事務所に備え付けられたTVが、昼のドラマを流している。
これも確か知り合いのディレクターさんが担当のやつだったか。
前の無人島事件のディレクターさんだ。
俺の出演した映像を漏れなく買い漁る不審な男たちは、今も元気で俺の映った映像の収集を続けている。
彼らはもうすっかりディレクターさんと知り合いになったらしい。
昨今のTV番組の出来について語り合う仲なんだとか。
買取に来すぎだろうがよ。
最近では新ドラマ「探偵は窓より見下ろす」について、男たちはいかに素晴らしいか早口で語っていたらしい。
感激のあまり泣き出しもしたのだとか。
ディレクターさんは恐怖を感じて仕方なく色々融通したら、変なマークの描かれた大きなペンダントをもらったのだという。
「この気持ち悪いの何だと思う?」と聞かれたので、咄嗟に「俺のサインです」と答えておいた。
気味悪くて捨てようと思っていたらしい。
まあ、俺が枕元に現れても嬉しくも何ともないと思うし、捨てても良かったかもしれない。
さて、しばらくすると、事務所に子供たちが訪ねてきた。
どうやら、近所の「もののけ倉」なる場所の調査をしようと意気込んでいるようだ。
探偵事務所に来た子供達は口々にあった事を語ってくれた。
なんでも、同級生が友達を探すために倉の窓から中を覗いたら、そこにはお宝が山と積まれていたという。
しかし入り口を開けてみてもそこはもぬけの殻で、お宝も何もなかったのだとか。
称してもののけ倉、あるいは人喰い倉。
いつもの通り謎の気配を嗅ぎつけた少年探偵団は、その倉に行ってみようと提案。
嫌な予感のしたコナン君がそれを頑張って押し留め、ひとまずこの探偵事務所まで引っ張ってきたということらしい。
「ごめんね黄衣さん、万が一があったら危険だと思って」
コナン君がくたくたの状態でランドセルを下ろした。
子供達は広い事務所内の書類を観察して回っては歓声を上げている。
灰原さんはクールに来客用の雑誌を見ている。
事件にも事務所にも、特に興味はなさそうだ
ソファに座り込んだのを見計らって、俺は奥から水を出してきてコップを並べる。
子供達はまだ探検中だ。
俺はコナン君の言葉に大いに満足し、コナン君を称賛した。
「いやいや、よくやったよコナン君。そのまま突貫してたら間違いなく子供達は死んでたから、英断だった」
「え゛」
コナン君が凍りついた。
ちらり、と雑誌を見ながら灰原さんがこちらを見る。
「危険度は旧基準で十段階中の八。窓から倉を覗いたって子は本当に幸運だったな」
公安の管理番号だとG012-3K、だったか。
昔、人類のために消しとこうか、と悩んでギリ残した奴だ。
地球上の神話生物としてはやや強めの部類だ。
逆に言うと、これ以上強くて人に危害を加え、かつ地球上から退去しない奴らは全て俺が葬ったということだが。
あの頃は俺も尖っていた。ブイブイ言わせていた。
恥ずかし強い限りである。
うむ。話を戻そう。
コナン君が話してくれた事例で子供が助かったのは、窓から覗くに留めたのが命運を分けたのだと思われる。
「ちょうどいいから、これを機会に祓っておくよ」
うーん、と腰を伸ばして伸びをしてから、スマホを手に取る。
「ちょっと待ってて、降谷さんと諸伏さんを呼ぶから。その間に子供たちは帰しておいてくれ」
「え……2人を呼ぶってことは、何かあるの?」
「せっかくだし危険事案の対処例として教えておこうと思って」
俺がやるから略式になるが、あんまりない機会だし公安も資料として使えるだろう。
できるだけ俺も魔術は使わずに作業を進めて行くから、少しでも彼らの今後の助けになるといいのだが。
子供達に近所のショッピングモールの福引のチケットを渡す。
今日買い物に行って貰ったものだ。
「これ、渡しておくから行って来なよ」
「え、でも僕たち今日はもののけ倉に…」
「そっち、今お巡りさんが周りを固めてて入れないんだ。宝石強盗が潜伏してたみたいで」
「なんだ、つまんねーの」
「あ、この福引歩美知ってる!一等だとトロピカルランドのチケットが当たるんだよ!」
「いいですねぇ!!本当にもらっていいんですか!?」
「オーケーオーケー。行ってらっしゃい」
子供たちがわらわらと出て行く。
その後ろを灰原さんが「あの子たちの引率は任せなさい」と言い置いてついて行く。
なんというか、できる女って感じの貫禄であった。
あとは降谷さんたちへの電話である。
二人とも決して暇じゃないはずだが、電話した30分後にはスーツ姿のまま探偵事務所に急行してくれた。
