コナン君と降谷さんがじっくりと推理を続けている。
客達もかなり落ち着いてきたようで、好奇心のままに電話したりカメラで爆弾の写真撮ったり、自由に過ごしている。
犯人も何を考えているのか、客達からスマホも取り上げようとしないのだ。
しかしこうなってくると流石に手が足りないので、複数人の客にお願いして爆弾付近には見張りを立てることになった。
誰かが爆弾に触ったり、別階に移動したりしないようにとの措置だ。
爆弾は偽物だとは思うが、万が一があったら事だからな。
爆弾おじさんは、降谷さんの指示で少し離れた売り場の奥に諸伏さんが隔離している。
客が怯えるからの処置だとは思うが。
どうもそれだけではない雰囲気がある。
俺は相変わらず赤いTシャツを眺めるコナン君へと声をかけた。
「どう、分かったコナン君?」
「まあね。12月28日に山、事件、埋めたの見たよ。調べたら当日の天気はかなり荒れてたみたいだから、多分ハッタリ。とするなら、山小屋周辺かな」
「なんて???」
なにやらコナン君が呪文を唱えたがさっぱり意味は分からなかった。
12月28日がどうしたって?
いつのまにかコナン君は十三着の赤いアンダーウェアをおかしな形に並べているが。
暗号っぽいがまるで分からん。
どこか館内を探索していた降谷さんが戻ってきて、コナン君の言葉に同意する。
「僕も同意見だ。今、風見にあの男の素性を調べさせている。ヒロにそれとなく拘束させたから、奴も身動きが取れなくて焦れているはずだ」
「あとは、爆弾が本物かどうかだけ、か」
「偽物の可能性は極めて高いが。こんな人目がある中バラすわけにも行かないし。厄介だな。それと、売り場の女性は調べたよ」
「っ!どうだった?」
「ビンゴ。送り主だ。話も聞いてきた。さて、あとはどう調理するか、だな」
二人して困っているのは分かったが、やはり推理がどこまで進んでいるのかは理解できなかった。
つまりどういう事だってばよ。
最近、コナン君達が揃うと俺を置いてけぼりにするんだよね。
説明が面倒くさいのは分かるんだがこれは明確な裏切りではないかと思うなど。
と、その時降谷さんがつけていたインカムを押さえた。
「なに?……どういうことだ。……了解。そちらは任せる」
「どうしたんだ、降谷さん?」
降谷さんが酷く険しい顔をして口を開く。
「キャンティとコルン、それにウォッカがこの米花百貨店の外で待機しているらしい。狙いは不明」
コナン君が息を呑む。
降谷さんは静かな声で「せめて標的が誰だか分かれば良いんだが」と呟いた。
降谷さん、諸伏さん、コナン君、俺と探偵事務所のメンバーは全員狙われる理由があるし。
他の重要人物を狙ってる可能性も否定できない。
するりと目を細め、コナン君が問いかけた。
「ジンは居ないの?」
「ああ。今奴は私用で日本を離れてるからね、どう頑張っても今回の件は参加できないだろうさ」
「……私用って?」
「長期バカンスってやつだよ。歴史探索というか、田舎の漁村とか遺跡とかを巡ってるみたいだ。ウォッカから少し話を聞いたけど、結構楽しそうだったし」
「へ、へぇ……」
ニタリ、と三日月が裂けるような歪な笑みを浮かべ、降谷さんが嘲笑った。
イケメンがやると怖すぎるというか、めちゃくちゃ邪悪な顔だ。
本当にバカンスかどうかはかなり怪しいと言わざるを得ない。
とはいえ。
楽しんでいるニャルの化身はそっとしておくべし。
触らぬ化身に祟りなし。
俺とコナン君が悪辣にニコニコする降谷さんをそっとしておくと、不意にコナン君がパッと立ち上がった。
