獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第30話

 

 

炭治郎は息を吸い込んだ。

体の底から絞り出した力が、陽炎となってほとばしる。

 

「ヒノカミ神楽──"日暈の龍・頭舞い"!」

 

異能鬼たちの間を走り抜けながら斬りつける。

炎を纏った斬撃がのたうち、鬼の頸を次々と断ち切った。

 

「「「ぎゃあああ!?」」」

 

異能鬼たちは揃って首を狩られ、地面に倒れ伏した。

炭治郎は足を止めず、そのまま駆け抜ける。

交差点の中央にある死体の山──

その頂で食べ続けていた、哀絶のもとへ。

 

「何だと……?よもやこれほど……!」

 

哀絶は危険を悟り、十文字槍を取った。

 

「"円舞"!」

「ぬうっ……!」

 

その柄で、炭治郎の一撃をガードする。

しかしそれはほんのジャブに過ぎない。

 

「"灼骨炎陽"!」

「ぬううっ!」

 

続けざま飛んできたストレート、大ぶりな斬撃をかろうじて防ぐ。

食事に戻る暇は到底ない。

その間にも、積怒や可楽が強力な術を連発し、あるいは空喜が必死に肉体を再生しているのを感じる。

栓の抜けた風呂桶のように、溜め込んだ栄養が急速に消費されていく。

 

(((どいつもこいつも、こちらの状況も知らないで好き勝手に……!儂が本体を守っているんだぞ?儂を最優先にすべきなのがわからんのか!)))

 

哀絶は炭治郎の連撃を必死にさばきながら、周囲に視線を走らせた。

護衛部隊の生き残り……異能鬼とクリスタルゴーレムは、禰豆子と戦うので手一杯だ。

頼みの綱、最強の用心棒としてここに配置した刹火はどうしたのか?

どこをほっつき歩いているのか、まだ戻ってこない。

 

一方の炭治郎も、胸の内では必死だった。

刹火は自分と禰豆子が2人がかりでも敵わない難敵だ。

あの鬼が傷を癒して戻ってきたら、その時点でこちらの作戦は全て崩壊してしまう。

それまでに戦況を決定的に変えなければならない。

 

(((多少の危険を呑んででも──!)))

 

炭治郎は哀絶の間合いへと、あえて正面から飛び込む。

哀絶の目がぎらりと輝いた。

 

「哀しきまでの勇み足よな……!血鬼術、"激涙刺突"!」

 

瞬間、数十の刺突が炭治郎を襲った。

一つ一つがたやすく人体を貫通する威力。

炭治郎は歩みを緩めず、ただ、跳躍した。

 

「ヒノカミ神楽、"斜陽転身"──!」

 

刺突のほとんどを飛び越える。

避け切れないものに体を貫かれ、顔をしかめながらも──

空中から繰り出した爆血刀の一撃が、哀絶の胴体を胸のところで両断した。

 

「哀しき、不覚……!」

 

哀絶の胸から上がずるりと滑って、地面へ落下した。

その断面から、血とともに、拳大の何かがこぼれ落ちる。

 

「ヒエッ……!」

 

それは半天狗の本体だった。

小さな体を震わせながら、おそるおそる見上げる。

炭治郎の赤い目が見下ろしている。

 

「そうか、お前が」

 

炭治郎は怒り狂っていた。

哀絶の食料としてぞんざいに積み上げられた死体の臭い、1人1人異なる体臭や無念の残り香が入り混じって、彼の嗅覚を逆撫でしていた。

 

「お前が、ずっと隠れながら、人任せで……!お前がァ!」

「ヒエエエエ!やめてくれ!いじめないでぇぇ!」

 

半天狗は脱兎の如く逃げ出した。

瓦礫の狭間へ飛び込み、飛び越えて、ただでさえ小さいその背中があっという間にケシ粒になっていく。

 

「逃げるな卑怯者ォ!責任から逃げるなァァァ!」

 

炭治郎は叫び、嗅覚でそれを追跡した。

体を再生した哀絶がそれを追う。

禰豆子がさらにそれを追う。

半天狗、炭治郎、哀絶、禰豆子の4人は、10メートルほどの間隔を置きながらも、ほとんど1列になって移動し始めた。

 

「せ、積怒!助けてくれ積怒ォォ!」

 

先頭を走る半天狗は、河原を目指していた。

フランソワと甘露寺が戦う場所へ。

 

その頭上の空では、雲が風に吹き払われて少しずつ晴れ始めていた。

山奥の澄んだ空気の中で星々がまたたく。

しかしいまだ、夜明けには遠い。

 

 

 ◆

 

 

赤狐はスイカ大の炎塊を作り出し、頭上へ投げ上げる。

 

「血鬼術……!"殺生星(せっしょうせい)"!」

 

赤狐が念じると、炎塊は瞬時に膨張、爆散。

燃えるメテオとなって降り注いだ。

 

「ゼーッ、ハーッ……Tenth Form……!」

 

アンジェリカは極限の疲労に息を切らし、髪を振り乱しながらも、技を絞り出す。

 

「Drilling Slashes – Moon Through Bamboo Leaves……!」

 

