ひとまず、戻って銭形警部と情報共有したのち、今後の動きを決めることになった。
日は既にとっぷりと暮れている。
王宮の一角、数多ある控室のうちの一つを借りて、俺たちは今後の計画を練っているわけである。
「はいこれ、俺が組んだ対ルパン用の魔術の仕掛け詳細図」
二人にコピーして手渡したのは、俺の組んだクイーンクラウン盗難防止用の魔術構成図である。
もちろん、専門用語は廃して通常の警備計画にできるだけ近づけた。
この辺りは降谷さんにみっちり仕込まれたから不備はないはずだ。
以前俺のあの世プランをけちょんけちょんにされた後、俺は研修資料を渡されて厳しく教育されたんだよね…。
じつにスパルタ教育であった。
毎回課題レビューで触手がしおしおに縮んだし、SAN値もガリガリ減った。
諸伏さんは全体をくまなく確認したあと、難しい顔をした。
『一見問題なさそうには見えるが、ゼロはどう思う?』
「俺も同意見だ……とはいえ、相手はルパン三世だ。可能性はゼロではないのだろうな」
降谷さんが書類の上に目を滑らせて、静かに言葉を落とす。
「特に、原理上この仕掛けは『絶対突破できない』ようには設計されていないのだから」
『え、いいのかそれ。盗まれるかもしれないってことだろ』
諸伏さんが虚をつかれたように顔を上げた。
ため息とともに資料を机へと乱雑に置き、降谷さんが椅子へ腰掛ける。
「本当に絶対不可能じゃゲームにならないからな。そういうことだろう、黄衣君」
「はい……そのとおりっす」
優しげではあるが、確実にこちらを咎める口調だ。
俺は丁寧に頭を下げた。
「ニャルラトホテプが何らかの魔術的加護を付与したとして、通常のやり方では間違いなくクイーンクラウンを盗むことはできない。でも、閃きと機転、極限下の力量と時の運。全てが揃えば、あるいは。……そのぐらいに、設計したよ」
「なるほど。なら妥当かな」
降谷さんは髪をかきあげ、物憂げに目を細める。
「極論、クイーンクラウンは盗まれても俺たちの計画が少々狂うだけだ」
『もうその計画粉々に砕け散ってるけどな』
「ヒロは黙って。それに比べて、アレの機嫌を損ねないようにする方がよっぽど重要事項なのは間違いない」
『……それは、ゼロがあの謎の奴に寄生されてるからか?』
「いや。俺とアレの関係がどうあろうとだ」
庭園に隣接したこの控室には小さな窓があって、ここからでも外の景色が確認できた。
真っ暗な夜空はよく晴れ渡っていて、輝く月がよく見える。
降谷さんが外を眺めて、そのスカイブルーの瞳を細めた。
「アレは日本にとって…いや。人類にとって明確な脅威だ。片手間に人類を滅ぼせるうえに、滅ぼす動機まであるんだ。こんな危険なことがあるか?」
「ああいや、待って、流石にそれは俺が止めてるし、実行には移さないと思うぞ?」
「どうかな」
降谷さんは皮肉げに笑ってこちらを見た。
「君は友情を甘く見過ぎだよ。恨まれたって憎まれたって、友人のために成さねばならぬことぐらいあるさ」
「えぇ…?それホントに友情?え、俺のために人類滅ぼすの?意味わからなくないか?」
降谷さんは俺の疑問に答えず、曖昧に笑うだけだった。
「ともかく。明日のクイーンクラウンの魔術的保護計画はこれで行こう。本物のミラ王女もヴェスパニアに戻ったようだし」
『っ!そうか。なら、あとはコナン君がいつもの慧眼で禍根を断てば、向こうから蘭ちゃんを返してくれるな』
「ああ。まったく、他国の鬱陶しい羽虫に、犯罪者どもに…今回は面倒ごとばかりだ!」
そう乱暴に吐き捨ててから、降谷さんははっとしたようにこちらを伺って、ぎこちなく優しい笑みを浮かべた。
「ご、ごめんね。どうしても言葉が強くなりがちで」
「いや…気にしてないですよ…?」
やっぱり絶対おかしいので、日本に帰ったら一度降谷さんを精密検査しよう。
そのように諸伏さんと頷きあったのだった。
翌日朝。
俺がうとうとと持ち場のパイプ椅子に座っていると。
突如ガッと肩を掴まれ、激しく揺さぶり起こされた。
諸伏さんだ。
俺を覗き込み、必死の形相で叫んでいる。
『黄衣!大変だ!クイーンクラウンが盗まれた!!』
「ん…………はぁああ!?」
一気に目が覚めて、俺はパイプ椅子から飛び上がった。
アレを攻略?
通常の警備を突破した上で、アラームも鳴らさず、魔術的防護を全て解除してのけたということか!?
確かに俺はそれが不可能でないようにはデザインした。
だが、それは可能であると言う意味では決してない。
どうせ羽虫が苦しんでいるのを眺めるために、ニャルラトホテプはほんの最低限の加護しか与えないだろうし。
宝くじの一等が当たるかも、ぐらいの感覚だったからここでうとうとしてたのだ。
まさかそれが本当に?
