獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第23話

 

 

――鬼殺隊士・滝沢鯉竜が、上弦の鬼となっていた。

どういうわけか、獪岳だけでなく隣のフランソワ黒沼もその事実に動揺したようだった。

そのわずかな隙を、可楽は見逃さなかった。

 

「血鬼術、"山嵐(やまあらし)"!」

 

手にした羽団扇を滝沢とフランソワに向けて打ち振る。

生じたのは、猛烈な突風だ。

石畳を吹き飛ばし粉塵を巻き上げながら2人へ迫る。

 

「ヤバッ……!」

 

フランソワはとっさに回避しようとした。

しかし隣の獪岳の様子に、目を見開く。

獪岳は避けるそぶりもなく茫然と突っ立っていたのだ。

 

「何やってんの、獪ちゃんッ!」

 

とっさに、その隊服を掴む。

――ゴウッ!

突風が着弾する。

2人はたちまち、稲荷神社から空中へ――

ドス黒い曇天の夜空の中へ、高く高く吹き飛ばされた。

 

フランソワと獪岳は、はるかな空の高みから刀鍛冶の里を見下ろしていた。

夜の闇の中、立ち上る火柱が照らす。

鬼の群れがそこかしこで刀鍛冶を襲っている地獄絵図が浮かび上がる。

それを前にしても、獪岳は茫然自失の状態から立ち直れなかった。

 

「滝沢が戻ってきた。滝沢が戻ってきた……俺に復讐するために」

 

うわごとのように呟く。

彼は絶望と恐怖と罪悪感に呑まれ、無限の処理を命令されたコンピュータのように思考が止まってしまっていた。

もし今目の前に童磨が現れれば、一も二もなく逃げ出したことだろう。

1年前のあの日のように。

 

「全部無駄だったんだ。滝沢が、俺の築いたすべてを刈り取りに来た……!」

「しっかりしなさい、隊士・獪岳!」

 

フランソワは獪岳の体を引き寄せ、頰を張った。

獪岳は目を瞬く。

 

「フ、フランソワ……」

「柱であるアンちゃんやアタシがアータを鍛えるのにどれだけ時間と労力をかけたと思うの?この非常時にオロオロしてたらダメよッ!」

 

そう言われてハッとする。

アンジェリカにフランソワ……育手の師範や、錆兎もだ。

 

(((そうだ、大勢の人間が俺を鍛えてくれた。俺の剣は俺だけのものじゃない)))

「アタシは滝沢クンとも話したことがあるわ。かなりクールだったけどいいコだったわ、アータもそう思うでしょ?」

 

2人はスカイダイビングのように両手をつなぎ、減速しながら落下していく。

地上の喧騒が少しずつ近づいてくる。

 

「あの状態が彼の本意であるはずがないわ。善良なあのコが、人を殺し、食わなければならない。きっとすごく苦しんでいるわ」

「あいつが、苦しんでいる……」

「キイヤァーッ!無防備空中もらったァーッ!」

 

コウモリに似た翼を持つ鬼が襲ってくる!

 

「獪ちゃん、ごめんね!」

「うおっ!?」

 

フランソワは手を放し、獪岳の体を蹴ってその反動で空中機動。

刀を抜き、

 

「炎の呼吸、陸の型──"迦楼羅(かるら)天翔(てんしょう)"!」

「ぎゃああああ!?」

 

炎の呼吸の空中殺法でコウモリ鬼を殺す!

獪岳はそれを見上げ、

 

(((炎の呼吸の技……?恋の呼吸ではなく?)))

 

そこまで考えて、ハッと気づいた。

自分だけではなくフランソワも、今持っている刀は代用品……

ありふれた形の日輪刀だ。

あのリボンのような特殊な刀でないと、恋の呼吸は使えないらしい。

 

2人の落下は続く。

あれほど遠かった地上が急速に接近し、視界の大半を埋め尽くしていく。

 

「獪ちゃん!あなたがカレを、滝沢鯉竜を救いなさい」

 

フランソワはロン毛を真上にたなびかせながら言う。

 

「今回ばかりはアタシやアンちゃんも手一杯になるわ。柱がアータを助けることはできない」

「あたしゃ若い男のモツが大好物なんだよォ!」

 

老婆の顔と猛禽の体を持つ異形の鬼が出現!

鋭い爪で獪岳の体を抉ろうとするも、

 

「弐ノ型、"稲魂"ァ!」

「ぎゃああああ!?」

 

それよりも早く、獪岳の連続斬りが切り刻んだ。

目には強欲な闘志の炎が戻っている。

 

「上等だ。むしろ俺が柱を助けてやるよ」

 

不敵に笑い、

 

「その時こそ俺を正当に評価してもらおうか、恋柱・フランソワ黒沼」

「んもう、生意気!だけどいい男だわ!」

 

フランソワはごつい体をよじって身悶えした。

──どおん!どおん!

