獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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(ここまでのあらすじ)
獪岳はクズ野郎なりに頑張っていたが、上弦の弐・童磨と遭遇。
土下座で命乞いしたうえ、味方の隊士・滝沢が戦っているのを放置して敵前逃亡してしまう。
蟲柱と岩柱が下した判決は死罪。
しかし次の任務で手柄を立てれば再検討してもらえるという。

一方その頃、絶海の孤島・暗黒島で鬼が暴れ回っていた。
獪岳はそれを倒すべく島に送り込まれる。
そして臆病な隊士・小石山や因縁の相手・蝉爺との出会いを経て覚醒し、自分の命を顧みず奮戦した。
月柱・時透アンジェリカはその活躍を認め、彼の死刑を猶予。
獪岳の身分を自分の預かりとした。

その後1年間、獪岳は月柱のもとで厳しい修行を積んだ。
そして刀鍛冶の里を訪れ、弟弟子の善逸と再会する。
しかしその後、あらゆる剣術を操る自動戦闘傀儡人形・縁壱百式に敗北してしまう。
月柱は獪岳に対して「善逸とともに1週間鍛錬して、再試合で縁壱百式に勝て」と命じる。
負けたら死刑の猶予は解除され、ただちに死罪だという。
獪岳は善逸とともに、同じく里に滞在していた恋柱・フランソワ黒沼を訪ね、彼のもとで鍛錬を始めた。




第11話 (ここまでのあらすじ付き)

 

 

……夜。

 

獪岳は石油ランプを手に、屋敷の2階の廊下を歩いていた。

周囲は真っ暗で、ひっそりと静まり返っている。

すでに刀鍛冶たちは寝入っているのだ。

 

(((まったく、今日はひどい1日だったぜ)))

 

獪岳は今日という日を振り返る。

アンジェリカに命懸けの決闘を命じられ、流れで妙なオカマに妙な訓練をさせられることになり……

肉体的にも精神的にも疲れが溜まっていたのだろう。

うっかり温泉に入りながら眠り込んでしまった。

 

遠くでボーンボーンと音を立てて時計が鳴っている。

今は何時か……少なくとも日付は変わっているだろう。

獪岳は自分の部屋へ急ぐ。

 

「アータ、本当にこれでいいの」

 

不意に人の声が聞こえた。

くぐもってはいたが、それはたしかにフランソワの声だった。

獪岳は訝しみ、近くの壁に耳を当てる。

 

「アタシたちは柱なんだから、組織の規律を守らないといけないわ。土壇場になって前言撤回なんて通らないわよ?」

「Of course, 撤回なんてするないです」

 

答えたのはアンジェリカの声だった。

この壁の外側はもう屋外のはずだが……

フランソワとアンジェリカは軒の上で話しているものか。

 

「カイガク、負けたらハラキリです。その時は、その程度の剣士だった思います私」

「……アータ、また冷たくて怖ーい顔になってるわね。柱になってすぐの頃みたいに」

「上司は上司、部下は部下。違いますか?過剰に仲良くなる、必要ないのことですね」

「アンちゃん。獪ちゃんに辛くあたっても、"ユウちゃん"は帰ってこないのよ」

「思ってませんです、そんなこと」

 

獪岳は考える。

……"ユウちゃん"とは誰だ?

話の流れからすると故人のようだが。

 

「まあ、any way, カイガクをよろしくお願いするのことです。あなたの仕事邪魔でない範囲で」

「んもう、アタシに頭下げるくらいなら獪ちゃんにちゃんと説明してあげればいいのに」

「説明しても意味ないですね。私がエンエン泣きながら説明したところで、負けたらハラキリです彼」

「なんでそう変な方向にばかり割り切りがいいのよン!」

「……Be quiet.」

 

壁の向こうの会話が途切れる。

獪岳は訝しみ……これまで1年間の、アンジェリカの行動の突飛ぶり、予測不能ぶりを思い出して……

なんだか嫌な予感がして、壁から体を離した。

 

──ガキン!

直後、アンジェリカの紫色の日輪刀が壁を貫通して飛び出した。

獪岳はぞっとした。

あやうく串刺しだ。

 

「Oops? クセモノの気配思いました。違いましたか」

「ちょっとアータ、人んちの壁に穴空けるんじゃないわよ!」

(((全くあの女は……!)))

