獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第14話

 

 

「これがその縁壱零式(よりいちぜろしき)じゃ」

 

小鉄博士はそう言って、壁際に座り込んでいるものを手で示した。

縁壱百式に似た、傀儡人形。

しかし百式と異なるのは、腕が6本あるということと──

 

「……古い?」

 

炭治郎はすんすんと鼻を鳴らした後、そう口にした。

博士は頷き、

 

「よくわかったな。ガワだけはワシが整えたが──これは300年ほど前、ワシの先祖が作った品なのじゃ」

 

そう言って、零式の肩を撫でる。

 

「素晴らしく出来のいい絡繰じゃった。ゼンマイを巻いてやるだけで、かつての最強の剣士の動きを精巧に再現した。……ほんの1年前まではな」

「今はもう動かないんですか?」

「ああ。ワシがこの零式を参考に百式を開発してすぐのことじゃ」

「原因は見当が?」

「皆目わからん。……竈門殿、ワシは今までの70年あまりの人生で、こう考えるようになった」

 

小鉄博士は炭治郎を見た。

火男の面越しに、年老いた、しかし力のある瞳が覗く。

 

「人にも物にも、生まれた意味……役割というものがあるのだと」

「役割……」

 

炭治郎はその言葉に、夢で見た"剣士様"の言葉を連想する。

──「自分は鬼舞辻無惨を倒すため、特別強く生まれてきた」。

縁壱零式はその役割を継ぐために造られたものといえる。

 

「この縁壱零式は300年働いた末、自己の役割を百式に譲ることができたので力尽きたのではないかと……そんな、年寄りの夢見がちな考えじゃ」

「いえ、素敵な考えだと思います。……きっと、零式は想いを繋いだんです」

「フォッフォッフォ、竈門殿も大概よな。南蛮ではワシらのような人種を"ロマンチスト"というと、月柱殿が……」

『博士、例の刀をお持ちしました』

 

2人の会話を百式の声が遮った。

振り向いてみると、百式が一振りの日輪刀を捧げ持っている。

 

「おお、ご苦労。──竈門殿、良ければこの刀を貰ってはくれんか」

「ええっ?どうしてですか」

「どこから話したものか……この刀はな、縁壱零式の内部から出てきたものじゃ。零式の整備をしている時に見つけてのう」

 

小鉄博士は刀を抜いてみせる。

しゃりんと澄んだ音とともに、深い漆黒の刃が世界に姿を現した。

「滅」の一字が刻まれているのが目につく。

 

「相当な業物じゃろう。ワシは刀鍛治としては二流じゃが、そのくらいはわかる」

「尚更いただけません、そんな貴重なもの!」

「竈門殿……夢を見たと言っておったのう。この縁壱零式や百式に似た"剣士様"と会う夢を見たと」

「え?は、はい」

「ワシも若い頃、似た夢を見たのじゃ。その"剣士様"……継国縁壱(つぎくによりいち)から刀を預かる、ワシではない何者かの記憶を」

 

……そして、博士は"記憶の遺伝"について語った。

先祖の経験が血に刻まれ、子孫がそれを夢に見るという仮説。

炭治郎の夢は炭治郎の先祖の経験であり、小鉄博士の夢は小鉄博士の先祖の経験であるという推測。

 

「ワシも昔は妙な夢を見たとしか考えておらなんだ。しかし、この刀はこうして現実に現れた」

「……記憶の遺伝が証明されたんですね」

「うむ。そして、ワシと同じく記憶の遺伝によって継国縁壱と因縁を持つ竈門殿がこうしてこの里を訪れた」

 

小鉄博士は刀を鞘に納め、差し出す。

 

「この刀をお主に渡すこと──それがワシの生まれもった役割の一つであるように思えてならんのじゃ」

「……わかりました。そういうことでしたら、俺が使わせてもらいます」

 

炭治郎は受け取った。

積み重ねた歴史を質量として蓄えてきたかのように、ずしりと重い刀だった。

 

「ありがとう竈門殿。一仕事終えた心持ちじゃ」

 

小鉄博士は満足げに頷く。

 

