっちにも事情があってな』

「そう。随分上手くやったのね。組織でもあなたの生存を疑う声は無かったから、驚いたわ」

 

 水無さんはその表情を先程とは一変させていた。

 温度のない、冷徹な瞳だ。

 これが組織幹部キールとしての姿と言うことなのだろう。

 

『しかし、ずいぶん可愛らしい悩みじゃないか、キール。ピンポンダッシュだなんて』

「あら。意外と切実よ?女性の一人暮らしだもの。少し怖いと思うのは当然じゃない?」

『ははは、たしかに。どこの誰とも分からない人間にセーフハウスを見張られているなんて、やりづらくて仕方がない』

 

 冷ややかな会話が続く。

 お互い距離を測っているのかもしれない。

 

 キールが目を細め、高圧的にせせら笑った。

 

「公安からのNOC。それが生きていたと知れたからには、分かるわよね」

『どうするって言うんだ?』

「そうねぇ、ひとまず捕まえてジンに報告かしら。女の身一つで捕らえるのも大変だし、両足は砕くけれど良いわよね」

 

 懐から取り出したのは拳銃だった。

 向ける先は諸伏さんの胴体。

 

 諸伏さんは軽く両手をあげて見せて、さりげなくコナン君の遮蔽になるように立った。

 

「動かないで。後ろのボウヤと探偵の命が惜しいならね」

『随分とつれないことを言うんだな。俺たちの仲じゃないか』

「貴方と私がどんな仲だというのかしら、スコッチ」

 

 両手をあげたままの諸伏さんが口角だけを吊り上げて笑う。

 余裕のある笑みだ。

 

『CIA所属の諜報員の本堂瑛海』

「!!!」

『同じ、NOC仲間じゃないか。そうだろう?』

 

 これには流石のCIA潜入捜査官も驚きを隠せなかったらしい。

 拳銃を持つ手が動揺に震えている。

 

 というかノックってなんだろうか。あとで聞いてみよう。

 

「貴方なぜ、それを……」

『ははは。人数差がある状態で仲間も呼ばずに路地裏にきたということは、俺を保護してくれようとしたんだろう?助かるが、こちらはこちらで事情があってな』

「…貴方を組織に突き出してのしあがろうとしたのかもしれないわよ?」

『はは、かもな』

 

 諸伏さんの軽い笑いに、水無さんは嘆息したようだった。

 そのまま拳銃を下ろし、懐へとしまう。

 

「生憎、こちらも立場があるわ。万が一があれば遠慮なく組織に差し出させてもらうから、そのつもりでいて頂戴」

『つれないなぁ。せっかくだし、少しばかり一緒に仕事をしないか?』

「潜入がバレた程度の間抜けな公安と?あまり上手い冗談とは言えないわね」

『これは手厳しい』

「話がそれだけなら私は行くわ」

 

 話が終わりそうになったので、俺は慌てて前へと出た。

 どうもはじめの依頼であるピンポンダッシュの件が流れそうな気配になっていたからな。

 一応沖野さんからの紹介でもあるし、「目」を使って調べたので結果ぐらいは教えておいた方がいいだろう。

 

 訝しげな水無さんの冷たい視線が突き刺さり、少々たじろぎながら口を開く。

 

「あのさ、ピンポンダッシュの件なんだけど」

「ああそれ。別に良いわよ。そろそろ監視カメラを仕掛けるつもりだし、自分の身くらい自分で守れるわ」

「えーっと。あー、犯人を、あまり怒らないでやって貰えると助かる」

 

 このピンポンダッシュの犯人が、うっかり間違って殺されたら可哀想だ。

 そのような思考で口を開けば、水無さんは揶揄うように俺へと微笑みかけた。

 

「あら。貴方の事務所の手が回ってたって言うこと?」

「違う違う。いつも土曜日、捨てる雑誌を縛って玄関の前に置いてるだろ?」

「!」

「その後ろを確認してみると良い。子供が隠れてるから」

 

 犯人は、昨年交通事故で親を亡くした子供だ。

 水無さんが母親そっくりということで、いつも見ているTV番組に彼女が出なくなったのを心配したが故の犯行らしい。

 

 水無さんは目を細め、「………そう」とだけ言った。

 警戒させてしまったらしい。

 

 そのまま踵を返し、背中越しに一言落とした。

 

