〈カァーッ!伝令!稲荷神社に上弦の肆および伍が出現!上弦の伍は滝沢鯉竜である!〉
鎹鴉は飛んだ。
炎上する屋敷、逃げ惑う刀鍛冶、死体を貪る鬼たちの頭上を。
〈現在、月柱が戦闘中!獪岳が援護に向かう!各員は支援されたし!〉
その声を、鬼殺の剣士たちは聞いた。
鬼の頸を斬りながら、あるいは刀鍛冶を庇いながら。
状況は周知される。
〈上弦の肆は複数存在する!1体目が稲荷神社に、2体目は河原に出現!河原では恋柱と甘露寺が戦闘中である!繰り返──ギャッ!〉
黒い羽根がパッと散って、鴉は墜落した。
カウボーイ風の出立ちの鬼が、銃口から立ち上る硝煙を吹き消した。
◆
「ええい!どりゃあ!」
鬼は玄関扉に繰り返し体当たりをかけた。
しかし室内側から厳重に封鎖されているらしく、扉はびくともしない。
さらに、頭上で2階の窓の雨戸が開く。
「クソ鬼め、これでも食らえ!」
「ぎゃあ!」
刀鍛冶が顔を出して火鉢を投げ落とした。
体当たりしていた鬼の脳天に直撃する。
「野郎、クソ人間め!」
「ふざけやがって!」
周囲の鬼が投石や弓矢で2階の窓を狙うが、刀鍛冶は雨戸をぴしゃりと閉めて引っ込んでしまった。
……この屋敷の中には、大勢の人間がいる。
気配や匂いでわかるのだ。
しかし全ての扉と窓をがっちり封鎖しており、手が出せない。
鬼たちは顔を見合わせた。
「おいどうするよ?この調子じゃ時間がかかりすぎるぜ」
「もたついてると鬼狩りが来るかもしれねえ」
「ぐああ畜生!全員殺してやるぞ人間ども!」
火鉢攻撃を喰らった鬼が頭から血を流しながら起き上がった。
さらに、鬼が新たに1体走ってくる。
「おい、術持ちを連れて来たぞ!」
「「「何だと!」」」
一同が振り向くと、ボロボロの黒ローブを着た鬼が近づいてくるところだった。
フードの陰でにやにやと笑みを漏らす。
「キシシシ……なにやら手こずっているそうだな、あんたがた……」
「ああ!この屋敷の中に大勢人間が逃げ込んだんだが、立てこもってて手が出せねえんだ」
「あんたの術で炙り出せないか?」
「キシシ!それじゃ一つやってみよう」
黒ローブの鬼が手のひらを上向けると、そこから紫色の酸が湧き出た。
地面に滴り、ジュウジュウと音を立てて溶解させていく。
「こいつを壁にでもひっかけてやればたちまち穴が空くぜ。キシシ……」
「御託並べてないで早くやれ!」
「腹が減って死にそうだ」
「おい、何だあいつは!?」
鬼の1人が振り返り、言った。
一同がそちらを見ると、
「雑魚どもがァァァ!」
獪岳が日輪刀を手に猛然と走ってくるところだった。
鬼たちはどよめく。
「まずい、鬼狩りだぞ!」
「ど、どうする?どうする?」
「俺は逃げるぞ!」
「オイ!うろたえんじゃねえぞ」
黒ローブの鬼が一喝した。
「こちとら5人だ、何を恐れることがある?袋叩きにしてやろうぜ」
「「「「よっしゃあ!」」」」
鬼たちは勢いづき、一斉に獪岳に襲いかかって、
「邪魔だァァァ!」
「「「「ぎゃあああああ!」」」」
まとめてバラバラに切り刻まれた。
修行に修行を重ねた今の獪岳にとって、この程度の数の雑魚鬼など脅威になり得ない!
