獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第3話

 

 

「アバー」「アバー」「アバー」

 

腐った死体の群れは奇妙な声を発しながら、ふらふらとおぼつかない足取りで近づいてくる。

彼らは揃って両目から真っ赤なキノコを生やしていた。

そのグロテスクな有様に、小石山は震え上がる。

 

「ヒ……ヒィィーッ!ゾ、ゾンビ!」

「鬼め、まさか島民じゃなく俺たちを狙ってくるとはな。いい度胸だ」

 

獪岳が、ついで小石山が刀を抜く。

ゾンビは彼らを取り囲み、うずくまるように身を屈めたかと思うと、

 

「「「アバーッ」」」

 

一斉に跳躍し、2人に飛びかかった。

しかし獪岳は冷静に呼吸を深め、

 

「雷の呼吸、弐ノ型──稲魂(いなだま)!」

 

全方位へ向けて一瞬で5撃、繰り出す。

 

「「「アババーッ!」」」

 

飛びかかってきたゾンビが一気に5体死んだ。

小石山が目を丸くする。

 

「や、やるな獪岳!お前がそんなに強いとは」

「俺はテメエみたいなカスとは違えんだよ。次だ!」

「「「アバーッ」」」

 

次なるゾンビの波が、襲い来る。

 

「雷の呼吸、参ノ型──聚蚊成雷(しゅうぶんせいらい)!」

 

獪岳は激しく走り回りながら刀を振るい、近づくゾンビを次々に薙ぎ倒していく。

 

「ほ……炎の呼吸、壱ノ型……!不知火(しらぬい)!」

 

小石山もへっぴり腰で応戦し、ゾンビを1体ずつちまちまと倒した。

獪岳は一息つき、丘の上から北側を見下ろす。

押し寄せてくるゾンビは残り20体ほどか。

幸い、一体一体はさほど強くない。

この調子でいけば倒し切れる。

 

(((問題は、こいつらを操っている黒幕……異能持ちの鬼がどこにいるのかってことだが……)))

 

ゾンビたちの背後、森の方に目をやる。

……いた。

大きな木の下に、柿色の羽織を着た、若い男の鬼がいる。

 

柿色の鬼は獪岳を見返した。

数百メートルの距離を隔てて、2人は顔を合わせる。

鬼は挑発的に、首を掻っ切るジェスチャーをした。

 

「ヒィィーッ!か、獪岳!見ろ!」

 

小石山がわめき、南の方向を指差した。

見れば、南側の海岸から新たなゾンビの群れが上陸してきている。

 

(((やられた……!挟み撃ちだ)))

 

獪岳は舌打ちした。

これだけの数のゾンビ、すべて倒すのは困難だ。

2つのゾンビ集団はたちまち包囲を狭め、獪岳と小石山を取り囲む。

 

「あーっ畜生、逃げられない、もう逃げられない……!」

 

その時、小石山に異変が起こった。

太った体をぶるぶると震わせ、独り言を発する。

 

「畜生、こんなところで死ぬのか。嫌だ!死んでたまるか!ウアアーッ!」

 

そして叫び、走り出した。

自らゾンビの群れに突撃し、刀を振るう。

 

「弍ノ型、登り炎天(のぼりえんてん)ーッ!」

「「「アババーッ!」」」

 

繰り出した一撃は、先ほどまでとは比較にならない強烈さだった。

ゾンビを5体まとめて吹き飛ばす。

 

「参ノ型、気炎万象(きえんばんしょう)ーッ!」

「「「アババーッ!」」」

 

二撃目がさらに5体のゾンビが吹き飛ばす。

小石山はわめき散らしながら、猛烈な勢いでゾンビたちを切り刻んでいく。

まるで別人に変わったかのような勇敢さだ。

 

(((な、何なんだこのデブは?……だが、好機だ!)))

 

周囲を見回すと、小石山の大暴れによってゾンビの陣形が乱れている。

獪岳は自らも攻めに転じた。

やがて、北側のゾンビが全滅。

柿色の鬼を殺しに行く道が開けた。

 

しかし鬼は不利を悟ったものか、踵を返し……

一目散に、森の奥へ逃げていく。

 

「逃げた!?小石山、ゾンビを操ってる鬼が逃げやがった!追うぞ!」

「もう嫌だこんな島!ウアアーッ!」

 

小石山は獪岳を無視して、見当外れな方向へ走っていった。

鬼とはまるっきり逆方向だ。

 

「テメエ、ふざけるなピストルデブ!戻れ!戻って戦え!」

 