「くれぐれも仕事の邪魔はしないでちょうだい」

「それは場合によるな」

 

 

 そうして、水無さんは返事もせずにヒールの音を響かせながら去っていった。

 

 

 

 

 

 

 その後、俺たちはぶらぶらと駅へと向かいながら雑談に興じた。

 

 男二人に子供一人で歩いていると微妙に歩行者の視線を引くのが辛いところ。

 諸伏さんが手慰みにコナン君を肩車し、コナン君は子供っぽく喜ぶふりをした。

 

 俺はその隣を歩きながら、諸伏さんに声をかける。

 

「どうする?水無さんには振られたっぽいけど」

『いや、大成功だよ。指、見てなかったか?』

「指?」

 

 コナン君が指を軽く折り曲げながら、「モールス信号だよ」と教えてくれた。

 

「持ってたバッグを軽く叩いてたでしょ。トントントンって」

「え、そうだっけ。覚えてないわ。誰かに会話を聞かれてたってこと?」

『いいや。聞かれてたんならあんな悠長な話はしないとも。単純に俺らを試しただけさ』

 

 組むに相応しい相手か示してみろ、ということらしい。

 諜報員の人間関係って難しいんだな。

 

 内容は、「明日の午後1時、杯戸公園にて土門康輝を殺害する予定」とのこと。

 

 詳しい計画についてああでもないこうでもないとコナン君と諸伏さんの二人が推理を擦り合わせている。

 

 俺はその間、ボーッとよそごとを考えるしか無かった。

 INT(知性)が足りなくて話についていけないじゃんね…。

 

 駅で電車を待ちながら、スマホでニュースを確認する。

 野球ニュース、事故、エンタメ……順に見ていけば、新着で速報が出ているのに気がついた。

 

 カルコサ新党が新たな声明を出したらしい。

 『日本にて神が降臨した』。

 『我々は32日間の儀式をもって神を迎える準備を整え、ついに我らは神を目の当たりにする』。

 声明は動画サイトを通じて全世界に公開されているとのこと。

 まだ日本警察からの公式な発表はない。

 

 諸伏さんが俺を覗き込み、声をかけてくる。

 

『どうした?』

「……あー、んー、待って、俺もまだ考え中」

 

 俺が考えをまとめようと黙ったタイミングで、俺のスマホが着信音を鳴らしたてた。

 どうやら降谷さんから電話らしい。

 これは出なければ怒られてしまうだろう。

 

 まだ考えが纏まらないまま、俺はスマホの通話ボタンを押した。

 

 なお、第一声は極寒の「ニュースは見たか?」であった。

 

 俺は電話越しにも関わらず深々と頭を下げた。

 

「大変失礼いたしました……」

『まあ君のせいじゃないのは分かるが。あの有害な羽虫共はこちらで処分しても構わないな』

「………」

『あの羽虫共は日本国民を攫って儀式の生贄にしようとしている。被害が出る前に、早急な排除が必要だ』

 

 カルコサ新党。

 人類はハイパーボリアの時代に立ち返るべきだ、という思想を掲げる超過激派だ。

 そのために現在の社会を徹底的に破壊し、再度の神の降臨を待ち望むのだという。

 

 発狂しきっている彼らを説得しようとするなら、俺が語りかけるだけでは無意味だ。

 旧支配者ハスターとして神権をもって「命令」するしかない。

 

 だが、俺はそれをしたくない。

 人類は神に支配されるべきではない。

 たとえその先に死があっても、自意識と自由な選択の下に生きるべきだ。

 

 俺が無言でいれば、電話の向こう側から降谷さんがポツリと言葉を落とす。

 

『君はあまりに人類に優しすぎるな』

 

 その声色は甘やかで、しかしどうしようもなく温度を含まない、冷徹な声だった。

 

『人類など皆、根本的には羽虫に過ぎない。放っておけばあっという間に絶滅する、愚かで矮小な羽虫だ』

「いや待って降谷さん待って」

『だからこそ人類は適切に管理、運用する必要があるんだ。君なら分かるだろう?』

 

 なんということだ。

 降谷さんの暗黒面とニャルラトホテプの悪い部分が悪魔合体してとんでもないことになってしまっている!

 アリの巣のコロニー観察じゃないんだから、そんなディストピアしか見えないことするわけなかろうに!