他三名、見慣れない顔の刑事さんも引き連れている。
「コナン君、君は本当に事件と縁があるな」
「いや今回はアイツらが行こうって言い張ってただけで僕は別に…」
「はは。ともかく無事で何よりだよ」
開口一番、降谷さんがほっとしたように息をついたあたり、本当にコナン君のことを心配していたのだろう。
諸伏さんも僅かに肩の力を抜いてコナン君を撫ぜている。
「で、そちらのお三方はどうしたんだ?」
「こいつらは今後怪異担当にメインで当てる予定の人員だ。またとない機会だからな。勉強のため連れて来た」
新米刑事さん達がぺこりとこちらに向かってお辞儀をする。
体がガチガチだ。
緊張している、を通り越して戦慄、恐怖しているように見える。
それを、諸伏さんが苦笑してフォローしてくれた。
『この間、ナマハゲの件の末路を書類で見ちゃったからな。写真も付けてくれたろ、あれ』
「あー、やっぱ刺激が強すぎるし無かったほうが良かったか?」
「いや。生半可な覚悟じゃ死ぬだけだ。新入りのための教材として適切だろう」
ピシャリと言って、降谷さんが視線だけで俺に本題に進めるよう促して来た。
どうやら忙しいらしい。
カルコサ新党の対処、組織の潜入任務に加えて怪異対策まで入って来たんだから忙しくないはずもない。
俺は急いで探偵事務所の戸締りをして、出発することにした。
「もののけ倉」は米花町五丁目にある。
徒歩ですぐそばだ。
未だ緊張の抜けない新入りさんの先頭の一人に、優しく声をかけてやる。
「怪異調査報告は読んできてくれたか?」
「ッ、はい!G012-3K、仮名「満足していないもの」。旧神。人から贄を徴収する怪異で、現在封印中」
「そうそう。さっすが。こんな急に呼び出しだったのに、短時間で探して読んできてくれてありがとな」
笑いかければ、少し緊張が緩んだような気配がした。
最後尾を歩く内気そうなメガネの警官が、耐えきれずと言ったようにやや声を上げる。
「あのっ、配布されたこのブレスレット、身を守る効果があるとのことですが、これがあれば大丈夫と言うことなのでしょうか!?」
「いや死ぬけど」
「え」
公安用に今後配布を予定しているブレスレットだ。
全生活オーガナイザーから魂の保護機能を抜き取って独立させたような簡素な作りで、大量生産に向いている。
原理さえきっちり分かってしまえば、いずれ人の手による製作も可能だろう。
だがもちろん、その分効果は貧弱だ。
旧危険度で四程度までしか魂を保護できず、それを超えたら無惨に死ぬしかない。
場合によってはそれ以下でも守りを抜いてくるだろう。
「うん。死にはする。でも、死ぬより苦しくて怖い事にはならないから、つけたほうがいいぞ」
「…………ッ」
空気が完全にお通夜になってしまった。
「部下をそんなに怖がらせるのは止めてくれ」と降谷さんにまで苦言を呈されてしまった。
怖がらせてないわい。
ただの事実だわい。
「僕帰っていい?」とコナン君が静かに青ざめて俺の手をぎゅうぎゅうと握っている。
抱っこして抱え込めば、コアラの赤ちゃんのように顔を埋めて震え出した。
いやコナン君には怖い事なんて何もないのに。
気を取り直して、新入り君たちに説明を続ける。
「ともかく、こういうのは周辺の言い伝えとか、まず片っ端から聞き取り調査した方がいいな。今回の場合は倉の持ち主の戸籍や住民票、近所との付き合いだ」
「所有者の情報は判明しています。昔からの地主の家系で、現在は一人暮らし。家族・親族はいません」
「1人も?」
「はい」
「そりゃおかしいわな。東都の裕福な地主の家系が所有者1人以外誰もいないなんて。ちなみに、調べれば出ると思うけど、交友関係もおかしい」
「………!」
幼い頃何度もその家に遊びに行ったと証言するだろう若い女性とか。
所有者1人しか親族がいないのに、なぜそんなところに遊びに行ったのか。
そりゃ、同級生など親族がきちっといた、ということになる。
「ですが、戸籍情報に変更などの形跡はなく…」
「そういう事実ごと改変されたんだろうな。その手のタイプは結構いるから、気をつけるといい」
今回の場合、過去の事象ごと遡って「喰って」しまったのだろう。
性質的にかなり貪欲なようだし。
屋敷に到着すると、人の良さそうな作務衣姿のおじさんが顔を出した。
「事件の調査で話がしたい」と言うと、作務衣のおじさんは穏やかに快く応じてくれた。
大きく広い武家屋敷だ。