 

獪岳は冷や汗を流しながら、忍び足でその場を離れた。

いくつかの部屋の前を通り過ぎたところで、脇にあったフスマが開く。

そして浴衣姿の善逸が顔を出した。

 

「ああ?善逸、テメエまだ起きてたのか」

「なあ獪岳、ユウちゃんって誰なんだろう?知ってるか」

「テメエの耳の良さは本当に気色悪いな」

 

獪岳は罵倒だけを残して通り過ぎる。

彼の善逸に対する感情はいまだに最悪だった。

 

自分の部屋に戻り、布団に寝転ぶ。

天井の木目がランプの明かりの中で朧げに浮かび上がる。

……考えるのは、アンジェリカがフランソワに獪岳を鍛えてくれるよう頼んでいたことだ。

 

命懸けの決闘を命じてきたのは獪岳にとってまったく不満で、腹立たしい。

しかしその命令は決して悪意や侮蔑によるものではなかった。

曲がりなりにも、獪岳に発破をかけて強く育てるためだったのだ。

……もしかすると彼女なりに、獪岳が最近伸び悩んでいることを気にかけていたのかもしれない。

 

(((全く、あの女は……)))

 

獪岳は自分の上司の不器用ぶりに呆れ果てながら、瞼を閉じた。

明日も朝早くから鍛錬に向かうために。

 

 

 ◆

 

 

……翌日、朝!

 

「はい、アン・ドゥ・トロワ!アン・ドゥ・トロワ!」

 

フランソワはごつい手を叩いて拍子を取る。

 

「「アン・ドゥ・トロワ!アン・ドゥ・トロワ!」」

 

獪岳と善逸は踊っていた。

揃いのレオタードを着て、手足を露わにしている。

飛び跳ねてリボンをくるくると振り回す。

 

「「アン・ドゥ・トロワ!アン・ドゥ──ウワーッ!」」

 

しかしすぐに2人はぶつかり、もつれ合って倒れた。

 

「もっと自分の心臓のリズムを感じなさい!」

 

フランソワがレコードを止めながら叱咤する。

 

「完璧に噛み合ったリズムはキモチイイわ。一度噛み合えば、そこから緩急をつけるのは自在よ。頭で考えれば体がついてくる!」

「あ、あのフランソワさん」

 

善逸が挙手する。

 

「心臓のリズムを感じるって、どうやって……」

「そりゃ乳首よ」

「乳首!?」

「もっと乳首を使うのよ、アータたち!」

「狂ってやがる」

 

獪岳が毒づいた。

 

 

 ◆

 

 

……同日、昼!

 

「「ゼエーッ、ハアーッ、ゼエーッ、ハアーッ!」」

 

獪岳と善逸は山道を走っていた。

里を取り囲む山の峰々を巡る道は、壁じみた上り坂であり、あるいは転げ落ちそうな下り坂だった。

それを数時間前から、ろくな休憩もなく、何周も何周も走っている。

「リズムの鍛錬だけでなく、基礎体力の維持・向上もしなければならない」──

それがフランソワの主張だった。

課されたノルマはこの地獄のコース50周。

 

(((冗談じゃねえ、"常中"が使える俺でもキツいぞ。これが基礎だったら何が応用なんだよ!)))

 

獪岳は叫び散らしたい衝動に駆られたが、その体力さえ惜しみ、必死に足を動かし続けた。

背後から、ドドドという低い足音が2つ迫ってくる。

フランソワと甘露寺だ。

 

「何やってるのアータたち、これで2周も周回遅れよ!」

 

フランソワが2人の横に並び、叱りつける。

 

「蜜璃ちゃんなんか朝から走りっぱなしでもう100周してるのに!」

「あはーっ!お褒めに預かりコーエーです!」

 

甘露寺がさらにその横に並ぶ。

 

「浮かれてちゃダメよ!アータもう基礎体力はどんづまりまで来てるわ、ここからさらに伸ばすには生半可じゃダメよ!」

「ええっ!?じゃあどうすれば!」

「全身を熱くするのよ!運命のイケメンに出会ってしまった時みたいに心臓をバクバクに動かすのよ!」

「はいっ!バクバクに……うおおーっバクバクぅ〜〜!!」

 

恋の師弟はそのまま獪岳たちを追い抜き、走り去る。

獪岳は血走った目でその背中を並んだ。

 

(((これで強くなれなかったらあのオカマ殺す!絶対にぶっ殺してやる!)))

