獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第25話

 

 

「チクッとしますよ」

「ぐわあっ!?」

 

獪岳は腹の傷にピンセットをねじ込まれ、激痛にうめいた。

 

「チクッどころじゃねえ!注射する時に言え、そのセリフは!」

「すみません」

 

田辺は真顔で言い、ほじくり出した銃弾を放り捨てた。

周囲では刀鍛冶たちが心配そうに見守っている。

 

ここは里の避難民が逃げ込んだ屋敷である。

ついさっき、獪岳はカウボーイ風の鬼・往西に勝利したところだ。

──勝利ではあっても、完勝ではなかったが。

 

「人間はピストルで撃たれたら死ぬ生き物です」

 

田辺は獪岳の腹に包帯をきつく巻きつける。

 

「本来ならすでに入院すべき怪我、激しく動くなど論外ですが」

「休むわけにはいかねえ」

 

獪岳は痛みに脂汗を滲ませながらも、強気に言った。

 

「俺は今日戦うために生きてきて、今日戦うために鍛えてきた。そう感じるんだ」

「そうですか」

「ぐわあっ!?」

 

不意にうなじに鋭い痛みが走り、獪岳は苦悶した。

田辺が何か注射したのだ。

 

「モルヒネです。痛みが和らぎます」

「いきなりはやめろ!今こそ『チクッとします』って言えよ!」

「すみません」

「ぐわあっ!?」

 

田辺は謝りながらも、2本目の注射を施した。

 

「栄養剤です。あなた朝も昼も食堂に来なかったでしょう」

「『チクッとします』って言え!」

「ヒャッハァー!弱っちい人間がいっぱいいるぜェ!」

 

壁に空いた穴から雑魚鬼が飛び込んでくる!

 

「チクッとします」

 

田辺は振り返りざま、使用済みの注射器をダーツのように投げた。

雑魚鬼の右目に命中!

 

「ぎゃあっ!目がぁ!?」

「この腐れ鬼ヤロー!」

「家族の仇!」

「ぎゃあああああ!!」

 

怯んだところを避難民が取り囲む!

在庫の日輪刀でリンチして殺す!

 

「これもモルヒネです。あなたに渡しておきます」

 

田辺は獪岳に向き直り、新たな注射器を差し出した。

 

「しかし、できれば使わずに済むことを祈ります」

「何故だ?」

「これが欲しくなる時というのは、あなたの体がもはや限界を迎えている時です」

「限界を超えりゃいいってことか。上等だ」

「ええ……?はあ……」

 

獪岳は困惑する田辺からモルヒネ注射器を奪い、懐に入れた。

 

「獪岳殿!もし可能でしたら、これも持っていってくれませんか」

 

近づいてきたのは、今の獪岳の刀を作った刀鍛冶──須藤だ。

また新しい刀を持っている。

 

「何だよ、この刀は?」

「善逸殿の刀です」

「何だと?善逸の刀もお前が?」

「はい。急きょ突貫で仕上げたので、完成度に不満は残りますが……実のところ、それはあなたの刀も同じなのですが」

「この刀か?いや十分だ。その辺のものより明らかに手に馴染むぜ」

「恐れ入ります」

 

須藤は火男面の裏から喜色を滲ませた。

獪岳は刀を受け取り、腰に差す。

善逸へ届けるためだ。

 

(((善逸のやつはどこにいるか知らねえが、あいつも借り物の刀で不自由してるはずだ。稲荷神社までの道で落ち合えるといいが……)))

「剣士殿、ぜひこれもお持ちください!」

 

手裏剣職人が近づいてきて、クナイ手裏剣を押し付けてきた。

 

「藤の花の毒を塗ってあります。鬼を痺れさせますよ!」

「いや、俺に手裏剣の心得は……っつーかこんな古風な武器まともに使えるやついんのか?」

「音柱様とか」

「引退したって聞いたぞ。これ不良在庫じゃねえの?」

「剣士殿、外に何かが!」

 

外を見張っていた避難民が声を上げた。

 

「獪岳さん、お願いします!私もすぐに行きます」

 

田辺が負傷した避難民たちを手当てしながら声を上げる。

獪岳は屋敷から走り出た。

その背中に、避難民たちが期待の視線を投げた。

 

 

 ◆

 

 

屋敷の外にいたのは、雑魚鬼ではなかった。

獣の群れだ。

しかしただの獣ではない。

 

「「「グルルル……」」」

 

それは炎でできた狐だった。

あるいは、狐の形をした炎の塊か。

牙を剥き、火花のよだれを垂らして地面を焦がしている。

両目に漢字が刻まれている──「上弦」「伍」。

 

(((上弦の伍……滝沢が術で作った手下ってところか)))

 

獪岳は刀を抜いた。

自分専用の刀の手応えは心強いものだ。

脇腹の傷の痛みも、モルヒネで和らぎ始めている。

 

「ガァーッ!」

 

1匹の炎狐が飛びかかってくる。

その動きは普通の狐より素早いが、見切れないほどではない。

 

「"水面斬り"!」

 

獪岳は疲れの少ない水の呼吸の小技で炎狐を斬り捨てた。

──ズドォン!