「チイッ!血鬼術、"惨美──」
「てめえもだァァァ!」
「ぐわあっ!」
黒ローブの鬼も、術での迎撃が間に合わない。
踏み込みざまの斬撃が首を刎ねた。
獪岳は刀を納めると、屋敷の扉を叩く。
「おい!俺だ、獪岳だ。須藤はいるか!」
「獪岳さん!?」
すると扉が開き、刀鍛冶の1人が顔を出した。
「よくぞご無事で!須藤さんなら中にいらっしゃいます」
「よし、俺の刀は──何ッ!?」
獪岳は物音に気付き、振り返った。
黒ローブの鬼の首なし死体がのっそりと起き上がったところだった。
自分の生首を拾い上げる。
「キシシ!危ねえ危ねえ。もう少しで殺されるとこだったぜ」
その生首が笑った。
獪岳は眉根を寄せ、再び刀を抜く。
「テメエ、何故死なねえ。頸を斬ったのに……」
「お前が斬ったのは俺の頸じゃねえ。一瞬前まで俺の頸だった、酸の塊さ。──見ろよ」
黒ローブの鬼は自分の頭をもとあった場所に戻すと、獪岳の手元を指差した。
獪岳はその視線を追い──
自分の刀が黒く焼け焦げて、ボロボロに朽ちていることに気づいた。
「酸の塊に触りゃあよ、そりゃそうなるわな!キシャシャシャシャ!」
「テメエッ……!」
「次はお前が溶ける番だぜ!血鬼術、"
黒ローブの鬼は両手をかざし、そこから紫色の酸を大量に放出した。
まるで消防車の放水だ。
「クソッ、始末が悪い!」
獪岳は走り回って酸を回避する。
さっきの積怒とフォルネウスのコンビに比べればなんてことはない、迫力不足の攻撃だ。
問題は刀が溶かされており、反撃方法がないということ──
その時、屋敷の2階の窓が開いた。
「獪岳殿!あなたの刀です!」
顔を出したのは、刀鍛冶の須藤だ。
鞘に収められた真新しい刀を今、獪岳に向かって投げ落とす。
「何だとォ?させるか!」
黒ローブの鬼はその刀めがけ酸を発射しようと、
「オラァッ!」
「ぎゃあっ!?」
獪岳が溶けた刀を投げつけて妨害!
顔面に直撃し、黒ローブ鬼はよろめいた。
獪岳はその隙に刀をキャッチした。
柄に、手が吸い付く──そんな錯覚。
グリップ性がきわめて高いためだ。
この刀は獪岳のために作られた刀であり、獪岳の手の形に合わせて作られたのだから、当然のこと。
(((やっと俺のもとに来たな、新しい相棒よォ)))
獪岳は刀を抜いた。
音もなく現れる、鈍い黒色の刃。
獪岳の体温が伝わるごとに、きらびやかな金色に変じた。
色変わりの刀、日輪刀。
この世でただ一つ、鬼の命を断てる武器。
「キシャア……!調子に乗るなよ。俺の本気を見せてやろうじゃねえか!」
鬼が身震いすると、ローブの陰から歪な腕が新たに2本現れた。
合計4つの手のひらから酸がほとばしる。
「"
4つの酸の放水は、周囲の屋敷の壁を焼き切りながら獪岳に迫った。
まるで4つ刃の巨大なハサミが彼の肉体を裂こうとするかのように。
獪岳は落ち着き払って、新たな日輪刀を右手ひとつで構えた。
吸い込んだ酸素を清流となして足へ。
足で生み出した力を稲妻となして右手へ。
直感がある──この刀ならば、できる。
「雷の呼吸、漆ノ型── "水影一閃"!」
獪岳は急加速した。
ジグザグの軌道を描いて酸を潜り抜ける。
すれ違いざま、一閃。
黒ローブの鬼が獪岳の急加速に驚き、目を見開く。
その時にはすでに獪岳は鬼の背後にいた。
そして、ごろりと転げ落ちたのは、鬼の生首だった。
「キシャッ……!?やられたのか、この俺が……!?」
生首は目を白黒させた。
この黒ローブの鬼は、酸を放出する以外に、自分の体を酸に変える能力を持っていた。
