「そろそろ君に本腰入れて『黄色の印の兄弟団』に働きかけて欲しいんだが」
平日昼。
ずるずるとカップ麺を啜る俺の元に現れた降谷さんが、開口一番口にしたのはそんなことだった。
啜っているのは辛味噌のスーパーカップだ。
非常にパンチが効いてて美味しい。
口の中の分を飲み込み終えて、俺はむすっと返事をした。
「え、やだ。俺がここにいるってバレたら大挙して押し寄せて怖い儀式されるじゃん」
「もうバレてるし今更だろう」
あっけらかんとした答えに、俺の方が「え゛」と汚い濁音をあげてしまう。
え、どうして。何故。
公安信者さんにはきっちり口止めしてるし、俺の正体がバレる機会なんて無いはずなのに。
もしかして遠くから観察してるやつらか?それともTV映像買取業者してる人たちか?
でもコイツらはタイミングからしてカルコサ新党の連中だろうし、手に入れた情報を黄色の印の兄弟団に流すとは思えない。
降谷さんがソファにぎしりと腰を下ろして、呆れたように口を開いた。
「君の考えていることは分かり易いな」
「文句あんのかオラァン!」
「はぁ。事務所の監視とTV映像の買取だが。カルコサ新党の気狂い連中にそんな行儀のいい真似できるか?」
「………まあ、たしかに。発狂してるし奪うよね、当然」
「カルコサ新党の連中が君にちょっかいをかけないように、黄色の印の兄弟団が秘密裏に動いていただけだよ」
「とはいえ、映像の買い占めは普通に彼らの嗜好だろうが」と降谷さんが補足してくれた。
どうやら裏取りも済んでいるようだ。
だからこそ事務所を監視する不審者たちを降谷さんも放っておいた、ということなのだろう。
「恥かな…?え、じゃあ俺の居場所知ってて今まで黙ってたんだ」
「そうだ。神の安寧を乱さぬように、だと。神思いのいい信者じゃないか」
「うーん。ほんとにござるか?」
「あえて言うなら、君永課長の話によると、黄衣探偵事務所監視の業務人員の選定は公平性を期すために抽選が行われたそうだ」
「何故に」
「魔術による不正、金銭的買収、脅迫、執拗ないじめ。さまざまな陰謀が渦巻いて、彼らはここのところほぼその業務で身動きが取れなかったらしい」
「ひぇ」
俺は怯えて縮こまった。
俺のために争わないで!!
降谷さんが実に興味なさ気にスマホをいじり始める。
冷淡なニャルの化身である。
「ともかく。今君から接触があるのは向こうとしても渡りに船だろう。公安からの紹介、と言う体を取れば彼らも警察機構を無視できなくなる」
「汚い流石ニャル汚い」
「やめてくれないか。僕は建設的な提案をしたに過ぎないだろう?」
ニコニコと降谷さんが最早一欠片も信用できない業務用の笑顔を浮かべている。
汚い陰謀に巻き込まれた黄色の印の兄弟団には申し訳ないが、俺も降谷さんには沢山恩があるからな。
コナンくんの戸籍作ってもらったり、俺が魔術で作った身分証の変なところを指摘してくれたり。
諦めて項垂れれば、降谷さんは満足そうに頷いたようだった。
「分かったよ。ならいつ向かえばいい?」
「向こうには公安から連絡をする予定だ。1ヶ月以内を目処に考えているが、詳細は追って連絡する」
「了解。じゃあ俺もあれだな、その間に今後の月一の信者向け挨拶の原稿とか機関誌のコメントとか不定期配布加護の中身とか考えとかないとな」
これはあまりにも業務過多になってしまうか。
TV出演の方は今後絞って、教団の業務に割り振ったほうがいいかもしれない。
いや、いっそ普通に分裂するか。
そのように思案していると、きょとんと降谷さんが予想外のことでも聞いたように瞬いた。
「彼らに働きかけるとはいえ、別に君本人から『認知した』と一言添えるだけで十分だと思うが」
「それはそうだけど、信仰するからには信者さんたちも神には心の支えになって欲しいだろうし、現世利益も必要だろう?」
放っておいたら悲しむ人も出るだろう。
苦しみ、神を恨むものもいるはずだ。
