獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第15話

 

 

……数年前。

 

継国巌勝(つぎくにみちかつ)

 

雪柱・嵯峨山白頭は、抹茶をかき混ぜながら言った。

和服を着た、眉目秀麗な若い男だ。

その髪や眉、ふさふさしたまつ毛は雪のように白い。

 

「我が家に伝わる古文書を調べたが、あてはまる人物は彼しかいないようだ」

「He is the one……そのミチカツがあの上弦の壱いうことですね」

 

月柱・時透アンジェリカがその横で表情を険しくする。

2人は嵯峨山家の茶室にいた。

 

「ああ。そして実際、君の20代ほど前の先祖だ。君が月の呼吸に適性を持つのもその血縁によるところだろう」

「All right. 上等です。あのクソヤローが作った技で、あのクソヤローを殺します私」

 

アンジェリカは表情を怒りと憎しみに歪めた。

自分の継子の無惨な最期を想起したのだ。

 

「それはまた、興の乗ることだ。──どうぞ」

 

嵯峨山はそう言って茶碗を差し出す。

アンジェリカは受け取り、たどたどしい手つきで少し回してから飲んだ。

濃厚な苦味に顔をしかめる。

 

「Ughh……ケッコーナ・オテマエデ……」

「ありがとう。しかし、濃茶は少しお口に合わなかったか」

 

嵯峨山は懐を探り、瓶入りの黒い炭酸飲料を取り出した。

アンジェリカの目が輝く。

 

「Oh! Coke, my country's taste!」

「どうぞ口直しに。よければ足も崩してくれたまえ」

 

アンジェリカはあぐらをかき、喉を鳴らしてコーラを飲んだ。

 

「ぷはーっ、よく冷えてるます。相変わらずIt's useful, 便利な体質であることですね」

「否定はすまい。しかし、良いこと尽くめというわけでもない」

 

嵯峨山が少し力むと、上向けた手の平から白い冷気がほとばしった。

彼は冷気を操る特異体質の持ち主だった。

 

「体温が上がらないのだ。ゆえに、呼吸法で武の高みを目指しても、その道はあるところで行き止まりになっている」

「よくわからないけど、難儀であることですね。最強のサムライになりたい貴方には」

「まったくだ。まったくなのだ」

 

嵯峨山は抹茶を自ら飲み干してから、アンジェリカを見て言う。

 

「時透殿、私もその上弦の壱……継国巌勝とは戦いたいと思っている」

「戦いたい?not but, 殺したいでなく?」

「そうだ。奴に関する記録を読んでいると、私にはわかる気がする。……奴はこの300年以上ずっと腕を磨いてきたはずだ」

 

嵯峨山の表情は優しい。

しかしその目には、生きて帰るもののいない魔の山に挑む登山家のような、命を顧みない狂熱が宿っていた。

 

「奴と戦うことで、私の理想の侍への道が見える──そんな予感がするのだよ」

 

 

 ◆

 

 

……現代。

 

「……」

 

アンジェリカは目を開いた。

石畳の広場と、その奥の赤い鳥居が目に入る。

 

ここは刀鍛冶の里の外れ、長い石階段の上にある稲荷神社である。

アンジェリカはその本殿の縁側で坐禅をしていたのだが……

どうやらそのまま眠り込んでしまっていたようだ。

 

(((I seem to have misjudged my own fatigue threshold……)))

 

本殿から出て、手水場で冷水を頭から被った。

周囲には切り刻まれた巻藁や木人が散乱している。

アンジェリカの昨夜までの鍛錬の痕跡である。

 

彼女は里に来た当初、完全に怠けていた。

それは意識的に休息を取るべきと考えてのことだった。

──しかし、嵯峨山の訃報を聞いてからはその予定を変えた。

ずっとこの神社に籠り、自分を追い込み続けている。

 

(((Byakuto, how did you feel when you fight him……did you find the way to the true SAMURAI?)))

