夜、繁華街に近い廃ビルにて。
バーボンは眼下を照らす都市の光を見下ろしながら、極めて冷徹に見えるよう表情を取り繕った。
目の前の打ち捨てられたソファに腰を下ろす銀髪の男──ジンが、バーボンを一瞥する。
「それで、首尾はどうだ、バーボン」
「逃げられました。あの青年のすばしっこさは異常の一言ですよ。まさか僕の尾行が撒かれるとは」
これまでに幾人もの組織の下っ端を撒くだけのことはある。
事件の帰り道、バーボン自身が尾行したのだが。
その素早さと言えばまるで空間転移でもしたかのようだった。
曲がり角を曲がった瞬間姿が掻き消えたあたり、バーボンのことを完全に気づいていたのだと思われる。
その用心深さのせいで、今の今まで組織はあの黄色のパーカーを羽織った青年を捕まえられずにいた。
肩をすくめて首を振れば、ジンは悪辣な笑みを浮かべてせせら笑った。
「ほう、つまり任務失敗というわけか」
「任務中に薬まで盛られた人間が随分と威勢がいいんですね。その面の皮の厚さ、尊敬しますよ」
「………死にてェようだな、バーボン」
自分の失態を棚に上げて人を責め立てるのか、と鼻で笑う。
初めから失態を責められた時はこう出ようと決めていた流れだ。
安い挑発ではあったが、ジンはするりと表情をとり落として拳銃をバーボンへと突きつけた。
いい気味だ。
どうせ失敗にかこつけてバーボンを処分しようとしたのだろうが、そんな見え透いた展開に乗ってやるほどお人よしではない。
わざと小馬鹿にしたような口調を作り、ジンへの挑発を続ける。
「あなたと違って僕は慎重派ですから。直接の尾行は失敗しましたが、きっちり住所は入手しましたよ」
そうして取り出すのは、破り取ったメモの切れ端だ。
あの時、殺人事件に巻き込まれたのは僥倖だった。
彼の聴取を盗み聞くことができたから、そのまま住所を抜くことが可能となった。
ジンは鼻を鳴らして面白くなさそうに目を細める。
「テメェで確認はしなかったのか」
「あれほど人の気配に聡いターゲットですからね。自宅に侵入すれば気取られる恐れがあります。少なくとも、その付近までは尾行できましたが…確率は五分といったところでしょうか」
「………チッ」
舌打ちと共に銃をしまい、ジンは憎々しげにバーボンを睨めつけた。
欺瞞であるという可能性を考慮しても、バーボンの手に入れた情報は幹部の名に相応しいものだったはずだ。
これまで全く手をこまねいていた下っ端では出せない戦果を見せつけられ、ジンはもう一度舌打ちした。
「命拾いしたな」
「それより、ウォッカの調子はどうなんです?彼が抜けたことで組織に無視できない混乱が生じていると聞きましたが」
「……まだ意識が混濁している状態だ。早くあのガキを捕まえて成分を吐かせろ」
「中毒者や売人が成分まで知ってるとは到底思えませんが…はぁ。ま、貸しにしておきますよ」
半分以上本心で嘲笑ったのだが、ジンは特段の反応をしなかった。
それだけウォッカのことで動揺しているということなのだろう。
この程度でジンに貸しを作れるのならば格安の部類だ。
そのまま、バーボンはくるりと踵を返して廃ビルの非常階段へと足を向けた。
それを止めるような真似はなかった。もう用は済んだと言うことらしい。
バーボンは脳内でこれからの動きシミュレーションして、静かに階段を降りながら思考を回す。
頭の痛い問題が山積みだ。
現在、SNSでは奇妙なウワサで持ちきりだ。
なんと、東都内で「願いを叶える魔法のアクセサリー」だなんて年頃の子女の好むような話がまことしやかに噂されているのだ。
普段なら鼻で笑うところだが、なんと一部が実際に警察の方で押収されている。
人に思念波を伝えるネックレスで、これを持っている人間はテレパシーじみた行為が可能になるとのこと。
まさに信じがたいことだ。
降谷も内密に黒田管理官から話を聞いて耳を疑った。
これが堅物上司直々に伝えられたものでなければ、自分は担がれたのではと思ったところだ。
これらの情報を警視庁はメディアにも伏せているが……。
時間の問題だろうな、とバーボン──否、歴とした警察官たる降谷零は思った。
ネットの噂は加熱するばかり。
SFやファンタジーが現実となるのなら、それに追いつかない法整備のもと、警察がどこまでやれるか、不透明なままだ。
今後、よからぬことに使用されなければいいが、と。
降谷はわずかに息をつき、空を見上げた。
