諸口益貴氏は、自室で青酸系毒物を飲んで亡くなっていた。
状況的には、自殺の疑いが強い。
鍵がかかった部屋の中で毒入りコーヒーを飲んで死んでいたからだ。
でも個人的には殺人じゃないかなぁと思うわけである。
昨日話した感じ、恨みはたっぷりと買っていそうだったし。
現場保存のために部屋の入り口で立っていると、下階がにわかに騒がしくなった。
どうやら警察が到着したらしい。
廊下を走ってきたのは佐藤刑事と高木刑事だ。
佐藤刑事は俺を見つけると、少し安心したように顔を綻ばせた。
「黄衣さん、お電話ありがとうございました」
「いえいえ、お忙しいところすみません」
ぺこりと頭を下げて二人を部屋に案内する。
中には先に現場の状況を調べていたコナン君、降谷さん、諸伏さんの三人がいる。
三人は揃って死体の指輪を確認しながら、何事か話し合っていた。
「あら、珍しい。安室さんも来ていたのね」
「ええ。僕もたまには先生の推理を見て学ばないと、成長できませんから」
爽やかに振り返り、降谷さんは「安室透」の皮をかぶってよそ行きの笑顔で微笑んだ。
この変わり身の速さには驚く限りである。
ふと隣を見ると、ほんの一瞬だけギョッとした顔をする諸伏さんを確認できた。
視線は佐藤刑事に向かっている。
なんだ……?
諸伏さんはさりげない動きで部屋の入り口へと移動し、降谷さんに視線でチラリと合図した。
それで降谷さんも佐藤刑事との話を切り、諸伏さんの方へと近づく。
会話はしない。
ただすれ違いざまにぽそりと一言。
平静を装った降谷さんが佐藤刑事を確認して……驚愕に目を見開いた。
俺はたまらずコナン君へ聞いてみることにした。
何やら考え込みながら部屋を歩き回るコナン君に、こっそりと話しかける。
「コナン君、あれなんだと思う?なんか凄いスパイ活劇始まったんだけど」
「別に、単に佐藤刑事が婚約指輪してるから気になっただけでしょ」
コナン君の返事は非常に素っ気なかった。
確かに、よく見れば佐藤刑事の左手薬指にはターコイズの指輪がはまっている。
高木刑事だろうか。
めでてぇなぁ、などと若干ほんわかする。
「そんなことより、いつものチェックってしてくれた?」
「おうとも。魔術・神話生物の反応なし。これは人の側の事件だな」
「ならよかった」
コナン君が安心して推理に戻るのを確認しながら立ち上がると。
何故か、諸伏さんと降谷さんが二人でコソコソ会話しているのが目に入った。
なにやら佐藤刑事の方を見ながらひそひそ、こそこそ。
二人がこんな露骨な内緒話をするわけがないし、意味がわからなくてつい凝視してしまう。
あっ、手振りだけで降谷さんに「あっち行ってろ」と追い払われてしまった。
こんな小さな部屋であっち行っても無意味なことぐらいわかるくせに!
その不気味かつ露骨な噂話は、佐藤刑事もすぐに気付いたようだ。
しばらくは無視していたものの、ついに耐えきれずに「貴方たち!私に何か!」と怒鳴り込んだ。
降谷さんがわざとらしい困り顔をして肩をすくめた。
「あ、いえ。すみません、不躾に。ご婚約されたのかと思いまして」
『他の刑事さんの話だと、昔の男に心残りがあったとかで、』
「日色!」
『っと、すみません!』
二人ともニコニコしながら何かのお芝居を続けている。
しかし、そんなことをなぜ諸伏さんと降谷さんは佐藤刑事の婚約にここまで熱心なんだ?
