獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第13話

 

 

……試合まであと3日。

 

「「ウワーッ!」」

 

獪岳と善逸はもつれ合って倒れた。

 

「むきー!違うよぉ!私が言ってること全然できてないじゃない!」

 

甘露寺は玩具を取り上げられた子供のように癇癪を起こした。

ここはいつもの道場だ。

ただ、ここ数日は雨戸を締め切って石油ランプで照明している。

 

「もっとこう……タンタンスターンって感じで!もっとキリキリ、キレキレでやって!」

「ハイ……わかりました……」

 

善逸は顔が死んでいた。

はじめは美少女に稽古をつけてもらえると喜んでいた彼も、意味不明な指示のもとで延々と踊らされるのにすっかり参っていた。

 

(((まさかあのオカマが恋しくなる日が来るとは……)))

 

獪岳は不平を強いて噛み殺した。

フランソワに教えを受けたのは1日きりだが……

今思えば、この珍妙な訓練の意義からやり方まで、わかりやすく教えてくれたものだ。

 

「あの、甘露寺さん……とにかく自分の心臓のリズムを感じればいいんですよね?そうすれば前に進みますよね」

 

善逸が手を挙げて問うた。

甘露寺は頷き、

 

「そう!自分の心臓のリズムを制御できるようになるのが基礎だからね。そこからの発展が、味方に合わせたり敵の予測を外したりする技術です!」

「心臓のリズムを感じるって、どうすれば……」

「乳首を使うの!」

「乳首かあ……」

「結局それかよ」

 

獪岳はぼやいた。

2人が座り込んでいる間も、レコードの音楽は止められることなく流れ続けている。

もう一組、横で踊っているコンビがいるからだ。

 

「アン!ドゥ!トロワ!」

「むー!むー!むー!」

 

炭治郎と禰豆子だ。

揃いのレオタードを着て、手足を露わにしている。

飛び跳ねてリボンをくるくると振り回す。

 

「チェケラッチョー!」

 

甘露寺がレコードを触って音楽の再生速度を遅らせた。

 

「アン!……ドゥ!……トロワ!」

「むー!……むー!……むー!」

 

竈門兄妹は見事それに対応してみせた。

リボンの回転もゆるやかに、しかし速度を失わず、空中を悠然と舞っている。

 

「すごい!炭治郎くんと禰豆子ちゃん、私が教えたこと全部できてるよ!」

 

甘露寺は大はしゃぎで手を叩いた。

驚くべきことに、炭治郎は甘露寺の教えに完全に適応していた。

彼女の教えをよく吸収し、この数日でめきめきと実力を上げていたのだ。

 

「さすが兄妹、息ぴったりだね!」

「ありがとうございます!アン、ドゥ、トロワ!」

「むー!むー!むー!」

「あとは師範に指導してもらえればもっと伸びると思うんだけど、師範まだ寝込んでるのよね……」

 

甘露寺は表情を曇らせ、考え込む。

 

「炎柱の煉獄さんが亡くなった時とか、1週間はこんな感じだったっけ」

「嘘だろ……試合までに戻ってこないじゃん……」

「終わりだ」

 

善逸と獪岳は顔を覆った。

炭治郎が駆け寄り、

 

「あ、諦めちゃダメだ2人とも!俺が教えるから!」

「本当かよ炭治郎!?」

「俺たちはどうすれば良くなる!?」

「もっとこう、ドンドンズドーンって感じでやればいいと思う!」

「「は!?」」

「そして、自分のリズムを感じるのは乳首だ。乳首が熱くなるからそれで感じるんだ!」

「炭治郎お前すごいこと言い出すな……」

「クソッ、こいつ甘露寺と同じタイプか……」

 

善逸と獪岳は肩を落とす。

炭治郎と禰豆子はきょとんとした顔でそれを見ていた。

 

『──修行が順調そうで何よりだ。雑魚人間』

 

道場の入口の方から、声。

一同が振り返ると、赤茶色の着物を着た傀儡人形がそこにいた。

獪岳は顔をしかめた。

 

「テメエは……縁壱百式!」

『記憶力は人並みにあるらしい』

「何しに来やがった?試合に向けて偵察に来たかよ」

『ただの連絡だ。貴様のような雑魚人間を倒すのに偵察など要らん』

「おい」

 