ビルの外に出れば、冬風が体に染みるほどの寒さとなって吹き付てくる。
見上げる月は煌々と冴えていて、高く透明な大気を感じさせた。
手を伸ばせば届きそうに思えるほどに月影は大きく、ほっと漏らした息が白く靄となって消えてゆく。
「ヒロ……」
口から漏れた呟きは無意識だった。
彼を失い、すでに三年が経過した。
世に悪は蔓延り、彼から受け継いだ志は未だ為せぬまま時ばかりが過ぎていく。
絶対に、お前の死は無駄にはしない。
降谷零は言葉もなくそう決意を胸に秘め、都会の喧騒に身を溶け込ませたのだった。
『───ってわけで、残してきた親友が生き急いでる感じが心配で現世に残ってるんだ』
「はえー」
説明は15分ほど。
簡易版短縮ハリウッド映画みたいなあらすじを聞いて、俺は「すごい」以外の感想もなくただぼけっと口を開けていた。
最近ようやく手に入れた格安ボロアパートに俺は住んでいるのだが。
現在、その一室で幽霊と共に机を囲んでいるところだ。
アパートはかなり痛い出費だったが、住所がないと色々不便だったからな。
一応、帰る時は適当に視線がないかだけ魔術で確認してから「門の創造」で家にワープしている。
「門の創造」は空間転移用のゲートを作る魔術だ。
俺ほどの存在規格ともなれば宇宙の端から端まで軽々繋げられるので、便利に使っている次第である。
まぁ、黒服がこっそり家まで安眠妨害とかしにくると嫌なので使ったのだが、ここまでしなくても良かったかもしれない。
ちなみに、俺の「門の創造」を見た諸伏さんは目をまん丸にして「え、え、どゆこと?瞬間移動?俺いま瞬間移動した???」と混乱しきりであった。
場を納めるため「俺、魔術師なんだよ」とある意味間違ってはいない嘘をついておいた。
俺はこの長い引きこもり生活で趣味で魔術を色々作っていたからな。
複数の知的生命体から「魔術師の神」として知られているのだ。
俺はぐうっと背伸びをして、あくびを噛み殺した。
この体は忠実に人体を模しているので眠くなるし腹も減る。
眠くなるだけで寝なくても支障はないし、食べなくても死にはしないけれど。
まぁそこはできるだけリアリティがあったほうが嬉しいからな。
立ち上がって敷きっぱなしの布団に寝転ぼうと体を動かす。
「とりあえず寝るよ。あ、TVは好きに見てていいからな」
『いや、それは待て。うん。多分非常に危険な事態になってるからまだ寝るな』
諸伏さんが素早く俺の前に回り込み、腕を組んでむむむと唸った。
なんだなんだ?危険な事態?
「詳細求む」と端的に言って座り直せば、諸伏さんはふわふわと浮かびながら苦々しげに口を開いた。
『あー、事件の時ゼロがさっき話した組織の一員としてお前の住所探ってたっぽいからな。今晩、いや。これから二時間のうちに引っ越ししないと殺されると思う』
「マフィア本気で物騒すぎる!!!というかいくら即日対応可の引越し業者でも秒で来てくれるとこは無いだろ!」
嘘でしょ俺も数々自宅凸されてきたけど、今回の自宅凸は本気度が桁違いすぎる!
せっかく家具もちょっと買ったのに置いてけってことか!?
俺が気色ばむと、諸伏さんは重々しく頷いた。
『業者になんて頼んだら足がつく。貸し倉庫に荷物放り込んでとりあえずホテルに逃げるんだよ。もちろん、個人特定できそうな書類は全て焼いて、PCは物理破壊な』
「うおお…了解。いや、時間かかるし魔術でこの部屋にあるの全部まとめて、誰にも見つからないようワープで部屋を出よう」
『なんだそれ魔法便利すぎる』
諸伏さんがなんだか納得いかないような顔をしてむすっとした。
いやまぁ魔術は本来そこまで便利なものじゃないが。
俺にかかればこのぐらい楽なものよ。
ささっと部屋の荷物をまとめて異空間に収納。
買ったばかりの机と棚もまとめて一緒に放り込む。
さらば我が家。完全に夜逃げだが家賃はきちんと後で支払おう。
そんなわけでひとまず、魔術に目を白黒させる諸伏さんと一緒に、俺は一晩のうちに部屋をとんずらしたのであった。
ゴースト(諸伏景光)
マレウス・モンストロルムp242参照。
霊魂のみの存在で、INT(知性)とPOW(精神力)だけで成り立っている。
本人は知らないことだが本気になれば人間への攻撃も可能。
POW対抗(精神力勝負)で勝てば相手の精神力を1D3永久喪失させることができる。
目撃したことによるSAN値消失は0/1。