「とはいえ、ワシは零式のように朽ちてしまうつもりはない。まだやるべきことがある」

「やるべきこと?」

「この縁壱百式をさらに改良し、お館様に大量生産の許可をいただくことじゃ!」

 

それから、博士は語った。

調べたところによれば、すべての呼吸法はかつて継国縁壱が使っていた"日の呼吸"の派生であるということ。

多くの呼吸法の極意を集めれば、その中からエッセンスを拾い集めることで日の呼吸を復元できるはずということ。

 

『日の呼吸を使いこなす私が100体ばかり造られれば、もはや鬼殺隊士が命を賭けずとも鬼を全滅することができるでしょう』

「少なくとも、各隊士がもっと落ち着いて鍛錬する時間はできるはずじゃ」

 

百式が極論を言い、小鉄博士がそれを誤魔化した。

博士は目をきらりと光らせ、

 

「ついては竈門殿、一つ折り合って頼みがあるのじゃが……」

 

 

 ◆

 

 

月光の下、虫の鳴き声が響き渡る。

家々には明かりが灯り、集まって晩酌でもしているのか、陽気に騒ぐ声も聞こえる。

そんな夜の里の大通りを、炭治郎は歩いていた。

 

(((鋼鐵塚(はがねづか)さんに頼めれば話が早いんだけど……)))

 

小鉄博士から受け取った刀を見やる。

これを実戦で使うには、柄や鍔などの拵えを炭治郎に適した形に調整する必要がある。

普段世話になっている刀鍛冶・鋼鐵塚に頼みたいところだが、彼は依然行方不明のままだ。

山籠りに行くと言い残していたらしい。

遊郭の戦いの後に炭治郎が送った「刀が破損したので新しいものを打ってほしい」という旨の手紙にも返事がなく、ゆえに炭治郎はこの里に……

 

「ヒィィーッ!」「キャアーッ!」

 

近くの建物の中から悲鳴が聞こえた。

何かが割れ砕ける音が続く。

 

(((何だ!?)))

 

炭治郎は瞬時に神経を張り詰めさせた。

直後、その建物の引き戸が開き、中からヒョットコ刀鍛冶の1人が走り出てきた。

炭治郎の顔を見ると、

 

「あっ、貴方は竈門殿!?良いところに……いや悪いところに来ましたな!?」

「どうしました!?まさか鬼が!」

「いや違います!違うのですが……」

 

その時、火男の背後……

建物の中から怒号が聞こえてきた。

 

「竈門炭治郎ォォォ!!あいつまた俺の刀をォォォ!!」

 

それは間違えもしない、鋼鐵塚その人の声だった。

 

「彼、ついさっきこの里に帰ってきたのです」

 

目の前の刀鍛冶が囁く。

 

「それで貴方が送った手紙を読んで、怒髪天という感じで……しばらく姿を隠しておいてくれませんか。我々の方でなんとか宥めておきますので……」

「あ、はい、ありがとうございます……そうします……」

 

炭治郎は顔を青くしながらそう応じて、踵を返した。

来た道を引き返していく。

……すると、思いがけない人物とばったり出会った。

正確には人物ではなく人形だ。

 

「貴方は、縁壱百式さん……」

『百式で結構です、竈門様』

 

縁壱百式は深々と頭を下げた。

 

『この夜分に恐縮ですが、どうしてもお尋ねしたいことがあり、追って参りました』

「俺に尋ねたいこと?」

『何故、私にヒノカミ神楽を教えてくださらないのです?』

 

……最後の小鉄博士の頼みは、こうだった。

「あなたが"ヒノカミ神楽"なる独自の呼吸法を使うことを聞き及んだ。よければそれを百式に教えてくれないか」。

炭治郎はそれを断った。

小鉄博士はあっさりと引き下がったが、百式は内心そのことに納得していなかったようだ。

 

「だって、今俺が君たちを助けるようなことをしたら、善逸と獪岳を裏切ることになるじゃないか。そんなことはできない」

『貴方がお気になさることはありません。彼らは……』

 

百式は2人を何かしら貶めようとしたが、そのコマンドを発声回路の寸前でキャンセルした。

炭治郎も昼間の善逸と同様に機嫌を損ねるのが予測されたからだ。

 

