獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第26話

 

 

鬼の襲撃を受け、炎と阿鼻叫喚に満ちる刀鍛冶の里。

その中心部──

大路が交わる交差点のど真ん中に、人間の死体が山積みになっていた。

 

「ムシャムシャ、バリバリ」

 

その山の頂上に、哀絶はいた。

十文字槍を傍に置き、死体を食べている。

食べ続けている。

 

「まったく、損な……虚しく哀しき役回りよ……ムシャムシャ」

 

ぼやきながら、なおも食べる。

周囲では、雑魚鬼たちが里の各地から人間の死体を集めてきて、哀絶の近くに積み上げる。

この場所の死体はすべて哀絶の食料として用意されたものだった。

 

「すごい食いっぷりだぜ。全然手を止めねえ」

「まったくだ。見てるだけで胸焼けがしてくる」

 

雑魚鬼たちはヒソヒソとささやきかわす。

 

「いくら十二鬼月でも異常じゃねえのか、あの量は」

「大体、さっきから哀絶さんあそこから一歩も動いてねえじゃん。そんなに腹減るわけねえよ」

「おい、あんた刹火(せっか)とかいったか?なんか知ってるか」

「んー?知らない」

 

刹火と呼ばれた鬼は、女武道家風の鬼だった。

白い上衣、黒い袴を着て、黒い髪をストレートで伸ばす。

ようじで歯をせせっている。

 

「なんにせよ楽な仕事でいいじゃん。あたしたちはここで哀絶さんを護衛して、ご飯を集めてればいいんだからさ」

「それもそうだな」

「河原に回された連中は柱と戦わされてるらしいぞ」

「うひゃー!同情するぜ、マジに」

「あいつらバカばっかりだから妥当だろ」

 

鬼たちはだらだらと喋りながら、瓦礫から死体を掘り出し、哀絶に献上する。

時々は自分で食べる。

死体の中にはまだ息があるものもいたが、お構いなしだ。

 

「まったく、積怒も可楽も好き放題術を使いおって……腹が減ってたまらぬ……」

 

哀絶は食べ続ける。

 

 

 ◆

 

 

(((なにやってんだ、あいつら……)))

 

獪岳はその様子を物陰から伺っていた。

稲荷神社へ行くにはこの交差点を通るルートが最短だ。

しかし鬼たちと死体の山が道を塞いでいる形である。

 

(((里の外周を巡る道へ迂回するか?善逸と合流する見込みはなくなるが……)))

 

獪岳はそこまで考えて、ふと気づいた。

延々と食べ続けている鬼──会話を聞く限り"哀絶"という名前のようだが──の目に、「上弦」「肆」の文字があることに。

あれも上弦の肆のうちの一体なのだ。

 

もしかすると、哀絶は他の上弦の肆に栄養を供給する役割を担っているのではないか。

あれを殺すか、少なくとも食事を妨害できれば、稲荷神社にいた"可楽"や河原にいた"積怒"が弱体化する可能性がある。

アンジェリカやフランソワ、甘露寺を間接的に援護できる。

 

獪岳は哀絶を攻撃する方法を考え始めた。

護衛の雑魚鬼たちの気を引く方法はないか──

その思考は途中で打ち切られることになった。

雑魚鬼の1体が、懐から赤い音叉を取り出す。

 

「血鬼術、"海鳴渡(うみなりわたし)"」

 

コォーン……。

奇妙に歪んだ響きが周囲に広がっていく。

獪岳は、自分の肌がぴりぴりと痺れるような感覚を感じた。

あの鬼の術が、広範囲に何か作用を──?

 

「!」

 

音叉の鬼が急に振り返り、獪岳が潜んでいる方向を見た。

目が合う。

鬼は叫んだ。

 

「鬼狩りだ!鬼狩りがいるぞ、丑寅の方向!」

「「「何だと!殺す!」」」

 

周囲の雑魚鬼たちがにわかに色めき立つ。

 

(((クソッ!あの音叉、何か敵の位置を探るような異能だな!)))

