被害者はずいぶん素行の悪い地上げ屋だったようだ。
商店街で集団訴訟もあったが、弁護士さんが死んでその話も立ち消えたらしい。
とにかくこの辺を荒らしまわっていて、恨みはどこで買ってもおかしくない。
死因は青酸系毒物によるもの。
通報を受けてやってきた目暮警部と高木刑事に軽く挨拶して、俺達は粛々と捜査に移った。
目暮警部には「また君たちかね」と言われたが、それは俺も思っているところであるからしてご容赦願いたい。
多分震源地はコナン君だけど、魔術的因果関係は俺をもってして証明できてないし。
俺が目暮警部と話しているうち、コナン君と諸伏さんが素早く推理を進めていた。
既に犯人にも当たりをつけているようだ。
高木刑事からここにいた人間の持ち物を聞いたり、どこか答え合わせをするような様子で「毒って指のどこに付いてた?」とか聞いたりしていた。
いよいよ行動が早くてついていけない。
毒の付着箇所の鑑定が終わったあたりで、全ての推理が完成したらしい。
コナン君がシール状の超小型スピーカーを手渡してきたので、服の襟に貼り付ける。
ついでに「なんで分かったの?」と先に推理内容を聞いてみようとしたら、コナン君にムッとした顔をされた。
どうやら反感を買ってしまったらしい。なぜ。
「黄衣さんがずっと見てたからだよ。あんな露骨なら気付くに決まってるでしょ」
「へ?俺?」
俺が目を丸くして瞬いていると、諸伏さんが「気づいてなかったのか」と予想外の反応を見たような様子を見せた。
どういうことなの???
コナン君がため息をついて肩を落とす。
「黄衣さん、人の悪意に敏感なのかよく犯人の顔ずっと見てるんだよね」
「え、全然自覚なかった…本当に?」
「うん。殺された地上げ屋さんもよく見てたけど、同じぐらい理髪店の人も見てたから、妙だなって」
完全に自覚ゼロだった。
そんな超感覚が俺にあったのか…全然知らんかった……。
コナン君が「ネタバレはね、困るんだよね、そういうのね」とブツブツ言っている。
すまんて。俺にも自覚なかったんだから仕方ないやろ。
まあ、あとは俺がスピーカーになっての推理大会だけだ。
犯人は理髪店の人だった。
どうやら地上げ屋への恨み以外に、このラーメン小倉への複雑な感情もあったようだ。
この商店街のためにボロくて古いこの店には立ち退いてもらいたい、しかしその味は認めている。
そのような趣旨の発言を残して、犯人は連行されていったのだった。
その後警察にて事情聴取を幾分か済ませれば、家に帰ってくるのはずいぶん遅くなった。
マンションに入れば中はすっかり冷え切っていて、ガスストーブをつければ暖かい空気が一気に部屋を満たした。
コナン君が「うぅー寒ぃ」と言いながらストーブの前を陣取る。
俺は早めに風呂に入ろうと、お湯張りを準備する。
自室から本を持ってきて、コナン君はストーブの前で読書することに決めたようだ。
リビングでテレビをつけ、諸伏さんがなにくれとなくチャンネルを回す。
どうやら住宅特集が目に止まったようで、そのまま諸伏さんは番組を固定したらしい。
『そういえば黄衣の部屋って何も無いよな』
「何も無くはないだろ。色々飾ってあるじゃん」
『いや、そうじゃなくて生活感が無いというか。物はあってもモデルルームみたいというか』
「あー、まあ」
否定できなくて、もごもごと口の中で言葉を転がした。
俺は基本、部屋に物を置かない。
魔術で作った亜空間に持ち物を収納できるので、家に物を置く意味がないからだ。
だから基本置いているのは「置くこと自体に意味のある物」……すなわちインテリアの類のみとなる。
これが意外と楽しいんだよな。
取っ替え引っ替え模様替えをして楽しんでいるのだが。
最近では写真を撮ってSNSでも上げ始めていて、相変わらずフォロワー数は一桁代。
Y◯UTUBEに上げてる音楽の方はちょっとずつ知名度が上がっているので、今後に期待したいところである。
俺も諸伏さんの隣に座り、ソファにだらんと体重を預ける。
コナン君は既に読書に集中したらしく、俺たちの会話に反応する様子はない。
ストーブに近過ぎて低温火傷をしないか少し心配になる。
「それよりコナン君の部屋だろ。あれ床抜けないかそろそろ不安なんだけど」
『まあ……物置きの方に分散したし、大丈夫じゃないか?』
「いやあれ純粋に物量が2倍になってるだけな気がする」
コナン君の部屋はほぼ書庫だ。
事務所で働いてもらったお給金として幾らか支払っているのだが、そのほぼ全てを本に注ぎ込んだ結果である。
蘭ちゃんともデートしているはずなのだが、本は消えてなくならないからな。
少量でも累積するとえらいことになる、ということなのだろう。
コナン君の部屋がはち切れそうになったので、旧明美さんの部屋である物置きに入れ出したのだが。
流行りの漫画、子供向け絵本、美術図録、ビジネス書とあらゆるジャンルに手を出す乱読家を相手にこの家は少々狭すぎたようだ。
