あれから、無事俺たちは公安信者さんを説得して帰宅することができた。
方向性としては「降谷零はニャルラトホテプの化身だが、善玉なので協力して日本を守ることにした」とかなんとか。
説得には1時間かかった。
俺が苦労して説得している間、降谷さんは横で内職していた。
お前のことやねんぞ。
信者さんは全てを理解した後涙を流した。
「偉大なる神はついに悪神までも下され、改心したそれを眷属に加えたのですね…!」と感極まっていたようだった。
新しい神話ができつつあった。
よく分からんが納得したんなら何よりだ。
そんなわけで、俺たちはお役御免になったので、帰りにショッピングモールへと寄ることにしたのである。
今日の分の買い出しを含めてのことだ。
また、子供同伴だと喫茶店のパフェが二割引になるセールがやっていたので、それを目当てにしたのもある。
席に着くと、俺は目玉のドラゴンマウンテンパフェを頼んだ。
今日の昼飯代わりだ。
コナン君はカレープレートとアイスコーヒーを頼んだようだ。
「すまんな、今日サッカー中継の日なのに」
「別にいいよ。また黄衣さんが魔術で見せてくれるんでしょ?」
「おう、任せろ。どの選手視点がいいか考えといてくれ」
コナン君は「うしっ!」と喜色満面の笑みで小さくガッツポーズした。
実は前に同じようなことがあって、サッカー中継を見損ねたコナン君が大層機嫌を損ねたのだ。
そこでお詫びに俺が「ハスターの瞳」を駆使してコナン君にサッカー中継の代わりを見せたのだが。
それが思ったより好評だった。
「ハスターの瞳」による俺の遠隔視は、実際には遠隔視の魔術ではない。
全世界に張り巡らせた「瞳」による観測結果を、五感に当てはめてフィードバックさせているだけ。
だから使い方を工夫すれば、コナン君に当時のサッカーの様子を視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚……五感でもって追体験させてあげることが出来るわけだ。
流れる汗の感覚、広がるフィールド、息遣い、ボールを蹴る衝撃。
全てと一体となって観戦するプロのサッカー体験は、コナン君を十分に満足させたようだった。
だからこそコナン君も中継が見れないことを反対もせずショッピングモールについてきたというわけである。
そんなことでいいのならいくらでも見せてしんぜよう。
ハイパーボリアのイベント事は基本全てこの魔術を用いて全国民に配信されるため、俺はその魔術を流用しただけとは密に、密に。
「というか、黄衣さんって甘いもの好きだっけ?食べてるとこ見たことないけど」
「普通かな。でも最近変なの食べすぎて舌がバカになりそうだったから、甘味の暴力みたいなものが食べたくなって」
「ああ……」
コナン君が半笑いした。
具体的に言えばケーキとかプリンとか。
いや、別に毒性もほとんどないし、旧支配者的な観点なら変でもなんでもない味だったけど。
出てきたドラゴンマウンテンパフェは、クリーム特盛りアイスマシマシ、苺のソースがかかった大ボリュームであった。
女子高生の闇を詰め込んだみたいなカロリーの暴力である。
「コナン君もいる?」
「いらない。胸焼けしそうだし」
「胸焼け含めてイベントなんじゃない?こういうのって」
俺は胸焼けとも満腹とも無縁だが、気分は味わえる。
コナン君は笑って「よくやるよ」とだけ言った。
「ところで、お化け対策に公安が本腰入れるって話あったけど、その後どうなったの?」
「一応公安部に係を設ける方向で進めてるみたいだよ」
当面は公安の実働部隊である警視庁公安部、公安総務課で極秘に動くことが決定しているらしい。
流石に部署を新設ともなると長い長い承認作業があって時間がかかるようだが、神話生物は待ってはくれない。
各方面に根回しする間に、動けるものは動いておこう、ということのようだ。
「黄衣さんも協力するの?」
「その予定。全国の怪異現象の洗い出しはもう済んだから、怪異対策のための教育の地盤を作れって指示されてる」
「え、もう!?一週間も経ってないよね!?」
コナン君は驚いたようだが、これに関しては昔からある術式だったからな。
ざっと範囲を指定し直して、脅威度の判定基準を降谷さんに叱責されながら必死に直して、起動するだけ。
あとは収集した結果を電子データに変換して適当なUSBメモリに流し込めば完了である。