長く伸ばした日輪刀を目まぐるしく振るい、頭上に円盤状の斬撃を展開。

メテオをすべて遮る。

 

「ハハァ!やるではないか!血鬼術、"山──」

「茶々入れんじゃねえ!"水影一閃"!」

「ぬおお!?」

 

十字砲火をかけようとした可楽を、獪岳が斬りつけて阻止。

一方、善逸は走り出している。

可楽とは違い、頸を斬ればおそらくは死ぬであろう赤狐の方へ。

 

赤狐の眷属が迎え撃つ。

炎狐の群れがあらゆる方向から善逸に飛びかかったのだ。

しかし横合いから真空波が飛来し、撃ち落とす。

風の呼吸の技だ。

 

『奴の刀に触れるな、我妻善逸!あの温度だと日輪刀を溶かされるぞ』

 

百式が叫ぶ。

右目は黒く焼け焦げて機能停止していたが、左目には「風」の字を光らせている。

善逸は炎狐の防衛網を突破した。

 

「グルルルァーーッ!」

 

赤狐が苛立ちに吠えた。

振りかぶる刀はぎらぎらと白く燃え、遠く離れていてもわかるほどの熱気を放っている。

血鬼術、忌炉白熱剣。

鍔迫り合いなどもってのほか、一度打ち合うだけでも相手の刀を溶かし尽くす。

──しかし、その炎で覆えているのは刃のみ。

生身の頸は、剥き出しだ。

 

「いいか。俺が兄貴の、壱ノ型だ。これは兄貴の一刀だ……!」

 

襲い来る白熱剣を前に、善逸は踏み切る。

 

「雷の呼吸、壱ノ型──"霹靂一閃"!」

 

炎を潜って、雷光が閃く。

直後、白熱剣を振り抜いた赤狐の背後に善逸はいた。

羽織の裾が黒く焼け焦げ、ブスブスと燻っているが、負傷は増えていない。

一方、赤狐は──

ぷしゅっと音を立てて、その首から血が噴き出した。

 

「ガアッ……!?」

 

赤狐はよろめき、首を押さえた。

完全には斬れていない。

しかし、直径の3割ほどは斬れている。

 

「血鬼術、"龍巣風獄(りゅうそうふうごく)"!」

 

可楽が極太の竜巻をいくつも生み出し、自分と赤狐の周りを薙ぎ払った。

鬼殺隊士たちは間一髪飛び退き、間合いを離す。

仕切り直しだ。

 

「ごめん皆、仕留め損ねた……!」

 

善逸が歯噛みする。

 

『だが、頸には触った。奴らは私とアンジェリカ相手なら圧倒できるが、4人相手だと無理らしい』

 

百式が分析する。

 

「アンジェリカ、まだいけるか?」

「ゼーッ、ハーッ。誰に言ってるますか、カイガク」

 

アンジェリカはべとつく汗を拭いながら言う。

 

「『黒死牟のオツカイで来た』言ってましたね奴ら。だから私負けるできないです。私が倒します」

「黒死牟?」

「後で説明しますとにかく。ゲホッ、ゴホッ!」

「チッ……」

 

獪岳は悩む。

アンジェリカは明らかに疲労困憊だ。

本当なら戦場から逃がして休ませたいところだが──彼女抜きでは敵の弾幕に対処できない。

アンジェリカの体力が尽きれば自分達も死ぬ運命なのだ。

そうなる前に早期決着を図るしかない。

 

「善逸、もう後がない。次は"火雷神"でやれ」

「わかった」

 

善逸は応え、再度突撃の構えを取る。

 

「カッカッカッ!おい赤狐、どうやら儂らは王手をかけられておるらしいぞ?いや、これは楽しい!」

 

可楽は手を叩いてひとしきり喜んだ後、

 

「こうなれば刀鍛冶どもを皆殺しにするのは二の次じゃ!目の前の彼奴等を倒すことに集中せねばな。──本気を出せ、赤狐!」

「アオオオーーン!」

 

赤狐は狼のように遠吠えした。

その声は稲荷神社の大気をびりびりと震わせ、刀鍛冶の里中に響き渡り──

 

「ガルルル!」「ガルルル!」「ガルルル!」「グルルァーッ!」

 

たちまち、何十匹もの炎狐が稲荷神社へ押し寄せた。

石段を、あるいは周囲の斜面を駆け上って境内へ姿を現す。

鬼殺隊士たちは身構えた。

しかし、炎狐が直接に襲ってくることはなかった。

狐たちは一目散に赤狐の方へ駆けていく。

その体に飛び込み、吸い込まれる。

 

「グルル……!ルアアアアアア!」

 

赤狐は両手を広げ、天を仰いだ。

炎狐たちは抱かれたがる愛玩獣のようにその胸の内へ飛び込み、吸収されていく。

赤狐の全身が光り始める。

 

(((──!)))

