ハスターなオリ主と米花町   作:ラムセス_

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赤と黒のクラッシュ〈計画〉

 

 最近になって、組織に赤井秀一氏の命が狙われているらしい。

 

 発端は、明美さんからの相談である。

 

『だからここ数日は複数のホテルを転々としてるし、FBIの会議にもいつも不審な見張りがいるみたいで』

 

 心配そうに眉を顰める明美さんの顔は暗い。

 

 早朝、まだ黄衣探偵事務所もクローズドの看板が掛かっている時刻のことだ。

 いつも通り事務所を手早く掃除して、事務作業を始めたあたりで明美さんは現れた。

 

 最近は週二程度仕事の手伝いに来るだけで、普段はもっぱら彼氏と一緒にいる彼女だ。

 夜はマンションに帰って来て食事を共にするものの、こうして仕事以外の日に現れるのは実に珍しい。

 

 相談内容は、赤井秀一の命が狙われているかもしれない、という話だった。

 

 赤井さんのいく先々で怪しい視線を感じる。

 FBIが神経を尖らせている。

 赤井さんが信用のおける場所以外での飲食をしなくなった。

 エトセトラ。

 

 状況の変化を感じ取った明美さんは、それが心配になってここに相談しに来た、ということらしい。

 

「だが奴の暗殺計画は今に始まった話じゃないだろう」

 

 返事をしたのは降谷さんだ。

 

 降谷さんは探偵事務所のデスクに飾られたアクセサリースタンドを手持ち無沙汰に揺らしながら息をつく。

 アクセサリースタンドは昨日降谷さん自身が買ってきたものだ。

 飾られているのは松田陣平が閉じ込められている魂封じのネックレスである。

 

 無意味に揺らされた松田さんが「おい止めろ!俺は寝てんだよ揺らすな!!」と怒鳴っている。

 

 諸伏さんがアクセサリースタンドを降谷さんからサッと取り上げ、返事をする。

 

『ライが組織を抜けたのは一年前だったか。組織もそろそろ本腰入れてきた…にしては、タイミングが妙だな』

『ええ。大君も死に急ぐみたいに身辺整理してるし、絶対妙なのよ!』

「それは…」

 

 降谷さんもそれは流石に変だと思ったのか、悩ましげに眉間に皺を作った。

 

 開店前ということでまだ明かりをつけていない事務所内に、朝日だけが鮮烈に差し込んでいる。

 

「たしかに。奴はアレで対組織戦におけるキーパーソンだ。ただ居るだけで組織の目を引き、リソースを割かせる最上のデコイ。今失うのは惜しいか」

『偉いぞゼロ!ライへの私情をきちんと抑えられて!』

「ヒロ、ジャーマンスープレックスがお好みか?」

 

 青筋を立てた降谷さんに、素早く諸伏さんが口を噤んだ。

 そして降谷さんの怒りを買わないよう、そうっとアクセサリースタンドを反対側の棚の上に置く。

 ペンダントからは気持ちよさそうないびきが響いている。

 

 明美さんが優しく笑って、「零君、変わってないのね」とくすくす声を漏らした。

 恥の上塗りになった形の降谷さんは静かに激昂。

 諸伏さん相手にチョークスリーパーを決めた。

 

『ギブギブギブゼロ締まってるゼロ!!さっきジャーマンスープレックスって言ったのに!』

「……」

『ゼロってば!!!』

 

 などと部屋が大変やかましい。

 

 そして、そんな空気の中ずっと我関せずといった様子で小説を読むコナン君が一人。

 

 締められて成仏しかける哀れな幽霊をぺいと放り捨て、降谷さんがにっこり笑った。

 

「コナン君、君、何か知ってるよね?」

「え、なんのこと?僕わかんない」

「対組織戦の会議だと言うのにここまで無反応。その上、連日FBIのところに入り浸っていると来た」

 

 喰いつくような鋭い視線を受けても、コナン君はぴくりとも反応しなかった。

 本から目を離さないまま、そっけなく返事をする。

 

「証拠のない話には警察は付き合わないんだよね。安室さんならよく知ってると思ったけど」

「このクソガキ。いいから洗いざらい吐け」

「安室さんやっぱ最近雑じゃない?信頼してくれてるってことだからいいけどさぁ」

 

 ため息とともに本をぱたんと閉じ、コナン君はダメな大人でも見るような顔で息をついた。

 

「正直、安室さんに伝えるといざという時、赤井さんが組織に売られそうで不安だったんだよね」

「………嫌だなぁ、そんなこと僕がするわけないじゃないか!」

「怪しいのそういうとこだよ」

 

 バッサリ切り捨てられて、降谷さんがむっつりと黙り込んだ。

 先ほどペイと捨てられた幽霊が『言われてるぞゼロ』などと追撃するから、再び肘鉄を喰らってダウンしている。

 コレが公安コントかぁ……。

 

 しかし。

 降谷さんは赤井さんのこと前々から嫌っているようなのだが、その理由がさっぱりわからない。

 何か因縁とか確執とかがあったのだとは思うが。

 俺は詳細がよくわからないまま今になってしまっている。

 

 まあ少なくとも、それを差し引いても性格的に合わないことは間違いないだろう。

 俺はコナン君に問いかけた。

 

「で、赤井さん?をどうする予定なんだ?」

「一応CIA側と協力して、死んだふりしてもらうつもり。手柄はキールに渡して、キールには地位を盤石にしてもらう予定になってるよ」

 

 思わぬ裏切りに、諸伏さんと降谷さんが同時に目を見開いた。

 

『ひどいじゃないか少年!俺達とは遊びだったのか!?』

「ヒロ言い方。……だが確かにどういうつもりだ。CIAにむざむざ手柄を渡すなんて」

 

