──その頃、炭治郎は。
「ヒノカミ神楽──"烈日紅鏡"!」
「むぅっーっ!」
炭治郎は燃える爆血刀を、禰豆子は燃える爪を振るう。
猛烈な連続攻撃を浴びせかける。
「羅刹流、"
刹火は高速パンチの連打で弾き返していく。
血鬼術で作り出した血布を腕に巻きつけている。
ムチのようにはね回って、爆血を払い飛ばす。
「ああもうーっ!熱っつい!熱っつい!本当ありえない!」
刹火はすでに爆血にあちこち肌を焼かれており、怒り心頭だった。
苛立ちに顔を歪めている。
「冗談じゃない、柱以外にこんな面倒な連中がいるとか聞いてない!とっとと死んでくれないかなッ!」
狙い澄ましたパンチで炭治郎の顔面を狙う。
しかし不意に炭治郎の輪郭がゆらめき、消えた。
パンチは空を切る。
「"幻日虹"……!」
その時、炭治郎はすでに刹火の背後にいた。
ヒノカミ神楽の技のうちの一つ、敵の視覚を幻惑する特殊な体運びだ。
炭治郎は刹火のうなじを狙う。
頸を……
「やっぱ、そういうやつね」
ポニーテールの髪をひらめかせて、刹火が振り向いた。
──読まれた。
炭治郎が退避するより早く、刹火の後ろ回し蹴りがみぞおちにめり込んだ。
「ぐああっ!」
炭治郎はタンスに激突したあと、格子窓を突き破って2階から落下。
その下の地面へ放り出された。
彼にとってはまずい展開だ。
異能鬼たちの飛び道具から逃れるために屋内へ逃げ込んでいたというのに。
「あーっ、いいもの見つけちゃった」
炭治郎の衝突で散乱したタンスの引き出しの一つに、刹火は手を伸ばす。
中から日輪刀が出てきた。
刹火はそれを抜き、禰豆子に笑いかける。
「あんた色々と変な鬼だけど、さすがにこれで頸斬れば死ぬんでしょ?」
「むぅーっ……!」
禰豆子は冷や汗を流し、後ずさる。
起き上がった炭治郎は窓の穴越しにその様子を見た。
「禰豆子っ!今……」
コォーン……。
音叉の音が響き、炭治郎の肌がピリつく。
「「「そこだな、鬼狩りめ!」」」
たちまち異能鬼の集団が押し寄せる。
炭治郎は歯噛みした。
禰豆子と刹火がいるのは2階だ。
そこまで移動していこうとすれば、この異能鬼たちに背中を撃たれてしまうだろう。
「おりゃあーっ!」
「むぅぅーっ!?」
刹火は血布で禰豆子を絡め取って振り回し、天井に叩きつけた。
床に落下し、うずくまって苦しむ禰豆子。
日輪刀を手にした刹火がニヤニヤしながら近づいていく。
「「「死ねーっ!」」」
異能鬼たちが一斉に血鬼術を発動。
雑多な飛び道具が炭治郎を狙って飛来する。
──この飛び道具に対処し、禰豆子を援護する。
時間がない。
同時にやらなければならない。
炭治郎の脳内で思考がスパークした。
できる方法を、自分は知っている。
そして自分の手には、強力な爆血刀──
多少は無理を通せるはずだ。
炭治郎はヒノカミ神楽の呼吸を深めた。
さらに、フランソワ直伝のリズム回避を発動。
飛び道具の嵐を逸らして回避する。
そして、コンマ数秒間待つ。
異能鬼のうちの誰かが、狙いの甘く、キレのない球を投げるのを。
(((あれだ)))
予測できた。
異能鬼は皆、攻撃的な戦闘意識の臭いを放っているが──そのうち1体が、一瞬だけ臭いを濁らせたのだ。
おそらく集中力が切れたのだろう。
案の定、フォームが雑になり、1発のヴァジュラがぬるい軌道で飛んでくる。
炭治郎は精密な計算とともに、爆血刀を振るった。
「ヒノカミ神楽……"
カキィン!
甲高い快打音が響いた。
ヴァジュラは打ち返され、2階の窓の穴から屋内へ撃ち込まれる!
「うぎゃあっ!?」
ヴァジュラは刹火の右肩に命中!
日輪刀を持つ右腕を吹き飛ばした!