にわかには信じられなくて、俺は「ハスターの瞳」でもってとっさに過去へと視界を接続した。
すぐに当時の状況が鮮明に脳内へと入り込んでくる。
どれどれ。一体どんな凄まじい激闘を…。
金庫の前にルパンが佇んでいる。
その右手にはコナン君が装備されている。
ルパンが堂々たる勇者のようにコナン君を掲げる。
降り注いだ攻勢魔術の嵐が、全て霧散してたち消える。
ルパンはずんずんと奥へと進み、金庫の前で物理錠の解除を始める。
その間、降ろされたコナン君が背後から襲いくる魔術反応を全て受け止め、盾になっていた。
そうして盗み終えたところで、ルパンはコナン君を抱えてスタコラサッサと退散していった。
これは……間違いなく共犯ですね………。
「なんでや工藤!!!!!!」
『うおっびっくりした!急に何だよ!?』
俺の魂の絶叫に、諸伏さんがのけぞって非難の声を上げた。
いやでもこれは叫ぶしかない。
こんな上上下下左右左右BAみたいな技あるか?
「…うん?そういえば降谷さんはどうしたんだ?ひと足先に現場に向かったのか?」
『いや。ゼロはあっちの部屋の簡易ベッドで寝てる』
「何故に」
『腹痛で。とりあえず俺たちは銭形警部と合流しよう』
どうやらニャルラトホテプは笑い袋になってしまったらしい。
無理もない。
あんなシュールな光景見せられたら、ニャルなんて化身が破裂するまで笑い散らかすに違いない。
なにせニャルの加護なんて一ミリも使ってないし、俺は盛大に自爆してるし、すごく間抜けな旧支配者が人間に完全に出し抜かれた形だし。
笑いどころしかないというか、たぶんこの宇宙が終わってもこのネタで揶揄われるレベルの惨事である。
ともかく、俺たちも銭形警部の元に向かわねば。
ああ、その前に。
「すまん、ちょっと先に行っててくれ。野暮用があって」
『?わかった、なら一応ゼロにも声をかけておいてくれ!』
駆けていく諸伏さんの後ろ姿を見送りながら、俺は静かに念話を繋いだ。
もちろん、相手はコナン君である。
まだ逃走中なのか、若干慌ただしい雰囲気の思考が向こうから伝わってくる。
『えー、コナン君。俺が話しかけた理由はもうわかってるよね?』
『黄衣さんっ!?あっあっ、むこう、向こうに銭形警部っぽい影が、あっ、その、今忙しくて、後じゃダメ?』
『詳しい話は後で大丈夫。でも一応動機ぐらいは聞いた方がいいと思って』
コナン君は少しだけ沈黙してから、もごもごと雑念混じりの返事をした。
『ひとつは、おじさんが協力の交換条件にブレスレットと、同じような昔のお宝を差し出すと言ったから』
『え……?コナン君、お宝に興味あるの?』
『バーロー!違うよ、あんな危険なものを泥棒が持ってたらまずいでしょ!回収しようと思ったの!』
そういえば、彼は国民なのだから当然全生活オーガナイザーを持っているのだったか。
オーガナイザーは確かに、あらゆる意味で現代社会からすればオーバーテクノロジーに違いない。
直接的に犯罪行為に使えるものではないとはいえ、犯罪者から取り上げる、と言う判断は間違いではないだろう。
『二つ目は、………間違ってはいないと思ったから』
『うん?』
『おじさんは犯罪者で、王冠を盗むのは犯罪だけど。そのミラ王女を思う心は、間違ってないと思ったんだよ。今回だけ』
なんともまあ、正義感の強いコナン君らしからぬ言葉だ。
自分で言っていてコナン君自身もそう思ったのか、声は恥ずかしそうに震えている。
もしかしたら今日、ルパンと共に行動して何かがあったのかもしれない。
それを俺が覗き見ることもできるが、しないでおいた方がいいだろう。
それは野暮というものだからな。
『了解。ならこっちはどうにかしとくから、コナン君はそのまま推理頼んだ』
『ごめん、迷惑かけて』
『まあもうとっくにコナン君の痕跡は時間遡って全部消しといたから大丈夫。この事実も俺と降谷さんしか知らない感じで行く予定』
『げっ、降谷さんも?』
『うん。たぶん後で絞られると思うけど、骨ぐらいは拾うから安心して』
『………ほね……のこるかな……』
コナン君が怯えた様子で虚ろに言った。
その辺は自分の罪が招いたことと思って、大人しくド叱られて来たまえ。
おそらく骨は残らないし俺は恐ろしすぎて半径100メートル以内には近づけないだろうが。
それでも、すこし頑迷なところのあったコナン君が健やかに成長している感じがして。
ちょっとだけ嬉しかったりもするのである。
・降谷さん
くっっっそ腹痛い。
ニャルラトホテプが笑い袋破裂死してしまったため、ベッドで呻いている。
コナン君は後日取り調べ室に突っ込んで公安式事情聴取をする予定。
オイ……いいかクソガキ…五体満足で出られると思うなよ…。
・ニャルラトホテプ
死ぬほど笑った。
はちゃめちゃに上機嫌でスキップとかしてる。
この羽虫……イイ……!