獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

32 / 37
第32話

 

 

その頃、河原では――

フランソワと甘露寺がいまだに戦い続けていた。

激戦の末、河川敷は赤黒い絨毯を敷き詰めたかのように鬼の血で染まっていた。

 

「ゼエーッ、ハアーッ……!」

 

フランソワは肩で息をしながら、周囲を取り囲む雑魚鬼たちに視線を巡らせた。

戦闘開始時よりもずいぶん減らせた。

しかしまだ、無視できない頭数が残っている。

 

もしフランソワが恋の呼吸を使えたなら、すでに殺し尽くせていたはずだ。

しかし今、恋の呼吸に適した特殊刀は彼女の手にはなく、持っているのはごく普通の日輪刀だ。

本領ではない炎の呼吸でハイレベルな戦いに食らいつくことを強いられている。

蓄積した疲労とダメージは計り知れない。

 

「ええい、しつこい!いつまで余の手を煩わせるか!?消えよ!」

 

雑魚鬼の包囲網の向こうから、フォルネウスがまたスライム状物質の触手を伸ばしてくる。

フランソワは回避しようとした。

頭上から雷が降ってきて、彼女に直撃した。

 

「柱。貴様のあがきもこれまでよ……!」

 

積怒が錫杖を振りかざしていた。

その口元は雑魚鬼の血にまみれている。

麻痺したフランソワの体をフォルネウスの触手が絡め取ろうとした、その刹那。

 

「師範、危ない!」

「まあっ!?」

 

甘露寺が横から飛び込み、フランソワを抱えて跳んだ。

間一髪、触手は空を切る。

 

「ありがとう蜜璃ちゃん!またアータに助けられちゃったわねン」

「えへへ!私もそろそろ"柱"でしょうか?」

 

2人は背中合わせに立ち、周囲の鬼に警戒する。

睨み合いの膠着状態。

 

「ええ、蜜璃ちゃん。アータはもう私に近い実力がある……そして、まだまだ伸びしろがあるわ」

 

フランソワは汗で溶け落ちた化粧を拭う。

その眼差しに、一層強い覚悟の光が灯る。

 

「今、わかったわ。この場の鬼を倒し、アータを生き延びさせる……それが私の果たすべき役目なのよ」

「ありがとうございます、師範!じゃあ私は師範を――」

 

その時、夜空の彼方から――

白く燃えて輝く何かが、隕石のように降ってきた。

 

「ぐわあああ!?」

 

そして、積怒を押し潰して着弾した。

爆発が粉塵を巻き上げる。

フォルネウスが狼狽した。

 

「おのれ、鬼狩りども!なんだあれは!?」

「師範!?あれは何かの作戦……!?」

「知らないわよ私だって!」

 

甘露寺とフランソワも困惑していた。

燃え盛る炎の中で――

降ってきた"塊"が2つに分裂し、それぞれが立ち上がる。

傀儡人形と、狐頭の鬼だ。

その2人が燃え上がり取っ組み合いながらこの河川敷へ吹き飛んできたのだと、フランソワたちはようやく理解した。

 

『ピガッ、ピガッ――落ちろ、鬼……!』

 

傀儡人形――百式は、全身に黒焦げになり、異音を発していた。

それでもなお、狐頭の鬼へ掴みかかる。

その背後にある川へ突き落さんとして。

 

「グルル……!」

 

狐頭の鬼――赤狐は、全身を覆う白熱炎を脈打たせた。

右手の人差し指にひときわ強い光と熱が収束する。

血鬼術、忌炉煌々。

細く凝縮された白熱炎のレーザービームが夜の河川敷を薙ぎ払い、百式の頸をはね飛ばした。

 

『ピガガガーッ!』

 

百式は止まらなかった。

首無しになりながらも、赤狐にタックルをかけて拘束した。

 

――どんっ!どんっ!

続けざま、2発の砲弾が河川敷に着弾した。

獪岳と善逸だ。

 

「奴はどこだ!?」

「あそこだ!百式も一緒にいる!」

 

粉塵を置き去りにして走り、赤狐たちのもとへ。

 

『ピガッ……。イ、イソゲ』

 

足元に転がる百式の生首が、わずかに遺言を発した。

 

『ナガクハ、モタヌ。ピガッ……。』

 

その言葉を証明するように、取っ組み合う赤狐と首無しの百式の足元に、何かがぼたぼたと滴る。

百式の体の前面が溶け始めているのだ。

すでに"雪の呼吸"による冷却にも限界が来たらしい。

 

「兄貴!やばいぞ、どうすれば……!」

「蹴れ善逸!"火雷神"でやれ!」

 

