日本に帰ってきて数日。
犯人であるハデス・サバラは無事捕まったようだ。
結構な大騒ぎになったらしく、日本でもTVインタビューに答えるミネルバ・グラスさんの映像を見ることができた。
この件を聞きつけたダイアナ・キングストン夫人から丁寧な感謝の手紙まで届いたぐらいだ。
なんとも話が大きくなってしまったが、この功績はコナン君たちのものだ。
俺はささやかながら皆を高級ディナーに連れて行き、その活躍を祝ったのだった。
とまあ、そんなわけで今日なのであるが。
今日はニャルラトホテプとのデート(?)当日である。
「コナン君、どう?変なとこないかな?」
「バッチリ。仮面ヤイバー上がりの俳優みたいだよ」
「よし。良しかわからんけど良し」
コナン君の前でぐるりと一周すれば、コナン君もしっかりサムズアップしてくれた。
普段よりちょっとおしゃれに決めているので、どうにも着慣れない服が窮屈だ。
TVで知り合ったスタイリストさんに軽く雑談がてら相談したら、コツを教えてもらえたのでそれを元に自分で選んだものだ。
変でないかは不安だったが、コナン君が言うなら間違いあるまい。
片側を上げた髪を少し撫で付ける俺に、コナン君が首を傾げた。
「友達と遊びに行くんだよね?それでそんなに気合い入れるもんなの?」
「それはそうなんだが、ニャルはデートのつもりみたいだからな。なら、俺もその体で付き合うのが筋だろうし」
「そっか」
コナン君は頷いて、若干ニマニマした。
「もうすぐでしょ。電車の時間」
「お、確かに。じゃあ俺はいくよ。来客があったらすまんが諸伏さんを呼んで対応しておいてくれ」
「うん。行ってらっしゃい黄衣さん。楽しんできてね」
コナン君が手を振る。
俺は「おう!」と返事して、事務所を後にしたのだった。
集合場所は米花水族館前の公園にある噴水である。
地下鉄を降りてすぐの場所だ。
銀杏並木を通り過ぎ、噴水へと歩いていく。
まだ集合時間まで10分ほどあるから、ゆっくりでも問題ないだろう。
そうしてたどり着いた噴水前で、俺は思わず変な声が出そうになった。
なぜか男性三人組に絡まれるニャルの姿があったからだ。
ニャルははっと息を呑むほど美しい、絶世の美女の姿をしている。
黒髪、褐色の肌。
フレアスカートに白いシャツが清楚で、しかし隠しきれぬプロポーションの良さ。
「なあなあ、だから俺らと遊ぼうって言ってるワケ。楽しいことしようぜ?な?」
「そーそー!さみしー思いさせないからさぁ!」
「………」
ニャルは男どもの誘いを全く無視してスマホを見ている。
ブンブン耳障りな羽虫の声は聞こえないらしい。
そのすげない様子にイラついた男の一人が、ニャルに手を伸ばす。
おおっとそれはまずい!
「チッ、ちょっと下手に出りゃお高くとまりやがって巫山戯てんじゃ…」
「失礼。その女性は俺の連れなんですが」
少し威圧感を強めに設定して、俺の瞳に重ねるように「本来の俺の目」で睨みつける。
もちろん手加減はしている。
人類種の危機感を最大限煽るようにしたから、奴らがどんなに愚鈍でも自分が命の危機にさらされていることが分かるだろう。
男たちは「ひっ!?」と、優男一人を相手にするには不自然なほど体をびくつかせた。
そしてそのまま、捨て台詞も吐かずに脱兎のごとく逃げ出してゆく。
良かったなチャラ男ども。
あのままだったら死ぬより酷い目に遭ってたぞ。
改めて美女ニャルに向き直り、軽く手を上げて挨拶する。
「よ、ニャル。遅くなってすまん。……え、それどう言う感情?」
「少女漫画で習ったやつだ…!」
はわわわ、と顔を真っ赤にしてニャルが手で顔を隠している。
進研ゼミで習ったところ構文?