そこまで親しいわけでもなかろうに、ちょっとばかり不自然だ。
むすっとした佐藤刑事がため息をついて、指輪を見せながら答えてくれる。
「これは単に魔避けですよ。由美がこうすると悪い虫が寄ってこないって言ってて」
「な……なるほど?」
降谷さんが目を点にして瞬いた。
左手の薬指、エンゲージリングの文化は流石の俺でも知っているのに。
知らないふりをしてるのか、本当に知らないのか。
ともあれ、謎は解けたとばかりにそそくさと降谷さんたちは退散していった。
コナン君は真面目に捜査しているというのに一体何を話しているのやら。
……ん?扉の裏でまだ話をしているな。
「ハスターの瞳」を動かして、じろりと様子を確認してみる。
視覚と聴覚が外と接続され、降谷さんたちの様子があらわになる。
『なあ、なんなんだ?あんなお芝居までして佐藤刑事の気を引いたのは』
「少し事情があってな。コレを見てくれ」
壁の向こう側、廊下で話をしているようだ。
廊下に出たのは俺たちに聞かれないためというより、被疑者たちが近付いたらすぐにわかるようにするためだろう。
しかし、やっぱりさっきのアレはお芝居だったらしい。
そりゃ、潜入捜査官が気付かれるような露骨な視線を向けるかっていう話か。
降谷さんは懐から白いペンダントを取り出した。
『なんだそれ?』
「いいから耳に当ててみろ」
諸伏さんが耳にそっとペンダントを当てる。
俺も感覚点を近づけて、同時に音を拾うようにした。
中からは、どこか聞き覚えのある男の声がした。
『っヒロの旦那!?おいおい、アンタまで幽霊になってんのかよ!』
『ま、松田!?』
諸伏さんが驚愕にのけぞった。
しかし距離があると声が聞こえなくなってしまうようで、もう一度ペンダントを耳に当て直した。
『一体どういうことなんだ!?なんで消えたはずの松田が…』
『俺が知るかよ。このクソゴリラなパツキン大先生に聞け』
声の主は実に不機嫌そうに言い捨てた。
降谷さんがやや陰鬱な顔をしながら「松田は何て言ってた?」と問いかける。
『詳しい事情はゼロに聞けって』
「罵倒はしてなかったのか?」
『クソゴリラのパツキンとは言ってた』
「松田ァ…!」
降谷さんが暗黒の炎をたぎらせた。
でも俺の予想通りだとしたら、その罵倒は非常に軽いというか。
松田さんとやらは仏のような広い心を持っているに違いないと思うレベルの所業にあっている。
降谷さんはしばし沈黙した後、ポツリと言葉を落とした。
「あくまで夢の話なんだが」
『おう』
「あの事件の後。消えゆく松田に、神がこう声をかけたんだ。『もう少し現世で暮らす気はあるか』と」
『!』
それでようやく、俺もあのペンダントの声の主が誰かを思い出した。
至極不機嫌そうに降谷さんは目を細める。
「松田は「これっぽっちもない」と申し出を断った。そんなの許せるか?人の気も知らないで、勝手にくたばって。その上、」
『………ゼロ』
「だから捕まえて、瓶詰めにした。どこにも行かないように、無くならないように」
降谷さんがそっとペンダントを掲げた。
仄暗い瞳がドロドロとした喜悦を映して、黒々と輝いている。
諸伏さんが真顔で頷いた。
『素直にドン引きなんだが。今後の付き合いを考え直させてもらっていいか?』
「夢の話だって言ってるだろ!流石の俺も、起きてベッドの脇にこのペンダントがあるのを見て青ざめたよ!」
『まだゼロに人間としての理性があったようで良かったよ。無意識でもアウトだけど』
降谷さんが憮然として口をへの字に曲げた。
「ともかく、黄衣には黙っててくれ。俺もこれ以上の恥は晒したくない」
『良いけど……』
「はーい。黄衣ハスタでーす。取り締まりに来ました」
そのタイミングで俺は扉を開けて、ひょっこりと顔を出した。
げっ!と降谷さんが苦虫を噛み潰したような顔をする。
「ハスターの瞳」で一部始終は聞いてたんだよなぁ。
「そのペンダントは人権を蔑ろにし過ぎなので摘発の対象になってまーす。速やかに押収しまーす」
「でも松田が…」
「正直、友人の手足捥いで瓶詰めにするのはニャルラトホテプ仕草が過ぎるから」
反応は対照的だった。
降谷さんが暗く俯いたのに対して、諸伏さんは思わず驚愕に息を呑んだようだ。
これがそこまで酷い術式であるとは諸伏さんも思っていなかったらしい。
消えかけの魂をこの世に繋ぎ止める方法は無数にある。