善逸に対し、獪岳は指文字で命じた。

二度しか打てない切札である"火雷神"。

 

「今水場から逃げられたら追い込む方法はもう無えぞ!奴を蹴り落とせーッ!」

「わかったッ!」

 

善逸は加速し、さらに加速した。

周囲の景色が猛スピードで背後へ流れていく。

刀は抜かず、全神経を両足に込める。

全身が白熱している赤狐を蹴っても足を溶かされるだけだが――

赤狐に掴みかかった百式の背中ならば、話は別だ。

善逸は地面を蹴った。

超スピードにより周囲の景色が霞んで消し飛び、スターボウとなった。

 

「雷の呼吸、七の型・改――"火雷神・撃蹴脚(げきしゅうきゃく)"!」

 

善逸の超人的な脚力をのせた渾身の跳び蹴りが、首無しの百式の背中に直撃した。

百式の体は前方へ押しやられ、溶けるよりも早く、玉つきのように赤狐の体を突き飛ばした。

赤狐はよろめいた。

 

「ガッ、ガッ、ガッ、ガアアアア!?」

 

鬼は足元の砂利を溶かし、焼けた軌跡を残しながら、押しやられていく。

背後の川へ。

どれほどの高熱をも冷やすに足る膨大な水量をたたえた水面へ。

 

「落ちろクソッタレ!落ちやがれーッ!」

 

獪岳は叫んだ。

善逸は蹴りがヒットした地点に倒れこみ、反動のダメージでのたうち回っている。

2発目はすぐには撃てそうにない。

 

しかしその思いと裏腹に、鬼が押しやられる速度は急速に落ちていった。

赤狐が上弦の身体能力を発揮し、全力で踏ん張っているのだ。

――赤狐は踏みとどまった。

川まであと1メートルのところで。

 

ばしゃりと水音を立てて、その足元に煮凝りのようなものが落下した。

完全に溶け切った百式のボディのなれの果てだった。

赤狐は再び、何者にも縛られず、何者にも触れられることのない無敵の存在へ回帰した。

 

(((何か。何かあるはずだ)))

 

獪岳は焦燥とともに、思考を高速回転させた。

 

(((ここから奴を川へ叩き落す、冴えた作戦が……何か……!)))

 

しかしどれほど考えても、赤狐を動かす方法が思い浮かばない。

詰み。

その単語ばかりが頭の中を踊る。

何も思いつかないまま、今、赤狐は1歩川から離れ――

 

「――人間を!」

 

飛びかかったのはフランソワだった。

今や刀を投げ捨て、身軽。

川の水で濡らした隊服を右手に巻き付け、

 

「なめんじゃないわよォッ!」

「ガアアッ!?」

 

思い切り、殴った。

白熱する炎を纏った赤狐の顎にフランソワのアッパーカットが叩き込まれる。

赤狐の足が地面から浮いた。

白熱する鬼は空中へ打ち上げられ、もがきながら――水面へ吸い込まれていった。

 

「ガアアアアアーーッ!」

 

赤狐の絶叫とともに、間欠泉じみた水柱が立ち上った。

水蒸気爆発だ。

赤狐に接触した水が瞬時に気化し、そのたびに周囲から川の水が流れ込み、また気化する。

白熱燃焼していた赤狐の体温は急速に失われていく。

全身の体組織が凝縮し、押しつぶされるように破壊されていく。

 

「ガッ、ガッ、ガアッ!ガアアーーッ……!」

 

水柱が収まると、後には川の水が一部ボコボコと煮えたぎっている場所が残った。

しかしやがてそれも希釈されて消えていく。

川は赤狐の体温を呑みこみ、拡散させて流し去る。

 

「あ……兄貴?やったのか?」

「ああ、やった……!やったぞ!」

 

善逸の問いに、獪岳は興奮しながら答える。

稲荷神社で初めて見たときには無敵にしか見えなかったあの赤狐の炎の鎧を、ついに攻略したのだ。

 

「油断しちゃだめよ、2人とも……。鬼は頸を斬らなきゃ死なないのよン」

 

フランソワの声は苦しげだ。

獪岳はそちらを見て、ハッとした。

――フランソワの右腕、肘から先がドロドロに溶けて、地面に滴り落ちている。

無敵の鬼を1mだけ殴り飛ばすために支払った代償だ。

恋柱は顔色も悪く、脂汗を流しながら言う。

 

「アタシはもうアータたちを助けられないわ。アータたちがちゃんとトドメを――」

「ヒイイーーッ!」

 

フランソワの言葉を、誰かの悲鳴が遮った。

獪岳は周囲を見回した。

――どこだ?

