獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第20話

 

 

鬼である雁巣は、頭を撃たれても死にはしない。

しかし脳が破壊されれば、一時的に気絶したり思考力にダメージが及んだりすることは避けられない。

老婆の銃撃は決して無視できない横槍だった。

 

「貴様、死に損ないの老ぼれめが!」

 

雁巣は飛び退いて銃撃を回避。

そして怒りに任せて、マキシムを老婆に向けた。

ドガガガガガ!

 

「がふっ」

 

老婆はもんどり打って倒れた。

たちまち、彼女の体から血溜まりが広がる。

 

──この横槍によって、滝沢は千載一遇のチャンスを得ていた。

彼を狙うマキシムの銃撃がほんの3秒だけ止んだのである。

その3秒のうちに、彼は勝負をかけた。

 

「水の呼吸、拾ノ型──」

 

地面を踏み締め、息を吸い込む。

精神を集中。

刀の柄を握り、その指の一本一本にまで意識的に酸素を巡らせる。

 

「「「死ねーッ!」」」

 

村人たちが拳銃を向けてくる。

無数の弾丸が視界を埋め尽くすかのように飛来する。

しかし彼は、突撃した。

 

「──"生生流転"!」

 

弾丸を斬り払い、斬り払い、斬り払い、斬り払う。

弾丸の密度が低い場所を縫うように走る。

雁巣や村人たちとの間合いを一気に詰めていく。

 

対応し切れない何発かの銃弾が体に突き刺さる。

それでも彼は足を止めなかった。

彼の斬撃の軌跡は竜のように蛇行しながら、長く、速く駆け抜けて──

竜はついに、村人たちの戦列に食らいついたのである!

 

「「「ぎゃああっ!」」」

 

どおん!

最前列にいた何人かの村人が、バラバラに切り刻まれて宙を舞った。

滝沢は村人の群れの内部へ飛び込んだ。

 

「奴はどこへ行った!?」

「お前の後ろだ!」

「そっちへ行ったぞ!」

「バカ、撃つな!俺に当たるだろ!」

 

たちまち、村人たちは混乱に陥った。

戦列歩兵の陣形は、自陣の内側に飛び込んだ敵に対してはまるっきり無力だったのだ。

 

「参ノ型、"流々舞"!」

「「「ぎゃああああっ!」」」

 

滝沢は走り回りながら連続で攻撃を繰り出し、村人たちを薙ぎ倒した。

彼は殺すことを躊躇しなかった。

手加減をしている余裕はなかったし……鬼の手下となって攻撃してくる連中と、善良な吾作と……どちらの命を守るべきかは明らかだったからだ。

 

「役立たずのクズ人間どもが!」

 

雁巣は再び滝沢のほうへ向き直った。

そして村人が巻き添えになるのも構わずマキシムを発射した!

ドガガガガガ!

 

「「「ぎゃああああ!」」」

 

残りの村人がフレンドリーファイアで全員死ぬ!

滝沢はとっさに地面に屈み込んでその第一射を回避すると、

 

「師範、すいません!」

 

そう叫んで、自分の青い羽織を投げつけた。

羽織は雁巣の顔に覆い被さり、視界を塞ぐ。

 

「ぬうっ!?」

 

鬼は一瞬、何をされたか理解できず混乱した。

マキシムの銃撃が再び止む。

滝沢は跳躍した。

雁巣がようやく羽織を引き剥がした直後には――

 

「捌ノ型、"滝壺"!」

「ぐわあっ!」

 

跳びかかりざま振り下ろされた一撃が、雁巣の両腕を切断した。

鬼の両手首とマキシム重機関銃が地面に転がる。

手負いの雁巣は後ずさり、尻餅をついた。

 

「ハーッ……どうやら勝負ありだな……」

 

滝沢は絞り出すように言い、敵を見下ろす。

今や彼は全身ズタボロの傷だらけであり、しかも大量の返り血をも浴びて、手には白刃をぶら下げ――

修羅道世界からの帰り道じみた、すさまじい出で立ちだった。

雁巣は心底震え上がった。

 

「ま、待て!参った……!俺の話を聞け!」

 

そして命乞いを始めた。

 

「大したやつだ、お前は!そこでだ、お前に素晴らしい提案をしよう。いいか、お前の腕っぷしを見込んでのことだぞ?」

「恩着せがましいな。何だ」

「お前も鬼にならないか!?」

 

雁巣は滝沢に口を挟ませないよう、早口でまくし立てた。

 

「俺から"あのお方"に推薦してやるよ!お前の腕っぷしなら"十二鬼月"になれるかもしれない。十二鬼月なら、こんな――」

 

自分の両腕の傷を見せつける。

ようやく血が止まったところで、完全再生にはまだまだ時間がかかることが明らかだ。

 

「――こんな傷だって一瞬で治る!腕っぷしも術も、そりゃあ強いさ。欲しいものは何でも手に入るだろうよ」

「何でも、だと」

「そうさ!お前は何が欲しい?暴力か、健康か、金か、女か!?」

「鬼。俺が欲しいのはな……」

 

