獪岳の刃 〜鬼を斬るか腹を切るか〜   作:ボブ・ニンジャ

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第34話

 

 

――一方、その頃。

女性鬼殺隊士・田辺は、里の避難民が逃げ込んだ屋敷の警護を続けていた。

2階の雨戸の隙間から、屋外の様子を見渡す。

朝が近づいて白み始めた空の下、荒れ果てた街並みが広がっている。

 

……敵がいない。

先ほどまで里をうろついていた雑魚鬼や炎狐の姿が消えている。

一方で、河原の方からはいまだに雷鳴のような異音が響いてくる。

あちらはいまだに戦闘中なのか。

 

〈カーッ!帰ったぞ!俺様のお帰りだぞッ!〉

 

1羽の烏が軒の上に舞い降りた。

田辺は雨戸を開いて、屋内へ招き入れる。

 

「八咫九郎。状況はどうだった?」

〈獪岳と甘露寺が河原で上弦の肆と戦闘中!〉

「稲荷神社は?」

〈戦闘はすでに終了!月柱がズタボロで倒れている!このままだと死ぬッ!〉

「時透さんが?」

 

田辺は唸った。

手当しに行きたいところだが、この屋敷と避難民を捨て置いていいものか。

 

「田辺さん、どうか行ってくだせえ」

 

背後から1人の刀鍛冶が声をかけてきた。

在庫の日輪刀を握りしめている。

 

「あとは我々、自分で自分の身を守りますぜ」

「ええ、鬼がこんなに減ったのはきっと柱が頑張ったおかげだ」

「柱を助けるべきよ!」

 

周囲の避難民たちも同調する。

田辺は頷く。

そして、近くにあった医療鞄を手に取って、屋敷を飛び出した。

 

刀鍛冶の里の大通りを駆け抜ける。

周囲の施設は鬼の攻撃で破壊され、廃墟同然のありさまだ。

死体の山が築かれた交差点を通り過ぎると、ひときわ破壊のひどい地帯に差し掛かった。

もはや建物の原型がなく、瓦礫が砂漠のように一面に広がっている。

 

「ここは……」

〈おそらくあのデカブツの仕業だなッ。牛みたいな頭のバカでかい鬼だ〉

 

鎹烏が肩の上から口添えする。

 

〈でも今はいないあたり、稲荷神社へ行く獪岳に血祭りにされたらしいな。ザマーミロッ!〉

「なるほどね」

 

田辺は胸のうちでひそかに安堵した。

自分は、細かいテクニックや特殊技能はともかく、総合的な戦闘力では明らかに獪岳に劣る。

もし今その"牛頭のデカブツ"と戦うことになっていたらどうなっていたかわからない。

 

長い石段を駆け上る。

途中、モルヒネの空アンプルが投げ捨てられているのを見とめる。

獪岳はここで最初の薬が切れたか。

 

「……八咫九郎、獪岳は河原で戦っていたんでしょ?元気だったのよね?」

〈見た限りはな!どれだけ命削れてるかは知らんッ!〉

 

田辺は歩を早め、稲荷神社へ辿り着いた。

ここも激烈に破壊されており、鳥居は柱をレーザーで切断されて倒れ、本殿はぺしゃんこに潰れて燃えている。

瓦礫の上に、時透アンジェリカは突っ伏して倒れていた。

左腕が肘のところで溶断されているのが目につく。

 

「時透さん!時透さん、聞こえますか!」

 

声をかけても反応がない。

脈も呼吸もない。

田辺は舌打ちしてから、必死の心臓マッサージと人工呼吸を開始した。

 

〈アドレナリン静注ーッ!〉

 

鎹烏がクチバシで器用に注射器を扱い、強心剤を投与した。

数分後、アンジェリカはせき込み、息を吹き返した。

朦朧とした視界で、田辺を見返す。

 

「ハアハア、Are you……えーと、名前なんていいましたかアナタ……」

「田辺です。意識が戻ったなら、呼吸で当座の止血をお願いします。本格的な処置は今から私が……」

〈カーッ!警戒しろッ!〉

 

鎹鴉が叫んだ。

田辺は慌てて振り返った。

石段を登って、身長2メートルほどの大柄な鬼が1体、姿を現したところだった。

 

「バカな。こいつは……」

 

田辺は眉をひそめた。

その鬼は瓦礫や土くれを寄せ集めた分厚い体を持ち、首から上は牛だった。

牛頭の鬼――牛頭羅。

獪岳に倒されたはずの敵。

 

「バモオオオー……。ソノ、柱ヲ、置イテイケ」

 

牛頭羅は田辺の背後、満身創痍のアンジェリカを指さして言う。

 