ニャルラトホテプは、その中でも「意思表示に不要な部分を切り落として、燃料として補填する」という方針を取ったようだ。
魂の、憑依したり肉体を動かしたりする部分がごっそり切断されていて。
切り取った魂を使って消えた体が補填されている。
その上で、それ以上の消耗を抑えるために術を施したペンダントの中に縛り付けられている、というわけだ。
酷い、という言葉以外に見つからない。
無言で手渡されたペンダントを確認する。
内側から「あ、あん時のカミサマじゃねーか。どもっす」と松田さんの声が聞こえてきた。
やられている所業の割にすごく軽い返事だ。
いや、人間では魂の処置なんて自覚できないし、単にペンダントに閉じ込められたと思っているのかもしれない。
俺は降谷さんとペンダントを交互に見てから、大きくため息をついた。
「今から一応、ペンダントの半径1メートルぐらいには外に出られるようにするけど、いいか?」
『あん?んなことできんのか。なら俺早く成仏してぇんだけど』
「今それすると降谷さんが発狂するから…もうちょっと付き合ってやってくれ」
『はぁ。あのパツキン野郎女々しいんだよ。ったく』
文句ありげだが満更でもなさそうな、優しい友情が滲んでいる。
とりあえずこのひどい状態の処置が先か。
手の中でペンダントへと魔術を浸透させていく。
雑に切り取られてボロボロの魂を保護膜で覆い、復元作業を開始。
意思に関わる部分でなければ、魂の復元も比較的容易だ。
だが完全にとはいかないから、直径10cmほどの光の玉としての仮想的な身体を与えておく。
イメージは妖精さんだ。
本当は諸伏さんのように完全な人型にしたかったんだが、現状負担が大きすぎる。
最後に、ペンダントを通して物質干渉能力も付与して完成だ。
ふわり、と幻想的な光の玉が舞い上がった。
その光の玉はしばらく飛び回った後。
不意に激怒して降谷さんの顔面に強烈なタックルを喰らわせた。
「フギュ!?!?」
『このクソゴリラが!!!ふざけた真似してんじゃねぇぞオラ!!!』
『松田、落ち着いて!気持ちはわかるが、穏便に、穏便に!』
『アァン!?諸伏はコレを許せってのかよ!』
降谷さんは尻餅をついままま、俯いた。
奥歯を噛み締めて、視線を逸らして。
ぽつりと、謝罪を口にする。
「………悪かった」
降谷さんはそれっきり何も言わなかった。
しかしただそれだけで、松田さんは溜飲を下げたようだ。
拳を下ろして「次にンな真似したらその面戻らなくなるまで殴る」と言い捨てただけだった。
もしかしたら、降谷さんは俺がペンダントを見つける可能性があるのを承知で、こんな廊下で話をしたのかもしれない。
俺に秘密にしたければいくらでも場所はある。
秘密で松田さんを囲っておくなんて楽なことだ。
それでもここで話をしたのは、断罪して欲しかったのか。
それとも松田さんを解放して欲しかったのか。
相反する二つの感情で心が張り裂けそう的な案件だったのだと思われる。
J-POPかな?
松田さんははぁ、とため息をついて降谷さんの肩に着地した。
なんか想定よりカナブンみたいな動きだ。
おかしいな、妖精さんをイメージしたはずなのに。
『あと、佐藤とは別になんもねーから。テメェも変な気回すんじゃねぇよ』
『まあ萩のお姉さんが本命だもんな。そのうち会いに行くか?』
『………行く。けど俺がこんな姿でいる事は間違ってもバラすなよ。ゼロも、いいな』
ああ、と降谷さんは頷いた。
そしてもう一度「ごめん」と、謝ったのだった。
ひょい、とその後ろから覗き込んでくる影が一つ。
コナン君だ。
その視線は不甲斐ない大人たちへの非難と反発で溢れている。
「ねぇ…みんな推理…」
「ごごごごめんコナン君すぐ戻ります!!」
その後めちゃくちゃ推理して、無事、事件は解決したのであった。
・ペンダント
人の魂を磔にして永劫保存する悍ましいアーティファクト。
降谷零が無意識のうちに作り上げた。
ああ、魂が入らない。いらない部分を切り落とそう。
眠い、まだ寝ていたい。
詰め込んで、蓋をして、コレでずっと無くさない。
満足そうに寝返りをして、降谷零は朝まで眠りを貪った。
・松田
カナブンのように飛ぶ光る玉。
そこまで言うなら仕方ない、しゃーねーから付き合ってやるか。
・諸伏
明日は我が身。
どうせ瓶詰めにされるならと瓶の中身のレイアウト(ロイヤルスイートホテル参照)を提出し、降谷零に怪訝な顔をされるなどした。