滝沢はゆっくりと、刀を上段に構えた。

彼が欲しいものが何なのか、その態度からおのずと明らかだった。

――雁巣は命乞いがまったく無駄な試みに終わったことを悟り、

 

「死……死ねーーッ!」

 

最後の逆襲を試みた。

大口を開けるや否や、そこから散弾銃の銃口が突き出す。

体内に仕込んでいた隠し銃だ。

 

「俺が欲しいのはなぁ!」

「ぐわっ!」

 

しかし滝沢の方が速かった。

銃の発射に先んじて振り下ろした一撃が、隠し銃ごと、雁巣の体を唐竹割りにする。

 

「──お前の頸だっ!」

「ぎゃあああああ!!」

 

続けざま、右から左へ薙ぎ払う太刀が頸をはねる。

剣士の背中で、隊服に刻まれた「滅」の文字が躍動した。

 

「「おのれ!おのれ!よくも俺様をこんな……がああああ!」」

 

雁巣は四分割されて爆散した。

左右に割られた頭が、揃って目を剥き、同じ恨み言をわめく。

 

「「死ね!死ね!ただ死ぬだけでは生ぬるい!貴様が築いた全てを貴様自身で焼き尽くす、最悪の最期を遂げるがいい!貴様の──」」

「よせよ」

 

滝沢は吐き捨てるように言い、鬼の首を微塵に切り刻んだ。

 

「先のことは、生き残ったやつが決めることだ。今から死ぬってやつが知ったふうな口聞くもんじゃないぞ」

 

 

 

 ◆

 

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ」

 

吾作は走っていた。

彼は一人だった。

少し前まで一緒に空き家に隠れていた老母は、「自宅に戻って夫の形見を取ってくる」と言って出て行ってしまったからだ。

 

吾作は反対した。

どうしても行くなら自分もついていくとも言った。

自宅には雁巣の一味が待ち伏せているかもしれないと思ったからだ。

 

しかし母は、どうしても一人で行くと言って聞かなかった。

吾作は仕方なく、せめてもの護身用にと、滝沢から預かったピストルを持たせて送り出した。

――母はそれっきり、いつまで経っても戻ってこなかった。

 

「ハアッ、ハアッ、ハアッ、うぐっ……おっ母……!おっ母……!」

 

吾作は嗚咽を漏らしながら走り続ける。

――待ちかねて自宅へ戻ってみたが、誰もいなかった。

それどころか、母が戻った様子もなかった。

 

猛烈に嫌な予感がした。

というより……何が起きたのか、もう察しがつくような気がした。

母が空き家を出ていくとき微かに見せた、思いつめたような表情。

 

血と硝煙の臭いが鼻につきはじめる。

吾作は走り続け、ついに戦場跡へと辿り着いた。

 

「うっ、こいつはひどいづら……!」

 

吾作はそこに広がる景色の凄惨ぶりに顔をしかめた。

数十人の村人の死体と、大量の拳銃、そして空薬莢が散乱。

死体から流れ出た血が周囲一帯の地面を赤黒く染めている。

 

そんな地獄絵図の中に、一人だけ、生きた人間が座り込んでいるのを発見する。

滝沢だ。

 

「滝沢どの!?大丈夫づらか!」

「おお、あんたか……」

 

滝沢は狐面越しに吾作を見返した。

吾作はハッとして周囲を見回し、

 

「雁巣様は!?あの鬼はどこに……」

「あれだ」

 

滝沢は顎をしゃくった。

その先を見ると、四分割された大柄な死体が灰のように崩れて消えていくところだった。

 

「鬼は死ぬとああなる」

「じゃあ、倒したづらか……!あの雁巣様を!」

「楽勝とは到底言えなかったがね。……吾作殿」

 

滝沢は低い声で言う。

……吾作は、この時はじめて、滝沢の隣に死体が一つあることに気付いた。

地面に倒れ伏した上から、丁重に、滝沢の羽織を掛けられた死体。

 

「ああ、滝沢どの……嘘づら……何かの間違いづら」

 

吾作は後ずさった。

 

「だって、雁巣様は倒したんだづら?全部うまくいったんだづら?」

「……俺の力不足だ」

「ああ……」

 

おそるおそる、死体に近づく。

震える手で、羽織を除ける。

 

「おっ母、いつも言ってたじゃないかづら……嘘つくと罰が当たるぞって……」

 

幸いにも、顔の周辺の損傷は少なかった。

老母の死に顔はまるで眠っているかのように安らかだった。

 

「なのに、なんでオラに嘘ついたづら、おっ母……!おっ母ーっ!」

 

吾作の慟哭が、村を取り囲む山々に木霊した。

 

 

 

 ◆

 

 

……1ヶ月後。

 

 

「お前の力不足だ」

 

鱗滝はぴしゃりと言った。

今日も相変わらず天狗の面を被っている。

 

「"柱"ならば、その御母堂の助太刀を待たずに決着できていたはずだ。村人も殺さずに留められたはず」

「いや、そりゃあもう……返す言葉もございません」

 

滝沢はベッドの上から不承不承応じた。

彼は病衣姿だったが、顔にはいつも通り狐の面を被っていた。

 

