ローブの一団に連れられて辿り着いたのは、巨大なホールのような施設だった。
周りに立つ捻れた尖塔に比べて優に10倍は大きな建造物だ。
周りには旗が並んでいて、そのどれもに歪んだハテナマークのような紋様が描かれている。
周囲の景色が随分と違う。
あちらはオフィス街を思わせる、尖塔で埋め尽くされた無機質なものだったが。
こちらには緑が多く、よく手入れされた公園などが並ぶ自然公園のように見えた。
途中、不可思議な黒い穴のような場所を通ったのだが、駅に似ていたから、ワープゲートだったのかもしれない。
つまり、ここはコナンが「先輩」達とあった町とはかなり離れている可能性がある。
ホールのような建物に入ると、コナンはそこの控え室で着替えをさせられた。
渡されたのは一団と同じ、胸に紋様のあるゆったりとしたローブだ。
靴は無く、裸足である。
床石が冷たくてしんと冷えるようだ。
着替えが終わると、コナンは一番大きな扉の前で待たされた。
入室の許可があるまで入ってはならないらしい。
子供の体には少し肌寒くて、手を合わせて暖をとっていると、隣に立つローブの男性が話しかけてきた。
「大丈夫かい、ぼうや。暖の魔術を掛けてあげようか」
「ありがとうおじさん」
男性は顔を綻ばせて「いいのさ。疲れたりお腹が空いたりしてはいないかい?もし困ったら、おじさん達にすぐに言うんだよ」と頭を撫ぜてくれた。
やはりここの住民は優しい。
物質的に満たされているからだろうか。
心にゆとりがあり、誰もが皆親切だ。
魔術をかけてもらうと手足がポカポカして、裸足も気にならないぐらい暖かくなった。
「しかし、ぼうやは凄いねぇ」
「凄い?」
しみじみと言う男性に、コナンは聞き返した。
「こんな小さいのに神様と謁見できるんだ。神様と会えるなんて、みんな憧れの最高の栄誉だろう?一体どんな功績を立てたんだい?」
「うーん、それが、僕もよくわかんなくて…」
男性は「謙虚だねぇ」とこくこくと頷いた。
すると、何か連絡を受け取ったらしい反対側のローブの人が、コナンを手で促した。
入ってもいいらしい。
正面を向くと、両開きの扉が重苦しい音を立ててゆっくりと開かれる。
中は薄暗く、とんでもなく広かった。
中央には天まで続くような階段が一筋、伸びている。
両側のローブの人は付いてこないらしい。
コナンは一人、中に踏み込んだ。
扉が閉められ、巨大な空間が静謐で満たされる。
コナンは階段を登りながら、ゆっくりと辺りを見回した。
壁は蛍光塗料のようなものでペイントされ、星空のように美しく発光している。
上から巨木のように太い触手が幾本も垂れていて、時折ゆっくりと蠢いた。
天井を見上げると、そこには何か凄まじく巨大なものがいるようだが、暗くてよく見えない。
ただ一つ、中央に目のようなものが浮かんでいて、コチラを見下ろしているようだった。
常識的に考えてあまりにも異様な空間なのに、不思議と心は静かだ。
長い長い階段を登り切る。
正面の少し高いところに、白く巨大な玉座が見えた。
「………!」
コナンには、そこに座る男に見覚えがある。
男は気怠げに玉座に肘をつき、触手に足を絡めながらこちらを睥睨している。
髪色は薄い。
薄気味悪い黄色のローブは緻密で、シンプルながら上質。
その顔は美しいが氷のように無機質だ。
冷めた視線がコナンを捉える。
間違いなく黄衣ハスタその人なのに、そこに知古の暖かさは欠片もなかった。
ただ、虫でも見るような無関心な視線がコナンに突き刺さる。
黄衣がコナンを見て、ゆるりと立ち上がった。
背後がにわかにざわめいた。
コナンは咄嗟に後ろへ振り返った。
どうやら後ろに二階席のような部分があるらしく、そこからローブの人間が「なんと…!」「神よ…!?」と動揺している。
そんなことをしているうちに、黄衣はコナンのすぐ目の前へと辿り着いていた。