酸になっている間は動きが鈍く攻めに転じられないのが難点だが──
瞬間的に頸を酸に変えることで、頸への攻撃を無効化しつつ相手の刀を破壊する技を持っていた。
一度はそれで獪岳の刀を破壊した。
しかし二度目はなかった。
無効化の技をいつ使えばいいのか、そのタイミングを察知する間もなく、すでに頸は切れていた。
「あいにくだが」
獪岳は刀を収める。
鯉口が、ちん、と澄んだ音を立てた。
「俺も本気じゃなかった。この刀を手に入れるまではな」
「ありえねえ……!キシャアア……!」
黒ローブの鬼は屈辱のうめきをあげ、灰のように崩れて消える。
獪岳はそれを確認すると、稲荷神社へ向けて走り出そうとした。
「獪岳殿……!そこに、いらっしゃるので……」
屋敷の中から聞こえたか細い声が、それを呼び止めた。
小鉄博士の声だ。
獪岳は一瞬迷った後、舌打ちしてから屋敷へ駆け込んだ。
屋敷の中は避難民でごった返していた。
里の各地から避難してきた住民たちだ。
刀をたくさん抱えた刀鍛冶、藤毒クナイをたくさん抱えた手裏剣職人、女子供──
その奥、板の間に布団が敷かれ、病衣姿の小鉄博士が臥せっている。
「小鉄博士、てめえもここに運び込まれてたのか」
「獪岳殿……わざとじゃ」
「何がだ。百式がてめえを刺したことか」
「百式が、急所を外したことじゃ」
「……何だと」
獪岳は眉間に皺を寄せた。
小鉄博士は体のあちこちの刺し傷の痛みに苦しみながら、弱々しい声を発する。
「儂は……人間の体の構造も、すべて百式に教え込んでいた。奴が儂を殺すつもりでいたなら、急所を外すなどあり得ない」
「するというと何か。百式はあんたに"ほどほどに怪我をさせる"つもりだったってのか?」
「どうか百式を止めてくだされ、獪岳殿。奴は何か、鬼殺隊に反抗するようなことをしようとしている」
「……」
獪岳は考え込んだ。
百式はたしかに、柱であるアンジェリカに文字通りの"真剣勝負"を挑むという、鬼殺隊への反逆行為に踏み切った。
小鉄博士を刺したのは、彼を被害者側に追いやり、自分の罪が及ばないようにする計らいか。
アンジェリカに対してはまったく容赦がないわりに、小鉄博士に対しては情を捨てきれていない。
傀儡人形らしからぬチグハグな行動だ。
しかし獪岳には、百式の立場からすれば自然なものであるように感じられた。
自分の役割を求め、価値を求め、それが満たされない時の猛烈なストレスを獪岳自身も知っており──
バガンッ!
背後で、屋敷の玄関扉が蹴破られる。
乱入してきたのはカウボーイ風の出立ちの鬼だ!
「タリホー!騎兵隊のおでましだ!」
ズダダダダッ!ズダダダダッ!
鬼は獪岳めがけて両手の2丁拳銃を猛然と連射した。
12発もの弾丸が群れをなして飛来する。
獪岳はすでにそちらへ振り返っている。
避けようとする。
しかし、小鉄博士たち避難民が背後に大勢いるのに気づいた。
今自分が避ければ、弾丸は避難民に当たる。
「──弍ノ型、"稲魂"!」
獪岳はその場で高速の連続攻撃を繰り出した。
弾丸を1発斬り、2発斬り、3発斬り──
防御で凌ごうとしたのは、分の悪い勝負だった。
順当な結果が出た。
獪岳は腹を蹴られたような衝撃を受け、よろめく。
12発目の弾丸が脇腹にめり込んでいる。
「──!」
獪岳は怯まず、反撃に転じようとした。
その体が、刀を振りかぶった姿勢のまま硬直する。
見えない巨人の手で鷲掴みにされたような圧力。
「ぶっ飛びな」
カウボーイ風の鬼がにやりと笑った。
直後、獪岳はワイヤーアクションのように横へ吹き飛んだ。
「ぐわあっ!」
バキャッ!