「な……何!?誤射!?ふざけないでよね!」
さすがの刹火も何が起きたのか理解できず、混乱した。
慌てて壁の穴の近くから飛び退く。
しかしどこへ飛び退いたのか、炭治郎は臭いで把握している。
「もう1発ーッ!」
カキィン!
炭治郎は2発目の浮き玉、赤い毒矢を打ち返した。
毒矢は壁を貫き、その裏にある刹火へめがけて飛んだ!
「なッ!?」
刹火は反応が遅れ、回避することも弾くこともできなかった。
ただ、とっさに左手を突き出した。
毒矢は手のひらを貫通した後、掴まれて止まった。
(((まずッ……!これたしか麻痺毒の……!)))
刹火の脳内で危機感が弾ける。
刹火自身はあくまで十二鬼月ではない。
千切れた手足を再生するにも毒を分解するにも一定の時間がかかり、その間隙を晒すことになる。
一定の実力を持つ炭治郎を相手に戦い続けるのは絶望的。
「……ああー!もうやだ!もうやめたぁーっ!」
刹火はあっさり戦闘を放棄した。
窓から逆方向へ走り、飛び蹴りで壁を破壊。
そのまま走って──徐々に麻痺毒が効き始め、ふらつきながら──逃走した。
『ゴウオオオーン!』
「はあっ!」
炭治郎は襲いかかってきたクリスタルゴーレムを踏み台にして跳躍。
壁の穴から2階は戻った。
すでに刹火は雲隠れしており、禰豆子がよろめきながら立ち上がったところだ。
「禰豆子……!無事でよかった……!」
「むぅぅー」
炭治郎は禰豆子と抱き合った。
妹の匂いと感触、たしかな生存の手ごたえが兄を安心させた。
──ヒノカミ神楽、"恋舞"。
それは恋の呼吸の漆ノ型"相思相愛"に着想を得たものだった。
練習風景とフランソワの指導を見聞きした経験を、新たな技へ昇華させたのだ。
『ゴウオオオーン』
バキバキと音を立てて、クリスタルゴーレムが1階を破壊する音が聞こえてくる。
2階へ登ってこようとしているのだろう。
おそらくは自分たちを屋外へ追い出し、また異能の集中砲火を浴びせる算段だ。
炭治郎は自分の刀を一旦妹に預け、刹火が持っていた日輪刀を拾った。
目を閉じ、嗅覚を研ぎ澄ます。
……下にいる異能鬼たちをいちいち相手するのは、労力と時間を浪費しすぎる。
どうにか振り切って、もっと重要な敵を叩きにいきたい。
「!」
炭治郎はカッと目を見開いた。
目当ての臭いを嗅ぎ分けたのだ。
そして、格子窓の穴から屋外へ、日輪刀を投げつけた。
日輪刀は水平に回転しながら飛び、異能鬼たちがたむろしている中──
「ぎゃあっ!?」
ピンポイントに、音叉の鬼の首をはね飛ばした!
「まずい、サザメキが死んだぞ!」
「他に敵の居場所を探れる奴はいないのか!?」
「落ち着け!敵をこの場から逃さずに始末すればいい!」
異能の鬼たちがどよめく騒ぎが聞こえる。
「よし!いくぞ、禰豆子!」
「むーっ!」
炭治郎と禰豆子は、刹火が逃げる時に空けた壁の穴から屋外へ飛び出し、走った。
異能鬼たちは2人をすぐに見失ってしまった。
索敵役だった音叉鬼が死んだからだ。
炭治郎はさっきから異様な臭いを感じ続けていた。
きわめて濃い臭いの鬼と、それを護衛するかのようにずっと側にいる数体の鬼……
そして、大量の死体の臭い。
濃い臭いの鬼は死体のそばにずっと居座っており、不自然だ。
やがて、2人は到着した。
あの交差点へ。
目につくのは、先ほどとは別の異能鬼部隊と、その向こうの死体の山と──
その上でひたすら食べ続ける哀絶。
「貴様、花札の耳飾りの……!」
哀絶は炭治郎の顔を見るや、人肉を取り落とした。
その瞳には「上弦」「肆」の文字がある。
稲荷神社にいる1体目、河原にいる2体目に続いて、3体目の上弦の肆。
(((こいつだ)))
炭治郎は直感した。
小鉄博士の言葉がフラッシュバックする。
「人には、生まれ持った役割がある」──
それを今、ひしひしと感じている。
(((俺の今夜の役割は、この鬼を倒すことなんだ!)))
