獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第33話

 

 

――「悪人」。

憎珀天の言葉が、獪岳の胸にぐさりと突き刺さった。

かつて子供だった頃、命惜しさに仲間を鬼に売った記憶――

あるいは滝沢を置いて童磨から逃げ出した記憶が去来する。

 

「ふざけるな。鬼のお前が言えたことじゃないだろう」

 

反駁したのは炭治郎だった。

 

「俺たち人間も正しいことばかりできるわけじゃない。俺だって後悔することはたくさんある。それでも今できることを必死にやってるんだ。それを、お前には……」

 

憎珀天が放つ強烈なプレッシャーに微かに声を震わせながらも、真向から睨み返す。

 

「今まで人を山ほど食ってきた鬼畜のお前には、上から断罪する資格なんてない!」

「そ、そうよ!何が地獄の奉行よ!あなたみたいな子供のお奉行がいるわけないでしょ!」

 

甘露寺が便乗した。

 

「黙れ。餓鬼に、あばずれめ」

 

憎珀天は両手の打棒を構えた。

背中から雷神のように生やした連鼓が、破壊エネルギーの気配を脈打たせる。

どどん!どどどん!

鬼が太鼓を5度打つと、その足元の地面が爆ぜる。

そして龍頭の大木が5本生え、龍のそのもの動きでのたくった。

 

「貴様ら、悪びれもせぬ鬼畜外道の悪鬼羅刹ども――1人として次の朝日を拝ませはせぬ!」

 

龍たちは揃って大口を開け、貫通性の光弾を吐き出した。

炭治郎と禰豆子、甘露寺はこれに反応した。

回避し、あるいは刀で斬り払う。

 

「く、黒沼さん!俺は置いて……!」

「バカ言わないの!」

 

いまだに立ち上がれない善逸とそれを安全な場所へ運ぶ最中のフランソワに光弾が降り注ぐも、

 

「雷の呼吸、弐ノ型――"稲魂"!」

 

獪岳がそれを庇って立ち、高速の連続斬撃で弾き返した。

 

(((そうだ、俺は悪人だ。何をするにも打算ばかりの、貪欲な悪人でいいじゃねえか)))

 

続けざま襲いかかってきたフォルネウスの触手を回避し、すれ違いながら切り裂く。

その太刀筋に、さっき生じた一瞬の精神的動揺はもはや無い。

 

(((正義の人になろうなんて、初めから考えちゃいなかったはずだろ!)))

「ヒイイイイ!」

 

悲鳴を上げて、半天狗本体が逃げ出した。

拳大ほどの小さな体でちょろちょろと走り、微かに白み始めた空の下、いまだ闇の深い森の中へ消えていく。

 

「竈門!あれを追え!」

 

獪岳は炭治郎に襲いかかった木龍を伐採しながら命じた。

 

「お前の鼻であのチビを追い詰めて殺せ、必ず!この分身鬼は俺と甘露寺で足止めする!」

「はいっ!禰豆子、お前も来い!」

「むー!」

 

炭治郎と禰豆子は憎珀天との戦闘を中断した。

河川敷の戦場を離れ、半天狗本体を追う。

憎珀天がその背中を睨んだ。

 

「行かせると思うか……!貴様ら極悪人は全員ここで――」

「――"水影一閃・三連"!」

 

河川敷を、稲妻が駆け巡る。

次の瞬間、光弾を吐き続けていた木龍が3匹まとめて斬首された。

獪岳が繰り出した、超高速の三連続ダッシュ斬りだった。

 

「何……!」

 

憎珀天は思わず炭治郎たちから注意を逸らし、正面の敵に向き直った。

獪岳が切り開いた突破口から、甘露寺が踏み込んできている。

 

「切り刻め、甘露寺!」

 

獪岳が叫んだ。

 

「その分身鬼どもは頸を斬っても死なねえが、バラバラにしてやれば再生までに時間がかかる!」

「わかったわ!恋の呼吸、弐ノ型――」

 

リボン刀を振りかぶった甘露寺の体が――ぐらりと揺れ、つんのめった。

獪岳は目を見開いた。

甘露寺の足元の地面から生えたフォルネウスの触手が、彼女の足を掴み、次の一歩を封じている。

 

「上弦に気を取られ、余を軽んじた。その浅はかさが命取りよ」

 

フォルネウスが嗤った。

甘露寺は体勢を立て直そうとした。

それより早く、憎珀天が致命的な一撃を吐き出した。

 

「血鬼術――"狂圧鳴波"!」

 

大気が震えた。

収束された凶悪な破壊音波が人体を直撃し、破壊。

大小の人体の破片と大量の血液が、憎珀天の目の前で飛び散った。

 

「あ……あ」

 