「……それに、俺はどうも信じ切れないんだ。昔も今も鬼殺隊員が命懸けでやってる戦いが、傀儡人形に任せるだけで片付くのかって」

『技術革新とは常にそうしたものです』

 

百式は「百」の目で炭治郎を見た。

 

『汽車が発明される以前、あれほど多くの貨物を早く運べると誰が想像したでしょう?新たな科学技術は常識を破壊するためにこそ生まれます』

「……ごめん、正直ピンとこない。俺は汽車も走ってないような田舎の炭焼き小屋のせがれなんだ」

 

炭治郎は誤魔化すように笑う。

 

「でも、ヒノカミ神楽は元を正せばその炭焼き小屋に伝わっていたものなんだよ。君に教えるかはもう少し、考えさせてほしい」

『……竈門様は、私と獪岳たちの試合にはお越しに?』

「ああ、ぜひ行くよ」

『ならばその場で証明してご覧にいれます。私、縁壱百式が、貴方の信頼に値する剣士であるということを』

 

百式はそう言い残し、別れを告げて去った。

炭治郎は道を歩きながら考える。

小鉄博士も百式も、獪岳に対して容赦はないが、自分の責務に対して真剣な人種だ。

百式が試合に勝ったら、彼にヒノカミ神楽を教えるのもいいかもしれない……

……3日後の試合は、獪岳の命だけでなく、月の呼吸とヒノカミ神楽の技をも賭けたものになりつつあった。

 

(((ん?あれは……)))

 

炭治郎は足を止めた。

目についたのは、獪岳と善逸だ。

2人連れ立って、神経質そうに周囲を見回しながら山道へ入っていく。

 

(((そうか、2人で秘密の特訓でもするんだな。小鉄博士たちにバレないように)))

 

自分が里に来た当初、獪岳と善逸の関係がこじれていたのは臭いを嗅がずとも明らかだったが……

その夜に殴り合いの喧嘩を経て、状況は変わったようだ。

炭治郎は2人の背中を見送りながら、胸の内で健闘を祈った。

 

「竈門炭治郎ォォーーッ!殺すゥゥーーッ!」

 

背後から怒号!

振り返ると、両手に包丁を携えた鋼鐵塚が猛烈な勢いで迫ってくる!

 

「ヒィィイヤァァーッ!」

 

炭治郎は悲鳴を上げ、全力で逃走を始めた。

今は禰豆子を背負っておらず身軽なのは幸運なことだった。

禰豆子は甘露寺と一緒に温泉へ行っていたのだ。

 

 

 ◆

 

 

「「……」」

 

獪岳と善逸は山道を早足で進む。

炭治郎の期待と裏腹に、2人はもはや女湯を覗くことしか頭になかった。

ヒョットコカヅラをロープ代わりにして斜面を下り、覗きスポットに辿り着く。

 

「きゃあ!禰豆子ちゃん、変なところ触っちゃダメーっ!」

「むー!むー!」

 

女湯の物音は思ったよりもずっと近くに聞こえた。

楽しげな話し声と水音……

甘露寺と禰豆子がじゃれ合っているようだ。

 

しかしその様子を見ることはできなかった。

湯気だ。

湯の温度のせいか、風がないせいか……濃密な湯気が立ち込めて、2人の輪郭も朧げだ。

 

「あはは、くすぐったい!」

「むーーっ!」

 

楽しげな騒ぎだけが聞こえてくる。

湯気の輪郭が揺らぎ……

一瞬、2人のうちどちらのものか、艶っぽい体のラインが浮かんだ。

 

「「……!」」

 

獪岳と善逸は目を血走らせる。

視線で湯気を射抜かんばかりの気迫だ。

 

「アータたち、何やってるの?」

「見りゃわかるだろ、邪魔するな!女湯を──」

 

獪岳はそこまで答えてから、ハッとした。

今のは誰の声だ?