「ひぃひぃ、辛い、キツい……帰りたいぃぃ」

 

善逸は少し後ろをバテバテになりながらついてくる。

彼の瞬発的な脚力が獪岳以上であることは認めざるを得ない。

しかし持久力は今の獪岳と同じか少し下程度でしかないようだった。

 

(((……そういえば、こいつは負けても切腹にはならねえんだよな)))

 

獪岳は振り返らないまま、考える。

 

(((こいつからしたら、手抜きするだけで俺を……憎たらしい兄弟子を殺せるわけだが……手抜きしてるようにも見えねえな)))

 

全力でやれ、というアンジェリカの命令に従順に従っているのか。

それにしても、かつて育手の課したトレーニングから逃げ出していた頃の善逸とは少し様子が違うようである。

……獪岳がこの1年間苦労してきたように、この弟弟子も弟弟子なりに色々な経験を積んできたものか。

獪岳はごくわずかに善逸を見直した。

 

ランニングコースも道半ば、里の入り口を見下ろす坂道まで差し掛かる。

入り口のあたりに隊士がいるのが目についた。

市松模様の羽織を着て、木箱を背負った少年だ。

 

「なんだアイツ……」

「うおおーーっ炭治郎ーーーっ!」

 

訝しむ獪岳を追い抜いて、善逸が坂道を駆け降りていく。

市松模様の少年がそれを見て、表情を明るくした。

 

「あっ、善逸じゃないか!もしかしてお前も新しい刀を……」

「そんなことはどうでもいいんだよ!」

 

善逸が食ってかかる。

 

「話が違うだろお前!恋柱はキレイな人だって言ってたじゃないかお前!それをお前、あれはなんだお前!?」

「ああ、黒沼さんに会ったんだな!煉獄さんが亡くなった後、俺のことをすごく気にかけてくれたんだ。いい人だったろう?」

「いい人とか悪い人とかじゃねえよ!男じゃん!いい人でも悪い人でもいいけど男はキレイじゃないじゃん!」

「善逸……俺、人がキレイかどうかは性別で決まるもんじゃないと思う」

「綺麗事ほざくなよ!この炭治郎が!」

 

騒ぐ善逸の頭越しに、炭治郎と獪岳の目が合う。

……一瞬、炭治郎の顔が引き攣った。

そのリアクションと、炭治郎の纏う雰囲気や所作で、獪岳は悟った。

 

(((……こいつ、滝沢の知り合いだな。多分、弟弟子かなんかだろう)))

 

当然、滝沢を見殺しにして逃げた自分のことは聞き及んでいるだろう。

憎いことだろう。

獪岳はその場で回れ右して、来た道を引き返そうとした。

 

「獪岳さんですよね!」

 

背後からの声が、それを呼び止める。

炭治郎だった。

 

「はじめまして!俺は竈門炭治郎です!よろしくお願いします!」

「……」

 

獪岳が振り返ると、炭治郎は深々とお辞儀をしていた。

善逸はオロオロと、炭治郎と獪岳を交互に見ていた。

 

「……獪岳だ」

 

獪岳は短く名乗ってから、その場を去った。

 

 

 ◆

 

 

……その夜。

 

「禰豆子ちゃああ〜〜〜ん!」

「むー!」

 

善逸は炭治郎が泊まる屋敷を訪れていた。

炭治郎に同行している鬼の妹、禰豆子に抱きつく。

頭を撫でてもらう。

 

「なあ炭治郎、これから禰豆子ちゃんとお出かけしていいか?この里の素敵な場所たくさん知ってんだもん!連れてってあげんだ、俺!」

「ああ、いいよ」

「ひゃっほー!行くぞ禰豆子ちゃーん!」

「むー!」

 

善逸と禰豆子が手を繋いで出ていくのを、炭治郎は微笑ましく見送る。

……そして一瞬、眉をひそめ、周囲を見まわした。

何もない。

 

(((獣みたいな臭いがした気がしたんだけど……気のせいか?硫黄の臭いもあるからな……)))

 

……その様子を、窓の外からひそかに見ている者がいた。

木の枝の上に真っ赤な狐がいる。

体が炎でできた、炎の狐だ。

その両目には漢字が刻まれている──「上弦」「伍」と。

 

 

 ◆

 

 

並んで歩く、善逸と禰豆子──

その姿は、はるか彼方の無限城から覗き見られていた。

 

「グルルル……」

 

上弦の伍・赤狐は、坐禅を組んだ姿勢で全身から炎を立ち昇らせていた。

その炎は彼の頭上で巨大な窓を形作り、刀鍛冶の里に潜入した炎狐たちの視界を映している。

視界はパッパッと何度か切り替わり、里のあちこちを映した後、もう一度善逸と禰豆子を映した。

 

「うーむ。柱が2人に、その部下と思しき連中がひーふーみー……4人に、無惨様の支配から抜けた裏切り者の鬼が1体か」

 

上弦の弐・童磨はそれを見て、考え込むような仕草をした。

4人とは獪岳、善逸、甘露寺、炭治郎を数えてのことだった。

 