 

獪岳は焦った。

雑魚鬼たちはみるみるうちに哀絶を取り囲み、防御陣形を作り上げていく。

時間がない。

焦燥に駆られ、真正面から突撃をかける。

 

「オラァ鬼ども!こうなりゃ逃げも隠れもしねえ、この獪岳様が全員地獄へ送ってやる!」

 

抜き放った日輪刀が炎を照り返してぎらりと輝く。

死体の山とその頂上の哀絶をめがけて、走る。

雑魚鬼たちは一斉に獪岳の方へ手をかざし、

 

「血鬼術、"破戒独鈷(はかいどっこ)"!」

「血鬼術、"凶箭射殺(きょうせんしゃさつ)"!」

「血鬼術、"安宅炮烙(あたけほうろく)"!」

「血鬼術、"緑銅大蛇(りょくどうおろち)"!」

 

一斉に術を発動した。

矢、弾丸、爆弾、レーザー光線、ヴァジュラ──

術で生成されたあらゆる種類の飛び道具が飛来する。

 

(((バカなっ!こいつら全員異能持ちだと!?)))

 

獪岳は戦慄した。

敵の飛び道具が、弾幕が、視界を埋め尽くす。

死が壁となって迫り来る。

 

ドクン。

獪岳の頭の中で鼓動が響き、思考は加速した。

刀で防ぐのは不可能だ。

テクニックでなんとかなる範疇を超えている。

ならば、避けるしかない。

 

(((絞り出せ)))

 

獪岳は自分の脳と体に命じた。

最大限の努力と工夫をこの瞬間に出力しろ。

さもなければ、死ぬ。

 

「水の呼吸、玖ノ型・改……!」

 

脳が解答した。

避けるのは敵の第一射だけでいい。

二射目以降は、敵の狙いの方を逸らすのだ。

体が動く。

 

「水流飛沫・(いん)!」

 

それは、水の呼吸の高速移動技と、フランソワから教わったリズム回避の融合。

獪岳がこの窮地でとっさに編み出したオリジナルの技だった。

軽やかな足取り、魔術のように緩急の効いた動作で、敵の弾丸と弾丸のわずかな隙間を伝う。

 

一瞬、微かに動きが鈍る。

腰に差した善逸の刀の重量が枷となったのだ。

赤い矢が1本、獪岳の左肩を貫く。

 

──しかし、それだけだ。

獪岳は頑丈な土蔵の陰に飛び込むことができた。

あの死の弾幕を、たった1発の被弾で凌ぎ切った。

 

「チイッ!あの鬼狩り、なんてすばしこいやつだ!」

「絶対に逃がすな、仲間を呼ばれるぞ!退路を断て!」

「お前とお前は哀絶さんを守れ!お前は俺と一緒に来い!」

 

雑魚鬼たちが瞬時に次の作戦を立てて動き始める。

河原にいた鬼たちとは明らかに動きが違う。

異能を持ち、なおかつ頭の回転も早い。

 

(((そうか、畜生!あの哀絶が上弦の肆の本体なんだ。だから強いやつばかり護衛に揃えているんだ!)))

 

獪岳はそう推理した。

土蔵の陰から近くの民家へ逃げ込み、一旦身を隠す。

左肩の矢を抜こうとするが、うまくいかない。

 

コォーン……。

また音叉が鳴り、肌がピリついた。

手鏡があるのを見つけ、格子窓から外へ突き出して様子を伺う。

鬼たちがこの家の周りに駆け寄ってきている。

また、あの音叉で探知された。

 

『ゴウオオオーン』

 

赤いクリスタルでできたゴーレムが鬼の中に混じっており、風音に似た低い鳴き声を上げた。

おそらくは、血鬼術で生み出された眷属だ。

本体を叩けば消えるかもしれないが──どの鬼が本体だ?

 

(((ぐ……!?なんだ……!?)))

 

獪岳は体に違和感を覚えた。

手足の指先に、痺れが生じる。

徐々に強まっていくようだ。

原因は何だ?

──不意に、フスマが開いた。

 

「やー、鬼狩りくん。あたしは刹火。せっちゃんって呼んでいいよ」

 

現れたのは、あの女武道家風の鬼──刹火だった。

まだ楊枝をくわえたままだ。

獪岳の肩に突き刺さっている矢を指差し、

 

「それ毒矢なんだってさ。よりによって厄介なのをもらっちゃったよね、キミも」

「何だテメエは。いきなり自分のことばかりベラベラとくっちゃべりやがって」

 

獪岳は吐き捨てるように言い、雷の呼吸の構えを取る。

 

「毒を喰らってようが、雑魚1匹始末するのに手間はかからねえぞ」

「ええ……?まだ頑張るわけ?面倒臭いなあ」

 

刹火はうんざりしたような顔で言った。

 

