道中、大きなロンドンの地図を買って参考にしてみることにした。
スマホでも十分見られるが、広げて線を引いてとかになると、やはり紙の方がやりやすい。
地図を持ちながら考え込むコナン君を見て、俺も拙く思考を巡らせてみる。
城のある場所、時計店、とか色々コナン君が考えているが、俺はどうアプローチすべきか。
一応、暗号文を降谷さん達に魔術でコピーして渡すついでに、俺の分もコピーしてある。
手の中の不気味な文章を確認して、俺は少しだけ息をついた。
こんなのを子供達に配って怖がらせるなんて、犯人も何を考えていたことやら。
貰ったのは見たところ小さい子ばかりだったし、泣いてしまった子もいただろう。
俺は紙から顔を上げてコナン君に声をかけた。
「ともかく、子供でも解ける単純な暗号のつもりで作られてるんだから、単純に見るで良いんだよな?」
「!確かにそうだね、そうか、その場で通報されないためというより、あえて子供に渡していたって可能性もあるか」
ハッとしたようにコナン君が言う。
ふむ。
同じ年頃の子供にばかり渡してるということは、謎を子供に解いてもらうため?
でもなんで子供に解いてもらう必要があるのかって話だし。
いや、違うか?それならもっと年齢は大まかで良かったのに、揃って同じ年頃の子ばかりを選んでいた。
その年頃の子の中に「本命」がいた?
………うーむ。
まあいいか。所詮俺の推理だし。
ひとまず有名観光地を巡るということで、俺たちはビッグベンに行くことに決めた。
鐘の音という単語もあるし、第一候補として皆の会話でも上がっていたからだ。
ビッグベンの周囲は人で賑わっていた。
生憎今日は見学ツアーは取ってないので、中を見ることはできない。
予約制で、俺たちが取ってあるのは明日の夕方だ。
それでも、大きく歴史ある外観は荘厳で、思わずため息が出るほど美しい。
と、上ばかり見ていたらいつの間にかコナン君が消えていた。
一瞬焦ったが、少し離れた橋の上で排水溝を覗いている姿をすぐ見つけることができた。
排水溝の蓋が無くなっていて、足を踏み外しそうで少しばかり危険な状態だ。
近場で橋の欄干に寄りかかって休憩するおじいさんが、「足元、危険だよ」と観光客に注意するボランティアに従事していた。
優しいおじいさんだ。
「どうしたんだ、コナン君?何か見つけたのか?」
「うん。……さっき向こうに最近塗られたらしい変な矢印を見つけたから」
コナン君が真剣な顔をして見守りおじいさんに声をかける。
「ここのフタ、いつから無くなってたか知ってますか?」
「私が気付いたのは今日の朝さ。昨日はあったのに、誰がこんな悪戯をしたのやら」
おじいさんは毎日この通りでウォーキングしているらしく、詳しく状況を教えてくれた。
どうも、昨日の晩のうちに無くなった可能性が高いらしい。
コナン君はするりと目を細め、橋の欄干に飛びついて、川の様子をジロジロと観察し始めた。
「何何何?」
「恐怖の谷って排水溝のそばに書いてあったでしょ。『水のそばに重いモノがなくなってたら、沈められていると思え』、だよ」
「恐怖の谷って俺に貸してくれたやつじゃん。長編じゃん。なんでそんな語録がスルスル出てくるの」
怖いのはコナン君の方説は大いにある気がする。
まもなく、俺たちはAと刻みつけられた排水溝の蓋を見つけることができた。
おそらく全部集めて初めて意味を持つのだろう。
と、その時降谷さんから連絡が入った。
『コナン君、暗号の手がかりらしきものを発見した』
『っ、こっちも見つけた!安室さんは何があった?』
『子供達に最近変わったことはないかと聞き込み調査をしたのだが、タワーブリッジのロンドン市庁舎に、マザリンストーンと書かれた人形が落ちているのを見つけた』
