炭治郎は息を吸い込んだ。
体の底から絞り出した力が、陽炎となってほとばしる。
「ヒノカミ神楽──"日暈の龍・頭舞い"!」
異能鬼たちの間を走り抜けながら斬りつける。
炎を纏った斬撃がのたうち、鬼の頸を次々と断ち切った。
「「「ぎゃあああ!?」」」
異能鬼たちは揃って首を狩られ、地面に倒れ伏した。
炭治郎は足を止めず、そのまま駆け抜ける。
交差点の中央にある死体の山──
その頂で食べ続けていた、哀絶のもとへ。
「何だと……?よもやこれほど……!」
哀絶は危険を悟り、十文字槍を取った。
「"円舞"!」
「ぬうっ……!」
その柄で、炭治郎の一撃をガードする。
しかしそれはほんのジャブに過ぎない。
「"灼骨炎陽"!」
「ぬううっ!」
続けざま飛んできたストレート、大ぶりな斬撃をかろうじて防ぐ。
食事に戻る暇は到底ない。
その間にも、積怒や可楽が強力な術を連発し、あるいは空喜が必死に肉体を再生しているのを感じる。
栓の抜けた風呂桶のように、溜め込んだ栄養が急速に消費されていく。
(((どいつもこいつも、こちらの状況も知らないで好き勝手に……!儂が本体を守っているんだぞ?儂を最優先にすべきなのがわからんのか!)))
哀絶は炭治郎の連撃を必死にさばきながら、周囲に視線を走らせた。
護衛部隊の生き残り……異能鬼とクリスタルゴーレムは、禰豆子と戦うので手一杯だ。
頼みの綱、最強の用心棒としてここに配置した刹火はどうしたのか?
どこをほっつき歩いているのか、まだ戻ってこない。
一方の炭治郎も、胸の内では必死だった。
刹火は自分と禰豆子が2人がかりでも敵わない難敵だ。
あの鬼が傷を癒して戻ってきたら、その時点でこちらの作戦は全て崩壊してしまう。
それまでに戦況を決定的に変えなければならない。
(((多少の危険を呑んででも──!)))
炭治郎は哀絶の間合いへと、あえて正面から飛び込む。
哀絶の目がぎらりと輝いた。
「哀しきまでの勇み足よな……!血鬼術、"激涙刺突"!」
瞬間、数十の刺突が炭治郎を襲った。
一つ一つがたやすく人体を貫通する威力。
炭治郎は歩みを緩めず、ただ、跳躍した。
「ヒノカミ神楽、"斜陽転身"──!」
刺突のほとんどを飛び越える。
避け切れないものに体を貫かれ、顔をしかめながらも──
空中から繰り出した爆血刀の一撃が、哀絶の胴体を胸のところで両断した。
「哀しき、不覚……!」
哀絶の胸から上がずるりと滑って、地面へ落下した。
その断面から、血とともに、拳大の何かがこぼれ落ちる。
「ヒエッ……!」
それは半天狗の本体だった。
小さな体を震わせながら、おそるおそる見上げる。
炭治郎の赤い目が見下ろしている。
「そうか、お前が」
炭治郎は怒り狂っていた。
哀絶の食料としてぞんざいに積み上げられた死体の臭い、1人1人異なる体臭や無念の残り香が入り混じって、彼の嗅覚を逆撫でしていた。
「お前が、ずっと隠れながら、人任せで……!お前がァ!」
「ヒエエエエ!やめてくれ!いじめないでぇぇ!」
半天狗は脱兎の如く逃げ出した。
瓦礫の狭間へ飛び込み、飛び越えて、ただでさえ小さいその背中があっという間にケシ粒になっていく。
「逃げるな卑怯者ォ!責任から逃げるなァァァ!」
炭治郎は叫び、嗅覚でそれを追跡した。
体を再生した哀絶がそれを追う。
禰豆子がさらにそれを追う。
半天狗、炭治郎、哀絶、禰豆子の4人は、10メートルほどの間隔を置きながらも、ほとんど1列になって移動し始めた。
「せ、積怒!助けてくれ積怒ォォ!」
先頭を走る半天狗は、河原を目指していた。
フランソワと甘露寺が戦う場所へ。
その頭上の空では、雲が風に吹き払われて少しずつ晴れ始めていた。
山奥の澄んだ空気の中で星々がまたたく。
しかしいまだ、夜明けには遠い。
◆
赤狐はスイカ大の炎塊を作り出し、頭上へ投げ上げる。
「血鬼術……!"