甘露寺の頬に、血が降りかかった。

彼女の目の前で体の前面をはじけさせて、地面に崩れ落ちたのは――

恋柱、フランソワ黒沼だった。

 

「師範……」

 

甘露寺は茫然と見下ろした。

――フランソワに、庇われた。

――そのせいでフランソワは死ぬ。

甘露寺の思考はその事実を受け止められず、一瞬フリーズした。

 

「脆いものよ、人間は……!」

 

憎珀天がその隙をついて殴りかかった。

頭蓋を一撃で砕く威力の拳が甘露寺を襲う。

 

「雷の呼吸、肆ノ型――"遠雷"!」

「ぬうっ!?」

 

獪岳がそれを阻んだ。

最速の一撃で憎珀天の拳を斬り飛ばす。

そのまま参ノ型"聚蚊成雷"へ移行し、肉薄しての連続攻撃で憎珀天の動きを封じる。

 

「しゃんとしろ甘露寺ッ!全部無駄にするつもりか!?黒沼の努力も!」

 

獪岳は叫んだ。

甘露寺はすぐには決断できなかった。

戦い続ける獪岳と、体の前面を無残に弾けさせて倒れたフランソワを交互に見る。

 

「あっ、ああ……師範、私、私のせいで……私どうすれば……」

「ゴボッ……蜜璃ちゃん、行って、行きなさい」

 

フランソワは、血だまりの中、ずたずたに裂けた口でかろうじて言葉を発した。

 

「あなたが、新しい……最後の恋柱になるのよン……」

「ああ……うわあ……わあああーーーっ!」

 

甘露寺は叫んだ。

叫びながら、師範に背を向け、戦場へ駆け戻っていった。

 

(((辛いことを言ってごめんなさい、蜜璃ちゃん。でも、頑張っているあなたは素敵よン)))

 

フランソワはもう目は見えていなかったが、気配でそれを察した。

薄れゆく意識の中で、最後の思考を巡らせる。

誰に伝えるでもない言の葉。

 

(((蜜璃ちゃんのことも獪ちゃんのことも、もう少し見ていたかったけど……ちゃんと育てて、守れたんだから、悪くない最期ね。そうでしょ、杏ちゃん……)))

「ああ、黒沼殿。それこそ柱の本領だ」

 

懐かしい声が応えた気がした。

懐かしい人がこちらを見下ろしている気がした。

彼女は微かに笑い――そして、死んだ。

 

 

 ◆

 

 

憎珀天は再び太鼓を叩いた。

 

「血鬼術――"驟雷招来"!」

 

とたんに、周囲の木龍が雷を吐き始めた。

積怒が錫杖から放っていたのと同じ稲妻だ。

 

「がはあっ!」

 

獪岳はしばらく回避していたが、やがて集中砲火に屈した。

1発の雷が命中し、体が麻痺する。

 

「隙あり!深淵キャプチャーッ!」

 

その隙を逃さず、フォルネウスが触手で――否。

フォルネウスが伸ばした触手は、空中で切り刻まれて四散した。

体勢を立て直した獪岳の近くに、甘露寺が着地する。

 

「甘露寺!助かったぜ」

「……この、バカ鬼たち……もう許さないから」

 

甘露寺は泣いていた。

泣きながら、怒りながら、固い決意を固めてもいた。

柱として鬼と戦う決意だ。

 

「覚悟しなさい!この恋柱、甘露寺蜜璃が相手よ!」

「思い上がるな、あばずれが……!」

 

憎珀天はいらだちもあらわに、太鼓を乱打した。

周囲で木龍が荒れ狂う。

豪雨のごとく、獪岳と甘露寺の周囲の空間を埋め尽くす勢いで無数の雷が降り注いだ。

 

「水の呼吸、玖ノ型・改――"水流飛沫・韻"!」

 

獪岳は持ちうる限り最強の回避技を発動し、全力でそれを回避する。

甘露寺は――避けなかった。

 

「恋の呼吸、漆ノ型――」

 

今ならできるはずだし、無理でもやらなければならない。

そんな確信と使命感があった。

憎珀天の呼吸を読んで、飛来する雷に向けて剣を振るう。

 

「――"相思相愛"!」

 

カキイン!