獪岳とフランソワは粉塵を巻き上げて着地した。

2人とも技を繰り出すことで落下の衝撃を和らげ、無傷だ。

 

足元に砂利の感覚。

獪岳が周囲を見回すと、奇しくもそこは縁壱百式と試合をした河原だった。

……周囲の闇の中に、たくさんの生き物がうごめく気配。

 

「あの可楽とかいう鬼、味方が待ち構えている場所にアタシたちを飛ばしたみたいねン」

 

フランソワがそう言って、日輪刀を構えた。

暗さに目が慣れてくる。

すると、周囲にいるのは人間でも野生動物の群れでもなく、すべて鬼だとわかった。

 

「キヒヒッ!獲物が来たぜ!」

「弱っちい人間が……脳天ぶち割って中身を啜ってやるぜェ……」

「俺は腿の肉をかじりてえ!」

「血ィーッ!血ッ血ッ血ッ!」

 

鬼たちは各々が残虐なことを口走り、涎を垂らし、鋭い爪を見せびらかす。

しかし襲いかかってくることはない。

誰かの命令を待っている。

 

「──然り、貴様らはすでに袋の鼠よ」

 

鬼の群れが左右に開き、その後ろから1体の鬼が姿を現した。

錫杖を携えた、僧侶のような出立ちの鬼だ。

瞳に「上弦」「肆」の漢字……

 

「バカな、また上弦の肆だと?さっきの可楽は一体……」

 

獪岳は眉間に皺を寄せた。

 

「儂の名は積怒。可楽も儂も等しく上弦の肆ぞ。──理解せずともよい、貴様らはここで死ぬのだからな」

 

錫杖の鬼は苛立ちに満ちた顔でそう言い……

直後、獪岳たちの周囲の地面が何ヶ所か爆ぜる。

その下から何かの触手が飛び出し、2人を襲った。

 

「「ハッ!」」

 

2人は素早く飛び退いて回避した。

どちゃ!どちゃ!

半透明な触手は2人がさっきまで立っていた地面にぶつかり、水音を立てた。

 

(((よくぞ避けた。余に謁見するに足る強者と認めよう)))

 

地の底から声が響く。

直後、積怒の近くの地面が爆ぜて、新たな鬼が飛び出した。

 

「伏して拝め!そして覗き込め。余こそ深淵の支配者フォルネウスなり!」

 

その姿は、端的に言ってイカの化け物だった。

全身が触手と同じ半透明な物質でできた巨大なイカの体内に、少年の鬼が埋まっているのだ。

少年鬼はボコボコとあぶくを吐きながら喋る。

 

「人の身で神に触れんとする不遜な鬼狩りどもよ、今こそ真なる深淵の深さを目の当たりにして恐れ慄き、ひれ伏し、しかして自らの辿るべき運命に──」

「話が長いッ!」

 

積怒がそれを遮った。

獪岳とフランソワに向き直り、

 

「我々が用があるのは、あの青い目の女だけだ。貴様らには無い。ここで死ぬがいい!──者ども、かかれ!」

「「「ヒャッハァーッ!」」」

 

号令一下、周囲を囲んでいた雑魚鬼たちが一斉に襲いかかった。

 

「陸ノ型、電轟雷轟!」

「「「ぎゃああああ!」」」

 

獪岳は雷の呼吸の高等技、全方位への連続斬撃で敵を薙ぎ払う。

 

「伍ノ型、炎虎!」

「「「ぐわあああ!」」」

 

フランソワも炎の呼吸の高等技で滅多斬りだ。

切り刻まれた鬼のバラバラ死体が宙を舞い、砂利の河原に、あるいはドボンドボンと音を立てて川の中に落下する。

 

「「「キヒィーッ!血ィーッ!」」」

 

しかしその向こうから、なおも鬼の群れは押し寄せる。

一体一体は雑魚だが、問題はこの数。

 

「我が衣の一撫でを拝領せよ!深淵テンタクル!」

 

さらにはイカの鬼……フォルネウスが、何本も触手を伸ばしてくる。

イカを構成する透明な物質は何なのか不明だ。

しかしとにかく捕まったらロクなことにならないのは見当がつく。

 

「獪ちゃん、最初にあのイカをやるわよ!」

 

フランソワが叫び、ひときわ強烈な一撃で雑魚鬼を排除。

開かれた突破口に、獪岳は飛び込んだ。

 

「水の呼吸、拾ノ型──"生生流転"!」

 

走りながら連続で回転斬りを繰り出し、触手や雑魚鬼を斬り捨てる。

回転力と速度を蓄積していく。

そのテクニックに、フランソワは内心舌を巻いた。

 

(((獪ちゃん……水の呼吸が、昨日よりグンとうまくなってる!?)))