隣では、善逸も表情を凍り付かせている。

 

「ふうん、そういうことなのね。アータたち、あっちの方も元気ってわけ。まあオトコノコだものねン」

「「……」」

 

獪岳と善逸はおそるおそる振り返った。

ムキムキのオカマがそこに立っていた。

というか、フランソワ黒沼だった。

 

「バカな!テメエは……」

「黒沼さん!?1週間は寝込むはずじゃ」

「考えたのよ。泣いていても天国の杏ちゃんや冬ちゃんは喜ばない……1日でも早く柱の仕事に戻るのが2人に報いる道だって」

 

フランソワは泣き腫らした目で2人を見た。

 

「でもその前に、アータたち。そんなに元気なら──アタシを慰めてくれない?」

 

そして隊服の胸元をはだける。

とたんに、周囲は昼間のように明るくなった。

フランソワ黒沼の乳首が発光しているのだ。

獪岳と善逸は目を剥いた。

 

「「に……人間じゃねえーーっ!?」」

「アタシを愛してーーッ!」

「「ギャアアアーーッ!」」

 

2人は逃げ出した。

フランソワは猛然と後を追う。

 

「ああん、何で逃げるの!?蜜璃ちゃんや禰豆子ちゃんならよくてアタシはダメなの!?」

「当たり前だろオカマ野郎!」

「男はキレイじゃねえんだよ!」

 

前を行く2人から罵声が飛んでくる。

フランソワのこめかみに青筋が浮き、

 

「何よ、覗きヤローのエロガキのくせに!もう慰めてくれなくていいわ、オシオキしちゃうから!」

「「何するつもりだよ!?」」

「怖がらなくていいわよン?ただ役回りが逆になるだけだから!」

「「ギャアアアーーッ!」」

 

驚くべきことに、フランソワが本気を出し始めても差はあまり縮まらなかった。

その理由は、雷の呼吸自体が高い敏捷性を生み出す呼吸法であることにもよったが、ここ数日の高密度な鍛錬によるところも大きかった。

獪岳と善逸の目の前に、木の根がのたくった障害物地帯が立ちはだかる。

2人は身体に染みついたリズムで、跳んだ。

 

「「アン、ドゥ、トロワ!」」

 

木の根を1つ、2つ、3つと飛び石のようにして跳ぶ。

……その瞬間、獪岳と善逸は奇妙な感覚を味わった。

乳首が熱いのだ。

一定のリズムで、熱さが拍動している。

 

「逃がさないわよン!」

 

フランソワは近くの木からヒョットコカヅラを剥ぎ取った。

即席の投げ縄を作り、2人に投げつける。

 

「「アン、ドゥ、トロワ!」」

 

2人は急加速してそれを回避した。

険しい山道にあって、転ぶこともふらつくこともない。

次の投擲は急減速で回避する。

3度目、4度目と避けるたび、その体さばきはより洗練したものになっていく。

 

「獪岳!これって!」

「ああ、善逸……!」

 

2人は笑い、また跳んだ。

左右の乳首は全身の情報を収集し、どのタイミングで力めば最大の力が出るか、どうすればそのタイミングをずらせるかを雄弁に語ってくる。

これが自分のリズムを制御する技術なのだ。

 

「どうやらコツを掴んだらしいわね。何がきっかけになるかわからないものねン」

 

フランソワは木の根に座り、遠ざかっていく2人の背中を苦笑とともに見送った。

……翌日以降、獪岳と善逸のトレーニングは次の段階に進んだ。

リズム制御を前提とした打ち込み稽古である。

炎の呼吸も使えるフランソワや水の呼吸も使える炭治郎を相手として、縁壱百式がそれらを使ってきた場合のシミュレーションを行う。

雷の呼吸については自分たちが知り尽くしており、あとはどう対応するかの問題。

 

ただ、岩の呼吸と風の呼吸については有効な対策がなかった。

里に常駐している隊員にも声をかけたものの、これら2種の使い手はいなかったのだ。

ゆえに、これらの呼吸法を使う隊士と共闘した経験を思い起こすような、曖昧なイメージトレーニングで一応の対策とするしかなかった。

 

そしてついに、試合当日。

善逸は弱音を書き綴った置き手紙を残して失踪していた。

 

 

【続く】

 




◆大正こそこそ噂話2
恋柱・フランソワ黒沼は純日本人。
年齢と本名は誰にも秘密らしい。
甘露寺蜜璃が入隊すると早々にその素質に目をつけ、継子として迎えた。
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