「サスレバ、オ前ハ、殺サヌ……」

「鬼の戯言を聞く耳は持ちません」

 

田辺は日輪刀を抜いた。

青い刃が、周囲の残り火を反射してぎらりと輝く。

牛頭羅は憤然と鼻息を荒げた。

 

「愚カナリ……!」

 

手をかざすと、周囲の瓦礫がそこに吸い込まれて圧縮され、大斧に変じた。

土や石を操る血鬼術だ。

田辺は表情をいっそう険しくする。

 

この鬼は決して無敵ではない。

体の大きさが縮んでいるあたり、獪岳から受けたダメージやスタミナの削れをあまり回復できていないのだろう。

しかし、残った力でさえ、柱に比べれば"雑魚隊士"である田辺を殺すには十分ではないのか。

それでも、アンジェリカを守るためには勝たなければならない。

――上弦攻略戦と比べるといささか地味な、しかし同等に切迫した戦いが始まった。

 

 

 ◆

 

 

赤狐は明らかに消耗していた。

その体は茶色く変色し、砕けたガラスのように亀裂が走っており、その奥が熾火のように赤く脈動する。

冷えかけの溶岩の怪物といった外見だった。

 

しかし、憎珀天を食いちぎり、飲み込むごとに、その傷は癒えていく。

体が鮮やかな赤色を取り戻し、亀裂が修復されていく。

甘露寺は鬼の凄惨な共食いの光景を目の当たりにして、一瞬怯んだ。

獪岳は怯まなかった。

 

「"遠雷"――!」

 

河川敷の砂利が爆ぜた。

踏み込んだ獪岳が、最速の一撃を繰り出す。

赤狐は今、刀を手に持っておらず素手の状態だ。

斬り払っての対応は不可能。

回避されても追撃で――

 

「ガルァ!」

 

赤狐は獪岳の刀を両手で挟み込んで止めた。

真剣白刃取り!

 

「ガアアーッ!」

「ぐあっ!?」

 

続けざまの膝蹴り!

獪岳は吹き飛ばされ、かろうじて受け身を取って着地する。

 

「か、獪岳さん大丈夫!?」

「野郎、術をばらまくばかりかと思えば……!」

 

甘露寺と獪岳が警戒する中、赤狐は大口を開け、憎珀天の肉塊の最後の一つを呑みこんだ。

赤狐は傷をさらに回復。

もはや完全に元の外見に戻った。

 

「か、獪岳さん……もしかしてあの鬼、さっきの共食いですっかり元気に戻っちゃったわけ……!?」

「いや、術をぶっ放してこない時点で奴はまだ相当にバテてる」

 

獪岳は強気にそう言いながらも、その裏では懸念を抱いていた。

これまでの戦いぶりから、赤狐は完全に理性を失っており、それゆえに戦闘でも血鬼術の乱射しかできないのかと思っていたが――

さっきの真剣白刃取り。

あの芸達者ぶりはどうしたことだ?

 

「グルルル……」

 

赤狐は悠然と、腰の肉骨刀を抜き放った。

そして、剣術の構えを取る。

どこか水の呼吸に似た――しかし明らかに鬼の身体能力と再生能力をあてにした、攻撃偏重の型。

 

「……水の(いびつ)、肆ノ型――"忌赤潮(いみのあかしお)"……!」

 

飛びかかりざま、連続の薙ぎ払い。

生命すべてを刈り取ろうとするかのような貪欲な斬撃が襲う。

獪岳は前に出た。

 

「雷の呼吸、陸ノ型――"電轟雷轟"!」

 

広範囲へ繰り出す連続攻撃で赤狐の攻撃を斬り払い、弾き飛ばす。

それを露払いとして、甘露寺が軽やかに飛び出した。

 

「恋の呼吸、伍ノ型――"揺らめく恋情・乱れ爪"!」

「ガアッ!?」

 

跳び越えながら、しなやかな刃を幾重にも叩きつける。

そのうちのいくつかが防御をすり抜け、赤狐の体に浅い傷を刻む。

 

「よし!やっぱり奴はバテている。二人がかりなら殺せるぞ!」

 

獪岳は会心に叫ぶ。

 

「甘露寺、もっと強気にいけ。俺が合わせる!」

「う……うん!」

 

甘露寺は一瞬その横顔に見とれた後、剣を構えなおした。

胸が高鳴るのを感じる。

彼女の恋する乙女の部分がときめき始める。

 

(((獪岳さん素敵……!思えば縁壱百式との試合の時もそうだったけど、敵前逃亡の一件が不思議なくらい勇敢だわ。男児三日会わざれば、ってやつ……!?)))