「これは確かホームズのタイトルだろう?コナン君は何か知らないか」と降谷さんが聞き返してくる。
凄いな、子供への聞き込み調査。
全く考え付かなかった。
コナン君はマザリンストーンと一言聞く、たったそれだけで瞬時その暗号の示す意味がわかったらしい。
『ッ!頭を外してみて!おそらく何かヒントが隠されてるはずだから!』
『……首の根元にTと、書かれているな。何故分かった?』
『作中のセリフだよ。頭以外は付け足しに過ぎない、ってね』
『なるほど。流石ホームズフリークだ』
今回の謎解きは、どうも全てホームズと引っ掛けて作られているらしい。
コナン君の独壇場だな、と俺も思うなど。
今まで話を聞いていた諸伏さんも「うん」と小さく声を出した。
『なら暗号は建物の形に関係あるかもな。ピクルスはガーキンという建物を示している可能性があるから、近くにいる俺が行ってみるよ』
『俺も同意見だ。頼んだ、ヒロ』
推理が実にスムーズに進んでいく。
こりゃホームズが3人いるみたいなものだな。
そうして諸伏さんが発見したのは傷だらけのペンだった。
ダンシングメン、踊る人形の暗号で、Nと記されているらしい。
この様子なら、明日には全ての暗号が解きおわることだろう。
しかし、そのあたりで時間切れだ。
一旦ダイアナ・キングストンさんとの食事会に戻る必要がある。
ダイアナさんとの食事会をブッチしようとするコナン君を引きずり、着替えのためホテルに向かうこととする。
服装は気にしなくて良いとのことだが、王族のパーティで粗相なんてできないからな。
軽く髪をセットして、黄色を差し色にしたスーツを着て身だしなみを整える。
諸伏さんも降谷さんも同じように各自整えたら完了である。
イケメン二人なだけあり、素晴らしく絵になる格好だ。
コナン君が首を傾げ、俺たちをまじまじと見て口を開く。
「………ホスト集団?」
「言ってはいけないことを!!!降谷さんが傷付くって分からないのか!?」
「君、さも自分は違うみたいな言い回しは敵を作るぞ」
俺は素早くお口にチャックをした。
怖い…黒い風がキレ気味にこっちを睨んでくる……。
諸伏さんが純粋な瞳で「まあまあ。ゼロのメンズキャバクラみたいな空気、俺は好きだぞ」と激しい追撃を喰らわせている。
降谷さんは次の瞬間激しく威嚇しながら諸伏さんの耳を引っ張った。
髪がセット後なので考慮したらしい。
優しいのか優しくないのか。
さて。
パーティ会場のホテルは、一室丸々借り切っているようだ。
皆、上品な装いで身を包んだ紳士淑女達が、思い思いに談笑している。
とはいえ、イギリスのマナーに疎い俺たちを気遣ってか、比較的カジュアルな服装の人が多い。
ダイアナさんは俺たちを大変歓迎してくれた。
ご友人を、いっぱい……呼ばれて…。
本気を、出す時が、来たようだ。
ごくりと俺は生唾を飲んだ。
諸伏さんにも緊張の色が見える一方で、降谷さんは実にスマートかつ優雅。
バーボンとしてこの手の催しには慣れているのかもしれない。
コナン君は完璧に子供のふり。
良いよな君は何が起きても見逃してもらえて。
ダイアナさんに言われるがまま席につき、同時に魔術を構築する。
無意識下の思考を含めて、出席者全員の願望を抽出する。
その中でも今回の食事会に抱く期待などを集積。
俺のこれまでの経験に照らし合わせて、最適なストーリーを選定、加工。
諸伏さんはダイアナさんと関わるつもりがないようなので、話題に出すのは控えめに。
代わりに降谷さんに適宜話を振って、活躍場面を多めにする。
時折コナン君で場を和ませて、話に緩急を作る。
質疑応答は未来視にて質問事項を確認済み。
軽妙に答えて次の話題に繋げられるようばっちり作ってある。
ハイパーボリアを含めて数々のスピーチ経験がうなりを上げる!
うおおおお俺の本気を受けてみよ!