善逸が額に青筋を立てて進み出た。

 

「今何て言った?獪岳のことを雑魚って言ったか」

『我妻善逸。下弦の壱および上弦の陸の討伐に貢献……貴様のことは評価も警戒もしている』

 

縁壱百式は「百」と彫られた瞳でそれを見返す。

 

『しかし結局、俺に勝てはしない。──私は雷の呼吸の全ての技を使える。当然、壱ノ型もだ。貴様以上の速度でな』

「俺以上の速度だと?試してみるか」

「よせ、善逸」

 

獪岳は2人の間に割って入った。

縁壱百式を睨みつけ、

 

「デク人形、テメエとの決着は3日後だ。体に油でも差して、頸を洗って待っていやがれ」

『フン、上等だ』

 

百式は甘露寺に向き直ると、不遜な態度から一転。

うやうやしく頭を下げた。

 

『甘露寺様、ご挨拶が遅れまして申し訳ありません。私は小鉄博士に開発された自動戦闘傀儡人形、縁壱百式と申します』

「あっ、ハイ!甘露寺蜜璃です。……私には礼儀正しいんだ?」

『私には恋の呼吸が使えませぬ故。──もっとも、月の呼吸は近々使えるようになる予定ですが』

「何だと!?」

 

その言葉に獪岳が目を剥いた。

……月の呼吸は、他の呼吸法にもまして、使いこなすのに特殊な才能が必要となる。

鬼殺隊の長い歴史の中で失伝状態となっていたのもおそらくはそのためだろう。

アンジェリカはその才能の持ち主であり、戦国時代の古文書から技を学び取ることで現代唯一の使い手となったのだ。

……その絶技を、この傀儡人形が使うと?

 

『その様子では、やはり知らなかったようだな。──お前たちとの試合は、月柱の時透殿から持ちかけられたものだ。小鉄博士は承諾するにあたり条件を出した』

 

百式は無表情に獪岳を見る。

 

『私が勝利した場合には、月の呼吸の秘技を小鉄博士と私に伝授してもらう──そういう条件だ』

「……!」

 

獪岳は息を呑む。

……アンジェリカは、この勝負に自分の技を賭けていたのだ。

血の滲む鍛錬の末に身につけたであろう技を。

 

『鍛錬するならもう少し真剣にやることだ。……私としても、雑魚のままの雑魚人間を相手に勝っても面白くないのでな』

 

百式はそう言い残して、微かな稼働音とともに道場から去った。

善逸が不愉快そうに、

 

「おい獪岳、何だ今のは?腹立つなあ。あんな奴に負けてたまるかって感じだ」

「ああ……しかし……」

「何だよ?」

「……あいつ、『連絡に来た』と言ってただろ。今のことをわざわざ伝えに来たのかと思ってな」

 

獪岳は釈然としない顔で唸った。

その横で、炭治郎が善逸に話しかける。

 

「なあ善逸、今の人が例の傀儡人形なのか?」

「ああ、そうらしい。"人"じゃないけどな」

「……あの人形はいつ作られたのか、知ってるか?」

「え?──なあ獪岳、知ってるか?」

「アンジェリカはこの里に定期的に来てるみたいだが、見るのは初めてらしかったな。最近じゃないのか」

「な、なるほど。ありがとうございます」

 

炭治郎は少しいびつな愛想笑いを浮かべる。

兄弟子である滝沢は、この獪岳という先輩隊士に見捨てられて死んだ……

その件は依然、2人の間にしこりとして残っていた。

 

その時、里の鐘楼で鐘が鳴るのが聞こえた。

正午だ。

 

「お昼だー!みんな、午前の鍛錬は終わり!食堂に行くよー!」

 

甘露寺が真っ先に道場から走り出て行った。

上機嫌な歌声があっという間に遠ざかっていく。

獪岳と善逸は「やっと地獄の時間が終わった」とばかりに、ゲッソリした顔でそれに続く。

炭治郎は妹を箱に戻して背負ってから、彼らを追った。

 

