もらった史料に目を通すが、どうやら魔術的な仕掛けはなさそうだ。
「おっけ」とだけ言って降谷さんに渡す。
降谷さんが部下たちに写真を撮るように指示を出している。
史料の紙は崩し字で書かれており、すぐに読むのは難しいだろう。
とはいえ、特に重要なことが書いてあるわけではないので後回しでいいだろう。
「あの……つまり、この怪異は人の財産を守る代わりに贄を求める性質を持っている、契約する神と言うことなのでしょうか」
「いやいや。旧神が人間と契約なんて交わさないよ」
気弱そうな警官さんが恐る恐る俺へと視線を向けて来たので、俺は軽く返事をした。
契約だなんてとんでもない。
人間が、地を這う蟻とわざわざ約束事をすることなんてないだろうに。
降谷さんが難しい顔で俺をみている。
「この倉の所有者になったら、所定の儀式を守って『一番大切なもの』を捧げなければならないってのは確かだけど、返礼は何も無いから契約なわけじゃないんだ」
「……つまり『財を守る』というリターンは嘘だと?」
「おう。初代は普通に頑張って財を成したんじゃ無いか?子孫が神に取り立てられても困らないように」
というか、この規模の旧神相手で『一番大切なもの』を代々一つだけで満足してもらうってのは、正直あまりにも破格だ。
俺は茶を飲みながら縁側から見える蔵をぼんやりと覗いた。
倉は夕焼けに照らされて赤く妖しく染まっている。
「この、幕末よりずっと前からある社がキーかな。倉に移設するにあたって神棚に簡略化したのがまずかったんだと思う」
『封印が緩んだ、みたいな話か?』
「近いな。社があったころは、その力を用いて軽微な供え物で無理やり納得させてたんだろう。その枷が緩んで、要求される供え物が増えたんだ」
「………倉が破壊された場合、どうなる」
降谷さんが厳しい声を出した。
持ち主は取り壊そうとしているみたいだし、そりゃ当然の不安か。
俺はことりと湯呑みを置いて答えた。
「もちろん。神の要求量は本来のそれに戻る。東都一帯の全ての人間とか」
それまで素直に座布団に座っていたコナン君が、憤怒と恐怖が半々の顔で俺を睨みつけた。
「僕一人でトイレにも行けなくなっちゃったんだけど!!」と激怒している。
だからコナン君は無事や言うとるやろがい。
降谷さんは少し考えてから、茶に手を伸ばした。
降谷さんは別に己がどこで茶を飲んでも毒なんぞ効かないことに気づいたらしい。
「再び幕末以前のように軽微な贄で納得してもらうにはどうしたらいい?」
「社を作り直す、かな。んー、たぶん作り方は散逸しちゃってるだろうし、俺が新しく設計するよ。それとも、ガチバトルして俺が旧神ねじ伏せる?」
「その場合の想定被害は?」
「特にない。ちょっと本気で踏み潰すだけだし。あー、とはいえ今後の類似事例を公安で対応するために、社の設計図ぐらいはあった方がいいか」
「設計図はあると助かる。倉の怪異自体は君が捻り潰してくれると大変嬉しい」
「了解」
軽く返事して茶を飲み切る。
旧神のおっさんたちはいい顔をしないが、今更だ。
力関係としては所詮小鼠の群れみたいなもんだし、俺が勝手に先住民として忖度してるだけなところも大きい。
そんなに文句を言ってきたりはしないだろう。
新米さんたちは黙りこくって身を固くしている。
俺が対処するんだから怯えることないのに。
多分今後のことを考えたら一番安全まであるぞ。
諸伏さんが大きくため息をつき、眉間に皺を寄せた。
『そんな化け物でまだ危険度8か。10はどうなるんだ?』
「大きな違いはないぞ。伝染性が加わるとか、起動すると一回の被害がデカいとか、そういうやつ」
本気でヤバい奴は俺がハイパーボリアの時代に一通り撃滅したからな。
今残ってるのはトロくて俺がその気になれば瞬時に制圧できる。
なおクトゥルフに関しては番外的な位置付けだ。
存在を公安に教えるつもりもない。
奴の名を出すと吐き気がするので。
そんなふうに話をしていると、作務衣のおじさんが帰ってきた。
人に初めてこのことを話して、少しだけスッキリしたらしい。