 

髪から水を滴らせながら、空を仰ぎ見る。

曇っていてわかりづらいが、時刻は朝6時ごろか。

獪岳らと縁壱百式の試合は数時間後である。

 

(((It's about time to go to the game venue……)))

「アンジェリカーッ!」

 

呼ぶ声に振り返ると、獪岳が石段を登ってくるところだった。

 

「善逸のやつはここに来たか!?」

「What? 来てないですよ。何の騒ぎですか」

「あいつ、逐電しやがった!」

 

獪岳が押し付けてきた手紙を読む。

それはどうやら善逸から獪岳に宛てた置き手紙だ。

虫がのたくったような字で、「自分は百式に勝つには力不足である」「代役は炭治郎に任せてほしい」などと書いてある。

 

「この土壇場で再調整が間に合うわけねえだろ!あの大馬鹿野郎!」

 

獪岳は頭を掻きむしった。

 

「思えば腰抜けのくせに俺の命が懸かった状況でうまくやりすぎてたぜ、あいつ!怖気を溜め込んで盛大に爆発させやがった!」

「カー!カー!」

 

その時、頭上で一羽の鴉が旋回した。

炭治郎の鴉だ。

 

「獪岳、炭治郎が善逸の臭いを発見ー!ついてこい!ついてきて合流しろ!」

「よォし!案内しろーッ!」

 

獪岳はその声に従い、ばたばたと石段を降りていった。

アンジェリカは一瞬ついていきそうになったが、はたと考える。

……ここで何か手伝うと、うまくいったとしてもそれは獪岳の手柄ではなくなるのではないか。

獪岳なら乗り越えると信じて試練を与えたのだから、その態度を一貫すべきではないか。

 

「カイガク!」

 

アンジェリカは石段の上から、獪岳の背中めがけ叫ぶ。

 

「善逸が逃げたの、これ貴方の監督責任です。きっちり連れ戻してくる、いいですね!」

「うるせえ、クソ上司!言われなくてもやってやる!」

「連れ戻して全部うまくいったら、全部貴方のお手柄です。たくさん褒めてあげます!」

「……」

 

獪岳は一瞬振り返った。

しかしすぐに前へ向き直り、

 

「──任せとけ!」

 

そう言い残して、走っていった。

 

 

 ◆

 

 

「痛っ!痛っ!やめろチュン太郎!」

「チュン!チュン!」

 

その頃、善逸は高い木の上にしがみついていた。

スズメがまとわりつくように飛び、彼を繰り返しつつく。

 

「なんだよ、俺が逃げたのが気に入らないのか?ざっけんなよ!炭治郎に任せる方が絶対いい!それが兄貴のためだ!」

「チュン!チュン!」

「痛っ!やめろって!いい加減にしないと伊之助に……」

「「善逸ーッ!」」

 

その時、獪岳と炭治郎が走ってきた。

木の上の善逸を見て、獪岳は怒り、炭治郎は顔を引き攣らせる。

 

「善逸テメエ!よくもこんなふざけた手紙でふざけた提案を!」

「ぜ、善逸……うっかりだよな?試合の日をうっかり忘れてたんだよな。まったくドジだなあ。さあ、早く試合会場に……」

「竈門炭治郎様ぁーー!」

 

善逸は顔を涙と鼻水にまみれさせながら懇願した。

 

「見下ろす無礼をお許しください!どうか俺の代わりに試合に出て、獪岳を助けてくださいーッ!」

「……」

「善逸、お前は本当に……どうしてそんなに恥を晒すんだ!?」

 

そのみっともなさに獪岳は絶句し、炭治郎は呆れ果てていた。

 

「だってあの傀儡人形、風の呼吸使うんだろ!?俺風柱の人と一緒に戦ったことあるからわかるもん!風の呼吸はヤベえんだぞマジで!」

「落ち着け善逸、さすがに百式さんも柱ほどは強くないはずだ!」

「それよりヤバいのは岩の呼吸だ!岩柱の人って鬼殺隊最強なんだろ!?その技を喰らうとかマジで無理ーッ!」

「善逸、テメエいい加減に……」

「いい加減にしろーッ!」

 

獪岳より早く炭治郎が激昂し、木の幹に猛烈な頭突きを加えた。

木から振り落とされた善逸を引きずり起こす。

 