炭治郎は道すがら、かつて見た不思議な夢について考える。

縁壱百式の外見はその中に出てきた"剣士様"にそっくりだった。

何故か?──仔細を知るには、小鉄博士なる人物に尋ねるしかないか。

 

 

 ◆

 

 

……午後。

 

「「ゼエーッ、ハアーッ、ゼエーッ、ハアーッ!」」

 

獪岳と善逸は山道を走っていた。

先ほどのリズム訓練に比べれば、この走り込み訓練は成長を実感できている。

より短い時間で、より多く周回できるようになっているのだ。

しかしそれでも苦しいものは苦しい。

 

「2人とも、頑張れ!顎を引いて走ると楽だぞ!」

 

後ろから炭治郎が追いついてきて言う。

禰豆子を背負った状態にもかかわらず、2人を周回遅れにしつつあるのだ。

善逸が息も絶え絶えに尋ねる。

 

「た、炭治郎ぉ、お前、なんでそんな、元気なんだよ」

「水の呼吸を使っているからだと思う!」

「ヒノカミ、とかいう、必殺技、じゃなくて?」

「持久力なら水の呼吸の方が上なんだ!多分、他の呼吸法と比べてもそうなんだと思う。──こんな調子だ!」

 

炭治郎はヒュウヒュウと音を立てて水の呼吸を実演してみせる。

そして激励の言葉を残して、2人を追い抜いていった。

 

「ヒュ、ヒュウ、ヒュウ──ゲホッ!オエッ!」

 

善逸が水の呼吸を使おうとして咳き込む。

 

「クソッ、土壇場で急に、使おうとしたって無理か、そりゃ……」

「ヒュウ、ヒュウ、ヒュウッ!」

 

しかし獪岳は違った。

荒削りながらも、たしかに水の呼吸を使って、走るペースを徐々に上げていくではないか。

 

「えっ、獪岳お前なっ、なんで!」

「知らねえ!──ヒュウ、ヒュウ、ヒュウ!」

「素質だ!お前、雷だけじゃなく水の呼吸の素質もあるってことで……」

 

善逸はそこまで言ってからハッとして、

 

「えっ!?ズルっ!ズルくない!?俺、雷でさえ壱ノ型しか使えないんだけど!?なんで獪岳だけそんな色々使えんの!?」

「わめく暇あったら走れ!──ヒュウ、ヒュウ、ヒュウ!」

「グヘェ〜〜!置いてかないでくれよォ〜〜!」

 

獪岳は容赦なく弟弟子を引き離して走っていった。

彼は自分が水の呼吸の素質を有していることに気づけた形になるが、大きな喜びはなく……

むしろ苛立ちがあった。

 

(((なんで水なんだよ。なんで月の呼吸の素質じゃねえんだよ!)))

 

月の呼吸の素質があったなら、アンジェリカの信頼に対してもっと直接的に応えることも──

 

「うわっ!ぎゃああーっ!」

 

背後から聞こえたのは、善逸の叫び声だった。

獪岳は思わず足を止めた。

そして……つい数日前までならば、知らん振りをしてそのまま走って行ったかもしれないが……

舌打ちして、来た道を引き返した。

 

「おい善逸!──そこか!大丈夫か?」

「痛ぇよぉ〜!兄貴助けてくれぇ!」

 

善逸は山道から足を踏み外し、斜面へ転落していた。

3mほど下、少しなだらかになった棚状の場所でもがいている。

 

「誰が兄貴だ!ふざけたこと言ってるともっと下へ蹴り落とすぞ」

 

獪岳は近くの木からヒョットコカヅラを──これは里の周辺に自生し、太い荒縄並みの強度を持つツタ植物である──剥ぎ取った。

それを命綱にして、善逸のいる場所まで降りていく。

 

「とりあえず手足は折れてないようだな。呼吸して痛む場所はねえか」

「俺はもう死ぬ。妻の禰豆子に強く生きるよう伝えてください」

「頭は打ったらしい」

 

獪岳は何気なく周囲を見回す。

そしてある方向を見て、目を見開いた。

善逸は怪訝に思い、その視線を追って……ハッと息を呑んだ。

 