はっとニャルが慌てて立ち上がり、スカートについたホコリを払って俺へ笑みを向ける。
「待ってましたよ我が友よ!早速いきましょう!チケットは僕が持ってますから!」
「お、悪いな、先に買っててくれたのか。あとで払うよ」
「気にしないでください」
今日のニャルは僕っ子らしい。
というか、これは降谷さんの要素を元にして作った人格だな。
人類にできるだけメンタリティを近づけるため、彼の精神性を逆輸入したのだろう。
間違いなく俺のためだ。
なんとなく気恥ずかしくて、視線が下に落ちてしまう。
「というか、本体で来たんだな。窮屈じゃないか?」
「貴方ほどじゃありませんよ。僕は無形かつ無貌。変化は得意中の得意です。それに、」
「それに?」
「……貴方と、お揃いですから」
ニャルは赤く色付いた頬をやわらかく笑みの形にして、俺を見上げた。
わずかに潤む瞳、微かに香る香水。
スラリとした足にハイヒールがよく似合う。
───ちょっと可愛いかもしれん。ニャルなのに。
俺は良くない煩悩を振り払い、ひとまず水族館の中へ入ることにした。
中は冷房が効いていて、少し肌寒いぐらいだった。
一面の穏やかな水の景色が夏にぴったりの清涼感をもたらしている。
まず入って中央には、大きな大きなイルカの水槽だ。
通路は奥まで続き、深海生物のコーナーに続いているようだ。
ニャルが目をまん丸にして楽しそうな声を上げた。
「わぁ、見てください黄衣君!羽虫以下の微生物がこんなにいっぱい!」
「言い方。ニャル言い方」
「この水槽なんて凄いですよ!イルカ!こんなに大きいのに哀れなほど無価値だ!」
「イルカに謝りなさい」
なんというか、明後日の方向性ではあるものの楽しそうで何よりである。
イルカは目の前で重りつきのボールで優雅に遊んでいる。
非常に可愛いが、ニャルのおもちゃには向かないことは確かだろう。
そのまま一周、水族館をゆっくりと巡っていく。
不思議な形の深海生物、熱帯の海の色鮮やかな魚たち、南極に住まうペンギン達。
回り終わった頃にはお昼だったが、その間だけでも水族館ニャル語録が作れそうなほどの珍発言を連発した。
「あまりにも無力で無様で可哀想…これが諸行無常ってやつなんですね…」とか。
お前アカクラゲになんの恨みがあるんや。
そのうち、幾度かニャルが手を絡めてきたので握ってやった。
恋人繋ぎと言うやつだ。
残念ながら握力が強すぎて人間なら手の骨が砕かれていたところだが、相手が俺であったのは幸いだった。
中は触手なのでぐにゅりと俺の手が変な形になる以外、目立った実害はなかった。
でもたぶんこのノリで抱きしめられたら俺は破裂すると思う。
ニャルはこの辺り比較的人間の力加減に慣れていると思ったが……奴もこれで緊張していると言うことなのだろうか。
そうして館内を見終わった後は昼食である。
俺たちは二人揃って水族館カレーを選んだ。
普通のカレーだが、所々魚を模した形のにんじんが入っている。
俺は完食した皿を見下ろしながら、ニャルに声をかけて見ることにした。
「この後はどうするんだ?夜は米花サンプラザホテルで食事って聞いてるけど」
「隣のショッピングモールで遊ぼうと思ってます。ゲーセンとか」
「なるほど。それはいいな!」
一瞬「遊ぶ」の発言に身構えたが、ニャルとしては本当に驚くほど穏当な内容だ。
ショッピングモールで唐突にデスゲームが始まっても何一つおかしくない流れだったし。
「じゃあ行きましょうか!」と言って、ニャルが俺の手を取る。
そして俺に本当に嬉しそうに笑いかけるので、俺まで嬉しくなってしまう。
俺は存外、こいつが嬉しそうにしている姿が好きなのだ。
こいつがかつて、ただ不満そうに宇宙を彷徨い、己の孤独にも恐怖にも気付かないまま喚き散らしていた姿を思い出す。
あの頃に比べ、随分と笑顔が増えた。
良いことだ。得難いことだ。
永劫の彼方であろうと、俺たちはきっと二人きりだ。
その相棒が悲しむことが少ないなら、それに越したことはない。
ショッピングモールで過ごす時間も、やはりあっという間だった。
ニャルが思いの外本気を出してクレーンゲームを行ったので、どデカいアザラシのぬいぐるみが二個取れた。
片方を俺に渡して、「ペアアイテムってやつですね」とニャルが笑う。
「そうだな。俺も探偵事務所の俺の席に飾っておくよ」
「僕も化身の枕横に置いておきます」
「唐突な降谷さんとの添い寝」
「え、何か変です?」
「いや旧支配者的には何も変じゃないんだけどさぁ、こう、あー。できれば本体の近くに置いておいて欲しい」
「?わかりました」
意味わからん三角関係みたいな構図になるところだった。
そうして服を一緒に選んだり本屋を覗いたりと時間を過ごせば、あとは米花サンプラザホテルでの食事を残すのみ。
見下ろす東京の夜景は美しく、そこで食べる食事も絶品だ。
食事の合間の雑談も自然と弾んだ。
「今日は楽しかったですか?」
「ああ、もちろん最高だったさ。完全にエスコートしてもらって悪かったな。今度は俺が予定を立てるよ」
「!!本当ですか!嬉しいなあ。あ、この後僕の家に行きませんか?」
「っ!」
よ、夜にお家!