 

その現象の意味に、獪岳はいち早く気づいた。

河原からここまで来るまでに見た光景。

あちこちで死体を貪る炎狐の姿を。

 

「全員!なんでもいい、奴を攻撃しろォッ!」

 

獪岳は叫んだ。

百式と善逸は一瞬、戸惑った。

 

「奴は里中で人間を食った滋養を自分1人に集めてんだッ!ハッタリじゃない、何か仕掛けてくるぞ!」

「何っ!?」

『何だと』

 

そこまで言われて、2人はようやく危機感を共有した。

アンジェリカはというと、獪岳の最初の一言の時点で走り出していた。

 

「ゲホッ、ゴホッ!ゼーッ、ハーッ」

 

しかし、疲労が足を引っ張った。

咳き込み、体がぐらつく。

一歩遅れる。

 

「さあ、今ぞ!者ども出会えい!」

 

さらには、可楽が号令を下すや否や、境内の外周の草むらがガサガサと揺れ──

 

「「「ヒャッハァー!」」」

 

数十体の雑魚鬼が姿を現した。

 

「あいにくじゃのう!貴様らが4人に増えた時点で、里で遊んでいた連中を全員呼び寄せておいたのよ!」

 

可楽が挑発的に舌を出して笑った。

舌に刻まれた「楽」の文字が覗く。

 

(((バカな、伏兵?ずっとこの境内の周りに潜んでいたのか?)))

 

ショックを受けたのは善逸だった。

──気づくはずだ。

これだけの数の鬼が周囲に潜んでいたら、自分の耳なら必ず気づけたはずなのだ。

何故気づけなかった?

 

耳を触ると、血でべとついた。

空喜の破壊音波の直撃で受けたダメージ。

今初めて、違和感を自覚する。

──何だか、いつもより周りの音が遠くはないか。

 

「さあ行け、者ども!手柄を立てたら儂が十二鬼月に推薦してやろうぞ!」

「「「キヒィーッ!」」」

 

そう考える暇もあればこそ、雑魚鬼が押し寄せる。

 

「雷の呼吸、陸ノ型──"電轟雷轟"ッ!」

『雷の呼吸、陸ノ型──"電轟雷轟"』

 

獪岳と縁壱百式が雷の呼吸の大技を放ち、雑魚鬼を蹴散らした。

善逸の視界が再び開ける。

赤狐の姿が見える。

 

「行け善逸ーッ!お前が一番速いんだ!」

「──!わかったッ!」

 

善逸は返事の声を置き去りにして、ロケットスタートを切った。

獪岳と縁壱百式が開いた突破口へ飛び込む。

アンジェリカを追い抜く。

炎狐を次々と吸収し続ける赤狐と目が合う。

霹靂一閃で仕留められる間合いまで、あと4歩。

3歩。

2歩──

 

「そこじゃあ!"天狗旋風"!」

「ぐはぁっ!?」

 

可楽が放った竜巻が善逸を捉え、吹き飛ばした。

 

「カカカッ、突っ込むしか能のない猪武者めが!いい加減何をしてくるか読めるん、ぎゃあっ!?」

 

可楽の生首が宙を舞った。

アンジェリカはムチのように振るった日輪刀を引き戻しながら、なおも走った。

力をチャージし続ける赤狐と目が合う。

 

「グルル」

 

赤狐は牙を剥いて嗤った。

ハッタリだ。

アンジェリカはそう考え、最後の一撃を繰り出した。

 

「Moon Breathing Eighth Form: Moon-Dragon Ringtail!」

 

それは、龍が尾を振るうごとき一撃。

長く伸ばした日輪刀で、広範囲を薙ぎ払う。

回避で逃れることはできず、防御してもしなった刃が敵の体に巻きついて切り裂く──

しかし結局のところ、全ては一歩遅かった。

 

「ルアアアアアアアアアア!!」

 

赤狐は爆発した。

猛烈な閃光と熱風が吹き付ける。

鬼殺隊士たちはかろうじて顔面を庇った。

 

爆風が去り、鬼殺隊士たちが目を白黒させていると──

ガランと音を立てて、近くの石畳に何かが落下した。

それはアンジェリカの日輪刀の刃、その切先側の半分だった。

 

My god(マジかよ)

 

アンジェリカは、溶けて半分になった自分の日輪刀を唖然とした顔で見た。

そして、前方──

全身を白熱色に燃え上がらせる赤狐の姿を。

その姿は太陽を忌む鬼というよりむしろ、太陽の化身じみている。

 

「カカカッ!終わりじゃのう、お主ら」

 

可楽の生首が笑う。

 

「もう赤狐の頸を斬ることはおろか触れることさえ叶わぬぞ。それができる温度ではないのだ!」

「おい、百式……」

『……残念だが、奴の言う通りだ』

 

百式は自分の温度計機能を参照した後、獪岳に囁き返す。

 

『今のヤツは、全身がさっきの白熱剣と同じ温度になっている。頸だろうとどこだろうと、斬る前に刀を溶かされるぞ』

「クソが。イカれてんのか」

 

獪岳は毒づいた。

 

「血鬼術……"旭日天衣(きょくじつてんい)"……!」

 

赤狐は全身を白熱させながら、牙をきしらせて宣った。

それは鬼狩りの希望を完全に断つもの。

かつて鬼狩りだった鬼が、鬼狩りを殺すために編み出した最終奥義だ。

 

 

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