この斜面の下はすぐ刀鍛冶の里である。

2人がいるこの場所からは、里にある建物の1つを見下ろすことができた。

その建物には高い塀で囲まれた庭のような空間があり──しかし庭木の類はなく、代わりに石造りの浴槽が設えてあり──

 

端的に言えば、女湯だった。

2人は偶然にも、最高の覗きスポットを発見してしまったのだ。

 

 

 ◆

 

 

……夜。

 

「……」

 

獪岳は2階の窓から身を乗り出し、柵に身体を預けて、外の様子を眺めていた。

斜向かいの建物から2人の女性が姿を現す。

甘露寺と禰豆子である。

 

「トコトンヤレ♪トンヤレナー♪」

「むー♪むー♪」

 

2人は木桶や手拭いを携えて、上機嫌に歌いながら歩いていく。

そして女湯のある建物の方へ向かった。

 

「……」

 

獪岳は窓際を離れ、布団に寝転んだ。

 

「……何見てたんだよ?」

 

横で、善逸が机から顔を上げて尋ねる。

2人は百式との試合が予定されて以来同室で暮らしていた。

アンジェリカの命によるものだった(獪岳にとっては余計なお世話だったが)。

 

「甘露寺と竈門の妹が温泉に行った」

「そうかよ」

「……」

「……」

「ちょっと散歩に行ってくる」

「待てェーッ!」

 

善逸は立ち上がり、出て行こうとする獪岳の浴衣を掴んで止めた。

 

「獪岳お前、昨日も一昨日も散歩なんて行かなかっただろ……!」

「今日は行きたい気分なんだよ。俺が散歩に行くのを止める権利がお前にあんのか?ア?」

「ノゾキに行くのを止める権利ならあるわ!何考えてんだ!」

「くどい!俺はなァ、余命3日なんだぞ!」

 

獪岳は振り返り、善逸の胸ぐらを掴んだ。

 

「今まで修行修行で女の裸も見たことねえよ!こんな灰色の人生のまま死ねるか!」

「余命3日とか言うなよぉ!?頑張ってんじゃん!そうならないように俺たち頑張ってんじゃん!」

「大体俺はな、あの甘露寺に会った時からずっとイライラしてたんだよ」

「イライラ?な、何に……」

「何だあのふざけた服は!?なんであの服で飛んだり跳ねたりして乳房が零れ出ねえんだよ!逆に謝って欲しいくらいだ!」

「獪岳お前、言ってること意味わかんねえぞ!?」

「そもそも乳首を使えって言うならまず自分のを見せるべきじゃねえか。訓練の成果が見えるはずだぜ。発光するとか」

「人間じゃねえだろ。乳首光るのは人間じゃねえって」

「とにかく俺は甘露寺の乳首だけでも確かめてくるからな」

 

獪岳は善逸を布団の上に投げ倒し、部屋を出ていく。

 

「待てよ獪岳!甘露寺だけって言うけど、今行ったら禰豆子ちゃんのハダカまで……」

 

善逸ははたと気づいた。

禰豆子の胸……尻……太もも。

今行けば、その全てをこの目に捉えることができる。

普段は炭治郎が固くガードしているが、この里では硫黄の臭いがきついので、あの野暮助も不穏な臭いを嗅ぎつけて駆けつけるようなことはできない。

千載一遇の好機。

 

「獪岳」

 

その声はシリアスだった。

獪岳が振り返ると、男・善逸がそこに立っていた。

 

「俺も行く」

 

善逸はきりりと引き締まった表情、まっすぐな瞳で獪岳を見た。

その鼻から鼻血が一筋垂れた。

 

「……よし、ついてこい。雷一門の出陣だ」

 

獪岳はしかつめらしい顔で頷いた。

……かつて、獪岳と小石山は鬼殺隊においてモラル最低の2人だった。

そして今、獪岳と善逸は鬼殺隊においてもっとも気持ち悪く、女の敵というべき2人だった。

 

 

【続く】

 




◆大正こそこそ噂話1
月柱・時透アンジェリカは日米のハーフ。
サンフランシスコ在住だったが、あまね様(お館様の妻)が出向いて鬼殺隊にスカウトした。
そのため当然ながら、入隊するまで鬼との個人的な因縁はなかった。
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