悲鳴の主が見えない。

 

「獪岳さん!下だ!」

「むー!」

 

炭治郎と禰豆子が遠くから走ってきて、土手の上に姿を現した。

 

「竈門!?何故ここに!」

「上弦の肆の本体がそっちに逃げた!すごく小さい!下を見るんだーッ!」

「何だと!?」

 

獪岳は足元に目をやった。

すると、野鼠のように小さくすばしこい鬼が、足元を通り過ぎていくところだった。

その瞳に「上弦」「肆」と字があるのがかろうじて見て取れる。

 

「こんなちっぽけな奴が本体だと!?チイッ、雷の呼吸――」

「危ない!皆避けてっ!」

 

甘露寺の警告が飛んだ。

 

「まとめて飲み込んでくれる!深淵メイルシュトローム!」

 

フォルネウスが高速回転する触手で薙ぎ払った。

鬼殺隊士たちは攻撃を中断し、回避行動をとらざるを得ない。

小さな鬼――半天狗は、触手の下をちょろちょろと走り抜ける。

そして、体を再生して立ち上がった積怒にすり寄った。

 

「ヒイイイイ!積怒助けてくれえ、みんな儂を虐めるううう」

「何……?哀絶や刹火が貴方を守っているはずでは……」

「もう逃がさないぞ、悪鬼!」

 

炭治郎と禰豆子が土手から滑り降りてきて、河原の戦場へ加わる。

それと入れ替わるようにして、土手の上に哀絶が現れた。

積怒と半天狗の方を見下ろす。

 

「積怒……!すまぬ、儂では守り切れず」

「ぬううーっ……!」

 

積怒は顔を紅潮させ、わなわなと肩を震わせた。

眉間に青筋が浮かぶ。

 

「何故こうもうまくゆかぬ?敵は誰も彼もしぶとく、味方は誰も彼も無能――ええい、もういい!」

 

積怒は両腕を大きく広げた。

その全身の肌がねじれて、大きな口がいくつも生じた。

口が一斉に開く。

びっしり生えそろった鋭い牙があらわになる。

 

「儂がすべての問題を解決し、消し去ってくれる!贄となれ!」

 

そして次の瞬間、それらの口が猛烈に空気を吸引し始めた。

周囲の粉塵や木の葉もろとも、鬼殺隊士や周囲の鬼たちを吸い込みにかかる。

 

「「「ぎゃあああ!?」」」

 

真っ先に、雑魚鬼たちがバキュームされた。

積怒は全身の口からそれらを捕食し、飲み込む。

積怒の体が一回り肥大化する。

 

「きゃあっ!?」

「師範、手を!」

 

負傷と疲労が蓄積したフランソワを甘露寺が助け、踏みとどまる。

 

「うわあっ!?」

「あぶねえ、善逸!」

 

火雷神の反動で足が痺れていた善逸を獪岳が助け、踏みとどまる。

 

「が、頑張れ禰豆子!踏ん張れ!」

「むー!」

 

竈門兄妹は互いに支え合い、この吸い込みをしのいだ。

 

「余をこの程度のそよ風で何とできると!」

 

フォルネウスは触手で周囲の大岩や樹木にしがみつき耐えた。

 

「バカな!積怒、止め……!ぬおおお!」

 

哀絶は逃れることはできなかった。

積怒の口の一つに吸い込まれ、噛み砕かれて、飲み込まれる。

積怒の体はさらに一回り肥大化した。

今やぶくぶくと膨れ上がった肉の塊のような姿だ。

 

「可楽と空喜はどこに……ええい、もうよい……ハアアアアーッ!」

 

積怒が気合の叫びを上げると、その巨体にひときわ太い血管が浮かび上がり、脈打った。

体が縮み始める。

捕食で蓄積した血肉と養分が凝縮し、積怒を核としてより強力な鬼に再構成されていく。

――数秒後には、少年の姿をした鬼がそこに立っていた。

 

「ひっ」

 

甘露寺が怯み、後ずさった。

この子供鬼は、今までの鬼にない強烈なプレッシャーを放っている。

体内に凝縮された膨大な破壊と殺戮のエネルギーの気配が、炭治郎のような超感覚の持ち主ではなくても感じ取れる。

 

「――極悪人どもめら。これほど小さき弱者を追い回し、甚振るとは。不快、不愉快極まれり」

 

子供鬼は手のひらの上の半天狗を撫でながら、鬼殺隊士たちを睨みつけた。

両目には「上弦」「肆」の文字。

喋るたび、舌に刻まれた「憎」の漢字が覗く。

 

「儂は憎珀天。畏れよ、悪人ども。貴様らに沙汰を下す地獄の奉行なるぞ」

 

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。