獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第17話

 

 

女隊士は、鍛冶の里を駆け抜け、河原へ辿り着いた。

そこには大勢の見物人や鎹烏が集まっている。

女隊士はその中に獪岳が混じっているのを認め、訝しみながら声をかけた。

 

「獪岳さん、ちょっと……」

「あ?なんだ、田中かよ」

田辺(たなべ)です」

 

女隊士はムッとした顔で訂正した。

この女隊士……田辺は、この里に常駐する隊士の1人だ。

彼女は一定のレベルの水の呼吸の使い手であり、人に教えることが炭治郎よりも上手かったため、獪岳に頼み込まれて水の呼吸を教えた経緯があった。

 

「用事なら後にしろ。今試合がいいところだ」

「私も見に来たんですよ。仕事が一区切りついたので」

 

田辺は自分の三つ編みの髪を指でいじりながら言う。

 

「それで、獪岳さんはなんで見物に回ってるんですか?試合に出る側なんじゃないですか」

「俺はもう脱落した。あとは善逸に任せている」

「……せっかく水の呼吸を覚えたのに負けたんですか?」

「チッ、悪かったな。……だがよ、ただで負けたわけじゃねえ」

 

獪岳は、視線の先の試合場で、善逸と対面する縁壱百式を指差した。

百式の左腕は根元からもげて、地面に転がっている。

 

「奴の片腕は潰した。片腕じゃ善逸には勝てねえ」

「なるほど。しかし……」

 

田辺は縁壱百式が全身から白い冷気を噴出しているのを見とめ、表情を険しくする。

 

「あの傀儡人形は何か、妙な技を使っているようですが……」

 

 

 ◆

 

 

『雪の呼吸、漆ノ型――霰砕き(あられくだき)

 

百式は木刀で足元を突いた。

その切っ先から冷気が噴出し、試合場の足元を薙ぎ払った。

 

「これは……!」

 

善逸は驚愕した。

足元、河原の砂利がちな地面が、一面白く凍り付いたからだ。

――靴が、地面に凍り付いて剥がれない!

 

『肆ノ型、吹雪(ふぶき)

 

百式が木刀を横なぎに振るう。

木刀からひときわ濃い冷気が波となって射出される!

 

「へ……霹靂一閃!」

 

善逸はとっさに技を繰り出した。

靴を強引に地面から引き剥がし、横っ飛びで回避。

そして着地――

その足が、つるりと滑る。

地面が凍っているからだ。

 

「うわあっ!?」

 

善逸は地面に尻餅をついた。

 

「きゃあっ!ぜ、善逸くん!」

「善逸、早く立て!」

 

観客席から甘露寺と炭治郎が切羽詰まった声を上げる。

 

〈追撃せよ、縁壱百式〉

「ええい、もうなんでもいいから勝て!殺すんじゃ!」

 

アルビノ烏と小鉄博士もまた声を上げる。

小鉄博士は百式にもアルビノ烏にも自分の意見を無視されたために自棄気味になっていた。

百式はそれを背に、跳躍する。

 

『弐ノ型、氷晶輪転(ひょうしょうりんてん)

「うおおっ!」

 

跳びかかりざまの斬りつけを、善逸は氷の上を転がって間一髪回避した。

バキン!

過剰放出された冷気が、さっきまで善逸のいた場所にいびつな氷塊を形成する。

 

善逸はどうにか百式から間合いを取り、起き上がった。

――ハッとする。

羽織がない。

さっきの回避の拍子に脱げたようだ。――どこへ行った?

 

『貴様の強さは、足場が悪いと今一つ発揮されないようだな』

 

そう言う百式の木刀に、善逸の黄色い羽織が引っ掛かっていた。

貫通され、穴が開いている。

善逸は歯噛みした。

 

「爺ちゃんのくれた羽織を……!」

『そんなに大切な服なら、もっと大事に守ることだ』

 

百式は木刀を振るい、羽織を投げ捨てた。

善逸のこめかみに血管が浮く。

 

「まずいぞ善逸、熱くなったら勝ち目がないぞ……!」

 

炭治郎は嗅覚で善逸の激情を感じ、冷や汗を流す。

ハッとして獪岳を見やり、

 

「獪岳さん、あなたから何か言ってあげたら」

「何も言う必要はねえな」

 

獪岳はすました顔で言う。

 

「俺はもう、あいつを信用して後のことを任せた」

「Right. 目上の人、任せたら口出ししない。それが正しいですね」

 