 

2人の鬼殺隊士はじりじりと間合いを詰めていく。

赤狐が1歩後ずさったその時――

ずん、と音を立てて、誰かが河川敷に着地した。

 

「――やー、鬼狩りくん。まだ生きてたんだ」

 

粉塵の向こうから姿を現したのは、女武道家じみた出で立ちの鬼だった。

刹火だ。

獪岳は戦慄した。

 

「バカな!テメエ何故ここに……!」

「いやあ、あの後炭治郎くんにやり込められちゃってさ。やっと本調子に戻った頃には、半天狗さん死んでるし、もう夜明けそうだし」

「ぐおっ……!?」

 

獪岳は唐突にボディに打撃を受け、たたらを踏んだ。

瞬時に踏み込んできた刹火が拳を叩き込んだのだ。

その残像だけが見えた。

 

「とりあえず君は殺して、私の最低限の手柄ってことにするね」

「ぐおおっ!?」

 

続けざま飛んできた怒涛の連続パンチを、必死にガードする。

刹火に以前までの軽薄な態度はなかった。

真顔のまま強烈な攻撃をひたすら連打してきている。

 

刹火も焦っていることは容易に察せられた。

しかしそれゆえに、以前はあった驕りや慢心が消えている。

今のボロボロの獪岳が対応できる相手ではない。

 

「羅刹流、"幻魔拳"!」

「がっ!?」

 

ガードを突き抜けて、1発のひときわ強烈なパンチが獪岳の顔面を捉えた。

獪岳は吹き飛びながらも、なんとか体をひねって着地。

再び構えなおそうとした。

その顔面が、アイスクリームのようにどろりと溶けた。

 

「ぐあっ……!?ああああ!?」

「どうなった?どう見えてるのかな。まあどうでもいいや」

 

顔を抑えてうめく獪岳に、刹火はツカツカと近づいた。

右手で手刀の構え。

 

「じゃあ、お疲れ様で――」

「いい加減にしてよォッ!」

「ガアアッ!?」

「ぎゃあっ!?」

 

トドメが刺される寸前で、横から赤狐が吹き飛んできて刹火に激突した。

甘露寺が赤狐との格闘戦を馬鹿力で制し、蹴り飛ばしたのだ。

甘露寺は獪岳を庇って立つ。

 

「獪岳さん、大丈夫!?」

「か、甘露寺!顔が……俺の顔が……」

「どうしたの!?どうもなってないよ!?」

「何……!?」

 

獪岳は精神力を奮い起こして、川で顔を洗った。

顔を上げると、水面に映った自分の顔は平常だ。

溶けてなどいない。

 

「幻覚か……!ふざけた技を……」

「あーあ、バレちゃった」

 

刹火は辟易したといった様子で肩をすくめてから、赤狐に視線を投げる。

 

「赤狐さんでしたっけ?時間ないし、手分けしましょう。どっち殺します?」

「血鬼術……"餓炎紅蓮剣(がえんぐれんけん)"……!」

 

赤狐は肉骨刀を掲げ、残り少ない血鬼術の力の一部を割いて注ぎ込んだ。

刃が火を噴き、松明のように猛然と燃え上がる。

 

「カイガクゥ……!」

 

それを手に、獪岳の方を睨む。

 

「あー、了解です。じゃあ私はあっちを」

 

刹火は冷然とした目で甘露寺を見やった。

甘露寺は体をびくりと震わせ、

 

「獪岳さん!私頑張る。師範にも言われたし、めいっぱい頑張るけど――」

 

泣き出し、鼻水さえ垂らしながら叫んだ。

 

「多分一人じゃ勝てないからできるだけ早く助けに来てええええ!」

「善逸みたいなこと言いやがって!ええい、待っとけーッ!」

 

甘露寺と刹火が戦うのを背に、獪岳は走る。

助けを乞われた立場ではあるが――

仮に甘露寺がいなければ、獪岳は赤狐と刹火に2人がかりで攻められて死んでいただろう。

すでに甘露寺に助けられている立場ともいえる。

 

「滝沢!そういうわけで時間がないんでな」

 

獪岳は赤狐と向かい合った。

もう、罪悪感で動きを鈍らせることはない。

獪岳は今や多くのものを背負い、自分一人の勝手な贖罪のために死ぬことなど許されない立場だ。

その責任がかえって心地良い。

――この世界が自分を必要として、存在を許してくれている。

 

「1年越しの因縁だが、1秒で決着をつけるとするか」

「グルルルル……!」

 

獪岳と赤狐は互いに剣を構え、最初で最後の、一対一での交錯に備えた。

 

 

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