「できるだけ楽に殺してあげるからさ、おとなしく死んでくれないかな。……ああそうだ、言うとおりにしてくれるなら最期におっぱい触らせてあげても」

「肆ノ型──遠雷!」

 

獪岳は問答無用とばかりに斬りかかった。

彼が持つ中では最速の技、踏み込みざま叩きつける一撃だ。

 

「あー面倒ぉ」

 

刹火は裏拳1発でたやすく弾き返した。

獪岳はギョッとしつつも、すかさず次の攻撃へ移る。

踏み締めた足から稲妻がほとばしる。

 

「参ノ型、聚蚊成雷!」

 

刹火の周囲を高速で回転しながら、5連撃。

頸を、あるいは手足の付け根を狙う。

 

「無」「駄」「だ」「っ」「て!」

 

刹火は拳で、あるいは掌でそのすべてを弾き返した。

獪岳は今度ばかりは肝を潰した。

──何だこいつは?

──どうすれば倒せる?

困惑で、一瞬、動きが止まる。

 

「っらぁ!」

「ぐあっ!?」

 

次の瞬間には、獪岳は鳩尾に強烈な衝撃を受けて吹き飛ばされていた。

一瞬遅れて、パンチを繰り出す刹火の残像が見えた。

ドガンッ!

壁を突き破り、民家から外へ転がり出る。

 

「鬼狩りだ!鬼狩りが出てきやがったぞ!」

「囲め!逃すな!」

『ゴウオオオーン』

 

雑魚鬼とクリスタルゴーレムがたちまち取り囲む。

獪岳はどうにか起き上がり、睨んで牽制した。

手足の痺れは強まっていく。

刀を握る手が、徐々におぼつかなくなってくる。

 

「その腰の刀は使わないの?二刀流かと思ってたけど」

 

壁の穴から、刹火がのっそりと姿を現す。

 

「捨てた方がマシに動けるんじゃないの」

「あいにくだが、そうもいかねえ」

 

獪岳は強いて不敵に笑った。

腰の刀の重量は負担ではあったが、心の支えにも思えた。

少なくとも、これを弟に届けるまで自分は負けるわけにはいかないのだ。

そして、その先には稲荷神社の戦いも控えている。

 

「俺はテメエに勝つより重要な仕事をいくつも抱えてんだよ」

「おーっと。それちょっとムカつくセリフだな」

 

刹火は楊枝を吐き捨てると、ゆっくりと、両手の拳を構えた。

あくまで素手で戦うらしい。

 

「楽に殺してあげるってやつ、やっぱなしね」

 

獪岳は全集中の呼吸を深め、思考を巡らせた。

今の自分は麻痺毒と善逸の刀の重量という、二重のハンデを背負った状態だ。

戦うには、刹火は強すぎる。

逃げるには、周囲の異能鬼とゴーレムが邪魔すぎる。

哀絶にちょっかいをかけようとしたのは致命的な判断ミスだったのだ。

 

(((冗談じゃねえ、十二鬼月でもない連中にやりこめられてたまるかよ……!)))

 

獪岳が冷や汗を流したその時、

 

「新手だ!未申の方角!」

 

音叉の鬼が叫んだ。

その方角から今、跳躍して姿を現したのは──

 

「むーっ!」

 

長い髪をひらめかせた、竈門禰豆子だ。

 

「うわっ何アイツ?羅刹流(らせつりゅう)、"(げん)──」

「"遠雷"!」

「むう!」

 

刹火は何かしら迎撃しようとしたが、獪岳がとっさの判断で攻撃。

ガードを強いて阻止した。

 

「むぅーーっ!」

『ゴアアーッ!?』

 

禰豆子はゴーレムに飛び蹴りを叩き込んだ。

 

「「「ぐわあああ!?」」」

 

ゴーレムは異能鬼たちの群れの中に倒れ込んだ。

鬼たちは下敷きになり、あるいは巻き上がった粉塵に巻かれて混乱する。

 

「邪魔ぁ!」

「ぐはあっ!」

 

刹火は獪岳を殴り飛ばした。

禰豆子の方を見て、眉根を寄せ、

 

「あーそっか、キミが例の裏切り者の鬼っていう……」

「こっちを見ろ!」

 

背後から少年の鋭い声がした。

刹火が振り返ると、市松模様の羽織を着た剣士が走ってきたところだ。

 

「お前……!炭治郎!」

 