顔色が少しだけよくなっているように見えた。
俺は優しそうに見える顔を作って、そっと作務衣のおじさんに話しかけた。
「すみません、あの倉を少し見せてもらっても構いませんか?」
倉の鍵を開け、中へと入る。
ゆっくり扉を開ければ、埃っぽい特有の空気に混じって、鉄錆びた匂いがした。
中に突入するのは降谷さんと俺だけだ。
安全のため、諸伏さんと新人三名に関しては倉から少し離れた庭の中腹で待っていてもらっている。
「正面の壁にそろばんが埋め込まれてるけど…これは単なるからくりだな。本題はこっち、入り口上の神棚だ」
体をふわりと浮かせて神棚の中を確認する。
「降谷さんもこっち来れる?」
「!……少し待ってくれ」
ややもたつきながらも、降谷さんは本性を露わにして風の塊として神棚を覗き込んだようだ。
別に体を全部風に変えなくても飛べるだろうに。
「ここ。裏手から奥にかけて術式が組まれてるだろ?倉の中に旧神を閉じ込めてるんだ」
【なるほど。俺なら打倒出来そうか?】
「できるとは思うけど、人に被害が出る。黒い風って基本範囲攻撃が得意な化身だし」
【……面倒な】
風の体をグネグネと震わせて降谷さんが苦い声を出す。
また人間の言葉を喋ってない。まあいいか。
さっさとこの旧神を消し飛ばしてしまおう。
社に手を突っ込んで術式を組み替え、強制的に倉の中に旧神を顕現させる。
同時にガチリと勝手に倉の仕掛けが作動し、床が迫り上がり出す。
扉が強引に閉められ、真っ暗になった倉の中にむせ返るほどの血の匂いが充満する。
【倉の入り口が妙だとは思ったが、流石、かの有名な三水吉右衛門が設計した建物なだけあるな。からくり仕掛けとは】
「さみず?誰だ?」
【幕末に活躍したからくり師だ。……この倉に関与していたということは、怪異にも深い知識があったということか?】
「…………ふむ」
三水吉右衛門。
先ほど見たこの倉の術式の癖。
なるほど、こいつはニャル臭ェ!!!
天井まで上がり切る寸前で止まり、仕掛け階段が降りる。
そうして。
天井裏の空間を覗けば。
これまで徴収したであろう「大切なもの」たちが、みっちりと隙間なく詰まっていた。
【ッ!!!】
降谷さんが息を呑む。
几帳面な神は整理整頓を好んだようだ。
綺麗に4cm四方の立方体に折り畳んだ「大切なもの」を壁に沿って敷き詰めてあり、その偏執さはちいさな美術館じみて見えた。
そこに男が一人、がくがくと震えながら膝を抱えて小さくなって呻いている。
恐怖と、絶望とで動くこともできないまま、痩せ細った四肢を震わせて身を捩った。
「ひっ、たすけて、もう無理だ、無理です、ゆるして、おねがい…!」
【なんだこいつは】
降谷さんが胡乱な顔をしている。
男は狂乱して既にSAN値も僅かのようだ。
じーっと見れば、大まかながら事情も分かった。
「この辺で強盗してた犯人らしい。この倉を根城に選んで潜伏したら、うっかり次の『所有者』になっちゃったみたいだな」
【……アホらしい】
「保護しておこうか。強盗犯に死なれたら被害店が可哀想だし」
【こんなのに支払い能力なんてあるのか?放っておけばいいだろう。それよりこの倉の主はどこだ?】
瞬間。
上からぬるり、透明な手のひらが降りてくる。
それは降谷さんの胴体を掴み、引き摺り上げようとする。
見上げた天井は空だった。
天井が消えていた。いつのまにか天井は消え去り、一面の青空のみがあった。
青空なのに日の照らぬ悍ましい虚の空が、地平線まで続いている。
そこに浮かぶのはクラゲのような化け物だ。
沢山の手が触手に似て透明な胴から伸びている。
ゆらゆら、ゆらゆらと何かを掴もうと手を伸ばしている。
これこそが「満足していないもの」。
これまで満足したことはないし、今後満足することもない。
貪欲の化身。
財をつかむものである。
降谷さんが風の身体を散らそうとして、阻まれて抜け出せないでいる。
【こンの……いい、度胸だ!!!現住生物風情が!!】
あ、降谷さんがキレた。
虚な蒼天がみるみるうちに汚染され、黒い雷鳴と疫病、不潔な雨と災厄で満たされる。