病室の窓の外では、何匹かの蝶がひらひらと舞っている。

……ここは鬼殺隊の医療施設、"蝶屋敷"である。

滝沢は垂雲村での負傷を治療するためこの施設に入院している現況にあった。

 

「あれって滝沢さんの育手?」

「たしか元柱らしいわよ」

「師弟揃ってお面なんだ……」

 

看護婦たちが滝沢と鱗滝を遠巻きに見て、ヒソヒソと囁きかわす。

 

「皆さん?お喋りしているということは、午前の業務はもう終わったってことですね?」

 

そこに現れた小柄な女性は、この施設の長――

蟲柱、胡蝶しのぶだ。

 

「なんて素晴らしい!そんな皆さんになら、去年から棚上げになっていた書類整理をお任せしても大丈夫そうですね」

「「「す、すみません!」」」

「ちょっとー、逃げないでくださいよ。寂しいじゃないですか」

 

しのぶは笑顔で、しかし暗に圧力を発しながら、看護婦たちを追って廊下の奥へ去っていく。

 

「――鯉竜。目の前で人が死ぬと、辛いか」

 

鱗滝は尋ねた。

滝沢は唸った後、

 

「正直、よくわかりません。吾作殿だとか、他の人が悲しむのは臭いでわかりますが」

「同情はしないのか」

「今一つ。人並みの気持ちの動きは顔と一緒に鬼に食われちまったのかもしれません。……でも」

 

滝沢は窓から外を見下ろした。

庭園では、一人の男が掃き掃除に勤しんでいる。

吾作だ。

 

垂雲村は廃村となった。

支配者だった雁巣が死に、そのシンパの村人も大量死したことで、社会も経済も人間関係もメチャクチャになったからだ。

吾作は老母だけでなく、生活の場所も生計を立てる方法も失ったことになる。

 

吾作はしばらくの間、鬼殺隊のもとで最低限の衣食住の提供を受けて暮らしていた。

彼の憔悴ぶりはひどいものであり、社会復帰までは長引くことが予想された。

……しかし彼はほどなくして立ち直った。

そして、村の外では唯一のツテであった鬼殺隊に対し、自分を働かせてくれるよう熱心に頼みこんだのである。

 

『おっ母は言ってたづら。働かないモンは飯食っちゃなんね』

 

吾作は泣きはらした目で、しかしまっすぐな目で、滝沢に語ったものだ。

 

『オラの命はおっ母が守ってくれたもんだ。自分のことは自分で考えて、自分の力で生きていかなきゃ、恥ずかしくて墓参りにも行けんづら』

 

……滝沢は考える。

吾作は自分のような欠落者とは違い、人間らしい感情がある。

悲しみもどれほど重く堪えることか。

それでも前を向いて歩いていくことの、どれほど尊いことだろう。

 

「そういう俺みたいな人間をこれ以上出さないためなら、俺の安い命くらい賭けてもいい。そう思いますよ」

 

その言葉には、少しだけ、人間らしい感情が滲んでいた。

鱗滝はしばらく黙り込んだ後、

 

「鯉竜。お前は強い子だ」

 

そう褒めた。

 

 

 ◆

 

 

鱗滝は風呂敷包みを1つ残して去った。

開けてみると、新しい羽織と、滝沢が子供のころに好きだった菓子が入っていた。

 

(((やれやれ、いつまでも子ども扱いか。師範には敵わねえな)))

 

滝沢はそう考え、菓子を頬張る。

 

「吾作さん、いつまで手間取ってるんですか!他の仕事もあるんですから!」

「は、はい!ただいまづら!」

 

庭からは、吾作が先輩職員(たしか神崎とかいったか)にどやされているのが聞こえる。

……ふと、雁巣の捨て台詞が脳裏によぎる。

 

(((貴様が築いた全てを貴様自身で焼き尽くす、最悪の最期を遂げるがいい!)))

 

鬼殺隊に入ったその日から、布団の上で安らかに死ぬことはないものと考えている。

しかし、単に鬼と戦って討ち死にすること――

それすらも、自分には高望みなのだろうか。

 

吾作とその他の村人たちの命を天秤にかけたこと……

あるいは、鬼と人間の命を天秤にかけたこと。

その報いとして、想像よりもなお悪い最期が自分を待ち受けているのだろうか。

 

(((ま、今のうちから考えても始まらんだろ)))

 

滝沢はそのあたりを深刻に考える感情にも乏しかった。

重苦しい伏線を先送りにして、呑気にまた一つ、菓子を口に放り込んだ。

 

 

【「滝沢鯉竜の銃と剣」終わり】

 




◆大正わくわく鬼図鑑②:戦艦の鬼
本名不明。
戦艦三笠を乗っ取り、東京市街へ無差別に艦砲射撃を行おうとした。
人間だった頃は敬虔なキリスト教徒だったが、その教えによって得た知性と理性は悲劇的な経験によって失われてしまった。
人間を洗脳する血鬼術と日本刀の二刀流で戦う。
柱にはワンパンされてしまう程度の鬼。
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