炎狐は爆発した。

 

「ぐわあっ!?」

 

獪岳は吹き飛ばされ、屋敷の壁に背中から激突した。

頭に不吉な推論が浮かぶ。

 

(((こいつら……斬ると爆発するのか!?)))

 

爆発力は相当なものだ。

自分の隊服が焦げる臭いを感じる。

頑丈な隊服も、そう何度も耐えることはできないだろう。

 

狐を倒すには刀で斬る必要がある。

刀で斬れる距離まで近づくと、倒したときの爆風から逃れることができない。

対応不能だ。

 

「「ガァーッ!」」

 

続けて、2匹の炎狐が飛びかかってくる。

獪岳はとっさに手を伸ばした。

地面に散乱している、さっき倒した鬼……往西の服や持ち物。

その中に混じっている、リボルバー拳銃に。

 

「失せろ、畜生どもが!」

 

ドン!ドン!ドン!

3発発射して、1発は外れたが、残り2発が炎狐を捉えた。

ズドォン!ドォン!

炎狐は爆発して消える。

爆風は獪岳のところまで届かなかった。

 

(((こいつら、飛び道具があれば安全に倒せるな……!しかし……)))

 

獪岳はリボルバー拳銃を見る。

弾丸は残り3発。

何やら古風な拳銃で、再装填の仕方はまるでわからない。

 

「「「グルルル……」」」

 

炎狐の群れがにじり寄ってくる。

しかしその歩みはさっきよりも遅い。

獪岳の銃を警戒しているのだ。

……やがて、屋敷の中から田辺が姿を現した。

 

「こいつらですね、敵は?──ハアッ!」

 

そしてクナイ手裏剣を3本同時に投げた!

ドオン!ドオン!ドオン!

炎狐が3匹爆発!

 

「うわっ、爆発した」

「はあ!?お前手裏剣使えんのか!?忍者か!?」

 

獪岳は仰天したが、ひとまず気を取り直し、

 

「ま、まあいい。あの狐どもは死ぬ時に爆発するぞ、飛び道具が使えるならそれで倒せ」

「わかりました。……獪岳さん、稲荷神社でのことは鴉から聞きました」

 

田辺は両手にクナイを構え、狐たちを睨みながら言う。

 

「神社へ向かってください。この屋敷は私が守ります」

「そうする。この狐どもの相手はお前の方が向いていそうだしな」

「ところで、私の名前を言ってみてくれますか」

「次会うまでに思い出しておく!」

 

獪岳はそう言い残して、走り出す。

何匹かの炎狐がその背中に襲いかかる。

しかし田辺の投げたクナイに貫かれ、空中で虚しく爆発した。

 

獪岳は炎上する刀鍛冶の里を走り抜ける。

破壊された建物の瓦礫の陰で、雑魚鬼やさっきの炎狐が人の死体をむさぼっている。

獪岳は無視した。

いちいち倒しにいくには時間も体力も消費しすぎる。

 

どおん、ばりばりっ……。

河原の方から微かに雷鳴が聞こえる。

積怒が術を使っているのだろう。

あちらの状況はどうなのか、フランソワと甘露寺は勝てるのか……

知る術はない。

 

「死ね日本人!キエエエーッ!」

 

満州服に辮髪という出立ちの鬼がヌンチャクを振り回して襲いかかってくる!

 

「"流々舞"!」

「ぎゃあああああ!?」

 

回避しつつの流し斬りで倒す!

視線を上げると、立ち並ぶ建物の屋根の上、遠くの山の中腹に稲荷神社の鳥居が見える。

 

今、境内から幾筋かの爆炎が立ち昇った。

河原だけでなくあそこでも戦闘が起こっているのだ。

アンジェリカはまだ生きて、戦っている。

獪岳はいっそう足を速める。

 

 

 ◆

 

 

時間は少し遡り──

獪岳が積怒やフォルネウスと戦っていた頃、稲荷神社では。

 

「Shit……!」

 

アンジェリカは毒づいた。

背後から首なしの可楽が組みついて、彼女をはがいじめにしている。

頸を切ったのに、力が緩まない。

 

「カカカッ!あいにくじゃのう、儂らは頸を斬られても死なんのよ!」

 

そのへんに転がっている可楽の生首が笑った。

 

「やれ、赤狐!殺すなとは言われたが、傷つけるなとは言われておらん。抵抗できぬよう手足を削げ!」

「ガルルルル……」

 

赤狐が刀を抜いた。

肉と骨でできた異形の刀だ。

それを手に、アンジェリカに近づく。

 