コナン君の視線の先には、ゆったりと手を振る亜麻色の髪の男が見えた。
長身で筋肉質。
穏やかな顔つきの大学院生に化けた、FBI捜査官。
沖矢昴である。
「昴さん!?どうしてここにいるの?」
「諸用で帝都銀行に寄ったので、その帰りに買い物をしようかと。大変なことになりましたね」
実にのんびりと米花百貨店の買い物袋を下げて、沖矢さんは優しく微笑んだ。
隣には深めのメンズキャップを目深に被った明美さんもいる。
明美さんは優しく笑って「ふふ、久しぶりね」とコナン君の頭を撫ぜた。
へぇ、デートかよ。ぺっ。
明美さんなのだが、今は工藤邸を本拠にして活動をしている。
実体化の魔術も長期的に俺が関与しなくてもかけ続けられるタイプに変更したし、ゆっくり工藤邸でイチャラブできているはずだ。
隣の阿笠邸とも積極的に交流しているようだし、志保ちゃんと一緒に過ごすことも多いという。
まあ、そんなだから赤井秀一=沖矢昴の図式は志保ちゃんに一瞬でバレたようだ。
今では沖矢さんは志保ちゃんに蛇蝎の如く嫌われているらしい。
降谷さんが嫌そうに顔を歪めて鋭く舌打ちした。
「何をしに来た、赤井秀一」
「ええと、僕の名前は沖矢昴ですよ。そのアカイ?とかいう人物じゃありませんが」
「御託はいい。何の用だと聞いている」
もうイライラし出している。
早い。この分では十分後には暴れ出していても何一つおかしくない。
沖矢さんは欧米風に大袈裟に肩をすくめて「やれやれ、仕方ないな」などとため息をついた。
降谷さんの顔に青筋が浮かぶ。
五分後だったかもしれない。
「先日、帝都銀行で強盗事件があっただろう?」
「……ああ。コナン君と子供達、そしてヒロが巻き込まれたと聞いているが」
「それでチラッと、TV報道の映像にスコッチの姿が映り込んでいたぞ」
「!!!」
俺も思わずその言葉には身を固くした。
それは流石にまずい。
彼は三年前に自死して、比較的年月が経っているためこれまで自由に動いていた。
だがTVに映ったとなると話は別だ。
組織に記憶力のあるものがいれば、あっという間に命を狙われることになる。
「……スコッチが生きていると誤解されたか。なら外の連中の狙いはスコッチ自身か、それともその死を報告した僕か」
「さてな。伝えるべきことは伝えた。あとは君次第だ、安室君」
「相変わらず、ふざけた野郎だ」
ぎり、と降谷さんが敵意を押し殺し歯軋りをした。
「ではボウヤ、爆弾事件は頼んだ。こちらはそれとなく組織の動きを見張っておくとするよ」
「ありがとう昴さん!」
コナン君の瞳がこれぞできる男だ!という感じで尊敬に輝いている。
それを目ざとく読み取った降谷さんがおどろおどろしい暗黒の波動を激らせ始める。
どうして赤井さんの前でだけ降谷さんは小物臭くなるのか、それが分からない俺である。
人混みに紛れていく沖矢さん達の後ろ姿を眺めながら、俺は黒い風が暴れ出さないか見張る仕事に従事した。
ふと、降谷さんがインカムを押さえて再び話し始める。
どうやらまた何か部下さんから連絡が来たようだ。
「なるほど、ご苦労だった」と言って通話を切り、こちらを見る。
「男の素性が掴めた。やはり例の遭難事故に関わっていたようだ。問い詰めて吐かせるか?」
「お客さん達を留めておくのもそろそろ限界が近いしね。やってみようか」
「よし。黄衣君はこの場で客を宥めておいてくれ。僕たちであの爆弾男をしめてくる」
「え!?俺!?」
二人が俺を置いてさっさと歩き出す。
え、爆弾巻かれた被害者のおじさんをしめるの?
犯人じゃなくて???