アンジェリカが満足気に頷く。

……炭治郎は悟った。

それが客観的に正しいかはともかくとして――

獪岳のスタンスは、アンジェリカのそれに影響を受け、受け継いだものであるのだと。

 

 

 ◆

 

 

「……」

 

善逸は不意にうつむき、そして――

深呼吸をした。

 

「すうーっ、はあーっ」

 

吸い込む大気は、雪の呼吸の余波で冷えている。

それが善逸のクールダウンを助けた。

善逸は自力で冷静さを取り戻した。

 

「……雪の呼吸って多分、あれだろ。この間亡くなった雪柱の人の技だろ」

『いかにも』

「何でお前がそれを使えるのかは知らないけど……その技は大体わかったぞ」

『何がわかったというのだ。この短時間で』

「それは、水の呼吸と同じだ」

『……なんだと』

「多分、水の呼吸から派生した呼吸法なんだろ。それ」

 

善逸は、百式がこれまでに見せた技を思い出す。

漆ノ型。

肆ノ型。

弐ノ型。

いずれも、水の呼吸の――同じ番号の型と、体さばきや剣の振り方が酷似している。

 

「冷気のおまけはくっついているけど、攻撃自体は水の呼吸とほとんど同じなんだ」

『だったらどうだというのだ』

「俺が考えていた"対策"は、まだ通用する」

 

善逸は構えた。

この戦いにおいて何度目かも知れない、居合いの構えを。

 

「獪岳がこの1週間で新しい呼吸法を覚えたみたいに、俺もこの1週間で考えたんだ。――俺が持っているたった一つの力で、お前が持つ40だか50だかの技を打ち破るための"対策"を」

『またハッタリか』

 

百式は動揺しなかった。

奴が使える技は、真正面から突っ込む霹靂一閃とその強化版のみ。

獪岳が脱落した今、百式は善逸1人に集中していればよく、意表を突かれることはありえない。

 

そもそも、足元のコンディションはいまだ最悪なのだ。

仮に霹靂一閃を一度繰り出したとして、そのあと踏みとどまって方向転換することはできない。

さっきのように、必ず勢い余って転倒する。

ゆえに百式は、善逸の最初の一撃に全神経を傾けて対処し――

その後、転倒した善逸の紙風船をゆっくり割ればいい。

 

『この状況において有効な"対策"など、ありえない』

 

……それから、長い睨み合いが発生した。

善逸は最後の攻撃をしかけるタイミングを伺い続ける。

百式も、時間が経てば経つほど善逸の集中力が削れるため有利だと考え、自分から攻めることはしなかった。

観客たち――すなわち獪岳、アンジェリカ、フランソワ、甘露寺、炭治郎、小鉄博士、アルビノ烏、田辺、そのほか騒動を聞きつけて集まってきた野次馬の刀鍛冶たち――もまた、息を吞んで事態の経過を見守った。

 

事態が動いたのは、些細なきっかけによるものだった。

頭上の曇り空が微かにゴロゴロと鳴り、そして――

空から降ってきた最初の雨粒が、ちょうど目薬のようにぽたりと、百式の目に落ちた。

 

『!』

 

視界に微かな衝撃とぼやけが生じる。

――その瞬間、善逸が動いた。

百式の目に雨粒が垂れる音を聞いたのだ。

 

「シイイイイイイイ」

 

鋭く、息を吸い込む。

身体の筋肉の一筋一筋を意識し、酸素を送り込み――

より強く、地面を蹴り出す。

 

「雷の呼吸、壱の型――霹靂一閃!」

 

繰り出した一撃はしかし、縁壱百式とはまったく別の方向へ向かっている。

 

『凍った地面ですっぽ抜けたか』

 

百式は安堵した。

この極限の状況で、相手が先にミスを犯したことに。

そして、冷気の飛び道具で追撃を仕掛けようとする。

 

善逸は着地した。

――さっき百式に捨てられた、自らの羽織の上に。

隊服と同様、鬼の攻撃に耐えるゴワゴワした特殊繊維で縫製された羽織は、凍った地面の上にあって高いグリップ性を発揮した。

善逸はたしかな足場を蹴って、転倒することなく方向転換。

再び跳んだ。

 

『――!』

 

百式は瞬間的に自らの判断ミスに気づき、迎撃態勢に戻ろうとした。

ただの霹靂一閃であれば……あるいは、霹靂一閃・神速であっても、かろうじて間に合う算段。

しかし今この瞬間の善逸は、それよりもなお速かった。

 

「これが俺の――"対策"だ」

 