「獪岳さんと一緒に戦えって任務をもらったんだろ!そのために1週間鍛錬してきたんだろ!責任を果たすんだ!」

「ヒェェーッ!でも俺……俺、獪岳のこと好きになっちゃったんだよ」

 

善逸は嗚咽混じりに言う。

 

「一緒に鍛錬したりバカやったりしてたら、獪岳の良いところがどんどん見えてくるんだ。俺の働きで獪岳の生き死にが決まるなんて耐えられない!」

「……」

 

獪岳は横でそれを聞き、表情を険しくした。

善逸の軟弱ぶりには腹が立つ。

かつて「俺もお前もすごいんだ」と言って殴ってきたのと同一人物とは思えない。

あの時はめいっぱい虚勢を張っていたものの、今日になってボロが出たのか?

 

しかしそれに暴力や暴言で応じるのは今まで散々やってきたことで、非生産的とわかっている。

もはや自分は博打狂いの孤児ではなく、月柱・アンジェリカから信頼された鬼殺隊士なのだ。

兄弟子の度量を見せなければならない。

 

「──善逸!泣くんじゃねえ。お前は強い」

 

獪岳は屈み、善逸の顔を覗き込んで言った。

 

「お前は俺の……自慢の弟なんだぞ!」

 

 

 ◆

 

 

試合会場は河原に設定されていた。

刀鍛冶の里を横切るように流れる川のほとり、岩だらけで足元の悪いエリアの一角が杭とロープで区切られている。

ここが戦場なのだ。

 

今この場にいるのは人が3人と傀儡人形が1体、そして鴉が2羽である。

まず、縁壱百式と小鉄博士がロープの内側におり、床几(しょうぎ)に座って待機している。

そして外側のオブザーバー席に甘露寺とフランソワがいた。

 

「師範。獪岳さんと善逸くん、遅いですね」

 

甘露寺は不安そうに周囲を見回す。

 

「体調でも崩したのかしら。ああ、心配だわ心配だわ……」

「大丈夫よ蜜璃ちゃん、あのコたちはもうそんなヤワじゃないから」

 

隣にいるフランソワは冷静だ。

 

「多少の行き違いはあり得るけど、最終的には乗り越えられる」

〈その"最終的"に至るのがあまり遅くては困りますな〉

 

鴉が人語で口を挟んだ。

首から数珠を下げた鎹鴉だ。

驚くべきことに、この鴉……絶佳(ぜっか)が、今回の試合の審判だった。

 

〈事前の取り決め通り、時間までにこの会場へ現れなかった参加者は不戦敗とさせていただきますので〉

「そうだったわね。……でも、その心配は無用だったみたい」

 

フランソワは絶佳の背後を見やった。

絶佳が振り返ると、2人の隊士が走ってくるところだった。

獪岳と善逸だ。

 

「ハアハア、間に合ったな!たしかに時間通り会場に来たぞ、俺は!」

「俺もだ!」

 

善逸はもう泣いていなかった。

目は赤く泣き腫らしていたが、その眼差しに恐れや迷いはない。

 

〈いいでしょう。では予定通り試合を執り行います〉

 

絶佳が頷いて言った。

獪岳はそちらを見て、驚愕に目を見開いた。

 

「テ、テメエはたしか……!」

〈ご無沙汰しております、獪岳様。岩柱・悲鳴嶼行冥の鴉、絶佳でございます〉

 

絶佳は小さな体を屈めて礼をした。

……獪岳が以前この鴉に会ったのは1年前。

敵前逃亡の罪を悲鳴嶼と胡蝶に裁かれた時である。

あの時はろくに話もせず、互いの顔を見た程度でしかなかったが……

 

「何故テメエがここに……」

〈悲鳴嶼は百式開発計画の最大の支援者なのです。パトロンといってもいい〉

 

絶佳は真っ黒な目で獪岳を見返す。

 

〈支援は資金面のみに留まりません。岩の呼吸の技についても、多忙な中で時間を見つけ、直々に博士と百式に伝授を……〉

「絶佳どの、その辺でいいでしょう」

 

小鉄博士が話を遮った。

 

「それより、彼らと百式との間で勝敗を決する方法をお聞かせ願いたい」

〈これです〉

 