 二人の非難を浴びて、コナン君はやや後ろめたそうに視線を逸らした。

 しかし彼も思うところがあるのか、すぐに降谷さんをまっすぐに見つめ返した。

 

「バーボンは別にどうとでもなるでしょ、魔術もあるし。それに、安室さんに任せると赤井さんが危なそうだったから」

「……そんなことないよ。僕はそんな酷いことしないよ」

「ならバーボンがやる?うっかり赤井さんを殺さないって誓える?」

「………」

 

 降谷さんはふたたび黙り込んで、もごもごと悪態をつき始めた。

 諸伏さんが「俺はゼロのそういう素直なところ、好きだぞ」と肩を叩いている。

 

 コナン君は大きなため息をついた。

 

「ともかく。そういうわけだから安室さん達は邪魔しないでね。今後、赤井さんは『沖矢昴』って名前で活動予定だから」

『ああ、大君はこれからも日本で過ごせるのね。良かった』

「一応米花町のアパートに住んでもらうつもりだから、ここから通うのも楽になるんじゃないかな」

『ありがとう工藤君!流石、頼りになる高校生探偵君だわ!』

 

 至極面白くなさそうな顔をする降谷さんが、もぞもぞと重箱の隅をつつくような文句を言う。

 

「バーボンならどうとでもなると言うが、僕はほとんど魔術なんて使えないぞ」

『え、あんなに勉強してるじゃないか』

「バカ言え、ちょっと勉強した程度であんなもの使えるか。潜入の片手間に勉強できるレベルを遥かに超越してるよ」

 

 印刷したらしい「基礎魔術理論I」を引き出しから引っ張り出して、ぺらりとめくる。

 一応順々に進めてはいるものの、流石の降谷さんも苦戦しているらしい。

 

 とはいえこの教本、ハイパーボリアの時代における「魔術ってなあに?」という幼児向け教本ぐらいの難易度なんだけどな……。

 

 あの時代、あらゆる物事は魔術によって成り立っていた。

 この時代における「科学」が、ハイパーボリアの「魔術」に相当するだろう。

 あらゆる学問が即ち魔術であり、全ては魔術に帰結する。

 

 そりゃ一朝一夕での魔術の習得は不可能だろう。

 学問の導入としての王道の魔術基礎理論だが、深めればほぼ哲学というか、物質界の深淵みたいな側面もあるし。

 

 コナン君が教本を覗き込んで、軽く文字の上に視線を滑らせた。

 

「へぇ、安室さんがそんなに苦戦するなんて、ちょっと意外かも」

「コナン君でも難しいと思うよコレは。感覚的に掴みづらいのもそうだけど。単純に物量が酷い」

「………なにこれ、暗号?」

「魔術文字だよ。僕はあいうえおから覚えてる最中なのさ」

 

 諸伏さんも隣から同じように覗き込んで、うへぇと顔を顰めた。

 

 円柱に重ねることを前提とした魔術文字は、術式を刻むために開発されたごく基本的な構造体だ。

 コレさえあれば理論がおぼつかなくとも魔術が発動できる優れものだが…。

 

 なにぶん、メチャクチャに難しい。

 

 周辺文字との魔術的繋がりで合体ロボ並みに変身するし、魔術要素ごとに字列を行ったり来たり。

 込められた魔力量で同じ形の文字でも意味が違ったりもする。

 

 この短時間で朧げながら読めるようになった降谷さんは、だいぶおかしいと言わざるを得ないだろう。

 

 降谷さんは印刷した紙束を元に戻し、俺へと笑いかけた。

 

「最近ようやく、黄衣君の凄まじいヤバさが分かるようになってきたよ」

「突然の悪口」

「悪口なんかじゃないさ。……空にまたがる大きな大きな天の川ならざるもの」

 

 降谷さんは謳うように口ずさみ、椅子の背もたれへ体重を預けた。

 

「あれを作ったのは君なんだろう?」

「ハスターの瞳のことか?まあ、そうだけど」

「一人で?」

「おう」

「………じゃあ、やっぱり君は神様だよ」

 

 そうとしか、言いようがない。

 

 静かに落とされた言葉がどういう意図か、俺にはよくわからなかった。

 ただ俺は少しだけ寂しくて、「頑張れば人間にもできるさ」と返事をするに留めた。

 

 コナン君がやや名残惜しそうに魔術基礎理論Iの教本を目で追っている。

 

 俺は咳払いをして話を本題に戻した。

 

「それで、赤井さんの件だけど。俺の方は何か手助けとかしたほうがいい?」

「うーん、多分大丈夫だとは思うけど、万が一があるといけないから遠目に見張っててくれると嬉しい。タイミングは後で説明するから」

「了解」

 

 コナン君の指示に、俺は頷いた。

 明美さんの彼氏さんの救助作戦だ。気合い入れて行くべきだろう。

 

 明美さんも屈んでコナン君と目線を合わせた。

 「工藤君。ありがとう、お願い。大君を助けて」と真摯な瞳がかち合う。

 

「もちろん。任せてよ」

 

 コナン君は挑戦的に笑って、それこそが彼の見せる輝かしい光であった。

 

 

『んあ?あー眠ィ。今何時?』

『松田、今大事なところだから静かに、静かに!』

「……聞こえてるよソコ。あーもー。降谷さんと愉快な仲間達じゃん」

『その評価は否めない』

 

 諸伏さんが納得したように頷いた。

 しまらない朝の出来事である。

 





・魔術基礎理論I
現代で言う「かがくのはなし」「かがくってなあに?」ぐらいの本。
少し深めると哲学の深淵みたいな話になる。
古エイボン式の魔術理論には必須の「魔術文字」もここに記載される。
全生活オーガナイザーによる発動補助を前提にした理論も多く、生身の人間が使うにはかなり重たい。
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