さして時間もかからなかった。
「三億年前から何も成長していない」「危機管理能力がゴミ」「人間は普通魔術を使えないが???」などめちゃくちゃ叱責されて俺の心はズタズタになった。
「うん。まぁ多少は苦労したかな。でもこれからが本番だよ。怪異対策のために教育カリキュラム作らなくちゃならないから」
少し考える仕草をして、コナン君が瞬いた。
「『神話生物対策』じゃなくて、『怪異対策』?」
「そうだよ。神話生物の定義はハイパーボリアのそれをそのまま流用してるから」
旧神や外なる神、旧支配者は神話生物には含まれないし。
一定の基準を満たさない変な生き物もいるが、それも当時の価値観では神話生物ではない。
全てひっくるめて「怪異」と呼ぼう、ということで警備企画課は決定を下したらしい。
安直というかなんというか、小説や漫画で見たことがある気がしてくる。
まあ、所詮は定義の話だ。
俺たちには特に関係はない。
「ふぅん」とコナン君が息をついた。
「でもさ、前から思ってたけど黄衣さんはどうしてお化けを退治しようとしないの?」
「ん?結構駆除してると思ったけど」
「黄衣さんの危機管理能力が弱いのもあるけど、意図的に退治を避けてもいるよね」
「危機管理能力が弱いって言わないで」
俺は苦し紛れに突っ込んで、そのまま俯いた。
彼の真実を射抜く青い瞳が俺を見つめている。
降谷さんにもバレなかったのに、彼は随分とよく見ている。
俺は観念して口を開いた。
意図せず、絞り出すような声になってしまう。
「だって、彼らに悪気はなかったから」
俺だって、悪気はなかった。
仲良くなりたかっただけだ。友達になりたかっただけだ。
そんなつもり、欠片もなかったのだ。
「そっか」とコナン君が静かに言った。
パフェはまだたくさん残っている。
甘くて甘くて、胸焼けしそうだ。
コナン君が少しだけ笑って、言った。
「僕、黄衣さんとは友達だと思ってるんだけど」
「え、急になに」
「友達だよ。僕たち。年も種族も違うけど。そうでしょ?」
柔らかく笑っている。
パチパチと柔らかく弾けるような幸福が、胸を横切る感覚。
過去の過ちが許されるわけでは決してないけれど。
彼の瞳が俺を捉えている。真っ直ぐに、信頼を込めて俺を見ている。
「………そうだな。友達だ」
「うん。あ、でもこのこと降谷さんの中の人には内緒だよ?僕殺されちゃうかもしれないし」
「えぇ、流石にニャルもそこまでは…」
………するな。うん。するわ。
俺は頷いて真顔になった。
これはここだけの話にしておこう。
お互い昼食を終えたら、あとは自由行動だ。
俺が今晩の買い物している間、コナン君はショッピングモール内で時間を潰してもらうのだ。
コナン君と別れた後、エスカレーターで降りて地下階へ。
生鮮食品コーナーをうろつきながら、目当ての食材を籠に放り込んでいく。
諸伏さんも明美さんも今日は帰ってこないため、今日の夜ご飯の担当は俺である。
出てくる時に冷蔵庫の中身は見てきたから、必要なものを買い足せばいいだけだ。
俺は基本、ご飯担当になった時は伝統的なハイパーボリア料理を提供することにしている。
昔の記録に調理魔術のデータが残っているから、食材さえあれば全自動で完成まで漕ぎ着けられるし。
見た目は現代人にとって少し奇異だが、長い年月をかけて研究され尽くした味は降谷さんも唸るほど。
現在は手に入らない食材が求められるところは多少厄介だが、それは今のところ代替食品で乗り切っている。
おおかたを籠に放り込んで、会計をしようとしたあたりでのこと。
突然、スマホが着信音を鳴らしたてた。
画面を見れば、お呼びの相手は高木刑事のようだ。
電話に出れば、俺の返事を待つ前に高木刑事の叫びが耳を貫いた。
「はい、黄衣で」
『たたた大変です!コナン君が誘拐されましたッ!』
なんでや工藤ッ!!!
まだ別れてから30分も経ってへんで!!
素早く「瞳」を起動させ、コナン君の姿を見つける。
コナン君は犯人の車と思しき水色の乗用車の助手席にいた。
あちこちぶつけてボロボロの車だ。
犯人は運転が極めて下手なのか、ふらふらゆらゆら公道を走って危なっかしいことこの上ない。
一応、ちゃんとコナン君はシートベルトをしているようだ。
というか咄嗟に逃げるとき邪魔になるのにどうして付けてんだ。
あまりに犯人の運転が下手で危機感を覚えたのか?