この東都の一等地に、こんな広大な敷地を持っていたら固定資産税だけで爆死しそうだ。
居間に通されると、庭からは件のもののけ倉がよく見えた。
作務衣のおじさんがお茶を持って来てくれた。
ことり、と一つずつ机に茶を置いて行く。
降谷さんたちは皆、それに手をつける様子はない。
俺は遠慮なく湯呑みを持って口を潤す。
作務衣のおじさんが顔を綻ばせた。
「早速ですが。あの倉についてお聞きしたいのですが」
「………あそこはもう何年も使っておりませんよ。空っぽです」
静かな声だった。平坦でもあった。
重ねて俺は言葉を続けた。
「ご親族が、アレに食われたのですか」
「ッ!!」
おじさんが硬直した。
そしてわなわなと震えて、しかし何も言わないようだった。
俺はやさしく、ゆっくりと諭すように話しかける。
「周囲は誰も信じてはくれず、奇人扱いされたんですね」
「…………ぁ」
「正しい手順を守らなかった。だからそうなった」
「、」
「過去の話だ」
ついに堰を切った。
「こんなことになるなんて思わなかったんだ!!!」
絶叫し、作務衣のおじさんが頭を抱えてうずくまる。
降谷さんはぴくりとも表情を動かさなかったが、新入りさんたちは動揺し狼狽えているようだった。
ほとんど要領を得なかったが、まとめると下記のような話になった。
この倉は幕末時代に建てられた。
元々そこには小さな社があったが、倉を建てるにあたり、中へと場所を移したのだという。
それは倉の中のものをなんでも守る。
神の蔵だ。
しかしもちろん、タダでとは言わない。
屋敷の当主は、必ず倉の神に一番大切なものを差し出さなければならない。
最初の当主は金銀財宝を捧げた。
一族はおおいに栄えたという。
そうして父から受け継いだ倉と伝承を、男は信じてはいなかった。
しかし伝統を守る気持ちはあったので、そこに財を詰め込み、教えられた手順に従って倉守の儀を行った。
しかし何故か、儀式の翌日。
一晩経つと全て外に投げ出されて、「一番大切なものではない」などと不気味な文字が彫られている始末である。
いろいろ試したが全てダメ。
妻と3人の子供はすっかり怖がってしまって、取り壊そうと言う話も出たぐらいだ。
ただ、男は気付いてはいた。
男にとって一番大事なのは家族で、金や名誉などどうでもいいということに。
いつしか倉のことは忘れて、平和な日々が過ぎた。
一番下の娘が小学生になった頃のこと、だったと思う。
朝。男が目が覚めると、広い屋敷の中には誰も居なくなっていた。
料理をしているはずの妻も、子供たちも、雇っていた庭師も、手伝いの家政婦も。
人喰い倉に昨晩家族が着ていた寝巻きだけが残されて、その他には何一つ残っていなかった。
親族にも片っ端から電話をした。
誰にもつながらなかった。
もちろん警察にも周囲にも相談した。
元々一人暮らしだった男が頭がおかしくなって喚いていると、そう噂された。
愛しい家族の痕跡など何一つ残ってはいなかった。
それっきり、男は1人で暮らしている。
この屋敷を売りに出すことも考えたが、それは次の犠牲者を出すと言うことだから、と。
男は項垂れて言った。
もうすぐこの家は取り壊す。
貴方たちには、全てをお話しします。
この家に伝わる史料を渡しながら、男が悔恨を滲ませる。
「繰り返しますが、あの倉は何年も使っておらず、空っぽですよ」
どれほど探しても、そこは空っぽのままだったと。
男は言って、静かに席を外した。
これは、社が完全だった間に潰しておくべきだったな、と。
俺は少しだけ後悔した。
・社
古代王国ハイパーボリア成立以前からぽつんとある社。
制作者はイ=スの偉大なる種族。
その昔大いに暴れたソレを封印するため、ハスターが未来に作るであろう社の設計図を盗み見て作成した。
社が完全である限り、ソレは完璧に封印される。
・倉の制作者
幕末の天才からくり師、三水吉右衛門。
何ラトホテプ。
ちょっと地主を騙くらかして封印を弱めてみた!
羽虫の苦悶の声は健康に良いホテプねぇ!
・降谷さん
純粋に部下と今後の日本を守るために連れて来たらニャルラト案件だった人。
真実を知ったら多分顔無い。
・旧支配者ハスター
後悔中。
シリアスな空気だったので心の中の服部君が脱走したのに気付いていない。
おかしいな…この辺に服部君しまっといたはずなのに。
・服部君(本物)
軽率に新幹線で大阪から飛んできた西の名探偵。
探偵事務所に尋ねたら誰もいなくてブツブツ文句言ってる。
ん?そこの角……なんやおるんか?
…………俺???