「さすがに鬼狩りの重要拠点だけあって、バカにならない戦力がいるものだね」

「ヒィィ……恐ろしい恐ろしい。童磨は鬼狩りを恐れておる」

 

上弦の肆・半天狗が物陰からしゃがれた声を発する。

 

「上弦の弐とあろうものが、柱を相手に腰を抜かしておる……恐ろしや!」

「おいおい、やめてくれよ半天狗殿。もちろん俺が行けば楽勝だぜ?」

 

童磨は能面のような笑顔で応じる。

 

「でも、妓夫太郎を殺した連中だ。これだけ集まれば、そう……上弦の肆くらいなら殺せてしまうかもしれないだろう?」

「ヒィィ!儂を脅さないで!いじめないでくれぇぇ!」

 

──べんっ!

琵琶の音が響き、虚空に障子戸が開く。

そこを通って姿を現したのは、洋装の男性の姿をした鬼舞辻無惨だった。

紅梅色の瞳で3人を見渡す。

 

「見つけたか……?鬼狩りの隠れ里は」

「それはもう!赤狐は探知探索も得意だったようで」

「赤狐が1ヶ月で見つけ出す場所を、貴様らは今まで何十年も見つけられなかったということか」

 

無惨は赤狐が炎の窓を通して映す景色を見た。

各々夜の時間を過ごす柱たち……

そして、善逸と禰豆子を見送る炭治郎の姿。

無惨は顔をしかめた。

 

「……半天狗、赤狐。貴様らでこの里を潰してこい」

 

2人の上弦を見て、命じる。

 

「"群れる"のを許す。近場にいる鬼を集めていけ。総攻撃は1週間後とする」

「あァァ……!そのようなお許しを……ありがとうございます無惨様……」

「勘違いするな。本来であれば貴様ら2人だけで十分すぎる仕事」

 

無惨は平伏する半天狗の後頭部を冷然と見下ろした。

 

「しかし、妓夫太郎と玉壺のあの無様な最期……私は貴様ら上弦への信頼を失いつつある。それゆえの戦力補填だ」

 

──べんっ!

また、琵琶の音が響く。

障子戸から姿を現したのは、上弦の壱・黒死牟だった。

 

「無惨様……例の件は、この通り……」

 

黒死牟は手にぶら下げていた生首を示した。

それは現代最強の鬼狩りのうちの1人、その成れの果て──

雪柱、嵯峨山(さがやま)白頭(びゃくとう)の生首だった。

無惨は満足げに目を細める。

 

「よくやった黒死牟。十二鬼月はそのくらいできてもらわねばな」

「痣も赫刀も無し……弱敵ゆえ……」

 

黒死牟はそう話しながら、赤狐の窓を見た。

そこに金髪碧眼の柱、アンジェリカが映る。

黒死牟の6つの目がぎらりと光る。

 

「無惨様……」

「好きにしろ。もはやくだらぬことだが」

 

無惨は黒死牟の思考を読んで答えた。

そしてジャケットを翻して歩いていく。

──べんっ!

障子戸が閉じると、無惨の姿は消えた。

 

「半天狗、赤狐……この女の柱は……生かして捕えてこい……」

 

黒死牟はアンジェリカの映像を指差す。

 

「この者は特別な血筋……鬼となれば、必ず……」

「全く、黒死牟殿はその娘にいたくご執心だなあ」

 

横から童磨が口を挟んだ。

 

「女の柱だし俺が食いたいのに、ダメだダメだってさ。──あ、そうだ!いっそ今回の件、俺も行けるように黒死牟殿から」

「半天狗、赤狐……私の言いたいことはわかったか……」

「ヒィィ!御意に!御意にございます!」

「グルルゥ……」

「良し……命が惜しければ……」

 

黒死牟はふと違和感を覚えて、自分の着物を見た。

……裾にわずかに氷が付着している。

嵯峨山の生首を忌々しげに見て、赤狐の方へ放る。

赤狐は狐頭の大口を開けてそれを一飲みにした。

 

「……命が惜しければ……あのお方のご期待に、応えることだ……」

「ヒィィーッ!早う、早う鬼を集めねば……儂を守れる者を、この7日でたくさん集めねば……!」

「グルルルル……」

「ねえ琵琶のキミ、今日はこのあと暇?」

 

──べんっ!

次の琵琶で、上弦の鬼たちは消えた。

後に残ったのは、無限城の城主である琵琶の鬼……鳴女だけだ。

 

「……」

 

鳴女は赤狐がいたあたりの壁や床が燃え、ボヤが起きかけているのを見て、人知れず顔をしかめた。

 

 

【続く】

 

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