電話口で高木刑事は大慌てで早口に状況を説明してくれた。
『犯人はさっき女の子を人質にとって逃走していたようなのですが、コナン君はそれの身代わりになり…黄衣さんは今どこにいますか!?』
「MIα MALLの地下、生鮮食品売り場だよ、どこに向かえばいい?」
『3階南の立体駐車場入り口に来てください!お願いします!』
「了解、すぐ行く!」
電話を切って籠を店員さんに押し付け、「すみません、戻しておいてください!」と言って走り出す。
許せ、緊急事態なんだ。
犯人の車はそのままビル裏の倉庫横に辿り着いた。
車を工事現場に乗り捨たようだ。
犯人はコナン君を摘み上げて、倉庫の中に入っていく。
俺は念話を介してコナン君にそっと話しかけた。
どうも付近に怪しげな追跡者が見える。
警官ではなさそうだし、注意したほうが良さそうだ。
『よ、コナン君。無事?』
『……うん。拳銃は持ってないみたいだし。今から逃げるよ。迎え頼んだ』
『待っ、』
瞬間、情け容赦なく犯人の足を踏みつけ、コナン君が部屋の外へ駆け出した。
まだ外に拳銃を持った変な人間がうろついてるのに!
倉庫の明かりが落とされ、視界が閉ざされる。
拳銃の撃鉄を下ろす音。悪意。ゆったりとした足音。
コナン君に拳銃は効かないからと静観したら、飛び出したのは誘拐犯の方だった。
乾いた破裂音が倉庫内にこだまする。
発砲したのだ。
射線に割って入ってコナン君を押し倒し、銃撃を受けて肩を負傷したようだ。
意味がわからん。お前犯人とちゃうんか。
そのままコナン君と犯人は二人で逃走し、窓から外に這い出ていく。
『もう、俺の話全部聞かずに飛び出さないでくれよ。びっくりしたじゃんか』
『この人……本当に犯人なのか?』
『誘拐犯であることは確かだね』
ああでも。
さっきの銃撃犯は少し、気に食わないかもしれない。
もう少し睨んでおけばよかったかな。
三階の南駐車場入り口に辿り着くと、高木刑事が待っていた。
他の刑事さんは捜索と追跡に回ったようだ。
「すみません黄衣さん!」
俺を見るなり、高木刑事が直角に頭を下げた。
コナン君を人質にされたこと、犯人を逃してしまったことを悔いているようだ。
でもおおかたコナン君が自分から突っ込んで行ったんだろうし、謝ることはないだろう。
「いえいえ、それで、犯人は?」
「現在逃走中です。名前は大嶺良介。札付きのワルで、現在殺人容疑がかけられており捜査しておりました」
「ほむ。なら恨まれる当てはいくらでもあるってことか」
あらかたのことを聞いた俺は、「じゃあ急いでるんで失礼します!」と言って駆け出した。
困惑した高木刑事が右往左往している。
ともかく、コナン君を今すぐ助けに行こう。
俺たちは、友達なので。
・ニャルラトホテプ
う゛ら゛き゛り゛も゛の゛!!!!!
このたび脳が破壊された外なる神。
泥棒猫への恨み骨髄。
現在は羽虫は害悪キャンペーン展開中の模様。
もちろん、その感情は愛情ではない。
もっと原始的なもの。
孤独への恐怖である。
前の宇宙でも、その前の宇宙でも、その前の前でも。
自分の友人は彼だけだった。彼しか理解者はいなかった。彼一人だった。
他はゴミのような虫どもと、話の通じぬ気色悪い阿呆ばかりだった。
孤独だった。恐ろしいという感情は無かった。この胸の不快感が恐怖だと知らなかったから。
彼がそれを恐怖だと教えた。孤独だと教えた。彼のせいだ。彼が悪い。
だから、だからきっと己に彼しかいないように、彼にだって己しかいないはずだ。
そうに違いない。そうでなければおかしい。絶対そうだ。
だって。
だって、───────────。
・公安による怪異対策
順調に進んでいる。
初めは黄色の印の兄弟団の魔術師による協力を得る案もあったのだが、米国の介入を恐れて最終的には棄却された。
現地調査のための人員を育成予定だが、選抜に苦労している。
勉強会は黄衣ハスタによって定期的に行われる予定。
本当は黄色の印の兄弟団に黄衣ハスタの存在を知らせれば、兄弟団は従順になり全ての問題は解決するのだが。
黄衣自身が拒否しているため実行には移されていない。