諸伏景光と名乗った幽霊は、俺が思ったよりずっと常識人っぽい様子であった。
ゴキブリかと思ったらカブトムシだったぐらいの気持ちだ。
何だ驚かせやがって。
まぁ俺は旧支配者ではあるのだし、力あるものとして弱き人を助けてもバチは当たらないだろう。
そのように思って、俺はゴホンと咳払いをして幽霊に向き直った。
「話を聞くだけは聞く。力になれるかはわからないけど、それでいいか?」
『勿論。本当に助かる。なにせこの3年ずっと一人でただゼロの後をついて浮いてるだけだったからな』
本当に嬉しそうに幽霊は笑った。
随分と精神の強い幽霊だ。
幽霊になるとだいたい時間と共にSAN値がガリガリと減ってそのまま発狂するのだが、彼の発言からすれば3年ももうこのままらしい。
それは賞賛に値するかもしれない。
『話は後で、ひとまず戻ろう。目暮警部が不審に思って見にくるかもしれないからな』
「ん?あの警部と知り合いなのか?」
『ああ。俺も部署は違うが元はお巡りさんだ。怪しい幽霊じゃないからな』
幽霊に怪しいも何もないのだが、ひとまず頷いて俺は現場に戻った。
トイレから戻ると、俺を突き刺す訝しげな視線が四方八方から飛んできた。
なんだ?さっきと随分反応が違うが。
険しい顔をして目暮警部が咳払いをして、俺へと歩み寄る。
「えー、単刀直入にお聞きしましょう、黄衣さん。これは、あなたのものですか?」
そう言って透明な袋に入れた香水の瓶のようなものを俺へと突き出してきた。
見覚えのないものだ。誰かの忘れ物のように見えるが。
「?いえ。俺の持ち物ではないですね」
「あなたの座っていた座席の下に隠されていました。中には今回使われた青酸カリが入っています」
「!?!?」
俺は思わず時間を遡って見て背後関係を洗い直した。
なになに?俺が店に来る47分前にこの席に座った女性が、ゴソゴソと椅子のマットレスの下に小瓶を押し込む様子が確認できた。
いや誰だよこの女。
というかやっぱり俺じゃないやんけ!
俺が疑問符を飛ばしている間にも、眉を釣り上げた警部さん───目暮警部と言うらしい───が目線だけで部下に指示を出した。
そして「署までご同行願いましょうか」と俺へと重々しく声をかける。
あわわわわ……おちつつつつ…というかこれ完璧に冤罪だし犯人の思惑にすっかりハマってるぞ!
でも流石に警官の人に魔術を使うわけにもいかないし。
逃げるか?でも指名手配なんてことになったら顔を変える必要が出てきて……あわわわわ。
俺が振動していると、同じく隣にいた諸伏とか言う幽霊が「あわわわゼロ、ゼロ頼むから早く推理を進めてくれ!」と右往左往している。
どうしてあんたが焦ってるんだよ。
声を出さず、信者たちにお告げを届けるときによく使うテレパシーで幽霊に話しかける。
【どういうことだよ!あんた誰が真犯人かわかってるのか!?】
『うおっ!?頭の中に声が……じゃなくて、もちろん、ゼロ、あの金髪の男ならとっくに誰が真犯人かわかってるはずだ』
【じゃあなんで様子を見てるんだよ!俺逮捕されちゃうんだけど!?】
『そりゃあ……まぁそれはいいか』
【よくないが???】
あの金髪イケメンは真犯人がわかってて黙っているらしい。
旧支配者ハスターは激怒した。かならず、この邪智暴虐なイケメンを除かねばならぬと決意した。
「待ってください!俺には動機がありません!」
「それも署で調べれば済む話です。ご同行を願います」
俺は冷や汗を流して黙り込んだ。
動機なんて調べられたらもっとまずい。
先ほど時間軸を接続で確認して先ほど思い出したのだが、この青酸カリで死んだ被害者。
おととい俺の店で傍迷惑な値引き交渉をした客のようなのだ。
向こうが一方的に怒り出して酷く迷惑をしたのだが、その一部始終は博物館の監視カメラに映っているはずだ。
加えて通りかかった博物館の親切なスタッフさんが見かねて仲介に入ってくれたから、目撃者もバッチリだ。
証言されたら殺す動機とかになってしまいかねない。
もちろん、俺の方から真犯人である女性について説明することもできる。
だが俺が時間軸俯瞰で見た情報をぶっちゃけても「何で知ってるんだ」で終わってしまうだろう。
先ほどの時間の証言は時計を確認していればわかることだが、知るはずのないことを知っているのは流石におかしい。
いよいよもって逮捕されたら適当にデコイを残して逃げ出すしかないだろう。
緑野ラマとか名乗って東都ではなく大阪あたりに移住すべきか…などと腹を括った。
そこでようやく。
幽霊から「ゼロ」と呼ばれている金髪の男が
「ちょっと待ってください」と口を挟んだ。
それからは滔々と流れるような、一連のTVドラマさながらの光景であった。
舞台劇で見るような推理劇にほへぇ、と俺はうすらバカっぽく口を開けるしかなかった。
どうも47分前──今は62分前──に毒をこの席に隠した女は、殺された男の元婚約者らしい。
男が浮気しただの何だので関係が悪化。
思い詰めた女は男を毒殺すべく、男の癖を理解した上で彼の持っているハンカチに毒を塗りつけた。
全く碌でも無い事件だ。危うく犯人にされてしまうところであった。
実に不適な笑みを浮かべた金髪イケメン……安室透なる探偵は、不敵な笑みを浮かべて犯人を指摘した。
殺人事件を華麗に解決する探偵ってお前、フィクションの世界の存在じゃなかったんだな…。
男の死を確認するため目立たない席に座っていた女性が、警官たちに連行されていく。
その後ろ姿を見送りながら、俺は金髪イケメンに声をかけた。
「ありがとうございます、えーっと、安室さん。危うく逮捕されるところを助けてくれて」
「いえ。僕はただ思ったことを警部さんにお伝えしただけですよ」
淡い青の瞳が意味深に俺を捉える。
どこか俺を観察するような、じっとりとして悪意の滲む視線だ。
「あー、ゼロ。いくら仕事中だからってその視線はまずいぞ」と背後の諸伏さんが苦笑する。
「……それでは、僕はこれで」
「え、ええ。ありがとうございました」
踵を返す安室透は、やはりどこかよそよそしく、それでいて俺へと悪意の滲んだ興味を漂わせて店を後にした。
冷めやらぬ喧騒にざわめく店を置いて、俺もどっと気疲れした体を伸ばしてひとまず帰宅することを決意する。
そしていつまで経っても俺の後ろから動かない幽霊に、喧騒に紛れるように小声で話しかけた。
「おい、いいのか?置いていかれるぞ」
『ゼロのセーフハウスの位置はわかってるし、そっちはいつでも会えるしな。いつも位置を変えてねぐらも分からないあんたについてた方が俺としても動きやすい』
「え、なんで俺の動きとか知ってるんだよ」
『まぁ、俺らはここ数日あんたの動きを監視してたからな。ねぐらがわかればそこに襲撃をかける予定だった』
「怖い怖い怖い怖い!!え、なに、あの金髪探偵例のマフィアの人だったのかよ!?」
「マフィアじゃないんだけどなぁ。まあ、似たようなものか」なんて朗らかに笑う幽霊に戦慄を隠しきれなくなりながら、俺は内心絶叫した。
この街怖すぎるんだよもーーー!!!!