俺は緊張で身を固くした。それは人類種の間ではその、その、あー、うん。例の事を指す。
ニャルラトホテプが優しく笑っている。
俺を見て、何かをこいねがうような瞳で。
「改めて。僕の、恋人になってくれませんか」
気軽に聞こえる声色で、しかし真摯に。
ニャルラトホテプの瞳の奥にはしかし、諦観の色が滲んでいる。
「貴方にその気がないのはずっと前から知っています。でも、僕には貴方しかいない。だから」
「いいよ」
「………へ」
俺の答えに、ニャルが目を見開いて瞬いた。
「お前が本気なのはわかった。それなら、俺にも否やはないよ。こんなふうに頑張るほど、本気だったんだろ」
「……本当ですか。返品は効きませんよ」
「お前は気付いてないかもしれないが。お前に俺しかいないように、俺にもお前しかいないんだ。この長い長い生で、孤独を紛らわせる相手はさ」
にっこりと笑って、机越しにニャルの手を取る。
これは愛でも恋でもないかもしれない。
でも、こいつの孤独感が少しでも和らぐのなら、俺はそうしてやりたいのだと。
そのように思うのである。
ニャルは「はわわわわわ」と高速で動揺して細かく振動し始めた。
都会の夜景は変わらず、ロマンチックな光を灯して夜を照らしている。
食事を終え、外に出ると夜風が少しだけ冷たかった。
まだ夏に入りたてだからだろう。
ぶらぶらと歩きながら、ニャルに声をかける。
「そういえば、ニャルの家ってどこにあるんだ?」
「え、貴方も知ってると思いましたが。この間火事があって建て替えられたメゾンモクバですよ」
「降谷さんの家の予感ッ!」
「そうですけど」
ニャルが不思議そうに頷いた。
え、今から降谷さんちいくの!?この流れで!?!?
「待て待て待て待て、いくら降谷さんが仕事で家にいないって言ってもそれは流石に」
「部屋には化身を待機させてますから、ジュース買いに行かせたり細かな雑用も任せられますよ」
「ご在宅!?!?!?」
俺はニャルの肩をがっしりと掴んで、顔をくしゃくしゃにした。
「米花サンプラザホテルに泊まろう」
「え、でも」
「非日常感だよ、こういうのは。おうちデートはまだ早い」
「なるほど…ならそうしましょうか」
ニャルを説得してから、素早く電話をかける。
相手は降谷さんだ。
ツーコールで繋がったが、電話越しに聞こえてくる声は鬱の極みみたいな低さだった。
『どうした』
「ニャルを説得してホテルへ誘導する!そっちは無事だ!」
『!!!ほ、んとうか?』
「ああ!ニャル野郎が悪かった降谷さん!」
『恩にきる!』
九死に一生を得たみたいなテンションだったが、降谷さんは本当に大丈夫だったのだろうか。
短い通話を終わらせ、元来た道を戻る。
ホテルは幸運にも空き部屋があったからスムーズに入ることができた。
素泊まりだ。
通された部屋はダブルベッドのやや小さめの部屋だった。
疲れていたので軽く室内付きのシャワーを交互に浴びて、ベットに倒れ込む。
ニャルが俺の片腕に絡むようにじゃれついてきた。
「では早速」
「寝るか。おやすみニャル」
「えっ」
俺は布団を被り、ベッドに組み込まれた時計のアラームをセットした。
明日は依頼があるから早めに起きなければならない。
「えっえっえっ、嘘ですよね?」
「ちょっと俺そういうのはまだ早いと思うんよ…寝よう。おやすみ」
「は???」
憤怒するニャルが布団をめくろうとするので、俺は防御魔術を組んで目を瞑った。
本作品は全年齢となっています。
結局、翌朝までに引き剥がされた魔術の端っこから触手を何本か引き摺り出され、引きちぎられて食われたことを追記しておく。
どうしてそうも外なる神は野蛮なのか。
それが分からない俺氏である。
・ニャルラトホテプ
結ばれた浮かれホテプ。
帰ってから化身をムツゴロウさん並みにヨシヨシした。
布団から引き摺り出した旧支配者ハスターの触手を千切って食ったが、それに怒ったハスターが「いい加減にしてくれ痛い!」とニャルの触手を痛くない程度に齧るなどしたため愛を再確認。
満足して成仏した。
・降谷さん
ペットの犬並みによしよしされた。
もうこの鬱憤はジンで晴らすしかないと思っている。