全然何も分からないまま事件が解決しようとしている。
だが事態は待ってはくれない。
俺は不安そうな客達に微笑んで、声を大きく語りかけた。
「ご安心ください、間もなく捜査が完了します」だとか「箸休めに、かつてあった事件について少しお話ししましょうか」だとか。
ともかく時間を稼いでコナン君達が事件を解決することだけを祈って舌を回す。
魔術を併用してのトークショーだ。
必死で客達の不満を和らげること、幾許か。
まもなく。
犯人が爆弾は偽物であることを白状したようだ。
機動隊が突入し、無事、事件は解決したのだった。
無論、翌日の新聞の一面は俺である。
取材陣に囲まれて、ヒイヒイ言いながら念話でことのあらましを探偵諸君に教えてもらったのだった。
しつこい公安の犬どもに追われ、ウォッカ達は撤退を余儀なくされた。
「チッ、やけにサツの動きが早いじゃないか!」
「ん。俺もそう思う」
スナイパー二人が頷きあう。
ウォッカは無言でそれに同意した。
入院でやや脂肪も筋肉も落ちて、ウォッカの肉体はすっかりスリムになってしまった。
体力も衰えており、日々の任務もきつい。
その挙句、兄貴に任された任務を達成できなかった。
ウォッカは自分の不甲斐なさと悔しさでいっぱいだった。
「だが、確かに妙だ。兄貴に失敗報告なんてしたくねぇが……」
公安の動きは奇妙だった。
こちらのスコッチ暗殺に気付く速度が早すぎる。
スコッチの所属も警視庁公安部であるから、初めは釣りだと思ったのだが。
それにしては、先回りしていた雰囲気がない。
兄貴が今忙しい状況なのは気がかりだが、不審な点があればすぐに必ず報告しろと常日頃から言われている。
その場で電話すると、ツーコールで繋がったようだった。
ウォッカは己の疲労を見せないよう、ハキハキと意識してしゃべった。
「兄貴!今少しいいですかい?忙しいなら今晩の定期報告にでも回しやす!」
『はぁ、……はぁ。いい。こちらも、ひと段落、ついたところだ』
電話越しに聞こえる息が荒い。全力疾走でもしていたかのようだ。
「何かそちらでありやしたか!?」と心配して問いかけるも、「気にするな。早く本題を言え」と素っ気ない返事が返ってくる。
心配だが、ひとまずウォッカは報告を続けた。
「スコッチの始末の件なんですが、やけにサツの動きが早く…取り逃しました。すみません兄貴。この責任は必ず」
『いい。それよりバーボンには手を出してねぇだろうな』
「は、はい!もしかして、サツの動きに奴が何か関係が?」
『………』
沈黙。
電話の向こう側からは、緊張に満ちた息遣いだけが聞こえる。
「兄貴?」とウォッカが再度問い直すと、兄貴はゆっくりと、慎重に秘めた声を震わせた。
『………バーボンは、サツの内部に根を張ってるかもしれねぇ』
「え。ネズミ、ってことじゃなくてですかい?」
『逆だ。サツを掌握して何を企んでるかまでは知らねぇがな。いいから、奴は放っておけ。決して関わるな。分かったな』
「へい兄貴!!」
勢い良く返事をして電話を切る。
訳のわからないことが増えた。
兄貴の言い回しからして、バーボンは組織の命令で警察へと潜入したわけではないのだろう。
なら、どうしてNOCでないと言い切れるのか。
なぜそんな怪しい人物に関わるなと言うのか。
今回ウォッカの任務を阻害したのがバーボンなら、それは組織に対する明確な背信行為だ。
本来なら拷問を伴い、すぐにでも問い詰めねばならない。
でも、兄貴が関わるなと言うなら、そうしたほうがいいのだろう。
疑問を飲み込んでウォッカはスマホをポケットへとしまった。
「………」
「なぁ、ジンは何だって?」
「なんでもねぇよ」
あれはきっと、ウォッカの身を案じてのことであり。
同時に深く暗い畏れでもあったのだろうと、ウォッカは思ったのだった。
・黄衣ハスタのトークショー
めちゃくちゃ好評だった。
数多のトーク番組等から魔術的に分析した要素を自身の体験に適用して出力、機密保持に関わる部分は削除して高速で組み上げた穏やかかつ面白い話。
すぐに聞いていた聴衆が録画を動画投稿サイトにアップし、話題になった模様。
なお、話してる本人はいっぱいいっぱいで悶え苦しんでた。
・公安の動きが早かった理由
単純に爆弾事件の初動で風見さんと公安の人員を動かしたら組織を見つけただけ。偶然。
何も企んでいるとかはない。
・ジンの予想
公安の犬を蘇らせて警察に潜り込み、すでに公安は奴の傀儡になっていると思われる。
スコッチの亡骸を使って米花町でなにかコソコソ動いているようだ。
あの黄衣ハスタと名乗る化け物に関係があるかもしれない。
初めは「旧支配者」というのがあの化け物の名称なのだと思っていたが、調べれば調べるほど違いが浮き彫りになる。
旧支配者はあのような単なる化け物はない。
では、あれが完全なる姿ではないとしたら?
バーボンが狙っているのは、あの怪物の完全復活?
疑問は多く、ジンは失血した重い体をを引きずって最奥へと到達した。
・またしても何も知らないバーボン
知らんけど大半は誤解だと思う。
赤井秀一がイチャコラしててめっちゃムカついてる。
羽虫の悶え苦しむところを見て気分転換しないと気が済まない。