念話を繋ぎ、作った原稿を皆に配信する。
『今原稿作ったからみんな見て!脳内に送るから!』
『原稿!?なんの!?ダイアナさんに話すネタの!?本気すぎでしょ』
『バッカコナン君ってば、普通に話そうとしたら俺なんて「あっあっあっ、です」しか言えんわ!』
諸伏さんが哀れなものを見るような目で「話し下手ガチ勢かぁ」とぼやいた。
降谷さんは我関せずと言った様子で送った原稿を確認している。
「意外と完成度が高いな。これなら僕もそのまま台本通りに話せば問題ないだろう」などと評論していた。
食事の進行に合わせてタイムラインも添えてある。
これで今どのあたりまで話が進んだから、タイミングも掴みやすいだろう。
いざ尋常に、勝負!!という気持ちで、俺はまず第一声から話し出したのであった。
「このような場にお招きいただき誠に光栄です。私は黄衣ハスタ、日本で探偵をしております───」
「なんかすごく盛り上がってたね」
「本当に良かったよ。うん。頑張った甲斐があった……」
ホテルへ向かう道すがら、俺たちは軽く雑談していた。
まだ空は明るく、夕暮れに近い。
ロンドンはこの時期日没が遅いとは聞いていたが、やはり妙な感じがある。
俺は全力を出した反動ですこししおっとしながら、とぼとぼと頑張って歩いている。
ダイアナさんもすごく喜んでくれたので、食事会は大成功ではあったのだが。
あまり高頻度では参加したくない感は否めないのである。
横溝正史的な少しおどろおどろしい事例を詰め込んだら大ウケしたんだが、「また是非とも食事会にお呼びしてもよろしいかしら?」とおかわりが飛んできたのは予想外だった。
しかも降谷さんが「ええ!もちろんですとも!ね、先生!」って快諾しちゃうし。
困ります。困りますよ……。
「そういえば、今更だけど黄衣さん英語喋れるんだね。しかもペラペラだったし。何か魔術とか使ってるの?」
コナン君が満腹の腹をさすりながらこちらを見上げてくる。
と、言われても少々返答に困る質問だ。
「このメンツみんな英語ペラペラじゃん。俺は信者さんから英語で話しかけられることが多いから覚えただけだよ。魔術じゃない」
英語は話者が単純に多いのもそうだが。
たぶん黄色の印の兄弟団の本拠地がアメリカなのが一番大きいだろう。
次に多いのは日本語。
俺の日記の言語だし、ハイパーボリアの公用語だったから今でも使っている魔術師は多い。
とはいえ。
流石に、神が話しかけられて「何語か分からなくて何言われてるか理解できなかった」は無いだろうと思っているので、基本どの言語で話しかけてもらっても問題ない。
たぶん、地球に存在したどの言語で話しかけられても応えることができるし。
最近でもアクロ語による交信があったばかりだ。
これはヴァルーシアンと呼ばれる蛇人間の一派の言語で、ハイパーボリアにも少数民族として定着していた。
彼らの里は観光業で栄えていたはずだ。
今は北米地下のクン=ヤンにて、クン=ヤンの民から土地の一部を譲り受けて暮らしているようだ。
コナン君ぱちくりと瞬いて、俺と目を合わせる。
「黄衣さんって真面目だよね」
「え、そう?ありがと」
不意に褒められるとどうにも照れてしまう。
コナン君はチラリと降谷さんに視線を向けてから、静かに声を落とした。
「いつか人類が絶滅しちゃっても、黄衣さんのせいじゃないから、気にしないでね」
「…………」
返事が思い浮かばなくて、喉に何かが詰まったような感触のみが残った。
果たして、そうだろうか。
俺は神なのだから、どうとだって人類を存続させられる。
それなのに滅んだなら、俺のせいといえないだろうか。
降谷さんが小さく、憂鬱そうにため息つく。
空では日が暮れてゆく。
明日こそ、暗号が解けるのだと信じて。
今日は静かに眠りにつくのみである。
・その晩の降谷零の寝言
うーん、うーん…
そう、米花水族館だ本体…チケット代は俺が出すから…
昼は水族館内で、夜は近くの米花サンプラザホテル最上階で取れ…
羽虫の飯は不味い?いいから!相手に合わせるんだ!
飯を終えたら家に誘うんだ…手を絡めてネトフリでも見ていろ…
あとは…わかるな……
部屋?待て、俺の部屋を使う気か!?嘘だろう!?
馬鹿な、待て、冷静になれ、いくら俺と本体は同一だと見做せるといっても限度が…
せめて廊下、廊下に居させてくれ頼む、本体、本体!
本体ッッッッ!!!!
・諸伏氏のコメント
ゼロがとんでもない場所に同席させられそうになってて草