視線が交わる。
やはりその瞳は実に無感動だ。何の感情もそこには見出せない。
「!」
黄衣が、不意にコナンを抱き上げた。
手付きは優しく、割れ物に触れるようにやわらかだ。
「………無事か、江戸川コナン」
「っ、黄衣さん…!?」
耳元で囁く声も、コナンの知るものと同じだった。
しかしどこか寒々しい温度のない声で、つい背筋がゾワゾワとする。
黄衣はコナンを抱えて玉座に戻ると、そのまま座った。
腕の中のコナンをゆるゆると撫ぜながら、視線を向けることもなく声を落とす。
「下がれ」
黄衣の声に反応して、2階席にいたローブの人間が全て扉の向こうへ消えていく。
巨大なホールは再び静寂に包まれた。
触手が蠢くような僅かに濡れた音と、地下から響く鼓動に似たリズムが、低くコナンの鼓膜を震わせる。
黄衣が無感動に口を開いた。
「災難だったな。人類の時空移動には様々な危険が付き纏う。保護に向かえればそれが一番だったが、俺はここからそう軽々には動くことができん。許せ」
こうしてきちんと聞けば、その口調も普段の黄衣とはかけ離れていることが分かった。
だがコナンの状況を知っているような口ぶりで、少しばかり混乱する。
無機質さにチラチラと見え隠れする、孤独の影。
「あなたは、黄衣さん、なの?」
「人間の知覚範囲内であれば、同一であると言える。神は時を超越して等価だ。……つまり、俺は黄衣ハスタだ」
「でも、普段とずいぶん違うように見えるよ」
コナンを撫ぜる手は相変わらず優しい。
問いかけに、黄衣はゆっくりと瞳を伏せた。
「俺は神だ。ヒトが求めるように振る舞うもの。そしてヒトは、絶対者を求めている。その魂を預けるに足る、完璧な神を」
声はやっぱり無機質で、どこかコンピューターの出す駆動音じみていた。
彼は人類の求めるがままに振る舞っているだけだと。
そのように答えたようだった。
温度のない瞳と目が合う。
コナンはその瞳の奥の奥に、拭いきれない憂いを見つけて、放っておけなくなった。
「疲れない、それ?」
「神に疲労などない」
「それにしては疲れてるように見えるけど」
黄衣は黙ったまま、コナンの髪を撫ぜている。
そして、コナンの腕にブレスレットをそっとはめた。
「!これは安室さんの中の人に取られた…!」
「ニャルラトホテプから『向こう』の俺が取り返した。お前のものだ、はめておけ」
そして左手をすいと振る。
瞬間、虚空から現れた安室透が落下し、強かに床に尻を打ちつけた。
生理的な涙を滲ませながら、安室が素早く辺りを見回した。
「痛ッ!?!?な、ここは……!?」
「在るべき時へ帰るがいい。長居は、お互い不幸しか齎さない」
人1人が通れるくらいの飾り扉が出現する。
それはひとりでに開いて、黒々とした不気味な廊下へ続いているようだった。
安室が「もっと着地考えて転送できただろう…」と文句を言いながら立ち上がる。
服をはたき、コナンと黄衣とを交互に見た。
「……なるほど。この時代の黄衣ハスタか。僕たちがこれを通れば、無事に元いた時代へ帰れるということだな?」
「そうだ」
「なら行こうか、コナン君」
安室がコナンの方に手を伸ばした。
黄衣の寂しそうな瞳に、思わず逡巡する。
「でも……」
「いいから」
手を引かれ、コナンは黄衣の膝の上を降りた。
黄衣は無表情だ。
出現した黒い扉を潜る。
なかは生ぬるく、どこか不愉快な湿気に満ちていた。
振り返ると、黄衣の姿がずいぶんと遠く見える。
入ってすぐなのに、もうずいぶんと歩いたような有様だ。
神なるものは、こちらを見ている。
「元気で。未来で会おうね、コナン君」
「……あ」
それっきり、声も景色も真っ黒になった。
五感が遠くなり、意識が遠くなり。
ハッと気がつけば、コナンはRX-7の車内にいた。
「ッ安室さん!?!?」
「なんだい、コナン君」