赤狐が念じると、炎塊は瞬時に膨張、爆散。
燃えるメテオとなって降り注いだ。
「ゼーッ、ハーッ……Tenth Form……!」
アンジェリカは極限の疲労に息を切らし、髪を振り乱しながらも、技を絞り出す。
「Drilling Slashes – Moon Through Bamboo Leaves……!」
長く伸ばした日輪刀を目まぐるしく振るい、頭上に円盤状の斬撃を展開。
メテオをすべて遮る。
「ハハァ!やるではないか!血鬼術、"山──」
「茶々入れんじゃねえ!"水影一閃"!」
「ぬおお!?」
十字砲火をかけようとした可楽を、獪岳が斬りつけて阻止。
一方、善逸は走り出している。
可楽とは違い、頸を斬ればおそらくは死ぬであろう赤狐の方へ。
赤狐の眷属が迎え撃つ。
炎狐の群れがあらゆる方向から善逸に飛びかかったのだ。
しかし横合いから真空波が飛来し、撃ち落とす。
風の呼吸の技だ。
『奴の刀に触れるな、我妻善逸!あの温度だと日輪刀を溶かされるぞ』
百式が叫ぶ。
右目は黒く焼け焦げて機能停止していたが、左目には「風」の字を光らせている。
善逸は炎狐の防衛網を突破した。
「グルルルァーーッ!」
赤狐が苛立ちに吠えた。
振りかぶる刀はぎらぎらと白く燃え、遠く離れていてもわかるほどの熱気を放っている。
血鬼術、忌炉白熱剣。
鍔迫り合いなどもってのほか、一度打ち合うだけでも相手の刀を溶かし尽くす。
──しかし、その炎で覆えているのは刃のみ。
生身の頸は、剥き出しだ。
「いいか。俺が兄貴の、壱ノ型だ。これは兄貴の一刀だ……!」
襲い来る白熱剣を前に、善逸は踏み切る。
「雷の呼吸、壱ノ型──"霹靂一閃"!」
炎を潜って、雷光が閃く。
直後、白熱剣を振り抜いた赤狐の背後に善逸はいた。
羽織の裾が黒く焼け焦げ、ブスブスと燻っているが、負傷は増えていない。
一方、赤狐は──
ぷしゅっと音を立てて、その首から血が噴き出した。
「ガアッ……!?」
赤狐はよろめき、首を押さえた。
完全には斬れていない。
しかし、直径の3割ほどは斬れている。
「血鬼術、"
可楽が極太の竜巻をいくつも生み出し、自分と赤狐の周りを薙ぎ払った。
鬼殺隊士たちは間一髪飛び退き、間合いを離す。
仕切り直しだ。
「ごめん皆、仕留め損ねた……!」
善逸が歯噛みする。
『だが、頸には触った。奴らは私とアンジェリカ相手なら圧倒できるが、4人相手だと無理らしい』
百式が分析する。
「アンジェリカ、まだいけるか?」
「ゼーッ、ハーッ。誰に言ってるますか、カイガク」
アンジェリカはべとつく汗を拭いながら言う。
「『黒死牟のオツカイで来た』言ってましたね奴ら。だから私負けるできないです。私が倒します」
「黒死牟?」
「後で説明しますとにかく。ゲホッ、ゴホッ!」
「チッ……」
獪岳は悩む。
アンジェリカは明らかに疲労困憊だ。
本当なら戦場から逃がして休ませたいところだが──彼女抜きでは敵の弾幕に対処できない。
アンジェリカの体力が尽きれば自分達も死ぬ運命なのだ。
そうなる前に早期決着を図るしかない。
「善逸、もう後がない。次は"火雷神"でやれ」
「わかった」
善逸は応え、再度突撃の構えを取る。
「カッカッカッ!おい赤狐、どうやら儂らは王手をかけられておるらしいぞ?いや、これは楽しい!」
可楽は手を叩いてひとしきり喜んだ後、
「こうなれば刀鍛冶どもを皆殺しにするのは二の次じゃ!目の前の彼奴等を倒すことに集中せねばな。──本気を出せ、赤狐!」
「アオオオーーン!」
赤狐は狼のように遠吠えした。
その声は稲荷神社の大気をびりびりと震わせ、刀鍛冶の里中に響き渡り──
「ガルルル!」「ガルルル!」「ガルルル!」「グルルァーッ!」
たちまち、何十匹もの炎狐が稲荷神社へ押し寄せた。
石段を、あるいは周囲の斜面を駆け上って境内へ姿を現す。
鬼殺隊士たちは身構えた。
しかし、炎狐が直接に襲ってくることはなかった。
狐たちは一目散に赤狐の方へ駆けていく。
その体に飛び込み、吸い込まれる。
「グルル……!ルアアアアアア!」
赤狐は両手を広げ、天を仰いだ。
炎狐たちは抱かれたがる愛玩獣のようにその胸の内へ飛び込み、吸収されていく。
赤狐の全身が光り始める。
(((──!)))