 

 降谷さんがとろりと優しげに微笑む気配がする。

 

『僕も、羽虫が絶滅して悲しむ君は見たくない。そろそろきちんと管理をしたほうが、』

「降谷さん」

 

 電話越しに魔術を発動。

 降谷さんが息を呑んだ。

 素早く、魂に食い込むニャルラトホテプの触手の先っぽの方を僅かに切り落として剪定。

 

 「正気に戻った?」と問い掛ければ、降谷さんは恥ずかしそうに咳払いした。

 

『………ああ。その。悪かった。八割本音だったが、冷静にはなれたよ』

「本音だったのかよ!?」

 

 ただの暗黒降谷さんだったらしい。

 嘘だろ人類が抱いて良い思想じゃなかったんだが。

 

「俺、ハイパーボリアで失敗してるんでその手の話はお断りしてるんですよ」

『でも、いい社会だったそうじゃないか。病も犯罪も無く、学問や芸術は推奨され、飢えや格差とは無縁で』

 

 返ってきたのは、羨望のような色の混じる声だった。

 

 まあ確かに、俺はできうる限りの加護をハイパーボリアに与えた。

 

 病と老いはハイパーボリア全土を覆う魔術によって駆逐され、寿命により魂が崩れること以外で人が死ぬことはなかった。

 飢餓と格差は無く、労働は全て魔術で代替され、あらゆる民は物質的に満ち足りていた。

 

 そんな中でもやはり、生きがいは必要だ。

 「ハスターの瞳」を使った未来視により、その人が幸福に生きられる人生設計が複数エミュレートされ、提示される。

 その中から生き方を選んでもいいし、やりたいことを相談してもらえればそれに沿う形の人生プランも出力した。

 

 全てが「ハスターの瞳」に紐付いているから、犯罪を起こしそうな場合は事前に警告され、適切な福祉へと誘導された。

 どうしても犯罪を止められないなら、「治療」を受けることになったが…。

 

 人が学問や芸術を極めようとするなら、それを推奨された。

 多くの学びが広く開かれ、俺の下、全ては管理されていた。

 

 それが幸福であったかはよく分からない。

 所詮、俺の自己満足でしかなかったからだ。

 

 俺は深くため息をつき、目を伏せた。

 

「人は人の力で生きるべきだ。俺は人類を愛玩動物にする気はないよ」

『今更だろう?外宇宙の脅威を前に、俺たちは君無くして身を守ることすらできないのだから』

「あーもう。ああ言えばこう言う。俺は人類の管理はしません!オーケー!?」

『分かったよ。いつでも気が変わったら連絡してくれ』

 

 降谷さんは上機嫌の中、少しの寂寥を滲ませて話を打ち切った。

 

『では、俺の方でカルコサ新党の方は対応させてもらうよ』

「了解。念のため俺の方でもカルコサ新党の方にはお告げを出しておくよ。それでも動くなら、あとは済まないが任せた」

『気にするな。奴らの出方を見てまた報告する』

「ああ、それと…」

 

 コナン君達が俺を見ている。

 俺の電話の相手が降谷さんだと気づいたらしい。

 諸伏さんが「代わってくれ」とジェスチャーしている。

 

「今諸伏さんが話したいって言ってるから、少し電話を代わるよ」

『ん』

 

 スマホを諸伏さんに渡し、俺はホームにしゃがみ込んだ。

 電話はすでに代わったのに、コナン君が俺をじっと見ている。

 

 俺は。

 三億年前に海の底に沈んだハイパーボリアを、少しだけ思い返した。

 





・暗黒降谷さん
 「悲しむ君を見たくない」の部分がニャルの侵食の結果で、あとほとんど全部が普通に降谷さんである。
 とはいえ、無意識に上位者の視点を混在させてものを考えるようになり始めた。
 ここが神の支配する楽園だったなら、自分は大切な人を誰一人失わずに済んだのだろうか。

・カルコサ新党
 人はハイパーボリアの時代のように完璧に神によって管理されるべきだ、という思想を打ち出すテロ集団。
 現代社会の自由に溺れ堕落した人類を浄化し、忠実な神の僕となるべくテロを繰り返している。
 奇しくも暗黒降谷さんと同意見の狂信者集団。

・ハイパーボリア
 息苦しいほど完璧で幸福な社会。
 神の愛でドロドロに満たされ管理されていた。
 割とディストピア。
 この楽園は三億年間、幸福な明日を人類に提供し続けた。
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