安室はハンドルにもたれかかったまま、凄まじく深いため息をついている。
外を見れば、ちょうどコナンが学校から帰ってきたぐらいの時間帯に見えた。
コナンが安室とドライブに出かける直前、ということだろうか。
安室が顔を上げる。
実にシワシワで疲労の滲む顔だった。
「あーーー、もう、……あーーーー」
しかも言語を失ってしまっている。
どうやらコナンがハイパーボリアを移動している間、安室はかなりの苦労をしたらしい。
立ち直れないのか、安室は奇声を発し続けた。
「あの、安室さん、そろそろ探偵事務所に帰ろうよ…」
「……分かってる。分かってるんだ。でも心が追いつかなくて」
「僕、歩いて帰ったほうがいい?」
「見捨てないでくれコナン君。今見捨てられたら僕はRX-7で夜の首都高を爆走する妖怪になるしかない」
「交通部の人に迷惑かけるわけにはいかないもんね。一緒にいるよ」
「ありがとう」
安室はひとしきり呻いたあと、車を発進させた。
今度は何事もなく、探偵事務所まですぐに辿り着く。
もともとそう距離もない道だ。
コナンと安室は車を降りて伸びをした。
「そういえば、安室さんの中の人はどうしたの?」
「ああ、アレなら当分出てこないんじゃないかな」
「え、どうして?」
どんよりと濁った目で安室はため息をついた。
「黄衣君にガチギレされて、現在ベコベコに萎れてるのさ。出禁も食らったし。お陰でブルーな気分がこっちまで流れ込んできて踏んだり蹴ったりだよ」
「な、なるほど」
探偵事務所の扉を開けると、何だかずいぶんと久しぶりな気がしてコナンは僅かに顔を緩めた。
肩の力がほっと降りたようだ。
帰宅に気づいた黄衣が、コナン達の方へと駆け寄ってくる。
「大丈夫だったコナン君!?!?ニャル野郎がホントごめん!!奴はきっちりとっちめといたから!!」
「う、うん。大丈夫、ありがとう黄衣さん」
見上げる黄衣の表情は豊かで、どこか愛嬌のある憎めない雰囲気に満ちている。
あの、氷のような冷たさとそこに隠した孤独の滲む男と、同一人物とはとても思えない。
「安室さんも、今回はご苦労様」
「ハハハ……ハハハ………うん。もう、なんというか。ははは……」
「どうしようコナン君、安室さんの言語能力なくなっちゃった」
「そっとしておいてあげて。傷付いてるみたいだから」
「さよけ…」
黄衣はそっと安室にあたたかい紅茶を手渡した。
安室は若干震えながらソファに座り込み、無言で紅茶を啜り出した。
どうも重症らしい。
コナンは少し書類まみれの、いつもの事務所を見渡して、頷く。
黄衣の前まで来て、彼を見上げた。
「ただいま、黄衣さん」
そして。
コナンははっきりと黄衣の目を見てそう言った。
神の統べる社会は、翻せば神の限りない献身でできている社会でもあった。
人々は善良で優しく、満ち足りていた。
きっと現代があそこまで幸福で満ち足りた社会になることは、永劫ないのだろう。
でも、コナンはやはりこの時代に生まれてこの時代に生きるもの。
やっぱり、ここが性に合っているのだ。
黄衣はきょとんとしたように瞬いた後。満面の笑みを作ったのだった。
「…おかえり、コナン君」
・旧支配者ハスター(古代のすがた)
人に尽くす神。人の願いを叶える神。人の望むよう振る舞う神。
神は平等だから個人に肩入れしない。だから親しいひとは作らない。
神はいつだって人を見ている。だからあらゆる幸・不幸を確認する。
人々はいつだって幸福で満ち足りている。
神に庇護され神に見守られ、3億年続く平和で幸福な社会が実現した。
・ニャルラトホテプ
当時はマジのガチに人類滅ぼそうと思ってた。
羽虫如きが親友のリソース奪いすぎて草。草じゃないが。
コナン君に対しても、「当時ってこんなにクソだったんだよ!!」とネガティブキャンペーンのつもりで連れてったようだ。
このたび親友にガチで怒られべしょべしょに泣いた。