 

昨日百式と戦った時の獪岳の水の呼吸は、ほんの数日の特訓で身につけたものだった。

身につけられること自体が獪岳の高い適性を示すことではあったが、その技量はさほど高いものではない。

要するに付け焼き刃だったのだ。

しかし今の獪岳が見せる、この技の巧みさはどうだ?

──それが狭霧山での特訓の成果だと、フランソワは知る由もない。

 

獪岳は走りながら斬り、斬りながら走った。

蓄積したエネルギーを今、次なる一撃に込めて、眼前にまで迫った大イカ……

その体内に浮遊する少年鬼の頸めがけ、叩きつける!

 

「オラァッ!」

 

ドボッ!

濡れた毛布に刀を突き入れたような鈍い手応え。

刀はイカの肉を斬り通せず、半ばで止まった。

少年鬼が嗤った。

 

「余の深淵の衣は柔にして剛なるぞ。下賤の武器で切り裂こうなどと、プークスクス!げに片腹痛し!」

「獪ちゃんッ!」

 

フランソワが鋭く叫んだ。

獪岳はとっさに刀をフォルネウスからもぎ離し、飛び退いた。

──ドオンッ!

直後、さっきまでいた場所に雷が落ちた。

 

「貴様らに足掻きの余地は与えぬ」

 

積怒の錫杖は雷を帯びて、バチバチとスパークした。

獪岳は間合いを取り直す。

そうする間にも新たな雑魚鬼の波が押し寄せる。

 

獪岳は緊迫した思考を巡らせた。

積怒の言っていることはハッタリではない。

雑魚鬼の群れで足止めし、後ろから積怒とフォルネウスが術を撃ち込む……

完璧な封殺、袋叩きの陣形が出来上がってしまっている。

鍛え上げた水の呼吸をもってしても、貫けない。

 

「ハアーッ……!」

 

積怒が何やら気合いを溜め、全身からビカビカと電光を放ち、あからさまに大技の準備を始めた。

しかし獪岳とフランソワは、フォルネウスと雑魚鬼への対処で手一杯。

積怒を妨害することができない。

 

「血鬼術、"驟雷招来(しゅうらいしょうらい)"!」

 

積怒は凝縮された光の塊を頭上へ放つ。

光の塊は空中で炸裂し、数十の稲妻となって獪岳たちの頭上へ降り注いだ。

死のシャワーだ。

 

「玖ノ型、"水流飛沫"!」

 

獪岳は水の呼吸の高速移動技を発動した。

水上の水鳥を思わせる軽やかな足取りで、降り注ぐ稲妻を回避する。

 

「うぎゃっ!?」

 

フランソワはこれを避けきれなかった。

1発の稲妻がその体を強かに打ち、麻痺させる。

その隙をついて、フォルネウスの触手が絡みついた。

 

「ワハハ!深淵キャプチャーッ!」

「ゴボボッ……!」

 

フランソワは次の息を吸えなかった。

体を這い上ってきた触手が鼻と口を塞いだからだ。

巻きついた触手は脈打ち、太さを増す。

フランソワを空中へ吊り上げる。

 

「フランソワ!?バカな!」

 

獪岳は仰天した。

自分が避けられた攻撃を、フランソワは避けられなかったというのか?

……はたと気づく。

フランソワが得意とする「アン、ドゥ、トロワ」のリズム回避は、あくまで敵の狙いを狂わせるもの。

今回のように広範囲を薙ぎ払う攻撃には効きが悪いのだ。

 

「ゴボッゴボボッ」

 

フランソワは肺に残っていた空気で技を繰り出し、触手を斬ろうとした。

しかし断面は餅か何かのように粘つき、収縮して、すぐ元通りに回復してしまう。

フランソワの表情が苦しげに歪んだ。

 

((("水影一閃"をやるしかねえ!)))

 

獪岳は覚悟を決めた。

今夜の戦いはまだまだ長引くだろう。

こんな序盤で柱が1人脱落したら、残りの鬼の戦力をどうにも処理できなくなる。

水影一閃……

夢の中で練習したおぼつかない技、それも借り物の刀ではあるが、どうにか成功させてフォルネウスを一撃で殺す。

それしか方法は──

 

「恋の呼吸、伍ノ型……!」

 

誰かが雑魚鬼の群れをすり抜け、横合いからフォルネウスに飛びかかった。

桜色の髪が揺れる。

甘露寺蜜璃だ!