炭治郎は哀絶を見てはいない。
その体内に潜む、野鼠のように小さな──
しかし今まで出会ったどんな鬼よりも濃密な悪臭を放つ鬼を、嗅ぎ分けている。
「ヒィッ!?」
半天狗は身震いした。
◆
「バモオオオー」
牛頭羅は大木のような足で踏みつけた。
獪岳と善逸は間一髪で飛び退き、回避する。
衝撃で舞い上がった瓦礫が牛頭羅の足に吸い寄せられる。
そして、さっき善逸が霹靂一閃で刻みつけた傷を埋め、塞いでしまった。
「善逸!奴の血鬼術は──」
「瓦礫を操るとか、自分の周りで固めるとかか!?」
「そうらしいな!チマチマ傷つけても全部回復されちまうぞ」
獪岳と善逸はいったん敵との間合を離し、作戦会議を行う。
牛頭羅の大斧攻撃や、頭上を飛ぶ空喜の破壊音波爆撃から逃げ回りながら。
「手足や頸をブッタ切るには1撃でやらねえとダメだ」
「でも兄貴、俺たちの刀の刃渡りより奴の手足の方が太い!どうしても2発は要るぞ」
「同時に斬るんだ!俺も攻撃に回る」
獪岳は刀を振りかざし、牛頭羅の足を睨んだ。
「俺が右から、お前が左から同時に斬れば、刃渡りは2倍だ!」
「おい牛頭羅!悠長にやっていると足を掬われるぞ」
空喜が空から叫んだ。
「出し惜しみなしの本気でやれ!次の一撃でその鬼狩り2人を必ず殺せ!」
「バモオー」
牛頭羅は大斧を掲げ、全身から赤い光を放った。
獪岳と善逸は肌にビリビリする刺激を感じた。
膨大な血鬼術のエネルギーが周囲の大気へ放射されているのだ。
周囲の瓦礫が浮き上がる。
大小関係なく……時には小屋が1軒丸ごと地面から引き剥がされて……空中へ浮き上がっていく。
明らかに大技の準備だ。
しかしその過程で、瓦礫が空喜の斜線を遮った。
雷の兄弟はスタートを切った。
「ふんっ!」「はあっ!」
足元から空へ浮上していく無数の瓦礫は、さながら天地逆の矢の雨だ。
2人はそれを間一髪ですり抜け、身をかわして──
牛頭羅の足元へ。
狙うはその右足。
「"水影一閃"!」
獪岳の一撃が、右から左。
「"霹靂一閃"!」
同時に善逸の一撃が、左から右。
牛頭羅の足の肉、瓦礫を押し固めて作られた対荷重構造がバキバキと音を立てて破壊されていく。
臨界点。
崩壊が自己修復を、上回る。
「バモオオオー!?」
がごん、という音を立てて、牛頭羅の右足首に断層が生じた。
巨大な鬼は膝をつく。
斧を取り落とし、手をつく。
四つん這いの姿勢。
(((このままいける!頸を切る!)))
獪岳が確信したその時──
ごとん。
牛頭羅の生首が地面に落下した。
生首はもとの瓦礫に戻り、バラバラになって地面に散乱する。
獪岳は一瞬呆気に取られた。
(((──倒せた?なんだ?何が効いたんだ?)))