神は常に信者を見ているものなのだから、きちんと人の行いには報いねばならない。
善行には祝福を、悪行には罰を。
そうでなければ不公平だ。
降谷さんが少しだけ沈黙してから、はあ、と大きなため息をついた。
「それは危険な考えだぞ、君。理想的ではあるけどな」
「え」
「世界はそんなにも完璧なわけじゃない。遠からず、人は全ての判断を君に委ねて自主的に家畜になろうとするだろう」
「………」
「人は怠惰なものだ。楽を求める。完璧な絶対者が居たなら、そこに全てを預けるのが一番楽だ」
「っ、」
「僕はそうして完璧に人類を管理することは好ましいとは思うが」
「君は違うだろう?」と、降谷さんが俺を見据えた。
反論する術は俺にはなかった。
せめてもの抵抗にむっつりと頬杖をついて口をへの字に曲げる。
「難しいな、塩梅が。心苦しいし」
「現代社会はそういうものだ。知らなかったのか?」
「ニンゲンむつかし……オデ…わからん…」
「急にIQを投げ出さないでくれ。相談ぐらいは乗る」
降谷さんが柔らかく俺に笑いかけてくる。
優しい人だ。
そこには勿論打算があるのだろうが。
それでも、怪物に成り果てても変わらぬ友情に厚い人間性が見え隠れする。
降谷さんが窓の外を見ながら、ポツリとつぶやいた。
「そういえば、昨日ジンが帰ってきたんだ」
「何の話?」
「僕の趣味の話。インスマスで行われる儀式のこと、相談しただろう?」
「あああれ。別に最終的には俺の封印術式が作動するから問題ないって返答したやつ」
「だから僕も遊びがてらジンを儀式阻止に放り込んだんだが」
「信じられぬ邪悪!!!」
俺の叫びを「ははは」と降谷さんは穏やかに笑っていなした。
マフィアの人かわいそう…!
対して、降谷さんはどことなく不機嫌そうだ。
もしかして期待して送り込んだマフィアが道半ばで息絶えたからだろうか。
ん、でもそれにしては俺の反射封印多重機構が最近作動した形跡はない。
「でも、アイツほぼ無傷で帰ってきやがった。儀式は自力で阻止したみたいだし」
「突然の英雄譚に動揺が隠しきれない」
「しかも片手で足りない数の怪異旧危険度:8からランク外相当の事案を処理してきたらしい。一人で」
「叙事詩になるやつじゃん。もうそれ表彰したほうがいいと思う」
「な、気に食わないだろ?」
心底困ったみたいな顔で降谷さんが同意を求めてくる。
この血も涙もないニャル野郎がよぉ!
俺は机の上のしけた煎餅をバリっとたべて、もごとごと口を動かした。
まあなんにせよその人物の冒険譚は終わったのだ。
もう静かに眠らせてやろう。
降谷さんがごそごそと懐から折りたたんだ紙複数枚を取り出した。
どうやら何やら手順書のような図が印刷されている。
「そこで、奴を次の案件に放り込んで怪異を処理してもらいつつ、派手に散ってもらおうと思ったわけだ」
「このニャルラトホテプッッッ!!!」
「ニャルラトホテプだが…?君には計画の内容についてアドバイスがもらえればと思ったんだ。どうかな?」
子犬が鳴くような表情で言われては、こちらも受け取らざるを得ない。
世にも悍ましい計画書を手に取り、じっと内容を読み解く。
俺は顔をくしゃくしゃにして呻いた。
「うーん」
「どうだった?ここから本体にも相談するつもりなんだが」
「たぶんだけど、降谷さんデスゲーム主催者の才能あるよ」
「何故唐突に悪口を」
立場の弱い俺では、それを止めろと言うこともできない。
許せマフィアの人。
貴方の英雄譚を俺だけは覚えておこう。
俺は静かに冥福を祈ったのだった。
・ニャル谷さん
どうやら善良な日本国民:羽虫ではない、それ以外:羽虫と認識しているらしい。
同期は親友枠。
最近少し疑問がある。
どうして松田もヒロもしきりに己のことを「ゼロ」と呼ぶのか。
確かに人間のガワの名は降谷零で、ゼロであることはわかるが。
俺の本名はニャルラトホテプの化身、黒い風なのに。
渾名にするには少し呼びづらいのだろうか?