その背中に罵声を浴びせるも、小石山はそのまま走り去ってしまった。

獪岳は奮然としながら、自分1人で鬼を追う。

 

……しかし、1人ではダメだった。

森に入ってからも散発的にゾンビが現れ、足止めしてきたからだ。

結局、獪岳は鬼の背中を見失ってしまった。

 

「逃げるな馬鹿野郎!卑怯者!」

 

獪岳は森の暗がりに向けて叫ぶ。

 

「俺は鬼殺隊の獪岳だ!名乗れ!姿を見せろ!尋常に勝負しろ!」

(((ハハハ……そうか、獪岳か。似てるとは思ったがやはりお前か)))

 

それに応える鬼の声が響いてくる。

獪岳は顔をしかめた。

 

「どういう意味だ?俺はお前なんぞ知らん!」

(((今日のところはお前たちの勝ちにしておいてやる。近いうちにまた一勝負といこうじゃないか。ハハハ……)))

 

鬼の謎めいた高笑いが、遠ざかっていく。

 

 

 ◆

 

 

丘の上のキャンプ地に戻っても、小石山は帰ってきていなかった。

獪岳は森から持ち帰った木の枝を積み上げ、焚き火を熾した。

めらめらと燃える紅蓮の炎。

獪岳は木箱の上に座り、それをじっと見ていた。

 

(((取り逃しちまった。もう少しであの鬼を殺せたのに)))

 

獪岳は歯噛みする。

今回の任務を早々に達成できれば、自分の死罪は取り消されたかもしれなかったというのに。

 

(((それに、あの鬼……なぜ俺のことを知っていやがった?)))

 

獪岳はさっきの鬼の外見を思い出す。

遠目に見ただけではあったが……やはり、奴の顔に見覚えはない。

面識はないはずだ。

 

「I'm back! カイガク、コイシヤマ!戻りましたですよ!」

 

やがて、アンジェリカがキャンプ地に戻ってきた。

昼過ぎごろに「西の集落を見に行く」と言って出発したきり、今まで留守にしていたのだ。

何かの紙袋を差し出してくる。

 

「これはヤキトリですね、西の集落、ヤキトリdinerある見つけましたですよ私!」

「……」

 

獪岳が真顔で紙袋を受け取り、開けてみる。

たしかに焼き鳥が10本ばかり入っている。

獪岳は怒りを通り越して呆れた。

 

(((俺たちが戦ってる間、こいつは呑気に焼き鳥なんて買っていやがったのか。……もしかして、小石山よりこいつの方が無能か?)))

「Well……」

 

アンジェリカは周囲を見回す。

獪岳と小石山が切り刻んだゾンビの死体が散乱している。

 

「私がabsenceの間何かありましたですね、違いますか?」

「何もねえよ、別に」

 

獪岳はぞんざいにあしらう。

そして焼き鳥を1本、目の前の焚き火で炙ってから食べた。

 

 

 ◆

 

 

 ……数日後。

 

「「「495!496!497!」」」

 

3人は繰り返し素振りを行う。

獪岳と小石山、そして10歳ほどの島民の少年…… 舟太(しゅうた)である。

 

「「「498!499!……500!」」」

 

獪岳は日課の回数を終えると、テキパキした仕草で納刀。

ゴザの上で坐禅を始めた。

舟太も、疲労でよろめきながらそれに倣う。

 

「ヒィヒィ……もうダメだ、動けない……」

 

一方の小石山は疲労困憊で、だらしなくゴザの上に寝転がった。

その顔は青アザだらけである。

獪岳に殴られたケガだ。

 

あのゾンビの襲撃の後……

獪岳とアンジェリカは、逃げ出した小石山を捜索。

港で発見した。

どうやら、船で本土へ帰ろうとしていたらしい。

しかし本土への連絡船は1週間に1度しか出ないのだ。

 

獪岳は小石山を鉄拳制裁し、任務に全力で取り組むことを誓わせた。

小石山は意外にもあっさりとそれに従った。

隊律違反で処罰されることを恐れたのだろう……

獪岳はそう考えていた。

 

その翌朝、舟太がキャンプ地の丘に現れた。

東の集落に住む少年だ。

駐在の警官から獪岳らのことについて半端に聞き及び、鬼を退治しに来た軍人なのだと誤解していた。

そして、自分も鬼退治を手伝わせて欲しいと熱心に申し出ている。

 