「離すしなさい、you idiot! バカ!」

「カカカッ、痛ッ!痛い!早くしろ赤狐!」

 

アンジェカは背後の可楽を肘打ちの連打で攻撃するが、逃れるには時間が足りなかった。

赤狐がやってきて、刀を振りかぶる。

 

その時、横から日輪刀が飛んできた。

──否、日輪刀を握る右手首ごと鎖を引いて飛んできている。

 

「ガルゥ!?」

 

赤狐はとっさに自分の肉骨刀で切り払った。

手首は鎖で引き戻されていく。

縁壱百式の腕に、戻る。

 

『これが鬼か。見るのは初めてだ』

 

縁壱百式は刀を手に、石畳を踏んで近づく。

赤狐の「上弦」「伍」の目と、百式の「百」の視線がかち合う。

 

Take this(これでも喰らえ)!」

 

アンジェリカは勢いよく後ろへ倒れ込み、可楽を地面に叩きつけた。

首なしの可楽は爆散した。

 

「カカカッ!なんともイキのいい雌猿じゃ、楽しい狩りになるのう!」

 

生首の方から新しい体が生える。

次の瞬間には、元通り五体満足の可楽に再生した。

 

「人違いですね。Statesに猿いないです」

 

アンジェリカは後転して立ち上がり、再び月の呼吸の構えをとる。

百式を横目に見て、

 

「ヒャクシキ。私助ける、どういう風の吹き回しですか?私殺しに来たはずですね貴方」

『状況が変わった。この場で唯一の人間であるお前に聞きたいことがある』

「聞きたいこと?」

「グルルルゥ!」

 

赤狐が肉骨刀を掲げた。

そして、牙をきしらせながら、いびつな人語を発した。

 

「血鬼術……"忌炉(きろ)白熱剣(はくねつけん)"……!」

 

とたんに、肉骨刀から炎が噴出。

その熱と光は急速に強まった。

アンジェリカは何メートルか離れているにもかかわらず、頬に焼けつくような熱気を感じたほどだ。

可楽が手を叩いてはやしたてる。

 

「よいぞ赤狐!そやつ何者か知らんが、とっとと殺してしまえ!」

「ガルルァーッ!」

 

赤狐が白熱剣を振るって百式に襲いかかる。

しゃきん。

百式の瞳が「百」から「雪」に変わった。

握る刀が急速に冷え、刃の表面に霜が生じる。

 

『雪の呼吸、肆ノ型──"吹雪"』

 

ガンッ!

赤狐と百式の剣がぶつかり合い、つば迫り合いに突入した。

極高温の刃と極低温の刃がバチバチと火花を上げてせめぎ合う。

不意に、百式の足からローラーが展開。

 

『どけ』

「ガァッ!?」

 

そのままローラーダッシュをかけ、敵を強引に吹き飛ばした。

空中で1回転して、本殿の屋根の上に着地する赤狐。

百式はアンジェリカの隣に立つ。

 

『お前は、私にどんな役割を期待する?』

「Huh……? この状況見てわかりませんか」

『答えろ。私にとっては重要なことだ。傀儡人形は役割を果たすために作られ、役割を果たすために稼働する』

「なら、ドクター・コテツに言われたことを続けてください。誰よりもbe strongであること。──でも、その強さは」

 

アンジェリカはウィンクして言う。

 

「結局は、鬼を殺すためのもの。そうでしょう?」

『……了解した』

 

百式は、頷いた。

 

「さあ、もっと楽しもうぞ!血鬼術、"天狗旋風(てんぐつむじ)"!」

「グルルル……!血鬼術、"稲火神使(いなほのしんし)"!」

 

可楽が羽団扇を振るうと3本の竜巻が発射され、石畳を砕きながら迫り来た。

赤狐がぶちまけた炎は30匹の炎狐に変じて、アンジェリカたちに襲いかかる。

 

「Fourteenth Form: Catastrophe – Tenman Crescent Moon!」

 

アンジェリカは日輪刀を最大まで伸長させ、全方向、広範囲を薙ぎ払う。

竜巻が2本吹き飛び、炎狐は20匹爆発した。

残る攻撃が迫るも、

 

『風の呼吸、参ノ型──"青嵐風樹"』

 

百式が放った技が、全方位に破壊の風を吹かせた。

残る竜巻1本、炎狐10匹が消し飛ぶ。

アンジェリカも百式も無傷だ。

 

『傀儡人形・縁壱百式、これより悪鬼滅殺を遂行する』

 

百式は宣言した。

──上弦が襲来したことで、里の人間が大勢死んだ。

虎徹博士の命も危うい。

しかしアンジェリカを相手にナンセンスな戦いを挑む必要がなくなり、鬼を相手に正義の戦いを行う機会を得た。

百式にとってこの一夜は不運であり、幸運でもあった。

 

 

【続く】

 

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