絶佳は翼の裏から何か薄っぺらなものを3枚取り出した。

それは子供の玩具……紙風船だ。

 

〈獪岳様と善逸様、そして百式には、この紙風船を頭の上につけていただく。これを破られたものは敗北、脱落となります〉

「ふむ。ところで、事前のご指示通り縄で試合場を区切っておきましたが……」

〈当然、そこから外に出た者も失格とします。相手をこの2つの敗北のいずれかに追い込めば勝利となります〉

「であれば、主には自分の武器で相手の紙風船を……武器はいかに?」

〈木刀とします〉

「えっ!?」

 

驚きの声を上げたのは甘露寺だった。

全員と視線が集まると、おどおどしながら、

 

「だって、獪岳さんや善逸くんは木刀が体に当たったら痛いし骨も折れるけど、百式さんの硬い体に木刀は効かないんじゃ……?」

〈いえ、技術次第かと〉

「体の頑丈さも傀儡の強みの一つじゃ。武器にハンデをつけるのは不公平じゃぞ」

『私はお互い真剣でもいいですが、お相手2人に危険が増えるだけなのでは』

「あっ、そうですね、本当そうですね、スミマセン……」

 

甘露寺は顔を真っ赤にして引き下がる。

フランソワがそれを抱き寄せて頭を撫でた。

 

〈それと、一応確認しておきますが……敗北条件が満たされない限り、腕が折れようと脚が折れようと試合は止めません〉

 

絶佳が冷徹に言った。

 

〈命が惜しければ、自分の紙風船をちぎって捨てることです。……もっとも、獪岳様にはその選択肢はないものと存じていますが〉

「よくご存知じゃねえか」

 

獪岳は苦々しく言った。

彼はこの試合に負ければ切腹だ。

逆にいえば、百式が勝ったら彼は死ぬということ。

 

『獪岳。この際、はっきり言おう』

 

百式が言った。

 

『今からお前を殺す』

 

 

 ◆

 

 

試合場には、絶佳のほかにもう一羽の鴉がいた。

アルビノの白い鴉である。

誰も素性は知らなかったが、身分証の足環は確かなものだったので、その場にいることを許されていた。

 

〈……〉

 

白い鴉は静かに、なりゆきを見守っている。

杭と縄で区切られた石だらけの河原の試合場。

 

〈双方、準備はよろしいですか〉

 

絶佳は杭の一つの上に留まり、左右を見た。

 

『はい』

 

右には、縁壱百式。

頭の上に紙風船を付け、腰の左右に長い木刀を二振り提げている。

 

「いいぜ」「俺もだ」

 

左には、獪岳と善逸。

やはり紙風船を付け、各々木刀を持っている。

試合場の外では、フランソワと甘露寺に加えて、後からやってきたアンジェリカと炭治郎も見守っている。

 

〈では──始め!〉

 

その合図とともに、獪岳と善逸は二手に別れた。

百式を挟み撃ちにする形。

百式は両手で一振りずつ木刀を抜いて、二刀流となり──

 

しゃきん。

目が回転し、瞳が「百」から「岩」になった。

木刀の構えが、無機質なものから、重厚な岩石を思わせる堅牢なものに変化する。

 

(((そうか、こういう形で立ちはだかってくるかよ)))

 

獪岳は冷や汗が噴き出るのを感じた。

百式の姿に重なる形で、悲鳴嶼行冥の姿を幻視する。

かの岩柱がこの場に敵として現れたかのような錯覚。

 

『岩の呼吸、壱ノ型──蛇紋岩(じゅもんがん)双極(そうきょく)

 

百式の両手首が分離して、鎖を引いて伸びた。

木刀を持つ手が鎖分銅のように振り回される。

右手が獪岳を、左手が善逸を襲う。

 

(((こういう形で10年前のツケを払わせにくるかよ、悲鳴嶼先生!)))

 

獪岳は木刀を構え、それを迎え撃つ。

 

 

【続く】

 




◆大正こそこそ噂話3
雪柱・嵯峨山百頭は由緒正しい武家の出身。
冷気を操る特異体質を活かした呼吸法「雪の呼吸」の使い手。
アンジェリカの継子と同様、黒死牟に殺害された。
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