曰く、あの柿色の鬼に家族を殺されたのだいう。

古い木刀を持っており、かねてからそれを使って鍛錬していたらしい。

そのおかげで歳のわりに体力があった。

 

「獪岳さん、こうして座っているだけで強くなれるんですか?」

 

舟太が坐禅を中断し、尋ねてくる。

 

「もっとすごい剣術を教えてくれませんか、鬼を徹底的にやっつけられるような。俺はきっと役に立ちますよ」

「黙れ。堪え性のない奴は強くなれねえ」

「おい、ちょっと冷たいんじゃないのか?獪岳」

 

小石山が口を挟む。

獪岳は睨みつけ、

 

「馴れ馴れしいぞ、腰抜けのカスめ。嫌ならテメエが教えろ」

「わ、わかったよ。……おい舟太、こっちに来いよ。ボクが教えてやるから」

「はい!」

 

小石山が舟太を連れて離れていく。

それを尻目に、獪岳は坐禅を続ける。

 

(((ガキに生兵法を仕込んだところで何にもならねえ。時間と体力の無駄だ)))

 

獪岳は考える。

自分はこの任務で手柄を立てなければ死罪である。

次にあの柿色の鬼に出会った時は、必ず奴を殺さなければならない。

たとえ、奴の正体がどうであろうと。

 

 

 ◆

 

 

「Z's……zzz……」

 

テントの中で、アンジェリカはいびきをかいて寝ている。

自分の大型の日輪刀を抱き枕のようにしていた。

 

「ムニャムニャ……I'm already full、もう食べられないね……」

「……」

 

獪岳はそれを軽蔑とともに見やる。

ここのところ、アンジェリカは昼の間キャンプ地を離れて島をパトロールしてばかりだ。

夜になると「鬼が出たら起こせ」と言い残してすぐに寝てしまう。

……一体、鬼のいない昼間にパトロールして何になるのか?

 

(((怠ける口実に決まってるぜ。やはりこの女は小石山よりアテにならねえ)))

 

獪岳は鼻を鳴らして、テントから外へ出た。

涼しい夜風が吹き抜ける。

すでに日は落ちて、空では星が瞬いている。

 

「おい獪岳、来いよ!綺麗だぜ」

「ああ?」

 

小石山の手招きに応えて、丘の上に登る。

東の集落の様子が一望できた。

あちこちで篝火が焚かれており、地上の星空のように輝いている。

 

「なんだあの篝火は……ああ、鬼に怯えてんのか。間抜けだな。太陽以外の光なんて鬼には効かねえのに」

「違うんだよ、獪岳。……舟太に聞いたんだが、あの火は死んだ家族の魂を導くために焚いているらしい」

「魂を……」

 

獪岳はもう一度夜景を見る。

あの篝火は、死体さえ見つからない家族たちが、せめて魂だけは家に帰れるようにという……

無知な島民たちの、ひたむきな祈りなのか。

 

「……獪岳。知らないみたいだから黙っていようかと思ってたけど、白状するよ」

 

小石山が座り込み、話し始める。

 

「ボクは……前回の任務で隊律違反をしたんだ。鬼から逃げたんだよ。他の隊士がその鬼を倒すまでに、無関係な人が大勢食われた……」

「何?」

「今回の任務で手柄を立てなければ死罪だって、そう言われているんだ」

「……」

 

獪岳は愕然とした。

この小石山も、自分と同様、処罰を待っている立場だった。

この任務は素行不良の隊員に手柄を争わせる蠱毒だったのだ。

 

「ボクは自分が恥ずかしい」

 

小石山はうつむき加減に言う。

 

「あの篝火のような想いを踏みにじらせないために鬼殺隊に入ったのに、今でもまだ、この島から逃げ出すことを諦められずにいる……」

「何だと……テメエ……」

 

獪岳はその臆病さを罵ろうとして、言い淀んだ。

……自分も敵から逃げたではないか。

この小石山と何の違いがある?

むしろ、自分の罪に向き合っている分小石山の方がまだマシなのではないか。

 

(((バカな!俺が出会ったのは上弦の弍だぞ。屈して当然の強敵だ。こいつとは事情が違う!)))

 

獪岳が内心で自分への言い訳を重ねていたその時……

2人の近くに、鎹鴉が舞い降りた。

 

「カァー!カァー!西の集落!西の集落に、ゾンビが出た!」

 

鎹鴉がわめく。

 

「ゾンビが人を襲っている!討滅せよ!」

「Zombies coming!?」

 

それを聞きつけ、アンジェリカがテントから飛び出した。

 

 

【続く】

 

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