屋敷の壁が砕けて、獪岳は外へ転がり出た。
かろうじて受け身を取り、起き上がる。
脇腹に重い痛みと熱を感じる。
撃たれたのだ。
獪岳の額に嫌な汗が滲む。
まだ稲荷神社は遠いというのに、負傷。
今更のように、屋敷の中で鬼の乱入に怯える騒ぎが起こった。
それを背に、カウボーイ風の鬼が出てくる。
歩くたびに拍車付きのブーツが金属室な音を立てる。
「俺の名は"
鬼が両手の2丁拳銃を掲げると、その懐からぽろぽろと弾薬がこぼれ出し──
ふわふわと宙を舞って、拳銃の中に吸い込まれていった。
獪岳はこの鬼の異能がどんなものか理解した。
念動力……サイコキネシスだ。
さっき自分を屋敷から吹き飛ばしたのも、今こうして弾薬を操っているのも。
「さあ、お前にもテキサスの灼熱を感じさせてやろう」
往西はわけのわからないことを口走り、2丁拳銃を再び構えた。
獪岳も気丈に日輪刀を構えるが、その表情は険しい。
──おそらくこの往西という鬼、さっきのフォルネウスと同等には強い。
(((集中すれば倒せないことはないだろうが……どれだけ時間がかかる?どれだけ体力を使うハメになる……?)))
睨み合いが3秒、4秒と続く。
屋敷の中から刀鍛冶たちが固唾を飲んで見守っている。
「──水の呼吸、弍ノ型……!」
転機は上から降ってきた。
1人の女性隊士が近くの建物の瓦屋根の上から姿を現し、往西に飛びかかったのだ。
「"水車"!」
「ヌウッ!?」
往西の左腕が肩のところで切断され、宙を舞った。
女性隊士は着地し、第二撃を振りかぶる。
しかし不意に、見えない拳で殴られたかのように吹き飛んだ。
サイコキネシス血鬼術だ。
ひとまず乱入者を遠ざけた往西は、慌てて獪岳の方へ向き直った。
当然、この隙を逃す獪岳ではない。
すでに往西めがけ全速力で突撃をかけている。
「全てをベットするのか?その覚悟があるか!」
往西は叫び、残る右手の拳銃で迎撃した。
──ズダダダダッ!
引き金を引きっぱなしにしたまま、サイコキネシスで撃鉄を動かすファニング・ショット。
6連射が獪岳とその周囲を薙ぎ払う。
「雷の呼吸、漆ノ型……!」
獪岳は稲妻になった。
脇腹の傷が痛むも、体に馴染む水の呼吸がそれを和らげた。
弾幕を潜り抜け、往西の至近距離へ。
獪岳はここに至っても少しも油断しなかった。
だから、往西の革のジャケットが微かにうごめいたのに気づいた。
獪岳は跳躍した。
「"水影一閃・転"──!」
空中で逆立ちとなり、往西の頭上を飛び越えながら一閃。
鬼の背後に着地した。
「賭けやしねえよ。バクチには懲りてるんでな」
ガツッと音を立てて、一振りのナイフが近くの地面に突き刺さる。
獪岳の頬に薄い傷が走り、血がたらりと流れた。
往西はジャケットの内側にナイフを隠し持っていた。
さっきの一瞬、それを7発目の弾丸としてサイコキネシスで発射したのだ。
しかし獪岳はこれを読み、跳躍で回避した。
ナイフは獪岳の顔を少し引っ掻くだけに終わった。
「俺は全て計算づくだ」
「み、見事……!」
往西は膝をついた。
その生首が、ごろりと転げ落ちる。
獪岳が逆立ちになりながら繰り出した斬撃は、その頸を正確に捉えていた。
「最後は敗れ……ベッドの上では死ねぬがカウボーイ、か……」
うわごとのように呟きながら、灰のように崩れて、消えた。
──最小限だ。
獪岳は考える。
最小限の労力で、倒すことができた。
「獪岳さん、負傷しているんですか?大丈夫ですか」
さっき乱入してきた隊士が近づいてくる。
三つ編み髪の女性隊士だ。
「テメエは……渡辺」
「
隊士はムッとした顔で訂正した。
【続く】
20話以上書いてきましたが獪岳がモブじゃない鬼を倒したのは今回が初めてになってしまいました
画面外ではけっこう倒してるんですけどね…