 

「揺らめく恋情・乱れ爪!」

「ぎゃあっ!?」

 

彼女の振るった長くしなやかな特殊日輪刀が乱舞し、フォルネウスのイカの体を切り刻んだ。

フランソワを吊り上げていた触手も切断される。

恋柱はなんとか着地し、体に張り付いた触手を振りほどいた。

 

「──ぷはあっ!ゲホゲホッ!ありがとう蜜璃ちゃん、助かったわ!」

「遅れてすみません、師範!」

「ぬああああ!余の体に傷をおおおお!」

 

フォルネウスが叫んだ。

見ると、半透明の巨大イカはすでに再生していたが──

その奥に埋まった少年の鬼の頸に、浅い切り傷が生じている。

 

「あれっおかしいな、傷つけるだけと言わず頸切ったつもりだったんだけど……!」

「気をつけろ、あのイカの透明な体が曲者だ!こっちの斬撃の威力が忌々しいほど殺されるぞ」

 

困惑する甘露寺に、獪岳は忠告の声をかけた。

 

「そして、あっちの錫杖の鬼の技は……!」

「新手!腹立たしきこと!まとめて死ね!」

 

積怒が錫杖で足元をガンと打つと、雷撃が迸り出た。

ガン!ガン!ガン!

3度打つと、雷撃も3度!

 

「「「アン、ドゥ、トロワ!」」」

 

獪岳、フランソワ、甘露寺は一斉に自分の体のリズムを制御して回避!

範囲攻撃が相手でなければ十分有効だ!

 

「深淵メイルシュトロームゥゥゥ!」

 

フォルネウスが触手をミキサーブレードのように高速回転させながら振り回した!

範囲攻撃だ!

 

「俺についてこい!──"水流飛沫"!」

「「はあっ!」」

 

獪岳は河原の岩を軽快に飛び渡って触手をすり抜ける。

恋の師弟もそれに倣って回避した。

 

「「「ぎゃあああっ!?」」」

 

触手は勢い余って周囲の雑魚鬼に命中した。

雑魚鬼が触手の高速回転に巻き込まれ、圧力で体をねじ切られてバラバラになって吹き飛ぶ。

 

「おのれ、何をやっているフォルネウス!もっとよく狙わんか!」

「ぬああああ!余の体に傷を!許さぬ許さぬ許さぬ!」

 

フォルネウスはすっかり怒り狂っており、積怒の言葉にも聞く耳を持たなかった。

高速回転する触手が河原をメチャクチャに暴れ回る。

雑魚鬼たちは慌てて逃げ回り、陣形はみるみるうちに崩壊していく。

獪岳は笑った。

 

「ハハァ!なんだ、こいつらの連携めちゃくちゃモロいじゃねえか!」

「トーゼンといえばトーゼンね。鬼殺隊みたいに連携の訓練を積んでるわけじゃないでしょうから」

 

フランソワは鼻を鳴らした後、獪岳を見て、

 

「獪ちゃん、ここはもうアタシたち2人で大丈夫。あなたはすぐに戻りなさい」

「戻る?」

「稲荷神社へよ。アータがアンちゃんを……月柱・時透アンジェリカを助けるのよ」

「……ああ、望むところだ!」

 

獪岳は頷き、走り出した。

邪魔な雑魚鬼を何体か薙ぎ倒し、河原から里の中心街へ……

その向こうの稲荷神社へ走っていく。

 

フランソワはその背中を見送ると、懐を探った。

出てきたのは鎹鴉だ。

小鉄博士の安否を知らせに来た個体を匿い、連れてきていた。

 

「さあカラスちゃん、貴方にはもう一仕事してもらおうかしら」

〈クワーッ〉

 

鴉はフランソワから指令を受け取り、飛翔する。

その後、鬼たちがようやく統制を取り戻した。

積怒が暴れるフォルネウスを雷で制裁し、雑魚鬼に怒鳴り散らして、どうにかまとめ上げたのだ。

 

フランソワと甘露寺は目を合わせ、頷き交わす。

師弟にして戦友である彼女たちに言葉は不要だった。

襲い来る鬼の群れを、2人の剣士が迎え撃つ。

 

 

【続く】

 




原作と比較すると、鬼殺隊側は玄弥の代わりにフランソワ・獪岳・善逸の3人が加入
鬼側は玉壺の代わりにそれより強い赤狐が加入、雑魚鬼100体がおまけについているインフレ環境です。
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