その現象の意味に、獪岳はいち早く気づいた。
河原からここまで来るまでに見た光景。
あちこちで死体を貪る炎狐の姿を。
「全員!なんでもいい、奴を攻撃しろォッ!」
獪岳は叫んだ。
百式と善逸は一瞬、戸惑った。
「奴は里中で人間を食った滋養を自分1人に集めてんだッ!ハッタリじゃない、何か仕掛けてくるぞ!」
「何っ!?」
『何だと』
そこまで言われて、2人はようやく危機感を共有した。
アンジェリカはというと、獪岳の最初の一言の時点で走り出していた。
「ゲホッ、ゴホッ!ゼーッ、ハーッ」
しかし、疲労が足を引っ張った。
咳き込み、体がぐらつく。
一歩遅れる。
「さあ、今ぞ!者ども出会えい!」
さらには、可楽が号令を下すや否や、境内の外周の草むらがガサガサと揺れ──
「「「ヒャッハァー!」」」
数十体の雑魚鬼が姿を現した。
「あいにくじゃのう!貴様らが4人に増えた時点で、里で遊んでいた連中を全員呼び寄せておいたのよ!」
可楽が挑発的に舌を出して笑った。
舌に刻まれた「楽」の文字が覗く。
(((バカな、伏兵?ずっとこの境内の周りに潜んでいたのか?)))
ショックを受けたのは善逸だった。
──気づくはずだ。
これだけの数の鬼が周囲に潜んでいたら、自分の耳なら必ず気づけたはずなのだ。
何故気づけなかった?
耳を触ると、血でべとついた。
空喜の破壊音波の直撃で受けたダメージ。
今初めて、違和感を自覚する。
──何だか、いつもより周りの音が遠くはないか。
「さあ行け、者ども!手柄を立てたら儂が十二鬼月に推薦してやろうぞ!」
「「「キヒィーッ!」」」
そう考える暇もあればこそ、雑魚鬼が押し寄せる。
「雷の呼吸、陸ノ型──"電轟雷轟"ッ!」
『雷の呼吸、陸ノ型──"電轟雷轟"』
獪岳と縁壱百式が雷の呼吸の大技を放ち、雑魚鬼を蹴散らした。
善逸の視界が再び開ける。
赤狐の姿が見える。
「行け善逸ーッ!お前が一番速いんだ!」
「──!わかったッ!」
善逸は返事の声を置き去りにして、ロケットスタートを切った。
獪岳と縁壱百式が開いた突破口へ飛び込む。
アンジェリカを追い抜く。
炎狐を次々と吸収し続ける赤狐と目が合う。
霹靂一閃で仕留められる間合いまで、あと4歩。
3歩。
2歩──
「そこじゃあ!"天狗旋風"!」
「ぐはぁっ!?」
可楽が放った竜巻が善逸を捉え、吹き飛ばした。
「カカカッ、突っ込むしか能のない猪武者めが!いい加減何をしてくるか読めるん、ぎゃあっ!?」
可楽の生首が宙を舞った。
アンジェリカはムチのように振るった日輪刀を引き戻しながら、なおも走った。
力をチャージし続ける赤狐と目が合う。
「グルル」
赤狐は牙を剥いて嗤った。
ハッタリだ。
アンジェリカはそう考え、最後の一撃を繰り出した。
「Moon Breathing Eighth Form: Moon-Dragon Ringtail!」
それは、龍が尾を振るうごとき一撃。
長く伸ばした日輪刀で、広範囲を薙ぎ払う。
回避で逃れることはできず、防御してもしなった刃が敵の体に巻きついて切り裂く──
しかし結局のところ、全ては一歩遅かった。
「ルアアアアアアアアアア!!」
赤狐は爆発した。
猛烈な閃光と熱風が吹き付ける。
鬼殺隊士たちはかろうじて顔面を庇った。
爆風が去り、鬼殺隊士たちが目を白黒させていると──
ガランと音を立てて、近くの石畳に何かが落下した。
それはアンジェリカの日輪刀の刃、その切先側の半分だった。
「
アンジェリカは、溶けて半分になった自分の日輪刀を唖然とした顔で見た。
そして、前方──
全身を白熱色に燃え上がらせる赤狐の姿を。
その姿は太陽を忌む鬼というよりむしろ、太陽の化身じみている。
「カカカッ!終わりじゃのう、お主ら」
可楽の生首が笑う。
「もう赤狐の頸を斬ることはおろか触れることさえ叶わぬぞ。それができる温度ではないのだ!」
「おい、百式……」
『……残念だが、奴の言う通りだ』
百式は自分の温度計機能を参照した後、獪岳に囁き返す。
『今のヤツは、全身がさっきの白熱剣と同じ温度になっている。頸だろうとどこだろうと、斬る前に刀を溶かされるぞ』
「クソが。イカれてんのか」
獪岳は毒づいた。
「血鬼術……"
赤狐は全身を白熱させながら、牙をきしらせて宣った。
それは鬼狩りの希望を完全に断つもの。
かつて鬼狩りだった鬼が、鬼狩りを殺すために編み出した最終奥義だ。