一軒家に引っ越すか、と最近思い始めた次第である。
コナン君は本に齧り付いている。
寝る前には本を取り上げねば、間違いなく徹夜コースだろう。
毎回諸伏さんが本を取り上げてコナン君に逆恨みされていたりもする。
だるだるとリビングで時間を潰していれば、軽い電子メロディが響いた。
どうやら風呂が沸いたようだ。
お先どうぞ、と諸伏さんに一番風呂を譲る。
別に諸伏さんが風呂に入る必要はないが、俺の実体化魔術によって生前のように温度を感じられる機能が付与されている。
熱い湯になみなみ浸かるのは精神的にも非常に心地よいということで、彼も風呂に入るのが日課になっている。
「じゃあお先ー」と言って諸伏さんがとことこと風呂場に向かっていく。
その後ろ姿を見送ったあたりで、俺のスマホが振動した。
電話のようだ。
降谷さんからということは、重要事項だと考えて良さそうだ。
「はーい、黄衣です」と出ると、降谷さんは相変わらず本題から話し始めた。
『黄衣君か。黄色の印の兄弟団との会合の日程が決まった』
「お、まじか。了解、いつになったんだ?」
『4日後だ。黄色の印の兄弟団日本支部に君とヒロ、君永課長で行ってもらう』
電話の向こうからは慌ただしそうな雑音が響いてきている。
どうやら降谷さんはまだ仕事中らしい。
もう夜遅いのに、いつも大変なことだ。
「降谷さんは行かないのか?」
『僕は一般に神敵と知られるニャルラトホテプの化身だからな。あまり事を面倒にしたくない』
「まあ、そっか。そうだな」
ニャルラトホテプと俺は実態に反し、多くの言説において敵対関係にあるとされる。
善の神ハスター、悪の神ニャルラトホテプ、といったように対比関係にあると捉える向きも多い。
ふうむ、と俺はしばし考え込み、降谷さんの言葉に同意した。
「じゃあ、当日警察庁に向かうよ」と言って電話を切ろうとすると。
「待ってくれ」とやや焦ったような声で止められた。
降谷さんにしては珍しく、歯切れの悪い言い方だ。
少し心配になり、俺は眉を下げてゆっくりと声をかけた。
「どうした?まだ何かあったか?」
『………そちらに本体を引き取ってもらいたいんだが』
「え?」
不穏な言葉を聞いた気がしたが。
気のせいに違いないから切ろうかな、と思いそっと通話終了ボタンに手を伸ばす。
しかし「切らないでくれ聞いてくれ頼む」と早口で縋るように言われては俺も無碍にはできない。
もう一度スマホを耳に当てて聴く姿勢を取る。
降谷さんは電話の向こうで魂が出てしまいそうな大きなため息をついた。
『アレと同居は僕には無理だ。そもそも人類は無理だ』
「そもそも降谷さんは人間ではないのでは」
『言い直す化身には無理だ。このままだと近いうちにメゾン木馬が異界と化す』
たぶんだが、異界と化すだけで済むのは最善の結果を引いたらの話だろう。
一般的には爆破炎上した挙句立ち上がった炎が怪物の姿を取って東都を蹂躙し始めるのだと思われる。
ちなみに怪物の核は降谷さんだ。
「守りたかった物をその手でぶち壊した時の顔が見たかった」とかその辺の理由で核にされるのだ。
俺は強く唇を噛み締めた。
「あー、強く生きてくれ」
『見捨てないでくれ頼むッ!望む物はなんでも差し出す!』
「もうその言葉だけでこの短い間に何があったか察せられてもうね…」
このままだと本気で降谷さんがデッドエンドを迎えかねない。
だが、かと言ってこの家には諸伏さんもコナン君もいるし、軽率に引き取るとは言えないのが辛いところだ。
少し考えてから、俺はぐっと気合を入れ直した。
「仕方ない。黄昏の館を改造してニャルをぶち込むから、少し時間を稼いでくれ」
『ッ!どの程度かかる!?』
「ニャルが満足するレベルとなると、1ヶ月はかかりそうだけど…」
『………二週間、それ以上は俺が持たない』
「オーケー。降谷さんが力尽きる前に完成させる」
降谷さんの決死の声色からして、間違いなく二週間は持たなそうな空気だった。
ヨグ=ソトースの流れが乱れている今あまり使いたくないが、時流操作を駆使して全力で頑張るほかない。
いや、これはもはや歴史改変で無理やり組み込んだ方が早いか?
電話を切って、眉間をもみほぐす。
TV番組は大きな豪邸の紹介に移っていた。
ともかく頑張ろう。
たぶん冗談では無く日本の命運がかかっている。
そのように決意して、俺は頭の中で魔術の素案を組み始めたのだった。
・コナン君の金銭事情
両親からは一般的な額のお小遣いが支給されている。
それに加えて探偵事務所労働によるお給金が入り、富豪となったコナン君は遠慮なく本を買いまくっている。
多分そのうち片づけなさいって諸伏さんに怒られてこそこそ実家に本を隠しにいく。
・黄昏の館
超豪華ニャル豪邸になる予定。
つまり多額の借金を返すアテがなくなり、黄衣は静かに涙を飲むことになった。