獪岳は目を見開いた。

炭治郎と禰豆子の兄妹が助けに来たのだ。

 

「俺は鬼殺隊の竈門炭治郎だ!今からお前の頸を斬る!」

「それわざわざ言う意味ある?うざったいなあ」

 

刹火は苛立ちを滲ませる。

その髪と両拳が赤く光り、赤いリボン状の布が出現。

ひとりでに伸縮して巻きつき、髪留めとバンテージになった。

布を生み出す血鬼術。

 

「せっちゃん、こっからは本気でいきまーす」

「ヒノカミ神楽、"円舞"!」

 

炭治郎がヒノカミ神楽で攻撃を仕掛けた。

刹火は拳で応じ、激しい打ち合いに発展する。

 

「行ってくれ!行け、獪岳さん!稲荷神社へ!」

 

炭治郎は獪岳の方を見ないまま叫ぶ。

獪岳は一瞬答えに詰まった。

……弟弟子である炭治郎こそが、滝沢のもとへ行くべきではないのか。

刹火に痛めつけられた後だからか、妙な気の迷いが頭をよぎる。

 

「むーっ」

 

禰豆子が近づき、獪岳の肩に手を触れた。

獪岳は全身火だるまになった。

 

「うおお!?何だお前っ……!」

 

獪岳は一瞬パニックになったが、やがて、熱さを感じないことに気づく。

禰豆子の血鬼術、"爆血"──

鬼やその術を燃やし、焼き尽くす炎だ。

獪岳の左肩に突き刺さった矢が、そして体内の麻痺毒までもが消えていく。

麻痺が消えた。

 

「滝沢さんに会うべきはあなたなんだ!自分の因縁に、自分の手で決着をつけてくれ!お願いだ!」

 

炭治郎の叫びが、獪岳の迷いを払った。

そうだ。

あの夜に……童磨に出会った夜に始まった因縁を、断ち切らなければならない。

今逃げてしまったら、あの夜は永遠に明けないのだ。

 

「──ああ、任せておけ!炭治郎、ここはお前と禰豆子に任せるぞ!」

「はい、頑張ります!やります!」

 

獪岳は炭治郎の答えに頷き、走り出した。

背後でひときわ大きな打撃音が響き、炭治郎が痛みにうめく声、禰豆子の怒りの叫びが聞こえる。

振り返りはしない。

任せたからには、信じ切る。

それがアンジェリカ流であり、獪岳流だ。

 

「貴様ァ止まれ!」

「"水影一閃"!」

「ぐわあっ!」

 

異能鬼が撃ってくるレーザーをすり抜け、反撃で殺す!

 

「黒焦げにしてくれるわ!」

「"水影一閃"!」

「ぎゃあっ!」

 

別の異能鬼が放つ電撃をすり抜け、反撃で殺す!

包囲網を抜ける!

 

土蔵の横を走り抜け、交差点へ。

死体の山と哀絶、それを護衛する異能鬼の別働隊が間近に見えてくる。

獪岳はもう哀絶を攻撃することに固執しなかった。

クリスタルを積み上げてゴーレムを作っている鬼もいたが、無視する。

 

別働隊が放つ弾幕は、先ほどより頭数が減っているために、密度もずいぶん下がっている。

獪岳は再び水流飛沫・韻を発動して回避。

そのまま交差点を突っ切り、稲荷神社への最短ルートを走った。

 

 

 ◆

 

 

「せっちゃんのやつ、取り逃したか。哀しきまでの無能よ……ムシャムシャ」

 

哀絶は、走り去っていく獪岳の背中を忌々しげに見送った。

自ら追撃することはできない。

積怒・可楽・空喜が術を連発してエネルギーを大量に消費しているために、食事を中断することができなかったのだ。

 

「ヒィィィ……」

 

哀絶の体内で、半天狗本体が怯えた声を発する。

野鼠のように小さな体の鬼だ。

 

「おお、どうか恐れなさるな。必ずや他の鬼たちが鬼狩りを殺し尽くし、あなたを守りますゆえ」

 

哀絶は優しく語りかけた。

──獪岳は哀絶こそが上弦の肆の本体だと推理していたが、それは正確ではなかった。

半天狗の本体は喜怒哀楽とは別に存在する。

そして今は、哀絶の体内に隠れ潜み、哀絶が摂取した栄養を取り込んで、喜怒哀楽の鬼へ供給していたのである。

 

 

【続く】

 

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