甲高い金属音が鳴った。

十分な闘気を乗せて寸分違わぬタイミングで放たれた一撃は、物理法則を無視して雷を打ち返した。

 

「ぎゃあああ!?」

 

そして、打ち返された雷はフォルネウスに命中した。

全身を分厚く覆う透明物質の鎧を電流が突き抜け、本体である少年鬼の体を苛む。

憎珀天は自分の技を逆用されたことに動揺した。

わずかな隙。

 

「バカな、儂の雷を……!」

「これでも喰らえや!」

「ぬうっ!?」

 

獪岳はフランソワ黒沼の刀を拾い、投げつけた。

憎珀天は防御したものの、隙が拡大する。

雷の弾幕が、明らかに緩む。

 

「イカの鬼!まずは貴方からよ!」

 

甘露寺は宣言し、まばらな雷をかいくぐって走った。

フォルネウスとの間合いを急速に縮める。

 

(((げ、迎撃……防御を……)))

 

フォルネウスは触手を動かして対応しようとした。

しかし、体が痺れて動かない。

触手のコントロールもうまくいかない。

 

「恋の呼吸、肆ノ型――"指切り恋文(ゆびきりこいぶみ)”!」

「ぐわあああああ!!」

 

甘露寺が繰り出したのは、フォルネウスの本体の頸を狙っての集中的な連続攻撃だ。

フォルネウスの"深淵の衣"――透明物質でできた大イカの肉は、繰り返し切り刻まれ、自己修復よりも早く押しやられた。

ついに露出した本体の頸を、最後の一撃が断ち切る。

甘露寺が着地すると、その背後にフォルネウスの生首が転がった。

 

「あり得ぬ!認めぬ!余は深淵の支配者なのだ!そうでなければ余は……何のために……」

 

生首はわめきながら、灰のように崩れて消えた。

大イカもたちまち形を失い、蒸発して、跡形も残らなかった。

 

憎珀天は罵詈雑言を吐き、獪岳と甘露寺を攻撃した。

しかし強力な防御の技を使いこなす2人を相手に1人で押し切ることはできなかった。

――そして、終わりの時は早々に訪れた。

 

 

 

 ◆

 

 

半天狗は崖の下まで逃げ延びることはできなかった。

 

「おのれ、離せぇ!儂が可哀そうだと思わんのかぁぁぁ!」

「むぅぅーーっ!」

 

暗い森の中、暴れる"恨"の鬼を禰豆子が羽交い絞めにして捉える。

爆血刀を手にした炭治郎がにじり寄る。

 

「これで最後だ、悪鬼……!はあッ!」

「がああ!?」

 

恨の鬼の胸を、腹を深々と切り裂く。

血とともに零れ落ちた、小さな半天狗本体を見下ろす。

目が合う。

半天狗は炭治郎の赤い瞳の向こうに自らの走馬灯を見た。

 

(((どうしてお前さんは――)))

 

幻聴。

 

「その命をもって、罪を償えーーッ!」

 

次の瞬間には、燃える刃が半天狗の頸を断ち切り、吹き飛ばした。

 

「ぎいやああああっ!!」

 

半天狗本体と"恨"の鬼の残骸は爆ぜて、森の地面に飛び散った。

それが消滅するのを、たしかに確認。

炭治郎と禰豆子は緊張の糸が切れ、揃って座り込んだ。

 

「はあっ、はあっ……やった、やったぞ……上弦の肆を、倒した……」

「むうー……。ううー」

 

禰豆子は眠たそうに眼を瞬き、こすり始めた。

炭治郎は背中から箱を下す。

 

「禰豆子、眠っていいぞ。よく頑張った。後は兄ちゃんがやる」

「むう……」

 

禰豆子は体を縮めて箱に入ると、すぐに寝息を立て始めた。

炭治郎はそれを背負って歩き始める。

まだ日の出までには時間がある。

鬼の残党が徘徊しているかもしれない以上、置いていくことはできない。

 

炭治郎は2歩、3歩と歩いた後――よろめいて、倒れた。

かろうじて背中の箱を庇う。

集中力が途切れ、全身の傷が開き始める。

極限の疲労が全身を苛み、激痛が襲う。

 

(((くそっ、まだ倒れるわけには……甘露寺さんと獪岳さんのいる河原の状況は、どうなって……)))

 

炭治郎は戦場へ戻ろうと必死にもがいたが、意識が薄れ――

ついには気絶した。

 

 

 

 

――その頃、河原では。

 

「バカな……」

 

憎珀天は、灰のように崩れていく自分の手指を睨んだ。

崩壊は腕から胴体へ広がっていく。

――半天狗本体が死んだのか。

 

「やった!炭治郎くんがあのちっちゃい本体の鬼を倒してくれたんだ!」

「へっ、ようやっとか……」

 

状況を察して、甘露寺は快哉を叫び、獪岳も安堵の笑みを漏らした。

憎珀天は唸った。

まだ自分は全力を出せていない。

空喜と可楽を吸収すれば、もっと強くなれたはずなのだ。

――しかし、状況がそれを許さなかった。

あるいは、獪岳が空喜と可楽を戦線離脱へ追い込むことでそれを阻止したともいえた。

 

「このような、口惜しき……憎たらしき結末が――」

「グルルル」

 

崩れかけた憎珀天の体を、背後の川から這い出してきた赤狐が掴んだ。

 

 




次回ラストバトルです。
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