その背中で、隊服に刻まれた「滅」の字が輝く。

善逸は最後の技を――

兄の獪岳を死から救うために編み出した技を、繰り出した。

 

「漆ノ型、火雷神(ほのいかづちのかみ)――!」

 

極限の速度で振るわれた木刀は、空気との摩擦で発火した。

燃え上がりながら、一閃。

 

「――うわあああっ!?」

 

そして善逸は勢い余って転倒し、試合会場から転がり出て、そのまま川へ転落した。

 

「場外だ!」

 

小鉄博士が叫んだ。

 

「我妻どのが場外へ出たぞ!これで百式の勝ち――」

〈よく見ろ〉

 

興奮する博士を、アルビノ烏が制した。

小鉄博士はもう一度試合会場を見た。

 

縁壱百式は茫然と立ち尽くしている。

その頭上の紙風船は、焼け焦げ――真っ二つに断ち切られていた。

 

〈我妻殿が場外に出るよりも、縁壱百式の紙風船が斬られるほうが早かったと判断します〉

 

絶佳が落ち着きはらった口調で宣告した。

 

〈この試合、獪岳殿と我妻殿の勝利です〉

 

一瞬、静寂が河原を支配した。

この場の全員が、どう反応すれば戸惑ったかのようだった。

 

「ぷはっ!勝ち……勝ったよな、俺!?」

 

川からずぶぬれの善逸が顔を出し、尋ねた。

 

「うん、勝ちだよ……!勝ったんだよお!」

 

甘露寺が答えた。

その声をきっかけに、一同は沸き立った。

 

「「「善逸の勝ちだーっ!」」」

 

多くの観客が、試合会場を区切っていたロープを乗り越え、善逸のもとに駆け寄った。

そしてずぶぬれの善逸を胴上げし始めた。

華々しい必殺技で勝負を決した善逸が注目されるのは当然のことだった。

 

「Kaigaku! You're so marvelous!」

 

しかしアンジェリカは獪岳の方を讃えていた。

力いっぱい抱きしめ、しきりに頭を撫でる。

 

「あなたすごい、本当すごいですね、私のきつくて厳しいtest完璧にclearしましたね貴方!」

「お前……!厳しいの自覚してたならもっと緩めろよな!」

「あなたが昔やらかしたこと、私もう許しますね!柱の私が許します!」

 

アンジェリカの肩越しに、胴上げされる善逸と目が合う。

善逸は満面の笑みでピースサインをした。

獪岳は苦笑し、サムズアップを返した。

 

"雪の呼吸"は、遠近・攻防において隙のない、おそるべき技だった。

もし百式に両腕が残っていれば、善逸は――最後の一撃を防御されるか、それ以前に冷気攻撃の連打で畳みかけられるかして――敗れていた可能性が高い。

しかし現実には、百式の左腕は破壊されていた。

この勝利は獪岳と善逸2人で掴んだものなのだ。

 

……ふと、百式のことが気にかかる。

アンジェリカの肩越しに周囲を見回すと、河原の隅に百式と小鉄博士、アルビノ烏がいた。

敗戦陣営の面々だ。

通夜もかくやという暗澹たる雰囲気である。

 

「貴様、さっきの戦いの中で何度判断を誤った?」

 

小鉄博士が百式に詰め寄る。

火男面の裏で、どれほど怒りに顔を歪めているのか。

 

「貴様のせいで、ワシの計画は何もかもぶち壊しじゃ。この出来損ないの役立たずが!」

〈戦闘傀儡計画は開始早々に価値を疑わせるケチがついたことになります。お嬢がなんと言うか……〉

 

アルビノ烏が悩まし気に首を振った。

百式は弁解せず、ただ、重々しく頭を下げた。

 

『……私の力不足です。申し訳ございません』

 

やがて、雨脚が強まってきた。

一時は極度に興奮していた観客たちも冷静になり、屋内へ引き上げ始める。

獪岳も(アンジェリカにまとわりつかれながら)それに続いた。

 

振り返ると、百式は1人だけ河原に残っていた。

空を見上げ、雨に打たれている。

相変わらず真顔だったが、今は、その頬を濡らす雨が涙のようにも見えた。

 

 

【続く】

 




◆大正こそこそ噂話4
縁壱百式が使える呼吸法は水・炎・風・岩・雷・雪の6種類。
そのうち岩と雪はハイレベルな使い手の監修を受けたため、他より少し強い。
一部の技は上半身回転や圧縮空気のような傀儡人形ギミックを活用するため、人間の剣士が使うものとはほとんど別物となっている。
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