一瞬で神域を塗り替えるとは、降谷さんもやりおる。
あと発言がニャル。
俺は慌てて降谷さんに声をかけた。
「降谷さん!降谷さん!暴れすぎると現実に影響出る!」
【ッ……】
降谷さんが身を引くつかせ、雨雲が薄れていく。
俺がなんとかするから、任せてくれればいいのに。
「そういう時はこうやって、空間自体の支配を奪ったあと自分で補強するんだ」
空に太陽が昇る。
太陽にも見える、無数の瞳が怪物を見つめている。
俺の瞳だ。
そこに「動くな」と意思を込めればこの通り、怪物はそれだけでぴくりとも動けなくなる。
空が割れて、巨大な、巨大な触手が一本、ゆったりと降りてくる。
久しぶりに手足が伸ばせてすごく嬉しい。
いつもは身体の後ろに広げた小さな空間に、手足を限界まで折りたたんで入っているからな。
たまには運動しないと肩も凝るものだ。
というか、降谷さんまで硬直しなくていいのに。
ぐるりと触手でクラゲを捕える。
そのまま引き上げようとするものの、ちっとも降谷さんが脱出しようとしない。
「おーい降谷さん、脱出!今ならできるから!」
【…ッ、あ……今、出る】
弱々しく返事をして、降谷さんが体を風として散らして脱出する。
ずる、ずる、とクラゲを引き上げて空間の裂け目に引き摺り込む。
本を畳むような軽い音がして、裂け目が閉じて。
それっきり、そこはただの暗い天井裏であった。
降谷さんはどうやら人間形態に戻ったようだ。
俺の横に戻った降谷さんが大きなため息をついて俺を半目で睨む。
「強盗犯、気絶してるぞ」
「…………あ」
同じ部屋にいた強盗犯は床でおねんねしていた。
すっかり忘れてた。てへぺろ。
見ればまだSAN値はまだ残っている。
どうやら最初のクラゲ登場のSAN値チェックで気絶して、幸運にも俺の姿は見なかったらしい。
そうに違いない。そうに決まってる。
気絶した男を背負って倉を出る。
倉庫の中にはまだ折り畳まれた「大切なもの」が残っているが、これは公安の方で証拠品として処理してもらえればいいだろう。
降谷さんが憂鬱そうにむっつりとした顔で俺に話しかけてくる。
「ところで、さっき君が回収したG012-3Kはどうする気だ?」
「ああ、これは漬物にしようと思って」
「つけもの」
おうむ返しにして降谷さんが宇宙猫と化す。
多分いい感じに漬かると思うんだよな。
「俺用じゃないぞ?ニャルがこういうの好きだから、この間のプリンのお返しに作ってやろうと思って」
「……なるほど」
「出来たら念の為降谷さんも味見してくれないか?あんまし変なの渡すわけにもいかないし」
「それはちょっと。あれだ。時間が取れないから」
「そっか。忙しいもんな、仕方ないか」
降谷さんに断られ、仕方なくコナン君に味を見てもらおうと画策するなど。
市販の素を使うからよっぽど変な味にはならないとは思うんだが。
そうして、G012-3K「満足していないもの」は、無事解決となったのであった。
・クラゲの漬物
コリコリして美味しい。
しっかり下処理してあり、人間も美味しくいただけて栄養満点。
魂にも精がつく。
ニャルはにっこり受け取って食べ尽くし、「まっずおっえ…」などと言っていた。
ドリームランドのムーンビーストどもが食ってるでかい蛆虫丸ごと口に突っ込んだみたいな味がした。
もう♡ハスターってば料理下手なんだから♡
・ジンニキ近況報告
ネクロノミコンの原本を求めて、中東アブダビ近郊のとある遺跡を目指して移動中。
バーボンはルルイエに眠る怪物再封印に必要な情報を提供してくれたので、一旦放置することにした模様。
というか、ニャル攻略はルルイエと並行してやるのはキツすぎると冷静に判断した。
「あなた、1人で突貫はそろそろ死にますよ?誰か肉盾を連れてったらどうです?」とバーボンに提案されたが頑なに1人を貫く。
このヤマに、心から信頼できる仲間以外は不要だ。
でも、ウォッカをこんな危険な目に遭わせられねぇだろ。
・ウォッカ
兄貴ぃ……!(トゥンク)
ジンの抜けた穴を必死で埋めてる。
過労死しそう。