「兄貴ッ!殺せてない!」
善逸が叫んだ。
「奴の背中を見ろ!」
牛頭羅の背中に今、何か生えた。
一回り小さな牛頭羅の上半身だ。
獪岳は何が起きたのかやっと理解した。
牛頭羅は自分の頭を自切し、別の場所に新しく生やしたのだ。
遠い。
ここからでは、あそこへ斬りにいくには遠すぎる。
「喜ぶがいい!そいつの寄せ集めの体には脳も脊椎もない!」
空喜が空から嘲笑った。
「頸の位置など、1枚の布の皺寄せをどこに作るかという程度の問題に過ぎないのだ!」
「……終ワリ……ダゾ……」
小さな牛頭羅が人語を発した。
そして、両手を掲げた。
すでに頭上は舞い上がった瓦礫で埋め尽くされ、本物の雲の下に瓦礫の雲が広がっている。
その範囲は半径100mほどか。
「……血鬼術……"
それが今、一斉に自由落下を始めた。
巨大な吊り天井か落とし蓋のように、押し潰す攻撃が迫る。
善逸は反射的に避けようとして、戸惑った。
どこへ避けるというのだ。
どの方向へ行っても瓦礫の攻撃範囲から逃れることはできない。
霹靂一閃も火雷神も真上への攻撃には向かず、斬り払っての対応も不可能。
自分の手札では詰みの局面だ。
「ハァーッハッハッハ!2人揃って肉煎餅になるがいい!」
瓦礫の雲の上から空喜の嘲笑が聞こえる。
「善逸ーーッ!来い!」
獪岳が叫んだ。
善逸は、走った。
獪岳が何を考えているのかはわからなかったが、信じた。
縁壱百式とのギリギリの読み合いをも制してみせた兄の判断力を信じたのだ。
「雷の呼吸、伍ノ型……!」
獪岳は中腰に構え、自分の真上を睨んだ。
おそるべき圧力で迫り来る瓦礫の吊り天井を。
獪岳にとってはこの状況は詰みではない。
闘気がみなぎり、電光となって全身からほとばしる。
「"熱界雷"──!」
渾身の斬り上げが、天地逆の雷となって閃いた。
吊り天井を編み上げている岩石を、土くれを、木材を、光が貫く。
貫き、貫き、貫いて──
ついに曇天の空へ到達した。
獪岳の真上だけ、瓦礫の雲に穴が空いたのだ。
「肩借りるぞ、兄貴」
善逸はもう、何をすべきか理解していた。
黄色の羽織をはためかせ、獪岳の肩の上に飛び乗る。
「ああ、行け善逸。飛べ」
「"霹靂一閃・九連"!」
善逸は兄の肩を踏み台にして飛んだ。
獪岳が空けた穴へ飛び込み、その内側を螺旋状に駆け上がる。
最後の一蹴りで瓦礫の雲を抜け、その上へ飛び出す。
そうすればもう空喜は目の前だ。
「ば……バカな……」
空喜は理解できなかった。
なぜ善逸がまだ生きているのか。
なぜ自分の眼前にまで辿り着いているのか。
圧殺大天蓋は完璧な処刑攻撃だった。
それを人間が、たった2人で破るなどと──!
「何だ……?何なんだ、お前らはァ!?」
「"十連"!」
「ぐわぁぁぁ!!」
善逸の一刀が空喜の頸を断ち切った。
呑山や括媛がいた時に続いて、二度目。
今度はスピードが乗っており、段違いに強烈だ。
空喜は以前のように生首だけで飛んで逃げることができなかった。
眼下の地上では、瓦礫の雲がついに地面に衝突している。
獪岳は頭上に穴を開けていたので無傷だ。
牛頭羅がそれを見とめ、うろたえている。
善逸は止まらない。
空中で体をひねり、空喜の胸板を蹴る。
限界を超えた連続攻撃へ踏み出す。
「"十一連"──!」
次なる一撃は、斜め下へ。
飛びかかりざま、牛頭羅のうなじへ叩きつける。
「雷の呼吸、肆ノ型──"遠雷"!」
同時に獪岳が正面から踏み込み、自分が持つ最速の一撃を牛頭羅の喉へ叩き込んだ。
善逸の攻撃が後ろから前へ。
獪岳の攻撃が前から後ろへ。
ただでさえさっきより少し小さくなっていた牛頭羅の上半身、その頸は──あっけなく断ち切られた。
「バモッ……バモオオオーーッ……!?」
牛頭羅の全身はたちまち輪郭を失った。
肉が、骨が、元のとりとめのない瓦礫に戻り、轟音を立てて瓦解。
猛烈な粉塵を巻き上げて地面に堆積する。
瓦礫の山の上に、善逸は着地した。
遅れて、空喜の生首と首から下の体が降ってくる。
獪岳はそれを念入りに切り刻んだ。
「ハハハ……ならば行け!行くがいい」
空喜は刻まれながら笑った。
「俺たちは所詮、真の上弦の分かれ身に過ぎん。真の上弦である赤狐と戦い、己が無惨な末路に歓喜するがいい……!ハハハ、ハ──」
「負け犬がゴチャゴチャうるせえな」
獪岳は作業的に斬り続け、空喜を指先ほどのサイズの肉片に変えた。
「頸斬られても死なねえってなんだよ、まったく!付き合ってられるか。そのまま朝までバラバラになってろ」
「兄貴。そいつはその辺にしよう」
「フン……」
獪岳と善逸は示し合わせることもなく、同じ方向を見た。
稲荷神社へ続く石段を。
……後は、進むのみ。